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京都の大学生

友だちの紹介で知り合った、2歳年下で京都大学を出ている彼と初めて会った場所は蒲田だった。蒲田と言えば餃子である。という訳で中華料理屋さんに入っていろいろな餃子を頼んだ。

ビールを呑みながら食事を待つ。まだ肌寒い3月だった。
「この店、汚いし、うるさいな」とぶつぶつ言いながら、餃子を食べる。どうしてこんなに餃子ばかり食べているのだろうか私たちは、と注文した後になって思った。

好きな音楽の話になり「私、玉置浩二が好きなんだよね」と言うと「安全地帯もええよ」と言って、ポケットからイヤホンを取り出し片方を貸してくれて聴かせてくれた。
ちなみに、その時の私は少し、いや、とてもドキドキしていたのでメロディーも歌詞も頭に入ってこなかった。後日、母からもらったCDで聴き直した。

好きな音楽の話で盛り上がっていると「京都の大学生って曲あるやん。あれ嫌いやねん」と言われた。私はくるりが好きで何度かライブに行ったことがある。
理由を聴いたら「京都の大学と言えば京大やろ。あいつら立命館やん」とぶつぶつ文句を言う。文句ばっかりで、面白いなあと思った。

割と盛り上がったので二軒目も行くかと思っていたら、帰ることになったので残念な気持ちになりながら帰路に着く。

けれど、その後もだらだらと毎日LINEをした。
大抵いつも彼が「これどう思う?」と意見を聞いてくるので「私はこう思う」と返す。彼は私の返信をそのままスルーしたり、ラリーが続いたりする、よく分からないやり取りが続いた。

いつも彼は何かに怒っていた。
例えば「東京の女はクソやな。オモローポイント加算されんやろ」「女は男のルックス気にしすぎやねん、塩顔男子とか訳分からんのがモテるんやろ」「商社マンが好きなんじゃなくて金が好き、と言えや」だとか。随分とハッキリ言うなあ、この人は、と思いながら笑った。

ある日「ソルトレイクシティに行かなあかん」とLINEが着たので、何のことかと思っていたら外国出張のことだった。日程は教えてもらえず、返信が遅い日はソルトレイクシティにいるのだと思って、私はiPhoneの天気予報にソルトレイクシティも追加した。私は彼に恋をしていたのだと思う。

そんな風にくだらないやり取りを、会わないまま続けた。

彼と次に会ったのは初めて会ってから3ヵ月後だった。
ソルトレイクシティから帰ってきた彼から急に「今日、呑み行かへん?」と誘われて、彼の住む横浜に急いで向かった。
久しぶりの横浜駅は以前と変わっていてびっくりした。彼の指定する場所を迷いながら向かい落ち合う。
「ここにエスカレーターが出来たんだね」「昔はエスカレーター無かったんか」と彼は驚く。「英語の発音いいね」と言うと、恥ずかしそうにして日本語訛りに言い直した。

インドカレー屋さんに入って、私はビールだけ頼んだ。
ほぼ毎日LINEでやり取りしていたのに久しぶりに会うので、私は緊張してしまっていて、カレーを食べる彼を眺めながら話していたら「少しは食べや」と分けてくれた。

その後は、彼の家に行った。びっくりするほど汚い部屋だった。お酒は弱いと言っていたのに、お酒の空き缶が床に散乱していたし、食べた後の食器はデスクに置いたままだった。私は思わず片付けをし始めてしまった。いつもはそんなことしないのに。母性本能とはこういうことなのか?と思った。

その後のことはご想像にお任せする。帰り際に「忘れ物ない?」と確認されて「分からないけど、無いと思う」と言うと「もしあったら捨てとくわ」と言われたので笑った。

それからはわりかし頻繁に会うようになった。

つい私がベッドでうたた寝をしてしまって慌てて目覚めると「イビキかいてたで」と言って「ゆっくりし」と毛布をかけてくれた。

「俺、東京弁も喋れるで」と言い始めたので「じゃあやってみて」と言うと、明らかに神奈川訛りだったので「それ東京弁じゃないよ」と言ってしまった。

ある日「今日は中華街に行かへん?」と言われたので「いいよ、行かなくて」と私はそのまま彼の家に行った。
彼がくれたお菓子を食べながらゴロゴロしていると、ふと「銭湯に行きたい」と言い出したので「え、私も行きたい!」「行く?」「でも、今から行ったら終電に間に合わないよ」と断った。彼の家に泊まらないことは私の中での絶対的なルールだった。

銭湯、行きたかったなあ。時間を決めて、別々のお風呂に入って、私は少し慌てて髪を乾かしてメイクして、一緒に牛乳飲むの、楽しくて好き。行けば良かった。終電なんて逃がしちゃえば良かった。そうしたら何かが変わっていたのかなあ。

そんな彼との関係は、結局いつの間にか連絡を取らなくなり終わった。夏の終わりとともに。

あまり眠れなくて悩んでいた彼は午前3時にLINEを送ってきたりするから、私は通知が鳴ると起きてしまい返信したっけ。突然LINEで訳の分からない質問が飛んでこない今の日々は落ち着いてはいるけれど、なんだか寂しくなってしまった。

彼が今は穏やかに眠れていますように。私も深く眠れますように。

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