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もう、がんばれないです

こんにちは。ぬくぬくママSUN'Sのかなちゃんです。

先週は、おしゃべり会や、
社会派映画【小学校】を見たり、
若者の自殺防止に関する研修を受けたり、
社会課題や自分自身に向き合う時間がとても多かったです。


ぬくぬく大人のおしゃべり会
テーマは
「アンチバイオレンス」でした。

バイオレンスとは、暴力。アンチとは、防ぐ、やめる、やっつける?
みたいな訳ができるでしょうか・・・。

私にとっては、昔から生きているのがバイオレンスだらけです。
小さいときは、なぜ生きるのかをいつも考えていたし、戦争をなくすためには何ができるのかいつも考えていました。また、学校の様々な決まりがなぜあるのかが疑問でした。
それを考え始めると、何にも手がつかなくなり、いつもなぜなぜなぜと考えていました。

今も、許せないことも多く、「べき」も多分自分の中で多いので、
しんどいなと感じることが多いです。
ちょっとした誰かからの言葉は、ずっと心に突き刺さり、
心無い対応をされたとき(自分がそう受け取ったとき)は
ずっとずっと悲しい気持ちがいっぱいになります。

昔から、「よかったね」と言われることも苦手だし、自分が「幸せ」と思うこともなかなかできません。

そんな私にとっては、「アンチバイオレンス」の技術は、欲しいなと思うものです。武術を使ってのアンチバイオレンスのレッスンも以前から時々受けていますが、バイオレンスは、やっつけるものでも、立ち向かうものでも、戦うものでもないなあと思っています。

自分の軸さえしっかりあれば、しっかり受け止めたり、かわしたりできるものなんだと思います。

アンチバイオレンス稽古会

よく私がつらいなと思うのは、
私が悲しいなと思っていることに関して、
多くの人が
「そんなことないよ。大丈夫だよ」
と励ましてくれることです。
「考え方をこう変えてみたら?」
というアドバイスもあります。
励ましてもらっているんですが、そこには、傷ついている私に、さらに他者(ものごとなど)に、配慮せよと求められるのです。
私自身の気持ちはおいてけぼりなのです。私に変わることをいつも求められて苦しいです。
そのままの私はダメ人間なんだなと毎回強く思います。

小学校。山崎エマ監督と。

私は、多分人よりいつも傷ついていることが多いし、
苦しいなと感じることが多いです。
それは、私自身の性質や考え方のせいだと思います。
でも、そのこと自体をいつも否定されている気がして、いつも独りぼっちを感じています。

私以外の人は、いつも笑っていて、元気で、つらいことがないように見えるけれど、みんな大変なことがありながら、頑張っているんだとも思います。きっと考え方を変えたり、気持ちを切り替えたりもみんなはすぐできるんだろうなと思います。
ということは、私はたいして大変じゃないのに、泣き言を言ってしまうすごく弱い人間なのかと思って、自分がいなくなったらいいのにと思うことがけっこうあります。

私は、個性心理学で、「こじか」という甘えん坊の動物があてはまるのですが、表側には「チーター」「ライオン」がいて、決してこじかには見られないということが、ストレスになると診断されたことがあります。
その通りで、いくら自分が大変と訴えても、周りから言われる言葉は

「元気そうでいいですね」
「楽しそうでいいですね」
「元気もらえます!励まされます!」

と、いうような言葉です。
体も大きくて、物事をはっきりしゃべるので、きつい人間、強い人間にも見られます。
全ては私に原因があります。

だから、私はもっと楽しくみんなの力になれるように頑張らないといけないのかと思って、
なんだか心がちくっとじわじわすることがあります。

こんなことを思うこと自体が、みなさんを裏切っているようでよくないことだと思います。
楽しそうな人に、人は寄ってくるんだよと、聞いたことがあります。
そうかもしれないです。でも、私は、楽しそうにしていると、誰にも私の苦しさやつらさ、さみしさを気づいてもらえなくて、もっと自分ががんばらなければいけないような感覚になります。
また、これ以上楽しそうにすることが、求められると思うと苦しくて、誰か私の苦しさに気づいて~!!って、いつも心が思いきり叫んでいます。

でも、楽しいのがとても好きで、
パーティもお祭りも大好きなので、
いつも全力で楽しいことをしてしまいます。
家に帰ると電池が切れて、何も使えないぼろ雑巾になっています。
そして必ず、涙がぽろぽろでてくるのです。

こんな自分をどうにかしたくて、コーチングを受けたり、カウンセリングを受けたり、生き方も変えてきました。
本を読んだり、気になる勉強もできる限りしています。
努力を最大限しても、上手く生きられない自分が無力でもどかしく、恥ずかしいです。
まだまだ時間はかかりそうです。

先日、初めてじっくり話すことができた友人から言われた言葉がとても嬉しかったです。

「SNSで見てると、今も幸せだけどもっと良くなるための活動かと思ってたけど、
足りないものを埋めるために活動してるんだね」という言葉でした。

すごくしっくりきました。
活動しないと、生きられない。
これが私の正直な気持ちです。

だから苦しくても
私には【やめる】という選択肢がありません。それを選択するということは、自分のアイデンティティがなくなってしまうということだからです。

少し前の私は、情熱をもってみんなのためにがんばろうと思っていました。
でも、これからは、まずは自分が元気に生きられるように、自分の心地よさを一番に探していこうと思っています。
多分、探してもどこにも新しい自分はきっといなくて、今ここに自分がいることを丸ごとそうなんやーと、思うだけなんですけどね。

私は、普通の仕事ができないので、消去法で、今の生き方、仕事の仕方しかできませんが、誰よりも思考したことを、皆さんに向けてお話することならできます。また、文章に書くこともできます。
そんなことに、何の価値もないですが、私の働き方はそこしかありません。
しかし、そこは、誰もができないことができると思っています。
ニーズはないです。
どうやって生きていけばいいか、毎日途方に暮れています。

また、私に声をかけてくれたらうれしいです。
イベントのご参加もお仕事のご依頼もお待ちしています。

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