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この思い出を箱にしまっておきたいから

 アパートと言う名の完全なる自分のテリトリーを手に入れて俺は、案外完全な自由は思ってたほど楽しいものではないんだなと考えたりしていた。



前回、進学で一人暮らしを始めた時の話




 自由が面白くない、と言うよりは何もすることもなければ、AO入試を活かした最速で友達の作れたスクーリング(この呼び方は一般的ではない?)などで得た友達たちも、こんなタイミングで呼びつけてもまだなんか気まずさがあったりしそうで、そうなるとやはり俺は意味もなくそのへんをフラフラしたりギターやベースを弾いてみたり、本を読んでみたり、意外と面白みのない生活しか送れなかったりするのだった。

 なんだか折角の一人暮らしなのに実家にいる頃とやってることが変わらないなあと思いつつ、まだ少し肌寒い三月の山形をひとり、誰も知っている人がいないような感覚で歩くことしかできなかった。

 そんな場所だとコンビニやスーパーなんかも随分新鮮に見えるし、実家にいた頃はろくに食材の買い物なんてしたことがなかったから、値段を見るだけで結構楽しかったりする訳で。
 引っ越してきた日、父親とコンロやら家電やらを一通り買ったりしたから料理をする準備だけは出来ていたものの、何だかめんどくさくてカップ麺ばっかり食べていた毎日から脱却すべく、パスタ麺やソースなど簡単に作れそうなものとか肉や野菜、名前の聞いたことがある調味料なんかを一通り買い物かごに詰め込んで自分の国へいそいそと帰っていくのであった。

 そうやってある種生きるために料理をしたり、着るものが無くなっちゃうから洗濯したり、ホコリが溜まるから掃除をしたり。今までオートマチックに俺があんまり関与しなくても回っていた「維持」する行為が家事と言うものなのか、と気がつく頃には季節は完全に春になり、俺は、俺たち学生諸君はおそらく一人もかける事なく大学に入学したのだ。

 三角の大きな大きな学舎は、よく来たなお前たちと言わんばかりの表情で俺たちを迎え入れた。

 カッコつける者、化けの皮をかぶる者、虚勢を張る者、三者三様思惑と行動が入り乱れ、大層おかしな大学生活の一ページは間違いなくこの時始まった。

 形式的な入学式が終わると、前述のスクーリングから交流のあった連中や一般や推薦入試組とワイワイと集団になってみると、好き勝手話し出したりして俺はどこに住んでるとか、借りたアパートがあまりにも地獄とか、サークル何入ろうかなと言った、俺と変わらず引っ越してきた組のお前たちもこの休み、すごい寂しかったよねわかるわかる、めちゃくちゃ話しちゃうよねという勢いで捲し立てるのだ。
 もちろん例に漏れず、近所を徘徊することしかしていなかった俺も負けじと喋るのであった。

 その後俺たちは一度解散して確かカラオケに行ったはずだ。
 近所に異常なほど安いカラオケがあって、深夜のフリータイムドリンクバー付きで1000円くらいだった。いやマジで。
 そんなようなところに集まって夜通し、俺たちのキャンパスライフ始まるよね、みたいな空気を感じながら歌ったり話したりした。

 これまで別に暗い青春を送った訳でも無ければ、女の尻ばかり確かに追いかけてはいたけれど、こんなに同性の友達と遊ぶのが楽しいのか!と衝撃を受けたことを覚えている。
 カラオケに行くのも流石に俺たちは勇気が出ずに男だけで行くくらいのウブさがたったのだ。なにせ18歳だから。

 こんな記憶は今も眩いほど輝いていて、いつ思い出しても楽しかった記憶としてずっと多分死ぬまで残り続けるのだろう。
 些細な友達とのやりとりも、くだらない話も、いつだって今の俺を支える大事なものなのだから。
 今の俺と言う人間は、こういったことをはじめとする大事な大事な思い出を溢れないように保存しておく箱なのだから。
 

「この思い出を箱にしまっておきたいから」

ぬくもり

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