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いつも夏になると思い出すのはそう

前回のnoteを読むと、部長の解像度が少し上がるかも

↓前回



以下本文



 高校生になって初めて出来た彼女は書道部の部長だった。
 それがなんだか誇らしくて、いや肩書きで好きになった訳でもないんだけど、とにかくうまいこといって俺はどうやら浮かれ気分になっていったようだ。

 一緒に入部した友達は、なんだか遠い存在に感じるよと言ったりナヨナヨ先輩は苦虫を噛み潰したような表情で「幸せにしろよ!」と背中を叩いてきた。あとから人伝に聞いたら、ナヨナヨ先輩は部長がずっと好きだったらしい。その時はそんなこと夢にも思わず、なんだかちょっと悪いことをしてしまったなあと俺もまた、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 そんなことはさておき、年頃の男女が同じグループ内で付き合うと一気に話は駆け巡り、今まであんまり話したことのなかった三年生の女子たちや顧問まで、少し湧いたような感じになったのはある種優越感を感じていたのだった。

 前述のとおり、やや押し切られたような形で付き合うことになった俺たちは、付き合ったからと言って何か特別な事が起こるでもなく、まあなんとなくダラダラと日々を過ごしていくのであった。
 プラトニックな毎日を過ごしては休み時間にメールを送り合って、放課後になれば一緒に隷書を練習する。そしてそこから1時間半オーバーの帰路に着くと、充実した日々を過ごすのであった。

 部長は今までの彼女で唯一(今もなお)俺のことを名前の上の句(ぬくもりの場合「ぬく」みたいな)に君付けで呼ぶタイプの女の人だった。

 俺の強火ファンなら圧倒的に苗字が呼びやすいのは周知の事実だし、俺の馴れ馴れしい性格とぶっきらぼうなところが災いして下の名前呼び捨てで呼ばれてそう顔だから、わかる人には珍しくことだというのがわかると思う。

 さておき、そんな風に呼んでくれる部長が俺はどんどん好きになり、年相応にプラトニック脱出計画をやはり画策はするものの、年上の余裕かどれものらりくらりと躱されては「私のこと大好きなんだね」と、もはや精神攻撃が過ぎるダメージを負わされては悶々として自転車を一時間半漕ぐ毎日だったのだ。

 そうして季節は夏になり、夏といえばそう、俺の誕生日がやってきた。
 そんな晴れて16歳と言う女性なら結婚できる年齢になった俺は、バイト戦士部長にサプライズでディズニーシーのチケットを貰った。
 実は生まれた時から狂ったように家族とディズニーに通っていて、年パスも持っていた俺としてはディズニーに行ける喜びなんてものは些細なことだったけれど、今回は違う。生まれて初めて彼女と、しかも彼女のサプライズでディズニーシーに行くのだ。

 前述のようにほぼ全てのアトラクションを乗り尽くして、食い尽くしている俺は一生懸命当日のルートを話してくる部長を堪らなく、愛おしく思っていたのだ。

 こうして惜しげもなく愛を注がれた俺は、意気揚々と舞浜へ赴くことになった。珍しく休みの日早起きをして旅立つ俺に親は「生意気なガキだ」と言いながら軍資金をくれた事を覚えてる。これで晩御飯でも食べなと言いながら。
 お父さん、お母さん、また軍資金をください。焼肉食べたいです。

 ディズニーの待ち時間は恋人たちを決裂させるとよく聞く。
 さて俺たちはどうなったか。

 正解はあまりにもディズニーシーに行き過ぎた俺は部長の乗りたいアトラクションを加味してファストパスを最高効率で回収しながら列に並ぶ時間を脅威の0分と言うスコアを叩き出した。
 しかも飯も要望通りのものが食えた。

 さっきルートを考える部長を見て愛おしく思ったなどと書きながら、聞いていくとちょっと尋常では無い待ち時間が予想される事を伝え、ルートを提案させてくれと言ったのが発端だった。

 そのプレゼンをした時、部長はちょっと面白くなさそうだったけど、俺を信じろ!と言う俺に根負けして主導権を譲ってくれた。
 帰る頃には、こんなに待たずにいっぱい乗れたの初めて!とキラキラしていたから多分これでよかったんだろう。良かったんだよね、ちょっとガチすぎてキモかったかも。

 そんな眩い思い出を噛み締めつつ、飽きもせず夏休みを目一杯楽しんだ俺たちは、部長の受験に集中したいから少し距離を置こうという、今考えると割と当たり前な、真面目なコメントを受けて、遊びたい盛りの俺は部長は頭がいいから大丈夫だよ!とか、どれくらい会えなくなる?とか、今は失われた可愛げを存分に発揮して、邪魔になってしまったからあっさりと終わってしまった。

 ああ16歳の俺の夏、幕引きは自分自身の身勝手な発言で終止符を打ってしまった。

 気まずくなり書道部も辞めてしまうことにして、引き留めてもくれない部長になんだかその時は憤りを感じたり、友達に慰められたり、親に死ぬほど馬鹿にされたり、そうやって夏は終わっていった。

 あれから13年と言う干支が一周とちょい、長い月日が経ったけれど今でもたまに部長を思い出す日がある。

 勉強教えてよと言いながら図書館でずっとメールを送り合ってみたりした日のこと、海に行こうと誘われた日に俺が寝坊して本気で怒っている部長の家まで謝りに行った日のこと、思ってたよりも近くにいると背が小さい事がわかった時のこと、八重歯が可愛いのに本人が気にしているところ、メールの返信が早かったところ、他の書道部の先輩たちと部長のバイト先に遊びに行って嫌がられたこと、その髪型かわいいねと言うとしばらく同じセットをしてきたところ、断片的に鮮明に夢に出てきては思い出して飛び起きるとあの時からやはり、13年経っている。

 まるで蜃気楼のように、そこにありそうなのに手を伸ばしても掴めない、空を切るような動作だけさせられているように、タチの悪い夏の暑さと共にだいたいこいつらはやって来るのだ。

 よく男の恋は別名保存と言うが、これがまさにそれだろう。一時期は消しておきたいななんて思っていたけれど、こうやってインターネットに書く程度には思い出になっていて、どうやら別名保存されたデータにアクセスする機能が付いたようだ。
 だからこうして夏の終わりにアクセスしては、あーあ、あの時期に戻れたらなあと声に出ちゃったりするのであった。

「いつも夏になると思い出すのはそう」

ぬくもり

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