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あんまり知らない場所で過ごす想像をしたりして

 ことみちゃんと俺は小田急に乗ってオープンキャンパスに向かっていた。


 大学に行かない予定のことみちゃんがオープンキャンパスに行きたくなったときの話



 ことみちゃんのこの夏にやりたいこと、最後の一つはオープンキャンパスに行くことだった。

 進学のことを1秒だって考えたことがなかった俺は、密かにバイトで貯めていた金を使ってノルウェーとかフィンランドにワーキングホリデーに行っちゃおうかな、と母親に相談してみたところ「オッケー」と言いわれたりした。
 ところで親ってこう言う相談をされた時、二つ返事でオッケーで合ってる?

 とは言えきっかけは他人だったとしても、不本意だったとしてもとりあえず俺はオープンキャンパスに行くことになったし、存在するはずのないふたりのキャンパスライフに想いを馳せてみるのも何だか素敵な感じがした。

 そんな訳で俺たちは、都内の大学のオープンキャンパスに訪れた。

 都内、と言っても小田急線に乗っているくらいだから名ばかりの田舎だった。
 小田急線なんて田舎か汚い街にしか止まらないからね。小田急線ユーザーに殴られたらどうしよう。

 そののんびりした雰囲気の駅や大学付近の感じが俺は結構好きだったし、何より俺はことみちゃんと一秒以上先の事を考えられるだけで嬉しかった。
 きっとこのまま二人、こういう街で暮らしていったりするのかなあと思ったりしていた。

 オープンキャンパスの内容はなーんにも覚えていやしないけど、ことみちゃんが大層楽しそうにしていたことはよく覚えている。

 なんか理系の学部をいくつか見に行ったような薄ぼんやりとした記憶はあるけど、全然テンションが上がらなかったし、思いつきで言っていたノルウェーとかフィンランドに行きたくなる気持ちが勝手に強まったりした。

 当のことみちゃんはやはり、進学する気は一切無いくせに理系の男たちにさもこの学科を目指しているかのような思わせぶりな態度を取ったりしていた気がする。
 この女はいつでも思わせぶりである。そんなことみちゃんを見て俺は存外悪い気分になったりはしなかった。

 丸一日かけてオープンキャンパスを回り、田舎しか止まらない小田急線に乗り込んでことみちゃんの住む町田まで行った。

 ことみちゃんはなんだか大人びた雰囲気で、こらから就活とか卒業のあれこれ、ぬくもりは進学?とかで忙しくなるしちょっと距離を置こうかと言ってきた。

 同じ轍は二度踏まない俺は、ことみちゃんがそうしたいならそうしよう。俺もそれがいい気がするよ、と精一杯強がって答えてみた。

 かつては「距離を置く」の意味がわからなかったけれど、書道部の部長が言っていた意味がその時はなんとなくわかった気がする。

 人生の決断をするのに他人に構っている余裕がなかったりするのだ。
 選択はいつだってエネルギーを使うから、ある程度大事な存在だからこそ今このまま時間を凍結しておいて、お互い余裕があったらまた愛とか育みませんか、という提案をギュッと縮めた表現こそ「距離を置く」なんだなと思った。
 俺はこうして伝えれば良いのにと思った。
 大切な事だからこそありきたりな表現じゃなくて相手にしっかり伝わる言葉で、自分の言葉で意味を咀嚼しながら伝えれば良いのにと思った。

 という事でことみちゃんとは「距離を置く」ことになったから俺も仕方なく、そしてやや必要に駆られて進路について考えなければいけないタイミングが来てしまった。

 じゃあ今日は解散かなんて言っていたら「距離を置くのは明日からでいいから今日は帰んなくていいよ」とことみちゃんが言ってきた。

 本当にタイミングの良い、悪い女に引っかかったんだなとこの時痛感した。

 町田にそんなに遅くまで居たことは無かったから、大人しくこのまちで生まれ育ったことみちゃんにエスコートされることにした。

「あんまり知らない場所で過ごす想像をしたりして」

ぬくもり

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