手を伸ばしても酷い仕草で
なつみちゃんの陣地に名実共にいて良いことになった。
不法占拠ではなく、合法滞在に変化した。
滞在のためのビザ発行までのはなし
こういった状態で、関係性の名称こそ変わったものの実情としては多くは変わらず、出掛ける時に手を繋ぐようになったことや、俺の部屋に遊びに来た時ですら気を遣って床で寝ていたと言ったあまり意味のない抵抗をやめてみたり、些細な変化はあったものの随分面白おかしく過ごしていくことになった。
なつみちゃんは結構写真が上手だった。
iPhoneのカメラでしょっちゅう色んなものを撮っていた。いつのまにか俺のことを撮ってはゲラゲラ笑いながら半目!半目!と喜んだりしていた。
こうして大学二年生から三年生ごろにかけての俺の写真は増えていき、同時に俺もなつみちゃんをたくさん撮影するのであった。
おかげさまで人物を撮るのは得意になったし、カメラにたくさんのなつみちゃんの姿が記録されてるのは最高の気分だった。
こうして俺たちはこれからもきっと楽しくゆるやかに歳を重ねていって、おばあちゃんになったなつみちゃんをカメラで撮る人生なのかもな、といつもの調子で勝手に自由に未来を妄想して幸せに浸る日々が続き、やはり全自動で幸せになっていたりするのだ。
大抵俺は、人生において何かしら一つ、上手くいき始めると他のことも総じてうまくいくような仕組みになっていて(そう思い込んでいるだけかも)バイトしかり、ロクに行っていなかった大学での学科の課題でも突然頭角を表したり、その他諸々なんだか全ての歯車がカチッとハマるように生活が続いていったりするのだった。
ミスターシングルタスクこと俺であるからして、大学の課題がどんどん楽しくなっていって、やればやるほどぐんぐんと結果が出始めるとなんだかのめり込み、今度はさかさまにバイトにあんまり行かなくなってしまった。
極端な男であった俺はなつみちゃんとシフトを被せられる日くらいしかバイトに行かなくなり、あんなにシフトを埋め尽くしていた俺はその情熱を課題となつみちゃんに注ぐばかりであった。
そういった日々を過ごしているとバイト先がそもそもめちゃくちゃ遠いことに嫌気がさしてきたことも相まって、しかも別にモテなくてもよかったことから(モテなかったけど)スタバを辞めることにした。
あまり愛着が無かったような気もしていたんだけど、いざ辞めるとなると結構寂しいもので、それなりの人望と程々の爪痕を残して送別会をやってもらったりして俺にしては長く続いたバイトライフは終わりを迎えたのだった。
辞めた日だかしばらく後からか、なつみちゃんはようやく俺のことを下の名前で呼び始めたりした。
これまでは一応バイトの先輩だし、バイト先でうっかり呼んだらみんなに一生からかわれて恥ずかしすぎるという理由で苗字にさん付けと、よそよそしい感じだったのだ。
呼ばれてみるとそれはそれでムズムズするような、ある種一つの関係性が終わったような、時間の流れを感じていた。
しかしそんななつみちゃんとも別れの時が訪れた。
未だに理由はよく覚えてないんだけど、きっかけはなつみちゃんと家でテレビを見ていた時にスポーツ選手に下手くそ!とかなんとか言ってたのを俺が咎めて空気が悪くなったことか、海外旅行に行きたいねと言われて調べた旅費が目玉が飛び出そうな金額だったから嫌な顔をして話を逸らしたことのどちらか、もしくは両方だった。
別れ話に発展する頃にはなんでか二人ともめちゃくちゃに怒っていて、そのフェーズが終わるとなんかごめんねみたいなやり取りと、お互いあんまり言わない方が良かったであろう言葉をぶつけ合ってしまったが故にもう戻れないなこれはと認識しあって恐らく最後だなと目配せして、初めて泊まった日のように俺は床で、なつみちゃんはベッドで眠った。
この時俺が、変に意固地にならずに一緒に寝ようよと言ったら何か変わったのかもしれないけれど、そんな風に歩み寄れるほどその時の俺は大人びていなかった。年相応であった。
翌朝早く、確か五時ごろ俺は物理的に無理やりなつみちゃんの部屋に置いていた荷物をまとめて背負ったり抱えたり持ったりして徒歩約一時間弱を歩いて行った。
ありがとうとか、さようならとか、多分あんまり何も言わずに、少なくとも俺は名残惜しさを感じつつも未練たらしく居たらカッコ悪い記憶で終わっちゃうかなと、その時思いつく最大限の強がりを抱えてひとり、歩いて行った。
一時間も歩くと二人で歩いた道や話したこと、一緒に行ったところなんかを思い起こしてしまい、家に着く頃にはなんだかやるせなくて、あまりにも唐突に来た終わりに直面していたりした。
多分きっと俺の図々しいところとか、わがままなところとか、こだわりが妙に強いところとか、そう言うのがもうしんどくなったのかななんて思いながらぼーっとしてしばらく過ごしていた記憶がある。
もはや恒例の、恒例になってまるかよの習慣である元カノになった人の写真を消す行為もなるべく早めにやることにして、気持ちに踏ん切りを付けるべくSDカードやらパソコンやらスマホやら、あらゆる場所から痕跡を消していったのだった。
それでも案外ザルなもので、何枚か写真が残っちゃったりしていることを数年越しに気がついたりするのであった。
見返しているとふと、こんな日々もあったなあと想いを馳せたりしてしまう。
なつみちゃんが行きたがった海外も今ならすぐに行けるんだけどねなんて思いながら、少しだけ戻れたらいいなあと手なんか伸ばしてみてもう行けるはずのない旅行の事なんて考えたりしてみる。
「手を伸ばしても酷い仕草で」
ぬくもり