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結局のところ、モチベーションは君

 愛や好きという気持ちは往々にして、一緒に過ごした時間が長ければ長いほど芽生えやすいものだと思う

 故に愛は「育む」というのだろう。

 とはいえ、世の中には一目惚れという言葉が存在しているのもまた事実で、俺にとっての初めての一目惚れは高校に入ってすぐのことだった。

 意地でも運動部に入りたくなかった俺は、祖父が書道の達人だからきっとセンス受け継いでるやろ、と言った浅はかさで友達と書道部へ見学に行くことにした。

 本当は入学前、あまりにもモテた過ぎてギターをはじめたから軽音部に入りたかったけどそもそも通っていた高校に軽音部は無かった。
 ちなみに仕方ないから校外でおっさんや大学生とたくさんバンドをやって青春が意味不明なベクトルで行われたから、それについてはいつか書くね。ちなみにモテなかった。増えたのは弾ける楽器(ベース)とバイトのシフトと思い出だけ。

 話を戻して書道部。贔屓目に見ても字がめちゃくちゃ下手くそな俺はなぜか毛筆だけはちょっと得意で、部活に入って見たいよねが半分、意外とセンスあるかもが半分みたいな典型的なバカ男子高校生だった。バカ男子高校生だから仕方ないよな。

 確かナントカ室、のような少し大きい部屋で書道部は活動しているらしく、あまりにも女子部員の多さに俺と友達は下心より気まずさを感じるあまり端っこで小さくなることしかできなかった。
 そんな俺たちを見かねてか、三年生のナヨナヨした男の先輩が俺たちに話しかけてくれて、ああ、この人もきっとこれまでこの女社会で大変だったんだろうなあと思いながらやはり3人で端っこで、じめじめしていたのだった。

 フラッシュ運命。1人、一際輝いた(ように俺は見えた)女の人が入ってきた。
 ナヨナヨ先輩が、部長来たよと俺に耳打ちする。
 その部長と呼ばれた彼女は俺たちをはじめとする一年生連中を集めて、何やら仮入部やら何やら話し始める。
 でも俺はそんな事どうでもよかったし、目が合った時にこの部長に近づくために入部しようと、元々考えていた理由は全て忘れて純度100%の下心と一目惚れで、あっさりと書道部に入部することをそこにいた一年生の中で誰よりも早く決断したのだった。

 ところでみんなは書道部って何してるか知ってる?筆で文字を書くんだけどさ、もちろん高校生は制服だから墨汁が飛び散るともちろん落ちない。
 つまりはジャージ等に着替えるんだけど、男は人権が得られない程度の扱いをされていたとは言え、やはり男女共に年頃。体育があった日もあるからジャージはともかく体操着をまた着るのはちょっとどうしようねといった雰囲気になるのである。

 そこで弊学書道部、Tシャツがありました。なんの変哲もない黒のTシャツになんか言葉(内容は全部忘れた)が毛筆チックに書かれたものが入部と同時に配られる。

 つまりはそう、察しのいい気持ち悪いみんななら、俺の解像度が高くなってきたお前らならわかると思うけど、俺はこれをペアルックだろうと捉えることによって部活のモチベーションが最高潮になった。
 ペアの意味が昔はわかってなかった事はさておき、要するになんだかんだ言いながら部活自体も結構楽しんじゃったりしていたのである。

 顧問が俺たち一年生の学祭の展示用の書体を決める回があった。
 みんな大体何でもいいかなと言ったふうにスカすが俺は迷いなく、世界一澄んだ瞳で「隷書体」を書きたいと懇願した。
 そう、部長が隷書を展示に出そうとしていたのを知っていたから、書体が被れば一緒に練習できるという事を瞬時に計算したのだった。

 こと恋愛に関しては脳が文字通り100%フル活用される俺は(他のことになると小2)瞬時に部長と2人で居残りしながら隷書体を指導してもらう妄想をしながら、その熱が視線から飛び出して顧問もさぞ俺をやる気のある男だと思ったであろう。
 ちなみに顧問はその時までヘラヘラした俺のことを結構嫌いだったと思うけど、この辺から人間扱いしてくれるようになった。

 そんな気持ち悪い想像と熱意を他所に、なんでか人気のなかった隷書体を書くメンバーは王道の楷書体、行書体勢に陣地を取られ、決まって1つ下のフロアの準備室のような小さな部屋に押し込まれるのであった。なんかもう、ありがとう。

 ありとあらゆる事象が面白いくらいに俺の思い通りに進み、4人くらいのメンバーで所狭しと半切を広げて書いては顧問や部長に朱を入れられた。
 部長はとんでもなく書道がうまかったから顧問から朱を使うのを許可されていた。そんなところも素敵だよね。

 そして少し時間が流れ、自然と部長ともなんだか打ち解けてアドレスを交換してメールなんかをたまにこそこそとやっていると、転機は訪れあれよあれよと言うまに気がつけば二人で遊びに行く中になっていた。
 俺よ、今一つ記憶が曖昧だが上手いことやり過ぎてやしないか。

 気がつけば俺は方向が逆の部長と部長の最寄り駅まで送って、一度高校に戻り自転車で帰ると言う片道1時間半強のコースになっていた。
 それでも俺は、別に部長が喜ぶならなんでもいいやと自転車を飛ばした。

 その頃、書道部では硬筆検定をやらされる事になった。俺はなんでもいいからきっかけが欲しかった。そんなタイミングでの硬筆検定、俺のペン字が終わっているのは部内でも知れ渡っていたから、俺にとってもなんか面白くないイベントだった訳だ。

 そんなペン字が終わってる俺が何かの間違いで入賞なんかしたら、部長は褒めてくれるんじゃないかとプラトニックな感情に浸っていた。
 しかし、硬筆検定あるよと顧問から聞いた日の帰り道、下心ぬくもりが突然口を開いた。

 部長、硬筆検定あるじゃないですか、あれ入賞したら付き合ってくださいよ


 個人的センセーショナルな発言だから一語一句覚えているし、その時の心臓と時間が止まったことも、全部覚えてる。

 部長はそれを聞くと、別にそんなのどうでもいいから付き合おうよと返した。


 俺は硬筆検定、銀賞を受賞した。

「結局のところ、モチベーションは君」

ぬくもり

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