見出し画像

ここで呪いをひとつまみ

 季節は少し流れて冬頃、俺は大学入試を終えたしことみちゃんとしばらくぶりに会う事になったりしていた



大学を決めた時の話



ことみちゃんとのなんやかんや



 やはりことみちゃんは非常に不機嫌だった。心中お察しする、突然俺が遠くの大学に通うことを決めて、あろう事か受かっていやがるのだ。

 そんなことみちゃんとやはり、不機嫌なことみちゃんとサザンテラスのスタバに居た。

 多分これはきっと、周りの友達のように進学と同時に別れが来るタイプのあれだろうなあと思いながらことの経緯や、結局こういうことになったよと話しているとことみちゃんは泣いてしまった。

 後にも先にも、公共の場で人を泣かしてしまったのはこれきりだった。(今のところ)

 心配より周りへの気まずさや、泣いている人の同行者と言う気恥ずかしさを感じて少し、自分勝手さに嫌気がさした。

 なんとか宥めながらことみちゃんの言い分を聞くと、決断自体はあなたの人生だからうるさくは言わないつもり。でも離れるからって別れるんだろうな、みたいな顔で話される事にめちゃくちゃショックを受けたから死んでほしい。と言った内容だった。

 なるほど確かに、俺は顔に出るたちだしなんとなく距離が離れると別れてしまうものなんだと思い込んでいたふしがあったように思う。

 俺は少し考えて、別れない可能性ってあるかな?と聞いてみるとことみちゃんは

 18歳になってるんだから私と結婚して連れていけばいいじゃん

 なんだか突拍子もない事を口走ったりしていたのである。

 結婚

 確かに俺はこの間18になったし、ことみちゃんは随分前に16になっていた。
 ことみちゃんの言うとおり結婚は出来る。確かにこれは盲点だったかもしれない、変わり者と思われたいタイプの凡人の俺には全く持ってそんな考え過ぎりもしなかった。

 ことみちゃんと結婚したとして、ことみちゃんの苗字が俺と同じになって、それ以外何が変わるか見当もつかなかったけれど俺は、そんなに悪い選択じゃなかったように思えた。

 俺がもじもじと考え込んでいると機嫌が最悪なことみちゃんはわかりやすくイライラし始めて、結婚しないならもういい!私はどうせこのまま一人で死ぬんだ!とか言い始める。

 一応念のため、伝わらないとあれだから書いておくけどこの一連の発言、結構なボリュームで言っていたから周りの人によく聞こえていたし、それがわかっていたから俺は恥ずかしかった。
 あの時お店に居合わせた誰か、ごめん

 ともあれ、唐突に突きつけられた結婚の二文字は即答するにはあまりにも未知だったし、やはり心のどこかでいつも自分勝手なことみちゃんを信じて生きていける自信がなかったものまた事実だった。

 この日、この後どうしたかさっぱり覚えていないんだけれど(と言うかそもそもこれまでの会話も割と記憶を頼りにしてるからどれくらい正しいか自信がないけど)とりあえず事なき?を得て多分おそらく円満に解散することができたと思う。
 いや、少なからず心に大きなしこりが残ったとも思うが。

 俺はこういったいざこざを精算し切れずに冬が終わっていくのを感じていた。

 その間、何かから目を逸らすかのようにことみちゃんと二人でお金なんかなかったけど旅行に行ってみたり、自由登校の時期にわざわざ制服を着て出掛けてみたり、うっすらと感じる終わりの気配がすぐそこにあるのにやはり、みてみぬふりを続けた。

 朝目が覚めると突然、全て万事解決うまくいってことみちゃんともこんな消耗的な愛を育まずに済んで毎回帰る頃にはまた今度と言い合って、お互い明日また連絡が来るのか不安になって2,3時間毎に起きてはLINEを返す夜や次また会う理由を探すような毎日が、突然来たらいいのにななんて考えるけど時間はそのまま過ぎていった。

 我ながら半勢いで決めた進路ではあるが適当ではなかったし、天秤にかけるなんて18の俺にはとてもじゃないけど出来なかった。

 そうこうしていると引越しの日が訪れた。

 父親が張り切ってハイエースを借りてくれて、荷物などは車で運んでくれる事になった。
 俺はそれに乗ってもよかったんだけど、ことみちゃんがお見送りに来てくれるかも?と淡い期待を胸に深夜バスで行く事を決めた。

 ことみちゃんが来やすいように新宿から出る深夜バスを選んで、何日か前にことみちゃんには出発時刻を伝えておいた。

 ことみちゃんはああとかううとか、気の抜けた返事をしていたけれど別れたわけじゃないし流石に来てくれるだろう、と気楽に考えていた。

 それでもやはり、ことみちゃんは見送りに来てくれはしなかった。


 やっぱりかと悲しい八割、安堵二割の複雑な気持ちを感じていた。
 しかしやはり、タイミングのいい女であることみちゃんは乗車の一五分前くらいに電話をかけてきた。

 内容はこれで別れようと言うことと、話したいことがたくさんあったけど伝え切れないから後でラインを送るよと言うことと、体に気をつけるようにと、まるで練習してきたかのようにスラスラと話して電話を切った。やはりいつものように一方的に、自分勝手に。

 呆然、とりあえずバスに乗らなきゃといそいそと乗り込む。

 バスは無常に動き出して、ことみちゃんとの距離を少しづつ広げていく。もしかしたら一時、町田に近づいたりしていたのかもしれないけれど。

 しばらく人生初の夜行バスに揺られて、なんとも言えない気持ちを咀嚼しているとラインが届いた。

 ことみちゃんらしくない、綺麗で読みやすい日本語の羅列がそこにはあった。
 そこに俺は確固たる決意を感じたし、内容を何度も何度も読み返したからことみちゃんの気持ちや言いたい事、なんとなくわかったような気がする。

 それらの言葉は自分のしでかした事への怒りやことみちゃんの悲しみを一身に浴びて、まるで呪いのようなそれは今でもたまに思い出してはずっと、寝苦しい閉塞感のある深夜バスで何度も起きては新しいラインがきていやしないかと画面を見てみては、ことみちゃんが俺にくれた呪いがまた、ひとつ蓄積していった。

 そうして俺は新しい生活を手に入れた。

 18年生きて、いくつか呪いを受け取って、抱きしめる勇気は無かったけれど、それでも生活ははじまっていくのだった。


「ここで呪いをひとつまみ」

ぬくもり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?