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横に君を感じて


 サマーソニックに行ってみたいの。

 18の初夏、ことみちゃんは唐突に俺に言った。ことみちゃんは当時、俺が熱中して聞いていたFall out boyを一緒になって聴いていて、どうやらこの年のサマーソニックに彼らが来ると言うことであった。


 前回、懲りずにまたことみちゃんがと一緒にいはじめた話



 ずっとバンドをやっているものの、なんだかフェスは気後れするよなあと思いながらなかなか行かない出不精の俺だけど、知ってるアーティストが沢山出るのと、何よりまたいつ消えるかわからないことみちゃんと先の約束をするのが何か、すごく重要なことのような気がした。

 ことみちゃんはこれまで、やはり唐突に居なくなってしまう事が多いから俺はなるべく思った事を言おうと思ったし、気持ちはなんでも伝えるようにしておこうと考えていた。

 だから俺がことみちゃんに、先の事を約束できて嬉しいよと言おうと思った時「先の事、約束出来るの嬉しいね」とことみちゃんが言った時からずっと、心のどこかにことみちゃんが住み着いてしまったのもまた事実だったりする。

 いつも自分勝手に居なくなることみちゃんがそんな事を言うのは、自分勝手なくせに多分俺との未来とか先の事が俺と同じように不安だったり心配だったりしたのかな、なんて思う。

 そうやって俺はことみちゃんの中に残っていったのだろうし、だからこうして人生の中でも最も鮮やかに光るティーンエイジャーな俺たちは懲りもせず、飽きもせず一緒にいてみたり離れてみたりしていたんだろう。

 俺たちはバイトもほどほどにしていたし、ちょっと前から計画を立てればサマーソニックだって行けちゃうような余裕と、年齢になっていたりしたのだ。

 早速俺たちは誰を見ようか、とかこんなアーティスト来てほしいよななんて話をしながら夏を捕まえに行った。


 その年のサマーソニックのラインナップがこれ。

 これを書きながら、ヘッドライナーとか見たやつは覚えていたから他にどんな人が来てたんだろうと見てみると、結構豪華な顔ぶれだなあと思った。
 というか音、重すぎだろう。なんだこの音圧フェスは、今とあまりにも方向性が違う。好き。


 確かほぼずっとマリンステージにいて、bullet for my valentine、fall out boyを見た。
 ちなみに演奏前、fall out boyのサイン会があると言う事でTシャツを買ってサインしてもらった。
 メンバーみんなと握手をしてゴツゴツしたでかい手を感じ、ことみちゃんと二人で大興奮した。
 ことみちゃん、今でもあのTシャツ持ってる?
 俺は絶対捨てられないし、いまだに一度も着ないで綺麗に畳んで、何度引越ししても持ってるよ。

 fall out boyを聴き終えて後ろの方へ行き、リンキンパークを聴いているとことみちゃんが突然泣きそうな顔でお父さんがめちゃくちゃ怒ってるから帰らないといけないと言い始めた。

 ええ!メタリカまだ来てないけど!と言うのをぐっと堪えて、ことみちゃんの家の複雑さや問題、ことみちゃんの置かれている状況を少し考えて俺はわかってるよ、と言う顔で今日は帰ろうかと言った。

 ことみちゃんは泣きそうな、と言うか多分泣いてたんだけれど、俺に手を引かれて、メタリカがまだ来ていないマリンステージに背を向けて帰ることになった。

 帰りの電車でもごめんねとずっと言うから俺は、心の小さい男だと思われなくて人目も憚らず髪を撫でたりして大丈夫だよと言ったりしていた。
 だって聴きたかったfall out boyは聴けたし、サインだって貰えて握手も出来たじゃん、メタリカは最強だからまた日本に来るよ。なんて添えて。

 でもその時の俺は、メタリカがまた来たら一緒に見に行こうだなんて言わなかった。
 こういう爪の甘さが俺なんだろうなあと思う。考えすぎ?というかことみちゃんメタリカ別に聴きたい訳じゃないもんな。

 こうしてちょっとだけ後味が悪い、終わり悪いと全て微妙に悪いみたいなサマーソニックの思い出を残しながら夏は本格化していった。

 俺たちの夏はまだおわんないよね。みたいな目でメソメソしたことみちゃんを見ながら、何線か忘れたけど電車に揺られながら帰路に着いた。

「横に君を感じて」

ぬくもり

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