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【物語詩】あなたの隣の席

 最初の瞬間は嬉しかった
 桜前線が生まれる前のこと
 映画館で あなたの隣の席に座った

 もっとこの機会が増えればいいと思った
 私の心は花が咲き乱れていた
 私は 桜のように在りたかった

 あなたの隣にずっといたかった
 その願いが叶うように自らを飾りつけた


 それから月は巡り 季節も廻り
 あなたは微笑み 落葉は色づき

 想いが果実のように実った頃
 あなたを何でも知っている人になった
 収穫された産物をかじっていると
 あなたに私の好きな映画を訊かれた

 答えようとして ふと戸惑う
 あなたに夢中になり過ぎて
 あなたの好きな私になりたくて
 あなたの好みに外れる私を忘れていた

 あなたならきっと観ないような映画を
 最初から観ようともしなくなっていて
 私はあなた好みの仮面の下で躊躇った


 あなたはきょとんとして 覗き込んでくる
 仮面の奥を見透かされそうなコンマの後
 次はこっちの番でしょうと諭された

 今まで好きなことを知ってくれたから
 今度は君の好きなことを知りたいんだ
 もう 教えてくれるでしょう と

 いつもの微笑みに夢心地になりながら
 私は1つ 映画のタイトルを告げる
 あなたは頷き ソファーに座ってみせる

 唐突に始まったミニ映画鑑賞会
 私はあなたの隣に座って
 サブスク配信の画面を見つめ始めた

 あなたは私の好きなあなたになるのか
 まだ観たこともない映画を観る気分で
 ちらと あなたの横顔を見つめながら



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