記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。

映画『ラストマイル』を観てきた感想文

 ラストマイルを観てきましたという感想文です。ただの感情の覚書なので、考察とかでは特にないです。当たり前だけどネタバレしかないから、まだ観てない人はこんなもん読んでないで今すぐ映画館に行って早く「がらくた」聴いてこい。
映画『ラストマイル』公式サイト (last-mile-movie.jp)

 アンナチュラル・MIU404とどちらも非常に好きなドラマのシェアード・ユニバース・ムービーという触れ込みで公開された映画、ラストマイル。
 ものすごく楽しみにしていたからこそ、一周回って公開前はとにかくハードルを自分の中で上げ過ぎないようにということを気を付けていた。果たしてどんな内容になるのか、アンナチュラル組とMIU組はどの程度話に絡んでいくのか。緊張しながら映画館の扉をくぐり、そして上映後は想定以上の面白さ、内容の深さと重圧にぐったりとしながら退場した。一緒に観た友人も同じことを口にしていたが、とにかく後半は祈るような気持ちで息を止めている時間が多かったため、見終えた後に酸欠で頭痛がした。
 いまやファストに配信で映像を楽しめるこの時代、映画館で映画を見るという行為は1対1でその作品と真正面から向き合う贅沢品となったが、自分はラストマイルを映画館でじっくりと観ることができて本当に良かったと思う。
 次々と起こる事件、問題、トラブル。息もつかせぬとはこのことで、スクリーンの向こうで生きている彼ら彼女らから一瞬たりとも目が離せない2時間ちょっとだった。野木亜紀子氏、シナリオの質が高いだけでなく伏線の使い方や台詞回し、問題提起の仕方もさすがの実力なんだけど、何よりとにかく人間の書き方が上手い、上手すぎる……。舟渡エレナの爆弾の被害にあった人に対しての台詞に「かわいそうだけど、でもそれは私じゃない」(うろ覚えだけど大体こういう意味の台詞だったと思う)というものがあった。これはそのまま映画を観ている側の我々の立場でもあるが、作中人物の生活や人生に触れるにつれ(特に松本里帆や佐野親子が顕著だ)段々とこの物語が自分の人生とも隣り合わせであることに気づかされ、最後の「What you want」で壁が完全に崩壊する。ボタン一つで注文し、届いた品物を受け取る。もはやそれがない時代など考えられないほどの利便性のしわ寄せ。私たちの欲望が作り上げたシステムが生み出す歪みに、無自覚なままでいていいのか?そういった問いかけを突き付けられた作品だった。
 アンナチュラルやMIUを観て自分は、野木亜紀子氏は人間の醜い部分や愚かさを知っていながらもなおその善性を信じている脚本家だと認識していたため、最終的にはドラマ2作品のような紆余曲折有れど希望のあるエンディングを迎えるだろうと予想していた。その予想は半分当たり半分外れたというのが自分の実感だ。
 羊急便のストライキを経て運送料金は20円の値上げがされたが、それは焼け石に水であることは佐野親子が口にした通りだ。舟渡エレナは晴れ晴れとした様子で職を辞し眠りについたが、好きにすればいいと鍵を託された梨本孔は山崎佑のロッカーを見つめる。人々の欲望に際限はなく、今日もデリファスのベルトコンベアは動き続ける。世界は少しだけよくなり、そしてほとんど変わらなかった。その責任の一端を担っているのは、どうしようもなく自分自身だ。
 期待をしていたようなドラマ2作品のようなすっきりとした爽快感はなくて、それでもずっとラストマイルについて考えてしまうくらい面白くて、大きなものを受け取ってしまったという実感が何よりもあった。とんでもない映画だったな。
 
 いろいろと感じたことや考えたことを書き出すときりがないのだが、今回は各登場人物に焦点を当てて感情を残していきたい。なお、ラストマイルで一番私の脳を焼いたのは舟渡エレナなので、彼女は一番最後に回したいと思います。

・梨本孔

 岡田将生スタイルが良すぎる。えぇ~いくらなんでも脚が長いな……赤いビンテージコートを羽織ってる舟渡エレナの横に立っても、遜色のないスタイルの良さ。無造作にバーガー食ってるのもパソコン覗き込んでるのも全部が絵になるのずりぃー。
 出世欲のない、ほどよく生きていこうとする青年。だが全部に無気力なわけではなくて、人の命がかかっている爆弾事件は無視できないし(それでも予告動画を見つけたときに上司のエレナを押し切るほどの強さがないところがいかにも彼らしいが)、気になることがあればシステムログを漁りもする。自分から前には出たくないが、すべてに無関心ではいられず見て見ぬふりを貫き通すほどの強さがなく、死ぬかもしれない上司を見捨てることもできない。つまりは、きわめて普通の善良な人間だ。
 ラストマイルという映画は言ってしまえば舟渡エレナの物語でもあって、我々一般人の感性に近い孔が隣にいるからこそより彼女の鮮烈さが際立つ仕組みになっている。舟渡エレナが感情移入しにくい主人公であるため私たちは自然と孔に近い立場で劇中世界を見ていくこととなるが、そのことがラストにエレナからセンター長を引き継ぎロッカーのカギを委ねられた際に、エレナが言う「次はあなたの番」とは孔だけではなく暗に我々のことも指しているのだと思わされてしまうという仕組みになっており、シナリオが上手い~~~!!!!途中でファストフードを食べてる描写があるのは、なんとなくだけどインスタントに利便性を消費している面としていれてるのかなと思ったり思わなかったり。
 最後の山﨑佑のロッカーを見つめる、無感情とも思い詰めているともとれる表情が、ずっと忘れられない。山崎佑のロッカーに残されたベルトコンベアを止める方程式。筧まりかにとってはずっと求めていた答えであり、しかし今のデリファスにとっては正直これが表に出たからと言って何かが決定的に覆るわけではないだろう。
 それでもきっと、孔はこのロッカーを見るたびに、あなたはベルトコンベアを止めるのか?と問いかけられるんだろうな。

・五十嵐道元

 道元というTHE日本人な名前の彼が、あの若さで外資系企業の日本トップになるにはどれだけ優秀で社内政治が上手くて他人を蹴落としてきたんだろうとその人生に想いを馳せてしまう。関東センターの社員が派遣700人(ブラックフライデー時は800人)に対しホワイトカラー(正社員)が9名とかなり極端な構造からも少数精鋭の会社なんだろうなとは思うけど(9名で800人の派遣労働者を管理しきれるのか?それとも指導や管理部門も派遣にやらせてるのか?)、ハングリー精神がなければあの地位にはたどり着けまい。
 他人の成果を横取りし失態を押し付ける嫌な奴、という風な印象付けを多分意図的に映画ではされているが、こんなのは社会で当たり前だしエレナだってそうだ。個人的には行動原理が分かりやすくって、人間性は置いといてかなり好きな人物。下手に出れば負ける、負ければ全てを失うと理解しているから、何がなんでも折れない。誰も彼もが、虚勢をはらなければ生きていけない。自分が前へと進むために他人が犠牲になるのは仕方ない、だって社会ってそういうものだから。そう割り切らなければここまでこれなかった。
 あの時に「死んでも止めるな」という言葉を口にしてしまったこと、彼自身にも呪いをかけてしまったのだろうな。ベルトコンベアからおろした山崎佑に上着をかけるシーンが印象深い。それまでずっと自分が正しいという自信に満ちた五十嵐が、ジムで横たわりながら「何ができたんだよ」口にする。その声に滲んだ感情がよかった。ディーン・フジオカいい演技をするな……。
 五十嵐は最後にセンター内のロッカーを手当たり次第に開けては何も見つけられず、山崎佑が飛び降りた地点を見下ろす。きっとエレナの「爆弾」発言をサラ経由で聞いたからなんだろうけど、ここでロッカー内を探しているってことは、五十嵐はもしかしたら山崎佑のロッカーの件を知っていたのかもしれない?でもどうだろう、五十嵐が以前にあれを目にしたならすぐに証拠隠滅として消しそうな気もする……。何か思い当たることだあったのだろうか。ともあれカギは孔が持っているため、五十嵐が山崎佑のロッカーを見つけることはできないし、ロッカーの中の方程式がデリファスを壊すこともない。存在しない爆弾に怯えずっと探し続けることが、あの時何もしなかった五十嵐に与えられた罰なのかもしれない。

・八木竜平

 八木さん、クビにならなくてよかったね~~~~!!!!上からも下からも取引先からも詰められる、日本的企業の中間管理職代表。ずっとかわいそうな役回りだったけど、最終的には良い方向に向かって安心した。作中の癒しというか間違いなくキーパーソンなんだけど、八木さんや佐野親子はデリファス組に比べてリアリティラインがちょっと低め。MIUよりはアンナチュラルに近いというか、キャラクター性が濃くて、このドチャクソ重い物語の中でいい箸休めになってくれている。感謝。
 羊急便が荷物管理にファクスを使っていることが判明したシーン、家で見てたら絶対声出して爆笑してた。(弊社でもFAXが未だに現役だから人の会社のこと笑えないのだが)
 これまでずっと電話でのやり取りだった舟渡エレナと八木さんが、直接会って会話するシーンが静かながら好きだったな。

・佐野親子・松本家

 佐野親子と松本家の生活を合間合間で見てきたからこそ、映画の後半からはただの登場人物としてではなくて今を懸命に生きている人たちとして感情移入してしまって、爆弾が入った荷物のシーンは本当にずっとドキドキ祈りながら見てしまった。
 ラストマイルでは伊吹と志摩の代わりに、佐野親子が間に合わせてくれたんだね。洗濯機についてもまさか耐熱性が優れてるっていう会話が伏線になってると思わなくて、やられたなぁ。最後、改めて安眠枕が届けられてよかった~幸せに生きていってほしい。

・アンナチュラル組

 UDIラボのメンバーが画面に写っているだけでもはや嬉しい。うっかりクソって言ってしまう中堂さんがまた見れてよかった(?)。木林さ~んお久しぶりです~~~♡今回も謎グラスありがとうございます♡♡ファンサが手厚い。久部くんが研修医になって頑張っているのをみると涙ぐんでしまう。あの久部がいまや立派に研修医を務めて……大きくなったねぇ……(親?)
 アンナチュラル組が出るってことはご遺体が事件のキーになることは自明の理だったのに、普通になんも考えないで映画見てて、焼死体のとこで新鮮にびっくりしてた。なんで観る前に思いつかなかったんだろう~トリック内容としては王道も王道だったのに……。
 中堂圭なら「見上げた根性だ」って言うだろうし、ミコトなら「そんな根性ならないほうがいい」って返すだろうなっていう、二人の人間の核となっている部分がよく表れた百億点の会話だった。

・MIU404組

 機捜のメンバーが画面に写っているだけでもはや嬉しい(2回目)。いまでも志摩と伊吹がバディやってるってだけで栄養素高いし、陣馬さんと勝俣くんが組んでるのに興奮してしまう。やっぱ新人任せるなら陣馬さんだよな~~!ナイス人事!!!あの勝俣君がいまや立派に機捜の一員になって……大きくなったねぇ……(親その2)。そして白井君も……懸命に生きていて……生きていてくれてありがとう…………。
 志摩と伊吹が山崎佑の自宅に突入するところ、爆弾とか部屋に仕掛けられているんじゃないかって正直すごくハラハラしていたが別にそんなことはなかった。ドアを開けたら爆発するトラップとかあったらどうしようって勝手に怯えてたけど大丈夫でした。でも危険な仕事だよなぁ……現実世界ではもうちょっとヘルメットとかして乗り込むんじゃないかな。
 伊吹の野生の勘によって捜査が進展するのもよかったけど、その後の植物状態の山崎佑の病室で、志摩が「ヤマザキ」の濁点をそっと隠すのがらしいなって……。というか今書いてて気が付いたけど、飛び降り自殺で植物状態になった山崎佑と、相棒が転落死している志摩を邂逅させる脚本じゃないかおいこれ野木亜紀子先生~~~~!!!!!!
 アンナチュラル組もMIU組もそれぞれ自分たちのやるべき仕事をして、それが事件解決のピースとなるのがいい塩梅だったし、彼らがこれまでもこれからもこうやってこの世界で生きているんだということが感じられた。

・山崎佑・筧まりか

 「がらくた」を聴けば聴くほど筧まりかと山﨑佑のことを考えてしまう。米津玄師に一生解釈バトルで勝てない、アンナチュラルから連戦連敗中。
 筧まりか、彼女の行いはたとえ何があっても正当化されるべきではないけれど、それでもその覚悟に心を震わされた。
 バイタリティ溢れる人。広告代理店で勤務しながら土日は派遣とか、正気の沙汰じゃない。いやもうとっくに正気ではいられなくなっていたんだろうけど。しかもその合間に裏社会と繋がって爆弾も用意し偽広告の発注もしている。どういうことなんだよ。
 行動力があり頭の回転も早く目的のためなら手段を選ばない、舟渡エレナの鏡写しのような女性だったなと。「世界は償ってくれるんですか」という時の真っ直ぐな瞳ときたら。
 大切だったものを失い否定され、自分と世界を許すことができず、初めの犠牲者(そして結果的に唯一の死者)になった彼女の気持ちを考えずにはいられない。これは人が死ぬ爆弾であると知らしめるため腹を括った強さもあるだろうけど、それ以上にもうこれから先の結末を見届けることができないほどに彼女は限界だったのだろうと個人的には思った。自分が傷つけ殺す無関係の人々、何も変わらないかもしれない、止まらないかもしれない世界。死ぬことも、誰かを殺すことも、何もなし得ないかもしれないことも怖かったろう。それでも大切なものを奪って知らん顔をしている世界に一矢報いなければいられなかったんだろう。それは……なんで言ったらいいんだろうね……。愛って言葉に押し込めていいのか分からない。
 山﨑佑は、作中で本人が動いているシーンってほとんどないのに、飛び降りる時の笑うような口元だけであまりにも大きな爪痕を残していった。ベルトコンベアを止める方程式に気づいた時、これでやっと止められると嬉しかったんだろうな。もうまともな判断ができる状態ではなかったのは間違いなくて、一旦止まったベルトコンベアが山﨑佑がどかされてまた動き出すのを見て「バカなことをした」と口にした時の気持ちを考えると空しくなる。
 追い詰められて飛び降りて、だけどベルトコンベアは止められず死ぬこともできず、恋人は爆弾犯となり自死を選ぶ。山﨑佑が徹底的に報われないように描写されてるのは、野木亜紀子先生からの絶対に自殺を美談にしないという強いメッセージを感じた。
 「がらくた」を聴きながら彼らの先に続いていたはずの人生について想いを馳せる日々。いやもちろん「がらくた」はこの2人だけの歌ってわけじゃなくて様々な人の視点に重なっていて、ラストマイルという作品の主題歌として相応しい歌なんだけど、それでもやっぱり最終的にはこの2人に行き着くっていうか……最初は筧まりかの歌だと思っていたけど、後半になるにつれて山崎佑の歌にもなっていくんだよな。「例えばあなたがずっと壊れていても 二度と戻りはしなくても 構わないから 僕のそばで生きていてよ」うううううう米津玄師ーーーーーー!!!!!!!!!(号泣)
 2人で生きていて欲しかった。どうしようもない世界の中でも、生きていて欲しかったんだよ。

・舟渡エレナ

 さて、満を持して舟渡エレナについてです。ぶっちゃけラストマイルの感想の9割は舟渡エレナに持っていかれました。
 舟渡エレナ、なんて鮮烈な人なんだろう。
 人情味が溢れるようでいて割り切っていて強欲で傲慢で頭の回転が早く機転も効く、それでいて貪欲で成果を求める。大企業の中で戦ってきた人物という説得力が、全身から溢れている。バイタリティがあり仕事において優秀な人間の質感の表現が、あまりにも上手い。共感はできない。でも目が離せない。華やかな色のコート、じゃらじゃらとした指輪。判断力があり無理を通す強さもある。強くなければ、あの歳であの地位にいるわけがない。
 自分がラストマイルについて感想を話すうえでどうしても切り離せない部分だと思うので誰も興味がないのを承知で書くが、こんなにも舟渡エレナがあり得ない角度で私に刺さっているのは、昔の上司に死ぬほど彼女が似ていて、勝手に情緒がおバグり申し上げているからだ。
 元上司は舟渡エレナから性格を50%きつくして愛嬌を50%オフしたような人間だったのだが、それはもうとにかく優秀で仕事ができて何より強かった。親会社からの出向で超高学歴帰国子女出世コース爆走中これまで潰してきた部下は星の数ほど。頭の回転が異様に速く強気で勝ち気で自分が正しいと思ったら絶対に意見を曲げないし相手の落ち度を責めたて無理を通すし、部下の我々は常に実力の120%以上の仕事を要求され日々叱咤を受けた。一部の隙もなくブランド物のヒールをカツカツと鳴らして歩き、飲み会では日本酒をガンガン飲み休日は役員とゴルフ。女性があの若さであの地位にたどり着くには(それもデリファスと違い超日本型企業の弊社で)、これほどまでに優秀で強くなければならないのかと慄くとともに、自分は一生ああは成れないと思ったものだ。間違いなくすごい人だったし尊敬……というよりは畏怖の念が今でも脳裏に刻み付けられている。もう二度と、絶対に、一緒に仕事したくない。本当に。マジで。
 舟渡エレナの纏う死ぬほど仕事ができる死ぬほど強い女性の空気があまりにも元上司と質感が一緒で、もうラストマイル始まって15分くらいで舟渡エレナのこと元上司と重ねて見てしまって完全に感情がおかしくなってた。私は舟渡エレナを『知っている』という強烈な実感。例えば仕事ができる強い女性(若手ではなく管理職クラス)としてはMIUでは桔梗さんがいたが、桔梗さんにはない(少なくともMIUのドラマの中では感じられない)傲慢さや利己的な姿勢が、より舟渡エレナを現実に存在する人間としての輪郭をくっきりとさせている。これはもうひとえに満島ひかりさんの演技が、あまりにも上手い。競争社会を生き残ってきた女性としての表現が、何から何まで完璧だった。少なくとも、実際にそういう立場の人間と関わった私にとっては、それがあまりにも同一のものとして感じ取れてしまって、過去に詰められた記憶とかがちょいちょい蘇ってきて動機がするほどだった。ああいう優秀な人って脳の回路が多分我々平民と違ってて、驚くほど様々な要素を踏まえたうえで即決即断なんだよね。映画見るのに最悪のノイズ過ぎる〜。
 そんなこんなで舟渡エレナのことを自分はもう完全に他人とは思えず、半場不可抗力的に心を奪われながらラストマイルを観ていくこととなったのだが、「私がどんな思いでここまで」で溢れた感情にすっかりやられてしまった。
 責任の重さに寝られなくなり休職もするし、爆弾で自分が死ぬかもしれないとなったら泣くし、山崎佑のことを一度も「ヤマザキ」とは言わなかったことからもわかるように、かつて筧まりかから背負わされた「何もしなかった」という咎を完全に忘れ去ることができない。
 舟渡エレナは虚勢の裏側に弱さや脆さを隠しているキャラクター、ではないと思う。
 彼女はやはり本質的に優秀で狡猾な、「すべてが欲しい」側の人間だ。それでも捨てきれない人間らしさが、強かさと混じりあって舟渡エレナの舟渡エレナたらしめているし、圧倒的存在感と魅力となっている。なんかずるいな。すごくずるい。
 あれだけ優秀な人間が不用意に自分のアカウントで人事データベースを消すのは軽率というか結構違和感あったんだけど(絶対システムログでばれるだろと自分も思っていた)、なかったことにしたいという焦りがあったのかな。
 「死んだのはかわいそうだけど、知らない人だし」と言っていた舟渡エレナが、途中で爆弾事件の真の意味での当事者となるのは、五十嵐の「死んでも止めるな」と同じくシナリオの皮肉がきいていて上手い……。爆弾の恐怖から解放されて孔とマグカップを抱えながら会話しているシーンから、一つ憑き物が落ちたように感じられた。ラストのサラへの「爆弾はまだある」は、存在しない爆弾を探し続けさせる意趣返しなんだろうな……。
 野木亜紀子さんはアンナチュラルからずっと、どんなことがあっても食べて寝て生きていこうというメッセージを書き続けてきたけれど、かつて「眠れなくなった」と言っていた舟渡エレナがすがすがしい顔で職を辞し最後にパトカーで深い眠りにつくというラストの、物語としての美しさと優しさに泣きそうになってしまった。一方でセンター長の職を託された孔は、これから眠れない日々が始まるのかもしれないが……。
 
 面白い、と安易に表現していいのかわからないけど、心にずっと爪痕を残すような映画でした。また近いうちに2回目を見に行きたいと思います。

9/15追記

 ということで2回目を観に行きました。ついでにパンフも手に入れました。
 情報の処理が遅い方なので、賢い方は初見で理解していたであろう様々なことに2回目でやっと気が付いたり感じたりしたので、せっかくなので残しておこうと思う。

 初見の時は以降の情報量に押しつぶされてすっかり忘れていたけど、ラストマイルのスタートは電車の中で目をつぶっていた(うたた寝していた?)舟渡エレナが目を開けるところから始まるんだね。舟渡エレナの視線の先にあるのは車内モニターに流れるブラックフライデーの広告。展開の早い今作の中でこの場面の尺がずいぶん長くとられているのは、エレナが目を開けてブラックフライデーの広告を目にした際の、微かに強張って憂鬱そうな表情が物語にとって必要とされたからなんだろうな。
 最寄りで降りた後、派遣社員が恐らくバスにぎゅうぎゅうに詰められている中タクシーでセンターまで出勤する舟渡エレナ……。初見ではあんまり意識せずにほえ~とバスのほうを見てたけど、駅からの出勤にタクシーを躊躇わずに使うことができる舟渡エレナのホワイトカラーとしての立場の強さを改めて実感する。ブランド品の華やかなコートや指輪から彼女が相応の年収を得ているエリートであることは初見時にも分かっていたけど、出勤にタクシー使ってるとこが個人的に一番財力を感じた。(ブランド品の購入は貯金してちょっと背伸びすればできるけど、日常の中の出勤という行為に初日とはいえタクシーを使うという発想には、庶民……というか私は至れないため)

 観ながら改めて舟渡エレナという人物について考え続けていたんだけど、元上司というバイアスから2回目はある程度抜け出して観ることができた(当社比)のだが、彼女が想像以上に余裕がなくて追い詰められていることが端々から伝わってくる。
 自信ありげに振る舞い笑っているのは、本人も口にしているようにそうしないと出世できないから。というかやっていけないから。嘘ではないけれど、まるっきり本心でもない。五十嵐と同じく、周囲へのポーズ+自己暗示の意味合いが強そう。前半の振る舞いも、3か月の休職明けであるという情報を踏まえてみると、今度こそうまくやらないといけないという力みがどこか違和感となって滲み出ているように思える。そしてそんな舟渡エレナと接している梨本孔の感情が、当初の困惑から徐々に猜疑心に傾いていくのが視線から伝わってくる。岡田将生ってスタイルも顔もいいのに演技も上手いな。好きになっちゃうよ。
 あと改めて観て理解できたのは、エレナが中盤で通話していた相手は本社のサラだったんだ。これも後の情報量が多くて、初見ではこのシーンがあったことを忘れてた。最後にちゃんと相談に乗る振りをするときだけ日本語を喋ってくれるんだねって伏線回収してくれてたのに、初見ではそうなんだ……?といまいちピンときてなかった。にぶちんすぎる。
 ほかに印象に残ったのは筧まりかが自ら爆弾を起爆する場面。震えながら、顔を歪めながら、その爆弾が他者を傷つけるものであることを示すために第一の犠牲者となる。このシーンって、爆弾を起爆した後は冒頭でも使われていた部屋の爆発を建物外から映したシーンにつなげるのでも全く問題ないんだよね。でもラストマイルでは炎に焼かれ苦しみの表情を浮かべる筧まりかを、長めの尺でしっかりと映像として見せてきた。これは山崎佑の自殺未遂が報われないように描かれているのと同様に、自ら命を絶つ行為は決して楽なものではなくて、苦しくて辛いものであるという制作陣の強いメッセージとして受け取った。バラバラになるほどの衝撃だもんな……。
 その他細かい部分だと、筧まりかが広告を自分で偽装発注して自分で請け負っているという説明が2回目だとちゃんと脳に入ってきた。広告代理店の上司?の休みの日は携帯切られちゃって繋がらないんだよね~という台詞が2回目にして、休日はデリファスで派遣やってたからということに気が付いた。そりゃ電話繋がるわけねーわな。

 ロッカーの中のメッセージについても知っている状態で見たから、舟渡エレナの「一番知りたかった答えはロッカーの中にあったのに!」がすとんと心の中に入ってきた。
 UDIラボの面々が焼死体が筧まりかであることを気が付くのとは別に、舟渡エレナは爆弾のトリックを理解して真実に一人で辿り着いてしまった。「彼女を探さなきゃ」とついさっき口にしたばかりなのに、「私の罪か、世界の罪か」と苦しんでいた彼女が、既に自ら命を絶っていることに気が付いてしまったからこその叫びだったんだ……。筧まりかがこのロッカーのメッセージを知っていたなら、きっと少なくとも自分自身のことは許せただろう。でもそうはならなった。ずっとデリファスの倉庫で働き続けていた筧まりかは、ブルーパスだからすぐそばにあったはずのあのロッカーにはたどり着けなかった。この映画がどこまで意図しているかは分からないけど、ホワイトカラーとブルーカラーの世界の分断とも読めるようになっていて、やるせないな……。
 あのロッカーのメッセージを「決して消してはならない」と引き継いできた人たちのことを初見では人間の善の部分だと感じていたけど、けど裏を返せばその人たち(少なくとも初めのそれが山崎佑のロッカーに残されたメッセージであると知っていた人たち)はこれまで何もしなかったが故に現状を作った人たちでもあって……でもそれがそこにあることを知っていたからといって当時の人たちがデリファスを糾弾できたかというと、できないよな~~~~できないからこうなっちゃったんだよな~~~~~。山崎佑がデリファスのせいで飛び降りたことを薄々察しつつも声をあげる勇気はなく、かといってその証拠を消してしまう事も出来ない。何もできないけどそのままに残して引き継ぐ、その臆病な善性はいかにも日本人らしいよね……。山崎佑が飛び降りたのは5年前だけど、2年いる孔の前に少なくとも3・4回は人が入れ替わってる?人の移動が激しい会社なんだなさすが外資系企業。
 2回目を観て、やっぱり五十嵐はあのロッカーのメッセージの存在を知っていたことを確信した。じゃないと、舟渡エレナのまだ爆弾はある発言をサラ経由で聞いて、あれほど焦ってロッカーを探すという行動にならないし。五十嵐もまた何もしなかった(ロッカーのメッセージを見て見ぬふりをした)人だったのか、それとも五十嵐が消すように指示を出していたが担当者の判断で引き継がれていたのか判断が分かれるところ……個人的には3:7で後者だといいなという気持ちです。

 ラストマイルをもう一度見て、やっと舟渡エレナという人物とちゃんと会えた気がする。
 でもごめん、羊急便に「常識的に考えてメディカル便は最優先でしょう
いますぐどこで止まってるのか回答して」と詰めるシーンやっぱ元上司だわ!!!!
 

いいなと思ったら応援しよう!