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パートナーとの上手な関係の作り方21

「夫婦、カップルの為のアサーション」野末武義著 参照
※前回の続き

◾️感情表現とアサーション

・感情は自分自身の物

『それは当たり前でしょ?』と言われるかもしれないが、ここで言う『自分の物』と言う意味は『自分の感情に責任を持つ』ということ。
日常生活において起こった出来事において、周りから自分への働きかけによって主に怒ったり喜んだり喜怒哀楽が生じる。
ほとんどの人は『あいつのせいで…』などと、自分は周りのせいにするが、改めて認識すべきは反応した自分の感情は自分の捉え方によって起こった感情だと認識する必要がある。
水が欲しくてたまらない時、『コップに半分しか水が入ってなくて悲しい』と思う人がいれば、『半分も入っている!嬉しい!』と思う人も居る。
事実は同じなのに捉え方で感情が全く違ってくる
相手や、事象に対して過度な期待を寄せるせいで人よりストレスを受けやすい自分を作り出してたりする。
『期待してはいけない』訳ではなく、相手のことも含めて『色んな捉え方がある』ということを知ろうとすることが大事。

・持ってはならない感情というものはない

喜びの感情は一般的に肯定される感情だが、満員電車で友達と楽しく大声で笑い合っていては周りに迷惑がかかる。悲しみの感情においてもマイナスなイメージがあるがお葬式などの時皆で悲しむことで家族の絆を深めることができたりする。
感情に良し悪しはなく、その場において「マッチしてるか、ミスマッチなのか」で良し悪しが決められるだけ。
まず、その時感じた『喜び』や『悲しみ』を否定せず、受け入れること。
それは自己受容に繋がる。
ただ、受け入れるのは大事だが、だからといって『私は悲しい。だから自殺していいんだ』『頭に来てるからあいつを殴っていいんだ』などと、感情を行動に結びつけることを肯定する意味ではない。

・表現しやすい感情としにくい感情

大人になるにつれてマスメディアや学校の教師、親からの影響を受け表現すべき感情とそうでない感情を自分の中で無意識に作ってしまう。
『男は泣くもんじゃない』『女の子はおしとやかに』という一昔前の通念が良い例。
今一度、改めて男性の場合、本当は悲しいと感じているのに相手へ怒りで表現していないかどうか。
女性の場合は怒っているのに感情を抑えつけて我慢していないかなど、自分の感情を見つめ直す必要がある。


・感情の受容と、パートナーとの関係

自分の感情を素直に認めて表現できることは、パートナーとの関わり方を良好にする為にも役立つ。
例えば普段ホントは、悲しみを感じてるのに怒りで表現してる人の場合は、
相手が悲しんでる時に『何故怒らないんだ?』と相手の悲しみへの共感が薄くなる。
要するに、一般通念や常識『男(女)だから〇〇の感情を表現してはダメだ』と思っていたり、その感情を何かのきっかけで否定し続けて麻痺してしまってる場合。
本来感じてるはずの自分の感情を無視し続ける事は、パートナーが感じてる感情も否定し続けることになり、相手の気持ちへ寄り添うことができず互いに理解を深めることができない。

本日はここまで。

◎今日の呟き
僕は、学生時代の両親死別、親族への不信感、学生時代の部活動時の疎外感などが根っこにあって、基本何でも人に頼らず自分でやる癖と、両親の死以上の悲しみは無いことから、感情を抑えてるつもりは無いんですが、『悲しみ』に関しては感じにくくなってるかもしれません。
だから、パートナーが悲しんでる時『それくらいで悲しんでたら生きてけないよ』くらいの感覚でした。
むしろ甘えてるくらいにおもってました。
今回読み進めた通り『共感』ができないということですね。

こういうところを考えると、同じような経験(幼い頃に親と死別などの悲しい体験)をした人なら相性いいのかな?とも思うんですが、僕は前向きに生きてますが、反対にずっと後ろ向きで生きてる人がいたりもしますし…単純ではありませんよね。

『合う』『合わない』でパートナーを選ぶんではなくて『この人のことは一生、理解し続ける努力をしたいな』と思える人をパートナーを選ぶべきなのかもしれません。

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