コックニー感嘆詞”Oi!”(1/2)...英語ひとくちメモ
表紙写真OI | English meaning - Cambridge Dictionaryより
英国刑事ドラマのコックネイ・スピーカーが頻繁に使う
Netflixでイギリスの刑事シリーズNew TricksやInspector Morseなどを観ていると感嘆詞(interjection)の”Oi!”をよく耳にします。不意に呼び掛けたりする時に使われます。次の稿2/2で触れますが、日本語の感嘆詞「おい!」にとてもよく似ています。「おい!」はどちらかと言えば男性がよく使いますが、女性が使うのをあまり見かけません。New Tricksでは女性刑事も”Oi!”を頻繁に使うのでその点が違うようです。これも2/2で触れますが、アメリカ英語ではあまり聞かない感嘆詞です。ほぼ60年アメリカ英語に慣れ親しんできた筆者自身一度も使ったことがありません。また聞いた記憶もありませんので、妙に気になり調べてみることにしました。頻度数が多いレジスター(register)の一例として研究対象にもなりそうです。
The Britanica Dictionaryによると、"Oi!"/'oi//ɔɪ/=" used to get the attention of someone or to express disapproval" (誰かに対し、何かを容認しない時に注意喚起する目的で使われ)るとあります。例文:
Oi, what are you doing with my car!(おい!俺の車に何やらかしてるんだ!)
Oi!—get away from there!(おい!そこどけ!)
日本でも戦前はお巡りさんが結構怖かったらしく「おいコラ!」とよく口にしたそうですが、戦前のお巡りさんならこんな言い方をしたかもしれません。とにかく権力や権利を有する者が無い者に容赦なく使っていたようです。現在ではハラスメントで訴えられるでしょう。
1930年頃に最初の記録が、労働者階級のスラング
最初に"oi"が記載されたのは1930年で、当時の英国労働者階級のストリート・スラング(street slang)、ロンドンならコックニー(Cockney)などで爆発的に流行ったようです。ただ、インターネット上にあるEnglish 辞書サイトには記載されていますが、下の写真中左の6冊のようなオーセンティックな辞書であるOxford Dictionary of English(not OED), Longman Contemporary Dictionary, Webster English Dictionary, The World Book Dictionaryには掲載がありません。また、下の写真右端の現代英語コーパスを分析した大英文法典R. Quirk et al. 著A Comprehensive Grammar of the English languageも扱っていません。この語は英国(UK)英語のサブ・スタンダーのスラング、レジスターであることは確かです。
1937年に流行った人気ミュージカル"Me and My Girl"の曲The Lambeth Walk が"Oi”で終わります。それを観に来た当時の国王ジョージ一世とプリンセス・エリザベスが、あろうことか、聴衆と一緒に親指を立てて”Oi!”と叫んだことから爆発的広まったと記録されています。
”Oi”の語源、”hoi polloi"の”hoi"(=マス、大衆)から,大衆が自らの呼び名として自虐的に使用か
"Oi"の語源を調べると面白いことが分かってきます。それは大衆、民衆、庶民を指示する古代ギリシャ語"hoy polloy"に由来するというのです。え?大衆がギリシャ語を話したの?と驚くかもしれません。最初にこの言葉を英語で使ったのは1668年英国作家John Drydenで、17世紀知識層の文学サークルで使われていたようです。1837年にアメリカ人James Fenimore Cooperがこの表現を使用し、それがOxford English Dictionaryに記載されて英語の”市民権”を得たとのことです。
(多分Cooperがアメリカ社会にも適用し下層労働者クラスを指示する社会学的用語として広めたのでしょう。100年以上経た1970年代のアメリカの大学新聞などの見出しにhoy polloiがよく使われていました。)
1830年代に産業革命を享受していた英国上流社会で既に広がっていたことが窺えます。民衆を指す"commoners"という語には民衆を蔑み見下すというコノテーションがあるので 、高等教育を受けていない民衆にはちんぷんかんぷんの古代ギリシャ語の"hoy polloi"を侮蔑もこめて使ってたものと思われます。やがて新聞(タブロイド)やラジオなどが日常に溢れるようになると、一般民衆もこの表現を目にし耳にすることとなり、その意味するところが分かると一気に広がることになったのでしょう。ストリート・スマートな民衆は面白半分に自虐を込め自らを"hoy polloi"と呼ぶようになったものと思われます。
こうした事象はよくみられます。自虐文化はある意味庶民の華でもあります。ネガティブなものをポジティブなものに変える装置です。1901年に始まったアメリカMLBのチーム名The New York Yankeesがわかりやすい一例です。南北戦争(1861-1865)が終わって35年、深南部白人達は北部白人全体をニューヨーカーのあだ名Yankee (New Amsterdamの名残を残すオランダ語のJankeから取る)で蔑み、揶揄しました。ニューヨークに本拠地を置け球団はYankeesと名乗ることにしたわけです。
また、別稿で述べた通り、MLBのThe Dodgersもそうです。ファンは縦横無尽に走り回るトラックを命からがら避けながら球場に足を運び他チームファンから嘲笑されていました。それに目を付けて自虐的にThe Dodgersと名乗りました。Yankeesも当時のBrooklin DodgersもNew Yorkers「てやんで!上等じゃねーか!You're right. We are Brooklyn truck dodgers! What the hell! yeah, we're Didgers from now on!」こんなこと言ったかどうかは知りませんが、そんな気持ちが伝わってきます。いかにもアメリカ人らしい話です。
本題に戻ります。このように民衆は自らを”"hoy polloy"と呼ぶようになったのですが、どの言語社会でもサブスタンダード・スピーカーはことばを簡略化します。日本語もしかりです。上述の「てやんで!」もその一例です。気の短い江戸っ子は、啖呵を切るのに「何を言っていやがるんだ!」ではまどろっこしい、それで「何言ってやんで!」に、それを更に短く「てやんで!」にしてしまいました。
同じように、そのうちpolloiが欠け”hoi"だけになって、hotelなどフランス語に倣い語頭の/h/を省いたのでそれに倣い/h/が落ちて”oi"に落ち着くという経緯を辿ったのでしょう。
ポピュラー・カルチャーで広がる
要はYankeesと同じく、庶民が自らを指す蔑称"Oi"を自虐的に注意喚起の掛詞として自ら同士を呼び合ったのでしょう。多くの場合、やがてポピュラー・カルチャーが絡んできます。ジョージ・バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』(1913)を原作とした、1964年放映のハリウティッド映画My Fair Ladyでは、コックニー話者である下町の少女を上流社会のladyに変えていくという話なので、”oi”などスラングを使わないように訓練されます。その反発でしょうか、ほぼ時期を同じうしてジョージ1世プリンセス・エリザベスは大声で”Oi!”と叫び、上流社会のRecieved Pronunciation (RP)からコックニーの世界に逆に飛び込んだわけです。それも王様と王女がコックニーを口にしたのです。これが庶民から大喝采を受けないはずがありません。イギリス中にこの語が拡散されていきます。故エリザベス女王が民衆の尊敬を集めたのは若かりし来頃のこんな小話の影響もあったのかもしれません。
”Oi!”は下層の庶民がのアイデンティティとしてお互いを確かめ合って仲間意識を生む温かさを残した表現なのです。
1970年代になると若者の間に伝統的身分制度に対し民主化を求める動きが更に激しくなります。その起爆剤としてOi!.というイギリス労働階級出身のスキンヘッドのパンク・バンドが人気を博しサブジャンルとしての地位を確立します。
New Tricksでは、1970年代に刑事になり2008年頃リタイアした3人がUCOSという未解決犯罪を捜査し解決していく特別班の話で、自らもかつての仲間も出てくる人物の口から"Oi!"が頻繁に発せられます。それもそのはずその一人ジェリーは若かりしき時パンク・ロックに浸っていたのですから。チームのボス、現役女性警部のサンドラも”Oi, stop!”などといって怪しい男を追いかけます。
2/2に続く:アメリカ英語Hey,日本語の「おい!」類似と相違
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