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〈HISTORY ON THE STREET〉



うるせえな。あの小っせえ女、カラスに向かって喋ってやがるんだ。“鳥さん、鳥さん、どこへいくの?”って。
いくら話しかけてもおめえの声は届かねえ。カラスとおめえの間には、壁ってやつが存在してる。ナゲッツのやつ、そでがわかだねえんだ。

おでたち家猫には壁があって屋根がある。そのせいであのこどみてえに自由はねえが、考えようによっちゃそう最悪ってわけでもねえ。おかげで雨風がしのげるわけだから。

人生には与えられたもので我慢しなければならないときってのがあるんだ。とにかくおでが言いたいのは、いくらカラスに向かって喋っても無駄だってことだ。こでだけははっきし言っておく。おめえの小っせえ声なんかカラスの耳には届かねえ。ナゲッツのやつ、そでがこでっぽっちもわかっちゃいねえんだ。

こでから話すのは、おでたちが小っせえときの話だ。飼い主ってやつらはどいつもこいつもみんなこの手の話を聞きたがる。とくにストリート育ちのおでたちみたいな猫とばったり出会ったようなやつらってのは、生い立ちやなんかを心底知りたがるんだ。だが話したところで通じねえ。おでたちが黙ってるのは、つまりそんな理由からなんだ。

あいつだが理解できるおでたちの言葉は食品を求めるときぐらいだ。とくに腹を空かせて泣くおでたちにあいつだは敏感だが、かといって食品がすぐさまでてくるってわけでもねえ。

あいつだの頭の中はいつだって体重管理やら健康のことで頭がいっぺえだ。いかにおでたちを長生きさせようかって、そでばっかし考えてやがる。いつか起こりうるクライシスに備えてるつもりなんだろう。そんなときおではいっつも叫ぶんだ。そんなことよりもっとマシなこと考えろ!とにかくさっさと食品を出しやがれ!って。そでなのに皿に入でられる食品は気休め程度にほんの数粒。ふざけんな。

とにかくだ。おでとナゲッツとそいつの双子の兄貴は、かつて汚ねえ駐輪場に住んでいたんだ。

ぼれえ家にあいつだの母親は住んでた。そでが実のとこど、おでの母親でもあるんだ。親父が違うだけ。
つまりおでたちは兄妹なんだ。

幼少期のおでは一度は子供らしく母親に世話になろうと思ったこともあったが、母親のやつ、年がだ年中赤ん坊を産んでるもんだから、おではまだ小っせえうちに家を出た。そででいつも街をほっつき歩いてた親父と一緒に、おでもほっつき歩くことにしたんだ。

おでの親父は古物商をしてる。中古品を売る仕事。これがいま若者のあいだで流行ってるっていうんだからおかしなもんだ。しかし親父の場合、好きなもの拾って集めるだけで売るってわけじゃない。ただのコデクターなんだ。親父はそでを駐車場の一角に並べてた。いわゆるガレージセールってやつだ。だがさっきも言ったように売るわけじゃねえ。並べてるだけだった。

あるときその壮大なコデクションを見たコンビニの店長が親父にこんなことを言ったんだ。“店の棚をひとつプロデュースしてくれないか”って。もちろん親父は食品と引き換えに二つ返事で承知した。親父はおでと顔がそっくしだけど、食品に目がないとこどもそっくしなんだ。そでかだというものコンビニの専属アーティストとして迎えられた親父は、毎週棚の中身をセレクトするようになったってわけだ。

木の枝や、ほこりや糸くず、スタイロフォームのかけらとか、親父がいいと思ったものは、正直言って当時のおでにはよくわからなかった。でも大人になるとその良さってもんがわかってくるんだ。最初はいまいちピンとこなくても、じわじわとくる良さ。それが目利きなんだってこと、おでは親父から身をもって体験したんだ。

ストリート生活するおでたちにとってテリトリーには限界がある。そでは最大でも50m。おでみたいな冒険家は食品を求めてもうちょっと足を伸ばすこともあったけど、そででもだいたい100m。そのぐらいが限界だ。調子こいて遠出すると下手したら元の場所に戻れねえって話もある。そこでうまい具合に食品をくれるやつに出会えたら、そのまま居座るって手もありだが、そんなラッキーはめったにねえ。そこにはたいがいめんどくせえやつがいて、新参者は厄介な縄張り争いに巻き込まれるってのがオチだ。だけど、おではぜってえぜってえ誰にも負けねえ。こでだけはいっておく。おでがどでだけ時間がかかっても必ず帰ってた理由は、親父の仕事を手伝うためなんだ。

コンビニに配達するブツは、月曜の早朝に取引された。
納品は、年取った親父に代わっておでが出向くことになっていたんだ。晴でた月曜の明け方に飛んでくるカラスたちが運んでくでることもあったが、ただあいつだはゴミ袋を漁るのに忙しいから、運が良けでばの話だ。

ある日の朝、カラスがいつものようにゴミを漁ってたんだ。ちょっとばかし雪が降ってたし、その頃おでの右足の小指はひでえ霜焼けを起こしてた。寒みいし痛えし歩くのだりぃって思ってたから、こではチャンスだと思ってそいつに声をかけようとしたんだ。そのときだった。ナゲッツがやってきて、カラスに話しかけたんだ。

ナゲッツのやつ、カラスを見るたびいっつも話しかけてやがるんだ。あいつ自分がカラスと同じ色してるもんだから兄妹だと思ってたんだろう。そでなのにどういうわけか自分は飛べねえ。あいつはそでが不思議でたまだねえんだ。カラスが降りてくるたびに飛び方を教えてくでっていっつも聞いてるんだ。兄貴も兄貴でバカだから“ぼくたちに飛び方を教えてください”って一緒になって聞いてやがった。あいつだは会うやつ誰にでも何だって聞いてやがるんだ。そのうちレシピをおぼえたら自家製ダイナマイトでも作りそうなイカれたやつらだ。だけどカラスのやつ、飛び方を聞かれても完全に無視してた。あいつらはいつだって、まるで周波数のぴったし合ってねえラジオで耳障りな雑音聴いてるみてえな顔してたんだ。

“おい、おめえ、飯食い終わったら納品手伝ってくでよ”っておでは話しかけた。実をいうと、この日コンビニに納める品は、でっけえ石だったんだ。でっけえと言ってもおでの頭ぐだいの大きさだ。もちろんカラスが運ぶには重すぎる。そではわかってたんだ。かといっておでにも重すぎる。ただこの石、親父の言葉を借りるなら、〈いい具合にガムがこびりついたアートピース〉らしかった。おではこのアートピースを納品するために、カラスにダメ元でこの案件をもちかけた。答えは決まってるだろ。当然“NO”だ。

とこどがだ。ナゲッツのやつ手伝うっていってきやがったんだ。あいつあんなに小っせえくせに、兄貴となら運べるってぬかしやがった。兄貴も兄貴でバカだかだ“もちろんぼくらにならできるさ”なんて、そうぬかしやがったんだ。

おでたちはそのでっけえ石を3人で押しながだコンビニへ向かった。こでは容易に想像つくと思うが、結局のとこど、チビのナゲッツは1ミリの戦力にもならなかった。とこどが兄貴のやつが意外にも怪力の持ち主だったんだ。石を転がしたり頭でぐんぐん押していく。そしておでたちはついに大通りまで出た。おでと違って母親の言いつけを真面目に守ってきたこいつだにとって、ここまで遠出した日は、このときが初めてだったはずだ。


四車線の広れえ交差点だった。ナゲッツのやつ、あまりにも別世界を見てしまったもんだかだ、急に怖気付いたんだ。あいつ信号の真ん中で、お母さんに会いたい、もう帰りたいとか言ってしくしく泣き出しやがった。

通りを渡り切る前に、信号は何色かに変わったらしい。おでたちはすべての色を認識することはできねえが、とにかく信号の色が変わるとき、そではこの世界の動きが変わるサインなんだ。そこでクダクションが激しく鳴り出した。いよいよ限界まできていたおでの体力はHP3ぐらいまで落ちていた。

うるせえ!っておでは叫んだ。そででもクダクションは鳴り止まなかった。だけどおではその程度でひるんだりしねえ。
黙で!おでたちはコンビニに納品に行くんだ邪魔するな!そでを頭に叩き込んでおけ!あとで感謝したくなるぞ!!って。

そのせいでしばらく渋滞させることにはなったが、おでと兄貴はなんとか石を転がしながら渡りきった。
とこどがナゲッツがいねえ。おでは背筋が冷たくなるのをおぼえながら振り返った。そしたらあいつ、まだ道の真ん中に座ってやがったんだ。万事休す。そではちょっとした悪夢だった。

そのときだ。高いとこどからカラスが勢いよく飛んでくるのをおでたちは見たんだ。そいつは一瞬たりともスピードを落とすことなく急降下した。そでかだ両脚で見事にナゲッツをつかんだかと思うと、ビルの壁面すれすれを上昇したんだ。その鏡張りの高層ビルにちょうど朝陽が差し込んでくる瞬間だった。おでは眩しくて目をつぶった。ちょっとだけ目を開けたとき、ナゲッツは太陽フレア級の爆風にのってそのまま高く飛んでいくところだった。

納品を終えて駐輪場へ戻ってくると、ナゲッツは何もなかったみたいな顔して座っていやがった。
高いところはどんなだったかとか、何が見えたのか、兄貴はしつこく聞いていたけど、ナゲッツのやついつものごとくでっけえ丸い目して黙りこくっていやがった。ただこのマンションの最上階で人が死んでるとか何とかあいつぶつぶつほざいてやがったっけ。

実際その夏の終わり、このマンションの最上階で人が死んでるのが発見さでたんだ。しかも2人。家主の親子だった。あいつだは警察がやって来るずいぶん前から会うやつみんなにそでを伝えようとしてたんだ。今の飼い主の女にも何度も伝えようとしてた。しかし女は黒猫が家にやってくることに浮かれてまったく気付きもしなかった。でもそんなこと、おでには知ったことじゃねえ。


おでたち家猫は、外の世界を思い出してたまらなく懐かしくなるときがある。だけどたまに浮かんでくるそんな別の思いには背を向けないといけない。
外には一日中走ってるジョガー、吠え止まないジャンキーみたいな犬なんかがいたことや、暑かったり寒かったりしたことなんかをおでたちは忘れてしまってるだけなんだ。

知っての通り、すでにおではこの世界を去っている。つまりおでは今、この物語を別の世界から届けてるってわけだ。

飼い主ってのはおでたちを中心に回るメリーゴーランドの乗客みたいなもんだ。あいつら回ってるあいだはとことん浮かれてやがる。それがある日突然止まることも知らねえで。

ともすると、おでが迎えた結末はアンチハッピーエンドに映るかもしれねえ。だが案外そうでもないんだ。

確かにおでたちは最後にちょっとばかし苦しい思いをする。だけど肉体が消える瞬間、精神的な勝利を勝ち取るってこともまた事実だ。こでを刺繍にして、額に入れて、台所の見えるところにでも飾っておくといい。そしておでたちは、おまえらを悲しませるためにここへ来たんじゃねえってことをしっかり頭に叩き込んでおいてくで。

あでから親父はどっかへいっちまったけど、コンビニの棚はおでが引き継いだ。そう、たまに見かける奇妙な棚ってのがあるだろう。こういうのはたいがいおでたちの仲間がやってるんだ。頭の片隅にでも入でておいてくで。(END)

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