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vol.11 名大で初めて宙を舞った日 吉村崇先生

 先日3月27日名古屋大学でも卒業式が執り行われ、旅立ちそして新たな出会いの春を感じる季節となりました。皆様が名古屋大学を巣立たれたあの日から、どれくらいの月日が経つのでしょうか。ふと在りし日に思いを馳せていただければと思い、「名大で初めて○○した日」シリーズをお届けいたします。
 今回は、トランスフォーマティブ生命分子研究所・拠点長でいらっしゃる吉村崇教授に在学時代の思い出についてご寄稿いただきました。吉村先生は名古屋大学農学部を1993年にご卒業されております。 

トランスフォーマティブ生命分子研究所 拠点長 吉村崇 教授

 学生時代の思い出というと、深夜におよぶ毎日の実験や、アメリカへの留学、学会発表のための国内外への出張や、フルマラソン、トライアスロン、さらにはツールドフランスの1ステージ挑戦など、大学院時代の方が濃密な時間を送っていたので、学部生時代のことはあまり覚えていませんが、今回、寄稿のご依頼をいただいたので、記憶をたどってみました。

 私は滋賀県の田舎で生まれ育ちました。動物が大好きな少年だったので、子どもの頃は野原で捕まえた様々な動物を家に連れて帰って飼うのが趣味でした。父親が獣医師であったこともあり、高校生の時は漠然と農学部を意識していました。しかし獣医になる気は全くなく、いろんな動物の不思議を研究することに憧れていました。その中で、野生の動物も含めて、様々な動物を扱うことができ、実験動物学などの基礎研究に特化していることで有名だった名古屋大学農学部を受験しました。合格発表では、豊田講堂の前でアメフト部の皆さんに胴上げをしてもらって、高々と宙を舞ったのを覚えています。

吉村先生が入学された平成元年(1989年)の合格発表にて

 受験するまで名古屋に来たことは一度もなかったので、知り合いもなく、不安と期待の中、入学しました。

 当時の農学部はS1-51から54組まで4つのクラスに分かれていて、早く友達を作りたいという一心でS1-53組の様々な行事に積極的に参加しました。例えば、授業が終わると、毎日名大祭のはりぼて作りに精を出しました。はりぼて行進で大学から久屋大通公園まで歌を歌いながら、練り歩いたのは懐かしい思い出です。私が入学した平成元年は竹下登内閣で初めて消費税が導入された年だったので、名大祭のショートアピールでは、消費税反対を訴えました。また、クラスで出店した模擬店では大きな収益がでて、何度も飲み会ができました。クラスのみんなと一体となって名大祭に取り組めたおかげで、その後の楽しい大学生活を送れたので、クラスの仲間には感謝しています。

名大祭仮装行列(平成元年(1989年)5月28日)

 さて、我が家は共働きなので、子どもが小学校に入学するまでは、毎日学内にあるどんぐり保育園に送り迎えして、保護者会長なども務めました。どんぐり保育園では毎年名大祭に模擬店を出店していたので、保護者として名大祭に参加して、学生の皆さんと並んで模擬店に参加したのも楽しかったです。現在在籍中の学生のみなさんはコロナ禍で様々な制限を受けてきましたが、これからの大学生活を精一杯楽しめることを切に願います。

名大祭模擬店の様子

※参考 トランスフォーマティブ生命分子研究所