【おはなし】塔の街のヌーとモモ⑦
ep.7 「さなぎになった傘」
塔の街に台風がやってきました。
風がごうごう鳴って、窓がガタガタ揺れています。ヌーはバルコニーの植物を家の中に入れて、今日は家でじっとしていることに決めました。窓の外を見ると、街路樹がぐわんぐわんと揺れて木の葉が舞い上がって踊っています。細かい雨粒が、ピリピリと窓に打ち付けられ、流れていきます。
「明日も、雨なのかしら。」
ヌーは心配そうに外を見ておりました。
明日は、市場に行って、ミートパイを買いに行きたかったのです。それは週に一度しか売られることのない特別なパイでしたので、ヌーはそれを楽しみにしていたのでした。
「傘とレインコートとブーツを出しておいたほうがいいわね。」
ヌーは思いたって、玄関まで行って、随分開けていなかった戸棚を開きました。レインコートとブーツは見つかりましたが、傘はどうして、見当たりません。かわりに、不思議なものを見つけました。羊皮紙のような色をしていて、形は大きなチョウのさなぎのようです。そして、ちょうどヌーの傘くらいの大きさでした。
「はて、傘はどこに行ってしまったの?そして、これは一体何かしら。」
その不思議なものは軽く、表面は柔らかい布のようでした。触ってみると、ほんの少しだけ、暖かい気がします。
ヌーは首をかしげながら、ひとまずそれを部屋のわきの本棚の上に置いておきました。
次の日、台風はどこかに行ってしまったようで、すっかり晴れておりました。ヌーは喜びいさんで市場に出かけていきました。そうして、あの本棚の上に置いた不思議なもののことはすっかり忘れてしまいました。ヌーの部屋は色々なもの(おもちゃや、拾った歯車や、珍しい木の実や、古い図鑑や、壊れたカメラや、その他たくさんのもの)でいっぱいでしたので、ひとつ変わったものが増えたところで、それを忘れてしまうのは不思議なことではありませんからね。
そうして幾日かたち、ふと何気なくそれに目をやった時、ヌーはびっくりして小さく飛び上がりました。
なんとあの柔らかな表面にぱっくりと切れ目があらわれ、なにごとか、中から動くものが見えるではありませんか。ヌーはドキドキする胸を押さえながら、それから目を離さずにそっと静かに後ずさりをしました。
それは、ゆっくりと出てきました。黄色っぽい色をしていて、はじめは何かクシャクシャしていてよくわかりませんでしたが、じきにすっかり外にあらわれて、その大きな羽を広げました。さなぎのようだったその不思議なものからは、本当に大きなチョウが生まれたのです。
よく見ると、それはヌーがなくしたと思っていた傘と同じ色をしておりました。
2、3度、パタパタと羽を動かすと、ひらりと飛び上がりました。ヌーが慌てて窓を開けますと、チョウはもう出て行ってしまいました。そして、その羽を羽ばたかせるたびに細かな霧のような雨を振りまき、あたりに小さな虹を作りながら遠くに飛んで行ってしまいました。
ヌーはぼんやりとそれを眺めていました。
あんなふうな七色の虹を、前にどこかで見たような気がしましたが、思い出せませんでした。
あとになって、モモに聞いた話では、
「きみ、傘をずいぶん放っておいたのだろう。食パンにカビが生えたり、屋根裏にキノコが生えたりするように、傘もさなぎになっちまったのさ。」とのことでした。
ヌーはこれからはもう少し道具を手入れをしようと思ったのでした。
それから、どのくらいのあとの日のことか、ヌーは夜に眠る前、夢と現実のさかい目で、あぁ、そういえば、お父さんが亡くなった時、お山にお骨を持って行く時に、あの日のような七色の虹が出ていたわ、と思い出しました。
しかし、それがいつのことだったかわからず、やがて眠ってしまいました。
ep.7 end
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