【おはなし】 塔の街のヌーとモモ②
ep.2 「アトリアの実」
ヌーは朝早くに起きて、今日は塔の街の市場にやってきました。
街には真ん中に噴水のある広場があって、朝は魚や、野菜を売る屋台が出るのです。そこで、今日は何か果物でも買って食べようと思ってやって来たのでした。
市場はたくさんのひとで賑わっています。お店はめいめい色とりどりの旗やテントをたてて、がやがやと商売をしてしておりました。ヌーはあっけにとられた気持ちになって、少し心細くなりましたが、気を持ち直して果物屋を探しました。
「ヤァ、きみか。こんな早くに会うなんて。」
ヌーがあちこちきょろきょろしていると、ふいにパン屋の前でモモに声をかけられました。ヌーはたちまちほっとして、嬉しくなりました。
「おはよう。この間は、どうもありがとう。」
「なに、いいのさ。きみは、何か目当てのものでもあって、やって来たのかい。」
「果物を買おうと思って来たのです。」
「それなら、いい考えがある。ぼくはこれから、アトリアの実を取りに行くんだ。どうだい、いっしょに行かないか。」
ヌーはアトリアの実というのがどんなものか知りませんでしたが、きっといいものだと思ってその誘いに乗ることにしました。モモは魚の挟んだパンをふたつ買うと、ヌーにひとつくれてやりました。二人は食べながら歩きました。
「も少し上のほうに、小さな森があってね、この時期はアトリアの木に実がなるんだ。ひとりだと、なかなか取るのが難儀だとおもっていたところだよ。」
塔の街の上り坂を、上に上に登って行きます。
狭い裏道を通り抜けると、にわかに、木々のうっそうとした様子になって、街のにぎやかさは遠くにいってしまいました。モモはかまわず、その小さな森の中を進んでいきます。ヌーは急いでついて行きました。
しばらく行くと、いくつかの人影が見えました。それに、何だか爽やかなみずみずしい香りがします。木々にはオレンジ色の丸い実がついていて、あたりの人達は、それぞれのやり方で、その実を取って楽しんでおりました。
「あれがアトリアの実なのね」
「そうとも、さ、ついておいで」
モモとヌーはよく実のついた木の下まで来ました。モモはヌーに麻の袋を渡して、
「ぼくが木に登って枝をゆするから、君は落ちた実をうまい具合にその袋に入れるんだ」
と言うやいなや、もう木をスルスルと登って高いところまで行ってしまいました。ヌーはうまく出来るかしら と心配に思いましたが、モモが枝を揺するとポトリポトリとそれは面白く実が落ちてくるので、上を見あげながらおかしな気持ちになって実をつかまえていきました。
「いいぞ、いいぞ」
がさがさ、ポトリ、どさっ
しだいに、袋が重くなってきました。ヌーは上ばかり見ていたので、そろそろ目が回ってくらくらします。モモも疲れたと見えて、「少し休憩しよう」と言って枝に寝そべって、手近にあった実をもいで食べ始めました。
モモが美味しそうに食べるので、ヌーもまねしてみようと、袋の中からひとつ取り出しました。そしてかじってみて、飛び上がりました。それはレモンとお酢と海の水をいっぺんに合わせたような味がしたのです。
「ばかだなぁ 生のまま食べるやつがあるか」
近くで実を取っていた、赤毛の毛並みの若者が笑いながら言いました。
「知らなかったんです。モモは、そのままかじっていたから。」
ヌーは顔をしわくちゃにしながら答えました。
「生で食べるのは、あの変わり者くらいさ。ふつうは、ジャムか、砂糖漬けにするんだ。」
赤毛の若者はたばこをふかしながら、ふふんと笑いました。モモは木の上で、知らんふりをして、平気な顔でアトリアの実をかじっていました。
そのあと二人は袋にいっぱいに実を入れて、モモはマントの中にも詰め込んで帰りました。その頃にはすっかり日が暮れて、夜になっておりました。暗闇と静けさの中、ぽつり、ぽつりと街灯の光をたどって、二人は帰り道を歩きます。
「あれを見てごらん。あのさんかく座で一番明るい星、あれがアトリアだ。どうだい、この実はあれにそっくりな色をしているだろう。」
モモが南の方角を指差して言いました。そこには夜空の中、3つの光る星のうち、ひときわ明るく輝くオレンジの星がありました。
「ほんとうに、モモは何でもよく知っているのねぇ」
ヌーは感心して言いました。モモがほんの少し得意そうな顔をすると、ヒゲがぴくぴく動きました。
家路に着いて、暖かい布団に入ると、ヌーは急にくたくたになって、すぐに瞼が重くなりました。明日は、アトリアの実でジャムを作ってみよう。氷砂糖に漬けてジュースにするのも良さそうだ と思いながら、ヌーはすぐに深い眠りに落ちました。
ep.2 end
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