顔を合わせる。

11月某日。

京都駅。

電車を降りると、背後と左右を人が過ぎ、同時に私のほうへ人が流れてきた。彼らの間をくぐり、改札へ歩く。だだっ広い中央改札を抜けると、彼方まで伸びるホームの地平と、そこを無尽に歩く人だかりたち。

彼らが行き交う隙間から、村上友梨さんの姿が見えた。

早足で近づくと、その傍で、黄色い髪が上下に揺れた。マスク姿のその女性は、稲荷ここさん。

その日、私は始めてオフラインで稲荷さんと顔を合わせた。

互いにお辞儀をし、微笑みあう。私たち三人はそのまま、駅地下のカフェへ向かった。

三人が腰を降ろすと、足音とともにコップが目の前に現れる。注がれる冷水の響きを背景に、稲荷さんと村上さんの声が聞こえる。

「お待たせです~」ショートカットがなびく景色が、視界の隅に映った。「こんじゅりさん」私はそう言って、ひと席分、横にずれた。

近藤珠理さん。本作の主人公・岩川ユミを演じてくださる女性。彼女は荷物を置いてから、私たちの隣に座った。

近藤さんは、初めて稲荷さんと会う。村上さんは、初めて稲荷さんと近藤さんに会う。はじめてが揃った我々は、緊張と期待でざわつかせながら、食事を始めた。

私はワッフルに鶏肉を載せてはちみつをかける、という個性派料理を選んだ。場が盛り上がり、緊張がほどけるのでは、という策略もあった。策略的にワッフルチキンを選ぶ人間も珍しい。

「お待たせしました」

目の前に、赤茶色の衣をまとった鶏肉と、そこに敷かれたワッフルが広がった。

はちみつをかけると、衣のザラザラの間を密が伝い乱れる。フォークの、ザク、という響きに、四人が顔を向ける。ワッフルにも刃が貫通したところをみてから、フォークを持ち上げる。

「美味しいのかな」ひとりの疑問の声に、私は苦笑いして首を傾けた。

口のなかに運ぶ。ひと噛みするととともに、肉汁が溢れ、密が負けじとばかりそこに合流する。その瞬間、私は初めての味に出会った。

「おいしい?」はじめての顔たちが私を見やる。私は三人のはじめましてに対し、親指を上げ、口角を右に上げた。三人は目を丸くさせながら、ワッフルチキンに視線を下ろした。

「食べてみる?」

私がきくと、三人がいっせいに頷いた。

私は取り分けて、三枚の小皿に移した。三人が口に運び、ひと噛みしたところで、私をみて、親指を上げた。

初めましての味わいに、我々は盛り上がり、緊張がほどけた。

次第に四人は「はじめまして」の空気ではなくなっていった。

京都駅の真下で、四人のわらい声が流れはじめた。

そのあと、我々はカフェをでて、「からふねや」へ向かった。ご存知だろうか。スイーツヲタ界では著名な「パフェ屋」である。種類は150種以上。バラエティ豊かな糖分が待ち受ける。

しばらく歩いたあと、からふねやの文字を見つけて、扉のまえに近づいた。自動でスライドし、あわせて「いらっしゃいませ」の黄色い声が四人を包む。

二階へ上がり、腰を降ろす。冊子になったメニューをひらくと、とりどりの甘いものが視界を埋め尽くした。

心のなかではラッパの音が四方に響いた。

「どうする?」

決めあぐねていた三人を尻目に、私は人差し指を冊子の中央にはりつけた。

指の先には「エビフライパフェ」のタイトル。三人は目を丸くして、そのタイトルを見やる。

人差し指の下には、丁寧に飾られたパフェの具材と、それを台無──いや、覆い隠すようにエビフライが腰を据えている。

まだ出会ったことのない、彼と顔を合わせにいく。

よっ!エビフライパフェ!

今日が初顔合わせやな。



(文・小池太郎)

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