ゆりさんとの邂逅
本作で衣装/宣伝を務める村上友梨さんとは、大学時代からの友人である。
その出会いは、7年前に遡る。
当時、二年次編入でその大学に入った私は、途中参戦であることに加え、極度の人見知りも相まって、華やかなスクールメイトの輪に入れずにいた。
何とかリア充の仲間入りをしたい。そんな折、私は食堂の壁に貼られた一枚のポスターを目にする。
そこにあったのは、「MIDSUMMER CAROL ガマ王子 vs ザリガニ魔人」の文字。
かの有名な「パコと魔法の絵本」の原作だ。それを学生劇団が舞台化する、という内容だった。
原作の映画版が好きだった私は、その舞台に惹かれ、観劇に向かった。
舞台にあったのは、学生が作ったとは思えないクオリティと、この作品に命を懸けんと奮起する同年代の姿。
同じように舞台を作りたい気持ちと、ここに入ればリア充デビューできるという邪な意思が働き、入部を決めた。
しかし、キラッと輝く団員たちの輪に踏み入れる勇気がなかなか出なかった。部室の扉の前へ来ては、そこから聞こえる笑い声に怖気づき、立ち去る日々。
しかし、何としてでも入りたい、ここにいけば変われる気がする、変わりたい、と思っていた私。
そんなある日、ネット動画でたまたま見たレイザーラモンHGに背中を押された。
気味悪がる一般市民にひるむことなく腰を振る彼から勇気をもらった。
私は彼の動画を繰り返し見ながら部室前に向かった。心のなかでセイセイセイと唱え、部室バッチコイと意気込む。手汗まみれでドアノブを握り、扉を開いた。見知らぬリア充たちの顔が、一斉にこちらを見やる。
腰を振る勇気はなかった。
「入部希望で…」とか細く伝えると、「うれしい~!」と笑顔で先輩方が駆け寄り、拍手がとどろいた。笑顔で立ち上がり手をたたく姿。ここはエヴァンゲリオン最終回だろうか。
その後、みなさんに温かく迎えていただいた私だったが、初期はそのけがれなき世界が逆にプレッシャーだった。
自分の醜い部分を見せたくない、と思い、話題はひたすらスイーツとたまごっち。ハードゲイが好きだなどとは口が裂けても言えなかったし、腰を振るなどもってのほかだった。
マスクで醜い自分の顔を隠した。なぜマスクを終始つけているか問われ、ハウスダスト症候群なる架空の症例を持ち出し説明した。
次第に孤立を深めていき、ひとりで帰路を歩く日々。
このままではいけない。私は勇気を出し、劇団内で映画上映会を企画した。2人の心優しき団員が参加を表明してくれた。
演劇にちなんだ作品を選べばいいものを、私がチョイスしたのはシュワルツェネッガー主演の筋肉アクション映画「ラストアクションヒーロー」だった。
私が映画DVDをセットし、部室で待っていると、一人の女性が入ってきた。
彼女は私が最初に観た舞台で衣装を務めていた。その時の衣装がとても好きで、いつかそれを伝えたいと思っていた。彼女は笑顔で傍へ座った。
マスクをつけ俯く私に、彼女はいろんな話をしてくれた。
次第に鉄鎖で縛られた心が開き始めた私は、2年生からの入部もあってあまり劇団に馴染めないことを話した。
彼女は微笑んでこう告げた。「実は私も、2年生から軽音サークルに入り始めたの。何年生かなんて気にしてたら何もできない。挑戦することに遅いことなんてないし、気後れする必要ないよ」
心にまとった鉄鎖が、静かにほどけ落ちる音がした。同時に、錆びついて止まっていた腰が…いや心が動き始めた。
久方ぶりに、気をつかわずに他者と話した。それから劇団にも馴染むことが出来、ずっとやりたかった役者にも挑戦できた。
私が役者デビューを果たした演目は、紫幸男の「あゆみ」。男女数人が入れ替わり登壇し、ひとりの女性の人生を紡ぐ…というもの。映画上映会の彼女は衣装として参加していた。円形舞台に大道具は何もなく、役者は身振り手振りで表現する。抽象劇ゆえ、衣装も具体なものでない、シンプルなデザインにする、というものだった。
衣装班の彼女は、真っ白なシャツを絵の具の海に浸した。波打ちが残る水面に手を入れ、生地をすくいあげる。淡く色づいた衣装が現れる。彼女はそこからさらに創意を重ね、キャラクターに合うそれを生み出していった。出来上がったものを着て、鏡を見た。
私は率直に、その時の気持ちを伝えた。「天才やね」彼女は白い歯を見せ、顔を少し傾けた。キャストから絶賛の渦を受けた衣装たちは、舞台でその日の目を見た。衣装がそのキャラの一部になっているような、そんな気がした。服を来た自分の姿が、共演者の瞳にうつるたび、「自分」ではない「誰か」がそこにいる気がした。
舞台が終演したあと、私は彼女にその心情を伝えようと思った。
しかし既に彼女はいなかった。
結局、それを伝えることも、「ありがとう」と声をかけるタイミングも逃し、月日が流れた。
大学を卒業したあと、団員は各々の道を進んだ。私も映画や演劇と無関係の会社に就職した。
それから数年後。私は映画の監督をすることになった。
「衣装、誰にやってもらう?」
スタッフからの問いに、一人の女性の顔が真っ先に浮かんだ。
(文・小池太郎)