No.12 城 宜嗣氏〜タンパク質研究〜
ヒトは自身の内面に多様化した人格を組合わせ、それが表面的な個性となっているという見方が分人主義と呼ぶものです。就職活動や自分探しで、『自分は何を求めているのか』と悩む若者には朗報ともいえる新しい解釈で、バーチャル社会の到来によってさまざまなアバター(分身)経験が新たな経済活動も生み出すだろうというのです。
今日の研究室インタビュー、城先生は1956年名古屋生まれの65歳。小さい頃は病気がちでご両親から岩波少年文庫(総発行点数400冊)を与えられ、読書に親しみ、そして歴史に深く関心を持つ少年だったそうです。スポーツはバレーボールで中高生を過ごされた、根っからの研究者ではなかったと話されますが、その内面には様々な分人があったのではないかと感じさせる穏やかな先生です。大学進学期には日本の工業化社会全盛期を傍観しながら、徐々に理化学への関心を高めてゆき、研究テーマは指導教授の勧めに従っていたそうです。
今年、教授定年を迎えて区切りがついたと話されますが、これからも研究や研究者の指導育成に終わりはありません。
――いつ頃から科学に目覚めたのでしょうか?
「色んなものに好奇心はあったのですが、特別熱心に科学を志向していたわけではないのです。京大を目指し、一浪して工学部石油化学科に籍を持ちました。それからは、先生方や先輩からたくさんの刺激と課題を目前に示されて、来るものをどんどん捌いていたら、いつの間にかここに到達した。というのが実感です。様々な点や線をつないで経てきたというのでしょう。」
――化学からライフサイエンスへの選択はどのようにされたのですか?
「学生の頃、生物は好きではありませんでした。有機化学も実は溶剤のニオイが嫌いだったのです。でも出会えた先生や先輩から指導を受けて、タンパク質の研究を始めたら、取り憑かれたというのでしょうか。命の本質や根源、植物にも動物にも共通する、未開の不思議さに深い関心を持っています。」
――学生を指導する上での方針はどのようなものですか?
「この学部に来ると、みんな医薬、食品、化粧品業界に進むものだと決め打ちしている学生が多いのです。ある意味ではもったいないなぁ、と感じます。さらには失敗を怖がって、無難な道を選ぶし、良い子であろうとするんですね。いつも指導教授に答えを期待することが多いので、学生だけの授業というものにも取り組ませています」「研究成果を自由に発表させ、相互に意見交換をさせて、私は横道にずれないようにアドバイスに留めます。学生同士の自由な発想、他人の経験や意見を柔軟に受け入れる体験を期待してのことです。」
――後進にどんなことを期待されますか?
「私自身もそう思っていることなのですが、研究や実験に失敗はつきものですが、それを怖がってはいけないと。失敗は通過点であって、ちょっと辛い経験に過ぎないです。人生だって誰もが順風満帆ってことはないでしょ? 目標設定に執着するあまり、ショートカットを狙ったり、成果だけにこだわってしまってはいけないと思うのです。私は理化学研究所での研究や多くの大学での授業や研究を通じて、多くの先生方との交流を経験してきました。若い方々にも大学や研究施設では、知識だけでなく課題解決の方法、失敗経験による新しい手法の発見、他の研究者との交流も深めて本当の多様性を経験して欲しいですね。時間がかかるとは思いますが、きっと貴重な成果を生み出せると信じています。」
多くの研究者は幼少の頃からその兆しがあると思われていますし、ご自身もまた好きだった事から研究の道に進んで来たと自認される先生も多いのです。城先生はそのような先生とは違う印象を受けました。ヒトの内にはどのような可能性も多様性をもともと持っていて、その組合せや割合から、個性と呼ばれる人柄が現れるというのが分人主義の主張です。
私たちはともすれば習慣や常識という既成のフレーミングで物事を考えがちです。研究一筋よりも、異業種、異分野の研究者との交流こそ創発には重要だと話される城先生の経験談話から、社会へのイノベーションを生み出すためにも、最前線の研究手法も改める必要がありそうだと感じたインタビューでした。
<取材日 2022/5/10>
主な著書:(NTS書籍紹介にリンクしています)