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No.6 山野善正氏〜おいしさの科学〜

 横浜っ子ならずとも、崎陽軒のシウマイが全国に知られた理由は、真空パックというレトルト包装によって、保存剤がなくても賞味期限が長く全国へのお土産品として遣われたからです。このレトルト真空パックを昭和42年に開発したのが、当時東洋製罐総合研究所に所属していた山野先生の功績でした。
 山野先生は昭和13年滋賀県近江八幡市に6人兄弟の末っ子として生まれ、戦時中、終戦直後に少年時代を過ごされました。京都大学卒業後には、就職されて食品包装の技術功績を認められ、香川大学へ招聘。教育と食品の研究を続けて、香川大学退官後には名誉教授となられ、 一般社団法人おいしさの科学研究所を設立されています。これらの経歴と業績から平成29年には瑞宝中綬章を授かられています。

――食品業界へのご興味、ご関心はいつ頃から持たれたのでしょうか。

「実は食品は奥が深く、色々と難しいので学生時代は避けてきたのです。タンパク質の種類の多さや微量成分の複雑性など、京都大学では農芸化学を専攻していましたが、保存技術としての東洋製罐グループに就職したらなんの事はない、食品の総合研究員になってしまったのです。それから、多くの食品メーカーを訪ねてまわり、食品保存の問題解決をお手伝いしてきました。」こんなご経験の中から生まれたのが、冒頭に紹介した<真空パックの崎陽軒シウマイ>だったのです。
 根っから嫌いだったものから、興味と関心、研究テーマを広げられて、ついには<おいしさの科学研究所>まで設立されたとは、とてもユニークなご経験をお持ちです。真空パックを開発されてから、当時の文部省と香川大学の意向で、当時としては初めて設置された食品物理学講座の教官として赴任してから研究を続けられるという、産学連携を一人芝居で演じるという珍しいご経歴をお持ちです。

「OISHIIはおいしいであって<美味しい>、とは書きません」

「おいしさは、味覚や嗅覚という分子化学で感じるものと思われていますが、実は物理学にも影響を受けているのです。それは、見た目の視覚、口にしたときの舌触りのような触覚や噛みごたえのような感覚、これらをテクスチャーと呼びますが、いずれも物理学の領域ですね。だから、わたしはおいしさを味だけにとらわれる<美味しい>とは書かずに、ひらがなやOISHISAと表現しています。」

なるほど、日本人が好む料理のおいしさには、味覚、嗅覚、視覚、触覚など様々な要素があることに気付かされました。山野先生はこの「OISHII」を極めるために自ら、<おいしさの科学研究所>を立ち上げられて、研究を続けられています。そして、先生は毎晩、ご家庭でもお料理をされるそうです。
 「冷蔵庫のイメージは頭に浮かびます。何が残っていて、何が足りないのか。買い物も家内と一緒にするのです。今となっては夫婦二人だけですから、食材を余らせないように工夫しますし、調理も手順やコンロの使い方まで段取りを立てています。老化防止には調理が良いと実感していますね。」、「日本ではモッタイナイ文化がありますね、まさに時代が求めているSDGsを昔からすでに実践していました。若い方々にはどのような物事にも、好奇心、集中力、行動力そして現場力を持って多くの人々との交流を深めていただきたいですね。」 まだまだお元気な80代、ご長寿を願わずにはいられません。貴重な出版記念インタビューでした。

山野先生主宰のおいしさの科学研究所 事業内容

略歴
昭和13年 83歳
昭和38年 京都大学農学部農芸化学科を卒業
昭和38年 東洋鋼鈑株式会社に入社、東洋製罐、東洋鋼鈑総合研究所員として包装食品の加熱殺菌及びその品質評価の研究に従事
昭和43年 香川大学農学部講師に採用
昭和59年 同大学教授となり香川大学評議員、農学部長を併任され、食品科学・工学の教育・研究に努める
平成14年 香川大学名誉教授となる
平成15年 一般社団法人おいしさの科学研究所設立 理事長として食の研究、追求をすすめる
平成29年 春の叙勲にて瑞宝中綬章を受章

<取材日2021/12/22>

主な書籍:
2022年 1月 糖質・甘味のおいしさ評価と健康・調理・加工
2021年 4月 食品テクスチャーの測定とおいしさ評価
2016年 8月 油脂のおいしさと科学
2011年12月 進化する食品テクスチャー研究
2012年 7月 おいしさの科学シリーズVol.4 だしと日本人
2012年 4月 おいしさの科学シリーズVol.3 トウガラシの戦略
2011年12月 おいしさの科学シリーズVol.2 熟成
2011年 9月 おいしさの科学シリーズVol.1 食品のテクスチャー 
その他食品コロイド、エマルションに関する著書論文あり