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植物のコミュニケーション ~知られざるパワーと巨大ネットワーク~

 植物は、我々動物やあらゆる生き物にとって無くてはならない存在です。地球上の生命体でほぼ唯一太陽エネルギーを化学エネルギーに変えることができるのが植物です。この光合成パワーのお陰で動物は植物を食べることによりエネルギー補給が可能になります(肉食獣は草食動物を食べる事でW間接的に太陽エネルギーを補給しています)。
 我々人類は植物からエネルギーを頂くのみならず、衣食住生活の全てで多大の恩恵を受けています。さらに草花や観葉植物により日々の生活に潤いを与えられ、疲れた心に癒を与えてもらってもいます。

 この最も身近な存在でもある植物とはよくよく観ると非常に不思議です。動物のように内臓も無ければ脳も神経もありません。さらに目、耳、鼻、口もありませんし、骨や筋肉もありません。この無いないづくしの植物ですが、驚異の能力としたたかな生存戦略を持っていることが分かってきています。

植物の筋肉、触覚、視覚、聴覚


 向日葵は太陽を向いて咲きますが、どうして方角が分かり、筋肉が無いのに向きを変えられるのでしょうか? オジギソウが触られると触覚を感知して葉を閉じたり、ハエトリグサが蠅を捕まえたりと神経や筋肉が無いのにどうして瞬間的に動けるのでしょうか?
 また擬態できる植物も存在します。目の無い植物はどうやって色や形を真似るのでしょうか? 植物にも視覚らしきものがあるとする研究者もいます。また隣の植物の成長の音を判別したり、小川のせせらぎを感知する聴覚のような能力を持っているとする研究もあります。

植物のコミュニケーション


 植物は言葉を話しませんが、香り・フェロモン等の化学物質を用いて巧妙なコミュニケーションを行っていることはよく知られています。香りと蜜で昆虫を誘惑し、受粉していることは誰でも知っていますがその他にも多くのコミュニケーション手段を持っています。
 毛虫に葉をかじられた植物は毛虫の天敵である蜂を呼び寄せるフェロモンを放ち、毛虫に卵を産み付けてもらいます。蜂の卵は毛虫の体内で孵化し、毛虫を食べて成長します。その結果植物は毛虫を退治することに成功します。
 さらに毛虫に葉を食べられた植物は、特定の化学物質を放出し、近くの仲間に危険を知らせます。信号を受け取った仲間は葉に毛虫の嫌いな毒物を生成させるなどして毛虫の攻撃を事前にかわします。これはほんの一例ですが、植物は驚くべきコミュニケ―ションに関わる生存戦略を進化させていることが分かります。

Photo by fabian-wiktor

WWW:Wood Wide Web

 さらに最近の研究によると、森の木々は地上のみならず根を中心として地下でも活発に会話や助け合いをしていることが分かってきました。
 森の木々はキノコ等の菌根菌という菌類と共生関係にあります。この菌類は木の根に深く絡みつき木が光合成により合成した糖質を分けてもらいます。そのお返しとして菌類は木に必要な窒素等を供給します。
 さらにこれ等菌類は菌糸を横に広く伸ばし、隣の木の根や森全体に広がり巨大なネットワークを形成しています。大きな森では500kmにも及ぶ程と言われています。このネットワークを通して木々は迫りくる危険を遠くの仲間に教えたり、光が届かない幼木達や弱った仲間に栄養を与えて助けたりと人間社会のようなコミュニケーションと助け合いがなされています。あたかも森全体が一つの生命体であるかのようです。そしてこの地下の巨大ネットワークは、インターネットの仕組みであるWWW(World Wide Web)になぞらえてWood Wide Webと言われています。
 カナダの森林学者であるスザンヌ・シマ―ドは、森の中で特に大きい木をマザーツリーと名付け、その驚くべき働きを調べました。それによるとマザーツリーは、菌糸ネットワークの中心的ハブとして積極的に子供達である幼い木々の面倒を見て成長を助けているそうです。水や栄養のみならず森を生き抜く知恵も与えます。まるで人間の母が子を守り母乳や処世術を与え育てているようです。
 そしてマザーツリーが力尽きて死を迎えると自らの体内に貯めこんだ養分や永年蓄えた知識までも子供達に与えるそうです。マザーツリーを中心とした森の木々の社会性、利他性の振る舞いは驚きと共に感動的ですらあります。

 このように最近の植物研究の伸展は、我々の植物に対する認識が如何に浅はかだったかと思い知らされます。植物も、我々動物同様長い長い進化の道のりを経て、現在を懸命に生きているかけがえのない生命であることをついつい忘れがちです。
 人類はこれまで都合の良いように森を伐採し、木々を利用し、人様の都合の良いように植物を改良・栽培して食してきました。人間の営みが地球の歴史に刻み込まれる人新世を迎え、我々はもう少し人間以外の生き物や地球の未来について真剣に考えなければいけないのかも知れません。
 
 近年アニマルウェルフェアという動物福祉の考え方が欧米を中心に拡がっています。ペットや動物園で飼育される動物は勿論、家畜においても生きている間の‟幸せ“を考慮することが求められます。
 近い将来、植物の世界においても人間が管理する観葉植物や庭木・植栽から農業・林業に至るまで植物が生きている間の‟幸せ”を考慮するプラントウェルフェアのようなムーブメントが起こるかも知れません。

<2023.2.13>

                                          

(概要)バイオスティミュラントハンドブック ~植物の生理活性プロセスから資材開発、適用事例まで~ (nts-book.co.jp)