No.22 山田一郎氏 〜ヘルスケアのセンシング技術最前線〜
団塊世代という競争社会の中で、NTT生活環境研究所(現NTT宇宙環境エネルギー研究所)の所長を歴任され、再び東京大学に戻られ後進の教育指導に携われた山田一郎先生は、今は退職後のゆとりある時間の中で、人 と農業に関するセンシング技術の研究開発を振り返られています。
「社会に実装されなければ、せっかくの研究が論文で終わってはもったいない」と話されるその理由を伺いました。
――研究成果を社会へ還元することの大切さとは何ですか
「研究者は論文発表に熱心であることは大切ですが、そこで止まってしまってはいけないと思うのです。私が入ったNTT研究所では研究実用化をミッションとしていましたので、私も情報機器に関する研究をやった後、大容量光ディスク装置や燃料電池システムなどの開発に携わり、事業導入まで経験しました。その中で、新しい技術で世の中に貢献することが大切で、醍醐味と思うようになりました。また、私は機械工学科出身ですから、情報通信が中心だったNTT研究所では、自分のマイナーな専門分野を意識していました。分野の違う技術者が議論することで、新たな発想や問題解決に役立ったのではないかと振り返っています。」
「エネルギー技術の研究開発に携わった時期には、エネルギー研究部長としてNTT全体の今で言う省エネを主導していました。当時は1997年の京都議定書が話題となっており、エネルギー消費削減技術を実証しながらというものでした。これも研究成果が社会へ還元された例だと思うのです。」
――再び大学の研究室へ戻られた時のテーマは何でしたか
「もともと関心のあった教育研究に携わりたくて、2002年NTT研究所から東大へ移りました。生活環境IT、人間環境情報学と称して、人・モノ・環境のセンシングをテーマとする教育研究に取り組みました。環境モニタリングやヘルスケアの分野に、NTTでの経験を生かしたITと融合したセンシングの技術を応用したいと考えていたからです。同時に次世代のIT農業の実証実験として、静岡でトマト栽培にも取り組み、高糖度・高収量栽培方式を実現して話題にもなりました。」
「ヘルスケアでは生活習慣病予防に向けて、東大病院の医師の方々と一緒に連続血圧測定(ウェアラブル血圧計)の機器開発を行いました。まだ製品化には至っていませんが、後継の先生が開発研究を続けてくれています。」
――後進の学生や研究者への応援をお願いします
「大学と企業の研究所では、許される時間軸が違っています。大学での研究が10年だとすれば、企業では3〜5年でしょうか。しかし、大学の基礎研究でも論文発表で満足するだけでなく、社会への実装や製品化などのエンジニアリング技法も重要だと思います。」
「私は『技術は使われて初めて意味がある』を信条にしてきました。そのためにも大学と企の間で研究者の異動をもっと活発にすることが必要です。これからの日本では競争力を高めるためにも、研究者の地位をストックからフローへ転換する(研究者を一つの企業や大学で囲い込まない)必要があると思います。なかなか進まないのは、年金制度の違いなどの問題があるそうですが、見直しができるといいですね。」
「私自身が3回の大きな手術を乗り越えた体験から、これからの長寿社会の日本では、健康状態を常に 収集するセンサと、センサの一次情報からストレスなどの高次情報を抽出する分析技術を統合した機器環境が整い、生活習慣病の低減につながることを期待しています。」
――ご趣味や普段の生活は
「かれこれ20年以上、自宅近くの200平米ほどの菜園でたくさんの品種を作っています。これはITを使っているわけではありませんが、農業従事者の課題を知るためにも役立っています。季節ごとにかなりの品種を手掛けていて、頒けるほど収穫できているんです。」
企業と大学の研究室を行き来したご経験を語っていただき、日本の将来を輝かすためにも基礎研究、応用研究、企業における社会実装の課題についての提言を伺えました。アジアや日本の超高齢社会には健康と食料問題が立ちはだかっています。山田先生の菜園はご趣味レベルを超越してかなり本格的。人と自然を相手に、先生のライフワークは続きます。