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No.23 渡辺 学氏 〜最新の冷凍・解凍技術がもたらすもの〜

 アップル創業者スティーブ・ジョブズは名門スタンフォード大学の卒業式で伝説のスピーチを行いました。
「Stay hungry, stay foolish.」、「ドットをつなげ」といろいろなものに興味を持ち続け、それらをつなぎながら進化しなさい、とでも言うのでしょう。繋がれたドットは、星となり、いつか星座となって広がるのです。
 渡辺先生は都下清瀬市で少年時代を過ごし、中学生でクラシック音楽に萌え、高校では吹奏楽部でトランペット、大学生からはサックスも始め、そして今はサックス四重奏で時折お仲間と演奏会にも興じているそうです。進路の選択も音楽好きからオーディオに必須の電気工学を志向しながらも、予備校での名物物理講師との出会いから一転して、機械工学に志望変更されたとか。

――科学への目覚めはどのようなものでしたか

 「早稲田大学理工学部機械工学科では熱工学、燃焼や自動車エンジンにとても興味があったのですが、当時は大人気でしたから、研究室選択のクジで外れてしまいました。仕方なく伝熱の研究室に入り、空調用蒸発器における気液二相流分岐という研究を担当することになりましたが、これが原子炉内の流動と同じ現象であり、文献を多く調べるうちに原子力の将来性にもものすごく関心が深まりました。就職活動では原子力関連の企業にも伺いましたが、結局、早稲田大学の理工学部助手を経て、つくばの産総研で排熱回収のテーマに参加したのです。あちこち転々としたという感じでしたが、今は東京海洋大学の食品生産科学科で食品の冷凍保存や関連の機器について研究しています。」

――ただいまのご関心はどのようなものですか

 「冷凍技術と食品は欠かせない関係にありますが、消費者は価格の安さを求めるし、事業者は品質にとてもこだわっています。その結果何が起きているかというと、みなさんが気づいていない食品の廃棄ロス、地球環境への莫大な負荷が生じているのです。例えで説明しますとね、子どもも大人も大好きな寿司ネタにノルウェーのサーモンがありますね。あれは生のおいしさを求めるために、飛行機で数千キロを運んでいるのです。どれだけのCO2を排出しているか想像できますか。しかし、冷凍して船で運べばCO2排出量を単位質量あたりおよそ半分以下に減らすことができるのです。かつては冷凍した魚は美味しくないと言われましたが、今では冷凍と解凍の技術がとても進化しており、味や鮮度も十分に確保できるはずです。品質が高くて環境負荷が低いことを科学的なデータで証明して、皆さんの認識を変えて地球環境にもっともっと関心を持ってもらいたいと努力しているところなのです。」
 「国際冷凍会議というものがありまして、世界はもう省エネ、環境負荷低減を前提とした経済の持続性、地球環境への配慮が最大のテーマになっています。ところが日本だけが魚の品質、生じゃないといけない、鮮度と美味しさを大事にするあまり、環境への配慮は後回しになっている気がします。
 生でなくても美味しい冷凍技術はどんどん進化しています。豊洲の新市場の一部ではマイナス60度の冷凍庫、これはマグロの冷凍に使われる大型倉庫ですが、もうフロンは使っていません。フロンはオゾン層を破壊して、紫外線が人体に悪影響を及ぼすと分かったからです。それほど機械と技術は進化しているのです。食品の美味しさを追求しながらも、地球環境の大切さに思いを広げてもらいたいですね。」

――学生にはどのようなメッセージを贈りますか


「食品生産科学科では、化学や生物を勉強してきた学生が多いです。しかし食品分野においては、物理学や工学的な内容も重要なので、異分野として敬遠することなく学んで欲しいと思いますね。これからは、カーボンニュートラルに象徴されるように環境負荷低減を前提とした研究が重要になります。おいしさと栄養をきちんと保存できる冷凍解凍技術、温室効果ガスを削減する物流や輸送の技術など、食のサステナビリティについて考えるようになって欲しいと思います。」

 

実験室と書棚
愛用の楽器


先生がたどり着いた地球環境問題は、今までのご経験をつなぎ合わせた星座のような結果でありましょう。ただ、地球は果てしなく大きく、まだまだ未知の分野が残されています。サイエンスを極める道は果てしなく遠いものではありましょうが、音楽を愛する渡辺先生はサックスを吹きながら、ご自身のストレスを解放して翌日、新たな研究の発想と共に目覚めるのでしょう。


略歴:
2020年 東京海洋大学 学術研究院 教授 
2006年 東京海洋大学 海洋科学部 准教授 
1999年 東京水産大学 水産学部 助手
1997年 科学技術振興事業団,科学技術特別研究員として旧)通産省工業技術院資源環境技術総合研究所に就任熱エネルギー利用技術部熱利用研究室に所属し,大気中に排出された低温の排熱を回収・利用するための無動力熱回収ポンプループの研究開発に従事.
1995年 早稲田大学 理工学部 助手
1992年 早稲田大学大学院理工学研究科博士課程
1990年 早稲田大学大学院理工学研究科修士課程
1990年 早稲田大学理工学部機械工学科 卒業

<取材日 2023/01/23>
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2023年3月 食品の冷凍・解凍技術と商品開発