No.3 下村政嗣氏〜自己組織化〜
日本の高度経済成長期の黒歴史ともいえる熊本県水俣病は、2021年秋、俳優ジョニー・ディップが主演の映画『MINAMATA』が公開されて再び注目を浴びています。下村政嗣先生は九州福岡で育ち、哲学に目覚めて京大文学部を目指すも大幅な軌道修正で県立進学校の修猷館高校から九大工学部へ進学されました。時は世界初の公害問題で九州は揺れていたため、公害と被害者に思いを寄せたことが研究の原動力になられたそうです。
「科学で起きてしまったことは科学で解決するべきだ」
「九大工学部で国武豊喜先生と運営的な出会いを経て、大学院で学ぶことになりました。当時の研究室では実験廃液は水銀も何もかも垂れ流し、そんな状況を自分で調べて、知って愕然としました」
国武先生の指導のもと、高分子薄膜の研究をすすめ、博士号取得後は九州を離れて小金井の東京農工大学助教授となりました。<生体模倣技術>:バイオミメティクスと自己組織化に気づきを得て、ご家族とともに2度のドイツ留学も果たし、ドイツでの単分子膜の研究を修め、九大に持ち帰りました。高額なコンピュータ制御の単分子膜製造機も作り、産学共同の経験もされたそうです。
――北海道大学電子科学研究所教授として
学びと研究の旅は九州、ドイツ、東京、東北、北海道へと広がります。
「バイオミメティクス(生物模倣)という領域はおもしろいですよ。九州ではヤモリのことを壁チョロと呼ぶのですが、粘着物質を出さずにヤモリが壁や天井に吸い付く原理は、生物を原子間力顕微鏡で観察することで発見されたのです。しかも、つい最近の2000年なのです」
自然界には私達がまだまだ知らないことがたくさんあるのだ、ということを優しく解説してくれました。先生のご説明では、ヤモリの指には無数の棘のようなものがあり、その表面積が広いことから分子レベルの力が働き、体を支えているらしいのです。(※ファンデルワールス力というらしいです)
次は、「南米に生息するきれいな青いチョウチョ、モルフォ蝶を知っていますか? その鱗粉には色素がないのです。光の反射でちょうどシャボン玉の色のように見えるのです。その性質を解明した技術から、帝人は特殊な繊維を開発したのです。」
――アントロポセン※時代、マイクロプラスチックが地層に埋まっている
「高分子を学び研究する立場として、プラスチックがこのような悪影響を及ぼすとは想像を越えていました。公害のような加害者と被害者が生まれたときには、加害者を止めれば良いのです。ところが、現代では加害者である私たちが被害者にもなってしまったのです。プラスチックを生み出し、便利に使いながら、マイクロプラスチックを魚と共に体内に溜め込むような事態になっているのです。」
人は公害を引き起こしたから、自身は科学で解決しようと高名な研究者に出会い、生物は悪さをしないことに気づき、その生態や神秘さを調べながら、まだ学び及ばないところに研究と技術、科学の愉しみがあると先生は語ります。
「アントロポセンとバイオミメティクスが最近の私の講演テーマになっていますよ。工学を学ぶ人にこそ、生物を知ってほしい、そして私ももっと極めたいですね。」
★下村先生の開発された自己組織化ハニカム膜作製装置と「研究を触発した」書籍群
巻頭写真で先生が指されている表紙デザインのハニカムフィルムは、先生の専売特許だそうです。
※アントロポセン:地球地層を示す言葉であり「人新世(ヒトシンセイ、ジンシンセイ)」と呼ぶ。ノーベル化学賞受賞者のドイツ人化学者パウル・クルッツェンによって考案された「人類の時代」という意味の新しい時代区分。人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった時代であり、現在を示す「完新世」の次の時代を表している。