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N0.34 小宮信夫氏〜安全安心な社会を犯罪機会論から〜

 NTSとしては久しぶりの社会科学テーマです。ニュースでは企業不祥事や犯罪事件が続き、その本当の原因はどこにあるのか、私たちはどうすれば事件や犯罪に巻き込まれずに済むのかという、ある種の社会不安が続いています。最新の犯罪学を初めて日本に紹介した小宮信夫先生のインタビューでは、研究テーマとの出会いが驚くものでした。

――小宮先生の少年時代はどのようなものでしたか

「勉強はあまりしませんでした、親も“勉強しなさい”とは言わず、好きなことを好きなだけやらせてくれました。小学校の卒業式に担任の先生から漢和辞典を特別にプレゼントされたのも、漢字が書けなかったことを先生が心配していたからだと思います。小学校では自分で漫画を描いたり、芝居の脚本のようなものを作ったりしていたので、休み時間には友だちが集まって来ていました。    
 中学校でも、自作のドラマをカセットテープに録音し、友だちに聴かせていました。高校では、ギターを持ってシンガーソングライターとしてあちこちの会場で出演していました。海外旅行に憧れていたので、英語だけは努力したつもりです。大学付属の高校だったので、試験は一夜漬け。しかも試験前日にはズル休みをして詰め込んでいました。」

「世界に憧れていたので、情勢を調べて環境問題や戦争、人口爆発などをテーマにした『人類滅亡館』という発表展示を文化祭では2年連続で仲間を引き入れて行いました。四日市公害を扱うため、四日市港に出かけてヘドロのサンプルも持ち帰りました。私の社会正義意識を認めてくれたせいもあり、先生は弁護士を勧めてくれ、法学部を目指しました。」

「大学生になってからは、『海外無銭旅行のすすめ』という書籍に影響されてヨーロッパに行きたかったのですが、、まずは英語の習得ということでアメリカを目指して1年間休学し、遊学しました。最初は医師の家で庭仕事の住み込みをし、その後は長距離バスで全米、カナダ、メキシコを怖いもの知らずで放浪しました。今振り返れば、危険な街やホテルをよく歩き回ったものです。」

――ご研究テーマとの出会いはどのようなものでしたか

「中央大学法学部では、法律が好きになれなかったので、結局司法試験は受けず、卒業後に別の職を得ました。しかし、それもしっくりこず、遅れて公務員試験を受けて法務省に入省しました。アメリカ遊学の経験で英語ができたため、各国の視察の通訳として刑事施設に同行したり、サウジアラビアの研究機関に出張する機会があり、犯罪問題に興味を持ちました。」

「再び海外情勢に関心が高まり、留学を願い出ましたが、前例がないということで却下されました。家族は反対しましたが、法務省を退職し、ケンブリッジ大学に留学しました。思い立ったら誰にも止められなかったですね。」

「入学後、オリエンテーションで科目案内がありましたが、教授たちのクイーンズ・イングリッシュ(今ではキングスでしょうか)はほとんど聞き取れず、呆然としました。ただ一人、アメリカ英語に近い発話をしていた教授の専門が犯罪機会論でした。研究テーマとの出会いは本当に偶然だったのです。」

ケンブリッジ大学で犯罪機会論に出会う

――犯罪機会論については、たくさんの書籍が学校やPTAでも読まれています。

「今回の書籍でも述べましたが、従来の防犯は、被害が発生した後に防犯ブザーを押す、大声を上げるなど、危機が起きてから対応するものです。犯罪機会論は、被害に遭わないように危険を遠ざける、危険に近寄らないというリスクマネジメント(危険回避)の考え方です。日本の常識からは少し外れますが、犯罪機会論は世界の常識であり、日本ではまだ浸透していない考え方です。ぜひ知っていただき、企業の方々にも安全設計に役立てていただきたいですね。」

保護者や行政などに向けたご著書

――最近のご趣味はどうなりましたか

「ギターは遠ざかりましたが、海外旅行の魅力は尽きません。今は研究目的で世界を回るのが楽しみです。92カ国を訪れ、その写真をまとめた本も出版しました。どんな研究テーマでも、詳細な分析だけでなく、全体を把握する視点が必要です。特に海外を巡ると、日本との違いに気づかされます。社会学の基本は「比較」なので、海外調査はとても役に立ちます。その意味では、旅行は趣味でもあり、研究の進化を可能にする機会でもあります。」

世界92カ国を巡って

――これからの夢はいかがですか

 「犯罪機会論に出会ったことは貴重な経験でしたが、日本ではまだ主流の考え方になっていません。防犯対策は無味乾燥なイメージがありますが、世界の常識である犯罪機会論は、社会や組織のデザインに関わるもので、テクノロジーにもつながります。さまざまな分野に応用できるので、この学びが広まることを期待しています。」


 わたしは小宮先生のご著書をいつも読ませていただいていました。自宅の目前に新設小学校ができたときから、学校評議員としてPTAの方々と「地域安全マップ」の作成を夏休みごとにしていました。
 先生の主張される犯罪は『入りやすく、見えにくい場所』で起きるから、近づかないことが最も大事。地域では『入りにくく、見えやすい場所』を安全のために確保することと心に刻んでいます。


<取材日:2024/09/13>

略歴:
2006年4月〜 現在 立正大学, 文学部 社会学科, 教授
2001年4月〜 2006年3月 立正大学, 文学部 社会学科, 助教授 
1993年10月〜 1994年7月 ケンブリッジ大学大学院, 犯罪学研究科 
1991年4月〜1993年3月 横浜国立大学大学院, 国際経済法学研究科 


 
NTSの書籍
   2024年8月 『悪意の見える化とリスクマネジメント