アドバイスって難しいよねって話

よく他人からのアドバイスを受けることがあるのだけど、それがどうもしっくりいかなかったり、逆に腹立たしく思えて飲み込めなかったりする時がある。なんだろう、言い方が癪にさわるのか、アドバイス自体が受け入れられないのか、今後上手に飲む込めるため真剣に考えてみた。

良いアドバイスくれる人って、自分の考えを主張したのち、「まああとは君次第なんだけどね」と選択権をこちらに委ねてくれる。または、こちらの課題や悩みに関して、背中を押してくれるような言葉を投げかけてくれる。こちらに決断をさせてくれる言葉は、勇気をもらえるし、行動に繋がるから本当にありがたい。

だけど、「普通ってこういうもんじゃないの?」「こうするべきだよ」「こうするべきだったよ」という、押しつけのような言葉はなんとも受け入れがたい。それって、私の事コントロールしようとしてない?普通って?こうすべきだった、って今更言う?あなたも気付いてなかったことだよね?どうして私だけ責められる?そして、そう言い切るあなたの言葉、いざそれで私が間違ってたら責任取ってくれる?言葉に責任取れる?多分、逃げるだろうな。

高圧的な態度で正論をたたきつけてきて、いくら正論であろうともそんな言葉、飲み込みきれない。吐き出してしまうか、飲み込む前にぐしゃってこっちがつぶれちゃう。

「普通」で縛って、こちらを思うように動かして、気持ちよくなって、鼻高々のピノキオさんだ。虚栄心でいっぱいで、弱くて優しい人間につけこんで、優位に立とうとする。ってことに気づいたら、なにも怖くなくなった。そもそも飲み込まない。受け入れない。受け止めない。そんな言葉に私はコントロールされない。だって、私のこと考えてないんですもの。だったら私は自分の信じる方法で頑張る。

「君のため」という言葉は、思いやりにあふれるようで、大雑把で無責任な言葉。自分のエゴを隠すための、都合の良い枕詞だ。アドバイスくれるなら、私のこともっと見て、もっと知って、それから優しく厳しい言葉をかけて。童話の「北風と太陽」と一緒。厳しい言葉だと心を閉ざしてしまうけど、太陽の言葉ならきっと受け入れられる。

ついつい「こうすべきだったのに」とか「こうしなきゃだめだよ」と縛り付けそうになるから、気を付けよう。そう思うのでしたとさ。終わり。

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