その融点、に到達するまで
子どものころ、真冬の通学路であくびをしてはよくえずいていた。身体は強いほうだったが、寒いのだけは体質的にだめらしかった。みんなと外で遊ぶけれど、体がふるえて上手く喋れない。故意を疑われるくらいに安定感のあるビートを、上下の奥歯がかちかち刻んでいた。
大人になるまで、身体が冷えた状態であくびをするとえずくというのは一般的な現象だと思っていた。人に話してみてそんな経験はないと言われ、初めて特異な体質だったのだと知った。母にもそれを話したら、
「へんなの。なんかそれ父さんも言ってた気がするな」
と言っていた。
※遺伝かぁ
ちなみに父は北海道の生まれである。
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2024年になってまもなく、swimmyは渋谷のレンタルスペースに集まって仲よくピザを囲んだ。そのあとPodcastの収録をして、switchでマリオカートをやった。
ひとしきり遊び終えると(われわれは真面目なバンドなので)、当然のように「次の新曲をどう進めるか」へと話題が移行した。
実はこの曲、私以外の3人でおおよその全体像を既にこさえてくれていた。原案を作ったのはGtの永井。3人でスタジオに入ったあと、むねさん(永井)がデモに落とし込んで聴かせてくれた。キレの良いアルペジオで幕を開ける変拍子ソングは、とても「らしくて」ワクワクした。(むねさんのギターの音は、もはやswimmyの色そのものなのです。)
そんな経緯もあったので、こちらの解釈でメロディや詞をつけてしまう前にみんなのイメージを聞いておきたかった。わたしはその場でキーワードを募ることにした。3人が唸りながら出してくれた言葉たちを、ぽちぽちスマホに打ち込んでいく。
なんというか鋤崎が圧倒的に作詞の難易度を上げている気もするが、一旦ありがたく受領。
詞を書くときはいつも連想ゲーム。想像の拡張あるいは記憶の呼び出しだ。
冬。呼吸するだけで喉が凍って張りつくような感覚。やけに静かな朝、日が昇るに連れていっしょに高くなる空。晴れていればどこまででも見渡せそうな、凛と澄んだ空気。すっきーさん(鋤崎)が言っていた「すべてにピントが合う」はこれのことかもしれないと気づく。そういえばかつて初台に住んでいた。街をとぼとぼ歩きながらふと見上げると、NTTビルが朝陽を鋭く跳ね返すのを見たことがある。あれはたしかに光っていた。
視線を戻してさらに想像する。子どもたちが列をくずして走っていく。かれらがこの寒さに気づくのは一体何年後のことなのだろう。あのくらいの背丈の時分、わたしはどうだったか。よく「おえっ」となっていた一方で、ボールを追いかけ回したり、かじかむ手で鉄棒を握ったりした記憶もたくさんある。特異体質を当然のように受け入れて、必死になって遊んでいた。
みんなみんな水分子みたいに、自由に駆けた。
その融点/swimmy
瞬きも谺する朝のしじま
静謐たれ、心
祈りの手でなぞれば
低い温度にも溶け出すかもしれない
こぼれたらまた拾って
配向のロジックに倣えばいい
息を吸えば凍るような喉
気にも留めず一心に駆けた子ら
その影を見た刹那のまどろみ
目を覚ませば
光のなか立ち止まる
隅々まで結んでいくフォーカス
網膜に焼く細密画のように
美しく
空へ陽を打ち返していくビル
反射角の内側で照らされて
たしかに生きる
肩を穿つように走る風を纏い
季節を誤っても
なおしたたかに色づく閃き
手を伸ばせば
遠くから呼んでいる
途切れ途切れ浮かんでいくシグナル
象形にも音を付けるように
ゆくりなく
たとえばもしあなたが今も
震えるまぶたを開けずにいるのなら
目を覚ませば
隅々まで結んでいくフォーカス
網膜に焼く細密画のように
美しく
反射角の内側で照らされて
たしかに生きる