お笑い音楽お笑いと音楽
子どものころお笑いが大好きだった。どのくらい好きだったかというと、TVで観て気に入ったネタを友だちと「カバー」するくらい熱心に好きだった。小学校後半がガッツリ「エンタ」の世代。中学に入ってからは深夜の15分番組「ザ・スリーシアター」にはまり、コントが大好きになった。なかでも好きだったのはしずるとジャルジャル。それからチョコレートプラネットがネタ番組で氷室京介コントを沢山やっていたのも多分その頃で、私は氷室のことなどぜんぜん知らないのに「氷室口調でおでんの“がんも“を延々盛り続ける」というリフレイン全開ネタが異常に好きだった。これのせいで仲の良い同級生から「がんもちゃん」と呼ばれていた時期がある。懐かしい。
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お笑い好きになったのは、幼少期の半分を関西で過ごしたことも少なからず関係していると思う。クラスには、カルテット漫才を披露するセンスあふれる同級生がいた。かれらが“TEVASAKI”テヴァサキと名乗っていたのをよく覚えている。小学校のお楽しみ会や修学旅行では有志による出し物の時間が設けられ、その枠でテヴァサキは新ネタライブを敢行した。みんな毎回楽しみにしていたし、漫才はとても面白かった。私は教室の固い椅子の上でけたけた笑いながら、ひそかにうらやましくも思った。
あるときロッカーの上にテヴァサキの“ネタ帳”がぽいと置かれていたので、なんの気無しにそれに触れた。すると間もなくネタ担当のFくんがびゅんと飛んできて、怒り口調で何かを言い放ち、私の手からネタ帳をひったくって去って行った。かれは11歳のときに「好きな芸人は千鳥と笑い飯」と言っていた。2005年頃の出来事である。(たしかボケ:ツッコミ=3:1の構成だったテヴァサキだが、Fくんはもちろん「1」のツッコミだった。)
社会人になって間もないころ、別のテヴァサキメンバーだったSくんが就職をきっかけに上京したと聞き、新宿で会うことになった。かれも私も面影を残しまくっているタイプだったので、すぐにお互いを見つけることができた。
懐かしさとハイボールをガソリンにしてひとしきり昔話に花を咲かせたあと、「そういえば」と言ってSくんはとても素敵なエピソードを聞かせてくれた。
「大学んとき就職するかNSC行くか迷ってFに電話してん。もし養成所行くんやったら(組むのは)あいつしかおらんと思って。んで勇気出して話したら“ごめんおれ落語家なるから養成所は行かんねん“って!おれ志で振られてん」
Fくんはいま上方噺家(桂一門)の一員である。いくらなんでも人生カッコ良すぎるやろと思いつつ、でも私としてはふたりがコンビ組んでまた漫才するところも見たかったなあ、とも思う。
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15歳くらいから私は音楽に夢中になり、気づけばお笑いからは遠ざかっていた。それが2010年頃なので、今思えばのちに言われる「お笑い氷河期」の入り口あたりで、御多分に漏れず私も離れていったのかもしれない。
何人かのミュージシャンにのめり込んだことをきっかけに、芋づる式に色々な音楽を聴くようになった。今はなき宇都宮タワーレコードでCDを予約し、気が向けばギターを弾き、時々音楽誌も買い、ラジオの文字起こしを漁り読み(高校の頃はJ-WAVEなどを聴けない地域にいたので、番組を文字起こししたブログを読んでいた)、いつのまに趣味は音楽一辺倒になった。そんな状態が大学時代を経て社会人になりswimmyというバンドを始めて数曲リリースするまで、ずっと続いていた。テレビもYouTubeもろくに見ず、音楽以外のエンタメには殆ど触れなかった約10年間。
数年前のあるとき、もともと好きだった“えみそん”(おかもとえみ)の楽曲ブームが自分のなかで再来したので、久々に端から順に聴いていた。何枚か聴いたあと、見たことのないジャケットが出てきた。「Mells」。えみそんがフィーチャーされている「Can't say」という楽曲。知らなかった、また誰かと歌ってたんだ。
再生すると、都会的だけどすこし寂しくて、どことなく晩夏の宵のうちを思わせるトラック。少ししてそこに日本語と英語をゆるやかに行き来するやさしいラップがのってくる。ああラッパーなんだ、でもなんか韻の踏みかたがちょっとかわいい。妙に気に入って、正体も知らぬまま何度かくりかえし聴いた。
ひとりめのパートがちょっと浮いている気がして引っかかった。これは間違いなく失恋や未練の歌なのに、そのパートだけが失恋以上におのれの忘却を憂いているからだと気づいた。勝手な解釈だったけれど、私はメタフォリカルな自己吐露みたいな歌が好きだから、刺さった。
さすがにちょっと大袈裟に書きすぎたかもしれないが、これを歌っていたのがお笑いトリオ・トンツカタンの森本さんだった。検索して初めてお笑い芸人と知り、正直かなり驚いた。
私は突然、大好きな音楽によって大好きだったお笑いに引き戻された。森本さんについては、以来めちゃくちゃファンである。(もちろんお笑いのこともまた好きになった。)
ーー7.13 ナルゲキへ向かう道中にて書き終え
<以下長いおまけ>
好きな森本フレーズ/引用元:おこたしゃべり
・信号使ったことある?
森「当たり前だろ、何で僕『道路交通法バーリトゥード男』なんだよ」
【コメント】
比喩コレクター歓喜の一節。バンドbonobosの「23区」という楽曲に出てくるフレーズ「めちゃくちゃな切子模様」は晴れた日の風に揺れる水面を表した傑作比喩ですが、それと同じくらい好きです。
・一石三、四鳥ですよこれは
森「曖昧にすんなよ鳥(ちょう)の数、可哀想だろ鳥(とり)たちが」
【コメント】
概ね7音・5音・7音・5音
あっこれは「ツッコミ自由律俳句」ですね〜(feat.真空ジェシカ)
・三人で隅っこに固まってたのよ
森「ケルベロスか」
【コメント】
お笑いで(しかもネタじゃなくてお喋りで)ケルベロスなんて聞いたことなかったので感嘆しました。ケルベロスと聞いて「認証?」と思ってしまうのは一種の職業病か。何かに怯える人を見たら「ゴルゴンに睨まれてんのか」とかも言ってくれそう。流石に伝わらないか。
※「目の前メデューサか」がありました!
ツッコミや歌詞の言葉選びから想像つくけど、雑誌のコラムやnoteの文章もテンポが良くていつも素敵です。文章だと「ひらきかた」が独特なのも気になっている。(ひらく=漢字ではなく仮名で書くこと)「へきえき」とか「たまる」とか。理由あるのかな。
それから先に引いたトークチャンネル「おこたしゃべり」はふたりともヤバすぎる。オンの日もオフの日も、6年近く殆ど毎日1時間ひとに聞かせるお喋りをするというのは、これ常人の所業ではない。「話題に事欠かないこと」がすごいのではなく、「なにもかも話題にする」のを当たり前みたいにやっているところが、すごい。日常を人一倍自覚的に生きていないと出来ない気がする。日々の解像度が高い。エピソードコンバーター。なぜ寿司とシュラスコを食べに行くだけでこんなに面白いのか。人生やり過ごしている場合じゃないなとこちらまで思えてくる。もしかしたら私は、そこらじゅうにある面白いことを、無意識のうちに指の隙間からぽろぽろとこぼしてきたんじゃないか。もったいないことしたなあと思う。
観ている側が日常まるっと愛してみようと思えるのって、エンタメの最強の効能です。ありがとうおこたありがとうエンターテインメント。
多分、今夜も配信中