商標法の基礎知識ーゆっくり商標騒動を題材としてー
第1 はじめに
事業活動を営む上で、自身の商品やサービス(役務)について、その出自や出所(識別性)を明らかにするための文字や図形等(標章)を使用することがあります。
商標と言われるものであり、指定された商品・役務について他人の妨害を受けることなく商標をする権利を有します。他方、他人がその商標を使用する場合は、その使用を禁止することができます。
現行法上は、所定の申請をして登録を受けなければ商標権を取得することはできません。
登録商標は特許庁のサイトで簡単に検索をすることができます。一見、安易に見えそうです。しかし、商標登録が認められる要件、また他者の使用態様が自身の商標を侵害していないか等の判断は、実際の具体例を見ると非常に判断が難しいところです。
以下では簡単な基礎知識を中心に解説してきます。
第2 商標登録が認められる要件について
1 はじめに
商標が認められるには、申請者が権利能力を有すること、所定の方式に沿った申請をしたことの他に、以下の点が必要です。
①現にその商標を使用している者又は将来使用する意思がある者の出願であること
②自己の業務にかかる商品又は役務について使用する商標の出願であること③3条所定の要件を満たすこと(積極的要件)
④4条所定の要件にあたらないこと(消極的要件)
2 ①商標使用
商標トロール、商標ゴロ等といわれますが、実際に使用するつもりがないにもかかわらず商標登録を受け、本当にその商標を使用しようと考えている事業者に商標権の譲渡を条件に金銭を求める連中が昔は多くいました。将来的に使用する意思があることを要件とすることでそういった不正を防止する取り組みがされています。
3 ②自己の業務での使用
他人に使用させるために商標登録を受けることはできません。他方、団体の構成員に使用させるための商標や、設立中の会社について発起人が商標登録を受けたいと考える場合は、自己の業務と同視し得べき業務にかかる商品又は役務についての使用といえるため、登録が認められることがあります。
4 ③積極的要件
普通名称でないこと、慣用商標でないこと等が求められますが、第3条1項6号にある「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」ではないことが大事です(識別性)。商標の構成より識別力のないものや、簡単ではないがありふれた商標で多数人が現在使用しているため識別力のない商標なども識別力がないとされます。
例えば、単位(メートル等)や元号、子供靴について歩行時に鳴る「ピヨピヨ」という音、ビールを注ぐ際の「コポコポ」等です。
他方、ややこしいのが、長年そのありふれた識別性のない商標を使用した結果、需要者において特定の事業者の商品や役務であると認識することができるに至った商標は、使用による識別性(特別顕著性)が認められるとして商標登録を受けることができます。
例えば、夕張メロン、ミルクドーナツ、あずきバー等です。
5 ④消極的要件
多数の要件がありますが、他人の商標として周知されているものについては商標登録が認められません。(10号)
また、登録主義の帰結から、先に登録商標がなされたものと同一又は類似する商標登録を受けることができません。(11号)
また、他人の商標・役務と混同が生じる恐れがある商標も登録が認められません(15号)。これは取引の実情も参酌して判断されますが、有名なレール・デュ・タン事件では、混同が生じるおそれがあるとは、企業経営の多角化を踏まえ、親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品か事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係わる商品等と誤信されるおそれが含まれる旨が判示されました。
識別力は、商標権侵害の文脈で考える商標の類似性とパラレルに考えられ得る部分です。(37条)
有名な小僧寿司事件について、最高裁平成9年3月11日判決は、「商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標が外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、かつ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである」とした上で、小僧(KOZOU)の外観や呼称が共通するものの需要者から見ればその商品の出所を五人混同するおそれはないから商標の類似はないとしました。
第3 具体例を考える(ゆっくり商標騒動)
2年程前に話題になったゆっくり実況の商標登録問題。みなさんで広く使われていた「ゆっくり」という実況スタイル(音声読み上げ機能を用いたり特定のキャラクターを利用したりするもの)について、とあるVtuberが商標登録をして、使用料を求めるようになりました。その後、商標登録は無効とされていますが、その理由を検討しましょう。
1 第3条第1項第3号、第4条1項16号
物の性質や品質を表す標章のみからなる商標は登録が認められません。
ゆっくり、という物事が遅く進む様子の表現は、実況スタイルの特徴を述べるに過ぎず、登録要件を満たさないとされました。
2 第3条第1項第6号
同様に、ゆっくりという特徴を述べるだけでは、他の商品との識別機能を果たさないため、「需要者が何人かの業務に係わる商品又は役務であることを認識することができない商標である」として登録が認められませんでした。
3 他の拒絶理由は?
ドワンゴさんが商標登録の無効を求めた経緯として、ゆっくりというコンテンツがみんなのものであることを明らかにしたいというところがあったと思います。その点からは、特許庁の判断からはより一歩進んで、3条1項1号のいう普通名称(例:フィルム、飴、等)として認めてほしかったのではないかなとも推察しますが、そこまでは残念ながら認められませんでした。
4 余談
なお、当の本人ですが、最近は自身が受けた誹謗中傷について開示請求をしている模様です。事の発端が大いに賛否ありますので、過激な対応を取るのはどうかと思いますが、一線を越えた誹謗中傷も避けるべきですね。