退化することで幸せになれる気がする
今日は昼間からワインとピザでほろ酔い気分なので短めに…(*^^*)
最近常々思うこと。
人間って、どこまで進化したいんだろう?
何をそんなに発展させたいんだろう?
発展したその先に待っていることって、何だろう?
2000年頃からIT技術が急速に進化し、今は1人1台スマホを持つのも当たり前。現代は、論理的思考が身についている大人が少ないにも関わらず、小学生には義務教育でプログラミングを教えさせる。(大人への義務教育は無し?)
仕事は、いかに生産性を高めるか・効率よく業務を進めるかに追われ、時間に追われ、逆に効率が下がり生産性も低くなっている。永遠に見つからない、適切なタスク管理。
家事は、お掃除ロボにお任せ。
自分はYouTubeやNetflix、電子漫画を、ゴロゴロしながら眺める。コンテンツの途中で挟まるわずか30秒の広告ですら耐えられず、課金。
人とのコミュニケーションは、オンラインだって良い。VRの世界でお話しできたらいい。年賀状やお歳暮は時代遅れ。手紙ではなく、LINEで。LINEのリアクションで、簡単にワンクリックで、気持ちの表現を済ませる。
そんな今の時代。
こんなに進化していて、ストレスに悩んでいない人の割合とは、いかほど?
退化した方が幸福感は増しそう
万人に当てはまる考え方では無いのは重々承知。
ただ、ふと思う。
人間は、退化した方が幸せになれるのではないか。
掃除をロボットに任せるのではなく、自分が1番リラックスできる場所を、丁寧に時間をかけて掃除をする。
そのことで、気持ちよさを感じたり、ここをもう少しこうしたら…という願望が生まれたり、希望が芽生えたり。
仕事も、システムに任せたタスク管理や、時間に追われるのではなく、本質的なことに集中と選択をし、「これをすることは、幸せにつながるのか?」と、今一度、1つ1つの作業を見つめ直す時間を取ってもいいのではないか?
たまにはのんびりしよう
という文章を書いてる私は、パソコンを使ってカタカタ書いているわけだけども。
有意義な情報をぉぉおお!
と気張らなくても。
有意義な1日をぉおおお!
と思わなくても。
たまにはのんびり、思うがままに書いてもいいかなぁ。と思ったのでした。