短編小説 |忘れられた感謝の塔2/7
隠された技術
プロジェクトチームは、匠昌建設の最上階会議室に集まった。窓からは都市の喧騒が遠く聞こえ、テーブルの上には複雑な図面と設計書が広げられていた。山田昌也は、チームメンバーの真剣な表情を見渡しながら、静かに口を開いた。
「皆さん、今日からは本格的に技術開発に取り掛かります。私たちの目標は、感謝のエネルギーを吸収・変換・循環させる革新的な技術を生み出すことです」
建築士の佐藤は、3Dホログラム投影を起動させ、塔の外観を表示した。「外壁には特殊な多孔質材料を使用します。これにより、目に見えない感謝のエネルギーを効率的に吸収できるようになります」
彼は指でホログラムを操作し、壁の断面図を拡大した。「この材料は、ナノレベルの微細な孔を持ち、感謝のエネルギーを選択的に取り込む特性があります。同時に、高い断熱性能も持ち合わせているため、建築物の省エネ性能も向上させることができます」
大工の鈴木は、テーブルの上に小さな木片を置いた。「これが、私たちが開発した『形状記憶木材』です。感謝のエネルギーに反応して、徐々に形状が変化します」
彼は木片を手に取り、ゆっくりと曲げた。驚いたことに、木片は元の形に戻らず、新しい形状を保持した。「この技術により、塔は時間とともに美しく変化していきます。まるで生きているかのようです」
配管工の田中は、複雑な配管システムの図面を示した。「これが『量子エントロピー配管システム』です。感謝のエネルギーを建物全体に循環させます」
彼は図面上の特殊な接合部を指さした。「これらの接合部には量子トンネル効果を利用した素材を使用しています。エネルギーの損失を最小限に抑えつつ、効率的な循環を実現します」
電気工事士の高橋は、小さなLEDを取り出した。「これが『感情共鳴発光装置』の核心部分です。感謝のエネルギーを特殊な波長の光に変換します」
彼はLEDを点灯させた。その光は、見る角度によって微妙に色が変化した。「純粋な心を持つ人にのみ見える光。それが私たちの目標です」
山田は、これらの革新的な技術に感銘を受けつつも、現実的な問題を指摘した。「素晴らしい技術ですが、これらを既存の建築基準に適合させるのは困難です」
佐藤は頷きながら答えた。「その通りです。そこで、私たちは二重構造の設計を提案します。表面上は従来の構造計算や設備設計に基づいた改修工事として見せかけ、内部に新技術を組み込みます」
彼はホログラムを操作し、塔の断面図を表示した。「外壁の内側に特殊な層を設け、そこに新技術を集約します。建築確認申請では、この層を単なる断熱材や防音材として申請します」
田中が付け加えた。「配管システムも、表面上は通常の給排水設備として設計します。実際の機能は隠蔽された二重配管で実現します」
高橋も同意した。「照明設備も同様です。通常のLED照明と感情共鳴発光装置を組み合わせることで、違和感なく設置できます」
山田は深く考え込んだ。これらの技術を隠蔽しつつ、建築確認申請をパスさせるのは困難な挑戦だった。しかし、それこそが彼らの使命でもあった。
「よし、この方針で進めましょう。耐震性能や防火性能を重視した通常の改修工事として提出し、審査をパスさせます。同時に、私たちの真の目的を達成する技術を密かに組み込んでいきます」
チームは熱心に議論を続けた。技術的な課題だけでなく、倫理的な問題も浮上した。「誰も感謝しない建物」を作ることは、本当に正しいのか。しかし、彼らは「忘れられた感謝」を集める重要性を信じ、前進することを決意した。
数週間後、プロジェクトは本格的な実験段階に入った。匠昌建設の裏庭に、小規模なプロトタイプが建設された。外見は古びた小屋だったが、内部には最先端の技術が詰め込まれていた。
実験は驚くべき結果をもたらした。形状記憶木材は、周囲の人々の感情に反応して微妙に形を変え始めた。量子エントロピー配管システムは、建物内の空気の質を劇的に改善した。そして、感情共鳴発光装置は、時折、美しい光を放った。
しかし、最も驚くべき現象は、プロトタイプの周辺で起こった。建設作業員たちの間で、突然の親切の連鎖が起き始めたのだ。互いに感謝の言葉を交わし、協力し合う姿が日常的に見られるようになった。
山田は、この現象に深い感動を覚えた。「私たちは、単なる建物ではなく、人々の心を変える何かを作り出しているのかもしれない」
しかし、同時に不安も感じていた。この力は、正しく使われなければ危険なものになる可能性もあった。彼は、プロジェクトの真の影響力を慎重に見極める必要性を感じていた。
そんな中、ある日、山田の元に一通の手紙が届いた。差出人は、例の匿名の依頼人だった。
手紙には、こう書かれていた。
「プロジェクトの進捗を聞き及んでおります。素晴らしい成果を上げているようですね。しかし、これはまだ始まりに過ぎません。本当の挑戦はこれからです。準備はよろしいですか?」
山田は手紙を読み終え、窓の外を見つめた。夕暮れの空に、不思議な輝きを放つ雲が浮かんでいた。彼は深く息を吸い、決意を新たにした。
「さあ、本当の挑戦が始まる」