恋をした。1.ーちいちゃい宝物ー
文=ひーさん(N高6期生・通学コース)
見慣れた景色や街並みに黄金が溢れるこの時期。緩く髪を撫でる風はすっかり涼しさを取り戻して、季節は冬に向かっている。目が冴えるような快晴と刺すような陽射し。寝起きの目には少々眩しい。徒歩5分で来れるここは、毎日の散歩コースだ。コツ、コツと杖をつき、草原を散策する。どうやら今日は僕たちしかいないようだ。草原の真ん中にある、昔から馴染みのある一本木は、いつにもなく存在感が増して輝いている。
「ほぉお……今年はいつもよりきらきらだねぇ〜〜」
隣で目尻がキュッとなってくしゃっと笑う、僕の想い人。
先日美容院に行ってきたようで、少し音程がずれてる鼻歌まで歌ってご機嫌そうだ。
「おばあさんや、こっちむいてみぃ」
シルバーの艶のある頭の上にイチョウの葉っぱが鎮座していた。シルバーに映えるそれをもったいないと思いつつもつまんで取って、その代わり少し髪を撫でた。
「君は本当に変わらんなぁ」
視線をやると反対を向いて俯いている耳がほんのり赤いおばあさんがいた。
僕はなんだかおかしくてカラカラ笑ってしまった。風も同調するように、ひゅうっと吹いて葉っぱがひらひら緩やかに落ちてくる。
「えぇえぇどうせ70代過ぎたおばさんが照れたって見苦しいだけですもんね〜〜」
ねぇ?イチョウ。
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。それでも側を離れないのを見る限り、機嫌の修復は可能なようだ。直せる時に直しておかないと、昼食がほうれん草だらけになりかねない。おばあさんの好物だが、ほうれん草はどうにも味が好かん。週に一回はおかずに入っているので、おばあさんに半分譲って悶々としながら完食している。
「何をいうとる。僕ぁおばあさん一筋、55年!半世紀分の愛は重いぞぉ?」
「たくッ、もうおじいさんはボケが始まっちまったみたいだね」
じとりと睨まれながら杖片手に木の前のベンチに座る。二人でちょうど座れる木のベンチの上もイチョウだらけ。ささっと手で掃いて二人で背もたれに寄りかかる。はぁ、と一息ついてからふと考える。そういえば告白されたのもこの木の下だったなぁと。もう55年も前のことだが、その時は伸ばしていた髪も真っ赤なリンゴみたいな顔も告げられた言葉も、色褪せず今でも鮮明に覚えている。
この55年間、お嫁さんにはしてあげられていないけれど。
すー、すー、と呼吸音が聞こえる。おばあさんは寝ちまったらしい。こんな日当たりが良くて心地よい風も吹いてりゃ、ゆりかごと一緒だべな。しょうがない。そう誤魔化して以前よりか、しわしわのちいちゃくなった手を少し握る。
微睡む中で思う。
僕の宝物はこんなにちいちゃかったのか。
目が覚める。おばあさんが隣にいるのを確認して時計を見ると、一時間以上も寝ていてお昼時を過ぎていた。おばあさんの肩を揺らす。寝起きは機嫌が悪いからそっと起こさなきゃな。少し呻き声をあげ起きたおばあさんは時計を見て大慌て。
「よく眠れたけど、実は家におじいさんの好物のシチュー用意してあるんです!早く帰って仕上げ作らなきゃ」
よっこいしょ、っと
そう急かすおばあさんは僕の杖を持っていない方を引っ張って歩き出した。急な行動に困惑状態の僕を放置し、しばらく歩いたところでこちらを振り返った。
「どうかしたんか?おばあさん」
「昔の夢を見てね、たまにはいいでしょう?」
そう繋ぎ直した手はとても暖かくて、より一層、彼女が恋しくなった。