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【中編小説】大名古屋万博物語(創作大賞2022中間選考通過)

この作品は、note創作大賞2022の中間選考を通過いたしました。
力及ばず受賞はできませんでしたが、読んでくださり誠にありがとうございました。


1988年9月、名古屋オリンピック開催。
2005年3月、愛知万博、通称大名古屋万博開幕。
バブル崩壊をものともせず、名古屋は世界都市・大名古屋として日本で一番の繁栄を極めていた。

万博会場のレストランでアルバイトをしている愛知県刈谷市在住の男子大学生の都築透一は、異国の美少女サフィトゥリと出会い、恋をする。
しかしサフィトゥリは隠された目的を持って万博にやって来ていた。

パラレルな名古屋を舞台にした、愛と叡智の裏万博青春小説。


0.栄光の大名古屋

 一九八八年九月、名古屋オリンピック開催。
 二〇〇五年三月、愛知万博、通称大名古屋万博開幕。
 バブル崩壊をものともせず、名古屋は世界都市・大名古屋として日本で一番の繁栄を極めていた。


1.西三河の朝1

 二〇〇五年四月八日、金曜日の午前十時過ぎ。
『続いてのニュースは、開幕から二週間がたった大名古屋万博についてです』
 最近父親がボーナスで買い換えたリビングの薄型テレビから、女性アナウンサーの爽やかな声がする。
 透一はダイニングキッチンで焼いたトーストとバナナを一人で食べながら、パジャマでニュース番組を見ていた。母親も父親も仕事に出掛け、高校生の妹も学校へ行ったが、大学三年生の透一の朝には余裕がある。
『四月一日より飲食物の持ち込みが緩和された会場では、多くの家族連れの来場者が昼食に弁当を持参しています』
 薄型テレビの液晶に、保育園児くらいの女の子が唐揚げを頬張りおいしいと言っている様子が映る。
 万博とはオリンピックの文化版のようなもので、世界中の国や企業が技術や伝統を展示する一大イベントのことである。二〇〇五年の今、愛知県ではその万博が行われている。
 万博には大勢の人びとが集まるため、当初大名古屋万博は食中毒やテロの防止対策として飲食物の持ち込みを禁止していた。しかし「家族でお弁当、食べたいでしょ」という総理大臣の鶴の一声で、家庭調理の弁当に限り持込みが許可されたのだ。
「そういえば遊園地には、世界観を壊さないために弁当持ち込み不可のところがあったよな」
 トーストを飲み込み、ニュースの感想をつぶやく。一人っ子というわけではないが、透一は独り言が多い性分である。
『開幕前には四月五日時点で百万人を超えるとされていた入場者数は想定を下回り、会場は一部の人気パビリオンを除き閑散としていました』
 最後に入場者数について述べ、ニュースは芸能情報へと話題を移した。
「閑散は言い過ぎじゃんね。確かに思ったより、バイトは暇だけど」
 トーストとバナナを食べ終えた透一は、リモコンでテレビの電源を切った。
 なぜ万博のニュースだけはきちんと見ているのかというと、それは透一が万博会場のレストランでバイトをしているからだ。
 食べた食器を片付け、顔を洗って着替える。
 今日も午後からシフトが入っていた。

 黒地のオーバー・シャツを着てカーキのチノパンを履いた透一は、マンションのエントランスを出て駅へ向かった。
 最寄り駅の刈谷駅は、自宅から徒歩十分のところにある。
 透一はそこからJR東海道線快速・大垣行に乗り、まずは金山へ行く。刈谷駅から万博の長久手会場までは乗り換えが三回もあり、やや遠い。
 ラッシュ時を過ぎた車内はすいていたので、透一は背負っていたリュックサックを抱えて窓際の席に座った。
 車窓のガラスに映るぎりぎりイケメンに入れてもらえるかもしれないあっさりした顔立ちの黒髪の男の姿が、透一の外見スペックである。顔自体は可もなく不可もないが、それなりに背は高いことには救われていた。
 窓の外を覗くと、何の変哲もない住宅地の風景が春の日差しに照らされ流れていくのが見える。
 透一の住んでいる刈谷市は、西三河に位置する街だ。
 県外の人には伝わりづらいが、愛知県は東を三河地方、西を尾張地方に分けることができる。織田信長がいたのが尾張、徳川家康がいたのが三河だ。
 三河の人間は名古屋弁ではなく三河弁を話すし、食文化もところどころに違いがある。
 透一は生まれも育ちも西三河であるので、名古屋の大学に通ってはいても名古屋が出身地であるという感覚はなかった。
(何もないけど、豊かな土地ではあるよな。三河は)
 座席にもたれて目を閉じ、透一は半ば眠りながら地元について考えた。
 三河、特に車産業で有名な豊田市がある西三河は、田舎ではあるが工場が多く過疎化もあまり見られない。名古屋が世界都市として繁栄しているのも、ひとえに西三河の発展があってのことだった。
 透一は大企業の関連会社に勤めるサラリーマンの息子として、ほどほどに裕福に暮らしてきた。大企業の恩恵を日々感じながら過ごしているせいか、透一は国や権力に対してそれほど反発を覚えることがなかった。
(大名古屋は万博開催で今が絶好調って感じだし、愛知にいると日本の不景気とかよくわからなくなってくる……)
 無論、愛知県にも貧乏な人はいるだろう。
 しかし透一が電車の車両の中でうたた寝をして感じるのは、静かだが貧しくはない生ぬるさだけだった。


2.日本ゾーンのレストラン1

 金山でJR中央本線に乗り換えて高蔵寺へ、そしてそこから愛知環状鉄道に乗って万博八草駅へ向かう。そこから万博会場駅までの移動は、万博の大目玉の一つであるリニアモーターカーであるリニモだ。
 万博八草駅のガラス張りのホームドアの向こうにリニモが止まり、自動ドアが開く。透一は一般のお客さんに混ざり、リニモの車両に乗り込んだ。
 四角く丸みを帯びた車両は空や海、森の木々、太陽の光をイメージした青と緑と黄色のグラデーションで彩られている。混雑日の場合はリニモの他に排気ガスのでない燃料電池バスもシャトル運行しているが、今日はリニモだけのようだった。
 ホームの行列が全員車内に移動すると、リニモはするすると動き出す。比較的すいている日とはいえ、透一を含め多くの乗客が立って乗車している。
 電磁気の力を利用して浮いて走るリニモは、静かで揺れが少なく乗り心地が良いとされている。レールと車体の間の接触がないため修理も少なくてすみ、雨の影響も受けにくいらしい。
(しかし未来の技術と言っても、文系の俺には何がすごいのかよくわからん)
 車輪がなく電磁石が使われていても、車内はごく普通の電車と変わらない。万博八草駅から万博会場駅までたった三分の乗車時間は、何が特別かわからないうちにあっという間に終わってしまう。
 英語交じりの車内アナウンスとともに、リニモは終着駅で停止する。
 透一は人の流れにのってホームに降り、足早にエスカレーターに乗り改札を抜けた。駅を出ればすぐに、会場の万博のメインゲートとなる北ゲートだ。
 北ゲートは真っ白な屋根に覆われた巨大なゲートで、待機列の少ない平日の昼間の込み具合からするとただ大きすぎる印象を与える。
 真新しく整地された路地を歩き、透一は隅に設けられたスタッフ用の通用口の方へと移動した。
「おはようございます。おつかれさまです」
 金属探知をくぐった後、検査台にリュックサックを開いて置き、警備員のおじさんにスタッフ証を見せて挨拶をする。
 数年前に起きたアメリカでのテロ事件の影響もあり、万博会場の警備は非常に厳重で、従業員も含めたすべての入場者に金属探知機によるセキュリティチェックと持ち物検査が行われていた。
「おはようございます。はい、問題なしです」
 警備員のおじさんがにこやかに受け答えて、透一を通す。
 こうしてやっと、透一は万博の会場内に入った。



 北ゲート付近の「センターゾーン」は冷凍マンモスの展示施設などの人気のパビリオンがあり、まだ春休み中であろう小さな子供を連れた親子など大勢の人で賑わっている。
 しかし透一がアルバイトをしているのはもっと奥の「日本ゾーン」であり、来訪者はやや少ない。
 透一は真っ赤な観覧車や乗り物の体験施設などの企業パビリオンが並ぶ道を足早に去って、西に向かう。
 「日本ゾーン」は森林の近くに設けられたエリアで、涼しげな風通しのよい竹のケージに覆われた日本館や木製の大屋根を持つ愛知県館、切り絵灯籠に囲まれた大地の塔など、日本の文化や建築を取り入れた展示が目を楽しませるはずの場所である。
 その中に立つ西エントランス棟は無駄に長い横幅以外は特に特徴のない白い鉄骨の施設で、休憩所やATMなど華やかではないが必要な機能が集められている。この西エントランス棟の三階にある和食中心のレストランが、透一のアルバイト先だ。
 透一は階段を上り三階に上がると、筆文字風のフォントででかでかと「ニッポン」と書かれた看板の下にある入り口をくぐった。
「おつかれさまです」
 お客さんと間違われないように会釈をしながら、スタッフルームに移動する。
 ドアを押し開けるとロッカーの前には、友人の直樹が先に着替えを済ませてケータイをいじっていた。
「よっ、そういえば今日は珍しく同じシフトだったな」
「そうだな。思ったより、出勤被らんのが意外」
「一緒にさせとくと、サボると思われてんじゃね」
 そう言ってパチンと音を立ててケータイを折り畳む直樹は、髪も染めずにピアスも開けていないのにも関わらず、そこはかとなく雰囲気がちゃらい。
「そこまで不真面目じゃないんだけどな、俺ら」
 男子大学生という信用のない身分を何となく感じながら、透一は直樹と同じように制服に着替えた。ホールスタッフ用の制服は作務衣の形の和服風の男女兼用で、色は落ち着いたトーンではあるがなんとピンクだ。
「透一がそれ着とるとこ、初めて見たけど何かウケるわ」
「お前だって同じ格好じゃん」
 準備を終えた透一と直樹は、タイムカードを切ってスタッフルームから出た。
 透一が万博会場でアルバイトを始めたのは、たまたまバイト先を探していたときに、友人の直樹がちょうどこのレストランの面接を受けていたからだった。やることは普通のファミレスと変わらないのなら、万博で働いてみるのもいいかもしれないとそのときは思った。
 しかし瀬戸市に住んでいる直樹には良いバイト先だとしても、刈谷市民の透一にとっては長久手は遠すぎたかもしれないと最近は少し後悔もしている。
「おはようございます」
 透一と直樹がバックヤードから厨房に挨拶をすると、調理途中らしい店長が後ろ姿で挨拶と指示を返す。
「ああ、おはよう。今日は水野くんが洗い場、都築くんが料理提供と最終下げでお願いできるかな」
「はい。わかりました」
 そうして二人はそれぞれの持ち場へと別れて、前のシフトの人と交代した。
 しばらくの間、透一はランチタイムの客が残して行った食器をひたすらに片付ける。
 透一が働くこのレストランは、日本全国の名物を食べられるということを売りにしている。看板商品は一応名古屋名物の味噌カツやきしめんで、抹茶ソフトクリームには三河の西尾市産の抹茶が使われる。
 内装に凧や扇を使った店内は天井が高く造り自体は広々としているが、テーブルの数が多くやや過密気味だ。
 大名古屋万博はメインテーマが「自然の叡智」で、サブテーマの一つが「循環型社会」であるので、ただのレストランであっても何かしらエコロジーっぽさを出さなくてはならない。
 そのため透一がホールスタッフとして運ぶ食器は、深緑と黄緑のマスコットキャラクターのプリントされたお茶碗もふくめて、水と二酸化炭素に分解が可能な植物プラスチックで出来ているものだ。
 この植物プラスチックは、会場内のごみ袋、標識、パビリオンの外装や内装にも使われている。
 原料はトウモロコシからつくられたポリ乳酸で、この新しいプラスチックの利用により石油などの化石資源の節約につながり、焼却の際のダイオキシンなどの有害物質の発生も抑えることができるらしい。通常のものと比べてやや欠けやすく、高熱に弱いものの、おおむねは普通のプラスチックと同じように扱うことができるとされている。
 また透一が今まさに流し場の前のゴミ箱に捨てている残飯や、厨房での調理過程ででた生ごみは、会場内に設置したメタン処理施設に送られ、メタンガスを発生させる処理が行われる。こうしてできた残りカスは肥料の原料となり、発生したガスは燃料電池に使われ一部のパビリオンに電力を供給するのだ。
(こういう新技術の大規模実行の場だと思うと、この普通にファミレスかフードコートみたいな料理しか出さないレストランのありがたみも増すかな)
 透一は食器を片付けた机の上を拭きながら、ふと窓の外に広がる会場を見た。
 この店は西エントランス棟の最上階に位置しているため、大きなガラス張りの窓からは日本館や愛知館などのパビリオンが一望できてなかなか良い眺めだ。まるで最初からここにあったかのように、青空の下で緑に彩られた景色は枠の中に納まっている。
 しかしこの長久手の土地が万博会場になるには、なかなかの紆余曲折があった。
 当初大名古屋万博は会場跡地に大規模な宅地開発が計画されており、瀬戸市の海上地区の森を広大なメイン会場とする予定だった。しかし海上地区に絶滅危惧動物であるオオタカの営巣が発見されたことをきっかけに、環境保護を訴える市民団体による万博反対活動が行われた。博覧会国際事務局の幹部も、跡地利用計画は環境破壊であるとして批判した。
 その結果宅地開発の計画は白紙になり、メイン会場が長久手の愛知青少年公園の土地に変更になったのである。
(そういえば直樹は、愛知青少年公園は子供のころよく遊んだ公園だからなくなったのは残念って言っとったような。俺はそこまで連れてきてもらった覚えはないけど)
 思い出して見ると小学生の頃には何度か、従兄弟と愛知青少年公園で遊んだような気もする。室内のアスレチックは、おぼろげながら面白かったような記憶があった。
 しかしそれで感傷的になれるというわけでもない思い入れなので、透一はさっさと食器を手にして窓の前から立ち去った。


3.従業員食堂1

 春季の閉場時間は二十一時半だが、夕方を過ぎると人影は大分まばらになる。
「それじゃ、俺は食堂寄ってから帰るから」
「ああ、じゃあな」
 アルバイトを終えた透一と直樹は、帰路を共にはせず建物の前で別れる。家まで遠い透一は夕食を済ませてから帰り、瀬戸市民の直樹は愛知環状鉄道に乗りすぐに帰宅するのだ。
 日は完全に暮れていて、あたりはすっかり夜だった。昼間の行列がなくなり静かにライトアップされたパビリオンが、どこか物悲しい気持ちにさせる。
 透一は、西ゲートを出たところにある本部棟へと向かった。本部棟の西の一階に、博覧会協会職員やスタッフ用の従業員食堂があった。
 従業員食堂の外観や仕組み自体は大学の学食と似たようなもので、小奇麗だがお洒落でもない真新しい内装の空間に味気のない机や椅子が並んでいる。
 しかしトレイを持って並んでいる人の列には様々な国の人がいて、提供されるメニューもハラル対応のものがあるなど、国際色に富んでいた。
(丼ぶり系もいいけど、限定メニューも旨そうだ)
 透一は入り口付近に置かれた見本の品を、じっくりと見回した。肉や魚の定食、うどんにラーメン、丼ぶり、そしてハラル食材を使ったケバブが、ここの食堂の基本のメニューである。今日はエジプトデーと銘打たれた日らしく、さらにコシャリというエジプト料理もあるようだ。
 迷うこと数十秒後、透一は注文を決めて食券機に五百円玉を投入した。
(ここで食べなかったら一生食べる機会がない気がするから、コシャリってやつにしてみよう)
 このような調子で、透一はよくどんな料理なのかわからないその日の限定メニューを注文する。正直失敗だった日もあるが、それも含めて知らないものを食べるのは楽しみだった。
 食券を手にした透一は飯物のコーナーに並び、食堂のおばさんから料理をもらってトレイに載せた。
 そして適当に空いている席に座って、スプーンを手に取る。ここの食堂は毎日込み合いがやがやと賑わっているが、たいてい一人分くらいなら席はすぐ見つかった。
 バイト先の店で使っているものと同じ植物プラスチックの丼ぶりに載ったコシャリという料理は、お米や豆、パスタを混ぜたものの上にトマトソースとフライドオニオンをかけたもので、横にはコフタと呼ばれる肉団子も二つ添えられている。
 彩りに欠け見た目はそう良いものではないが、気取らない雰囲気にそそられた。
 食堂の人に説明された通りにかき混ぜてみると、カレーっぽい香辛料の匂いがする湯気がふわりと立つ。その香りの良さに、もともと感じていた空腹がさらに強まる。
「うん。こんな感じで、いただきます」
 ざっくりと適当に混ぜ合わせると、透一はスプーンで豪快にすくいとって一口目を食べた。
(ん、口の中が忙しい味だな)
 さらっとした品種のお米と、ぷちぷちのレンズ豆、そしてもっちりと茹でられたショートパスタのそれぞれの食感が、熱々の具材に絡んだトマトソースの酸味で一つになって舌を楽しませる。
 ざくざくと香ばしいフライドオニオンの甘みも良いアクセントになっていて美味しく、クミンのほろ苦い辛さもくせになった。
 油っぽくもなく食べやすいコシャリの味を気に入って、透一はすぐに二口目も食べた。
(すっごい旨いというわけではないけど、なんかこうジャンクフードみたいな感じ)
 炭水化物の重みをがつがつと味わいながら、コフタという細長い肉団子も切り分けて食べる。
 コフタは肉汁がジューシーなハンバーグというよりはつくねに似た固さの肉団子で、これもまた鼻に抜けるような香辛料の風味がスパイシーで美味しかった。
(味に飽きたら、唐辛子のソースとにんにく酢をかけてみてっと)
 若干単調さを感じてきた頃合いに、透一は小皿に分けて持ってきたソースをコシャリにかけてまぜてみた。
 するとまた唐辛子でピリ辛になったり、お酢でさっぱりしたり、にんにくの風味でがっつりしたりと様々な味わいになって、新鮮な気持ちで食べ続けることができた。
(思ったよりも量があったから、満腹になって帰れそうだな)
 食べ終わる目途がついた量が残った丼ぶりの中身を、透一はスプーンでかき集める。
 あと二口か三口だと思ったそのとき、やわらかく落ち着いた雰囲気の見知らぬ声が透一に話しかけた。
「隣、いいですか」
「あ、はい」
 反射的にうなずき横を見ると、褐色肌の綺麗な異国の女子が月見うどんの載ったトレイを持って透一の隣に座っている。
 その彫りの深く整った横顔に、無為に過ごしてきた透一の今日の全てが吹き飛ばされた。
(可愛いっていうか美人。年上か年下かわからんけど、美人だ)
 透一は食べるスピードをゆっくりしたものに変え、箸を割ってうどんをすする彼女の姿を二度見しそうになるのをこらえて水を飲んだ。
 横目で見える範囲で観察すると、彼女が着ているのは袖口や裾が刺繍やレースで飾られたエキゾチックな白いブラウスに、藍地に紫で花柄が抜染された更紗の巻きスカートをあわせてオレンジ色の帯でまとめた異国情緒たっぷりの服装だった。
 おそらく東南アジアかどこかの外国館のアテンダントなのだろう。黒髪をバレッタでまとめたすっきりとした髪型が、凛とした雰囲気に良く似合っていた。
(そうか。万博の外国館のアテンダントってその国で選り抜かれた人材だから、こういうこともあるのか)
 今まで感じたことのないような焦燥感が、急に透一の心に湧き上がる。
 透一も大学生なので、コンパで女子学生と何かしら話しこむくらいのことはこれまで普通にしてきた。彼女がいたことは一度もないが、恋愛感情のようなものを抱いた経験は人並みにはある。
 しかし今日この瞬間みたいな一目ぼれは初めてで、知らない異性に声をかけたくなったのも初めてだった。
 あまりにも今までの日常とかけ離れた出会いに、透一は普段の判断力を失う。
(ええい、一か八かだ)
 普段なら考えづらいことではあるが、透一は見知らぬ異国の彼女に話しかけることを試みた。
「日本語、上手ですね」
 うわずった声で、面白くもなんともない言葉を発す。
 恐るおそる横を見ると、彼女は何でもなさそうな顔でこちらを見て微笑んで答えた。
「ああ。父親が日本人ですから、そのおかげでしょうか」
 お世辞を言ったつもりだったが、そう言った彼女の日本語はその姿と同じように綺麗だった。何なら透一よりも、日本語が上手いような気がする。
「俺、都築透一って言います。会場のレストランのバイトです。お名前聞いても、いいですか?」
 透一は自分がものすごく今がっついているように見えるだろうなと自覚しながらも、名乗って尋ねた。口下手ではないつもりだが、挙動不審さを無くせた自信はあまりない。
 彼女は箸を手にしたまま、透一をじっと見つめた後にゆっくりと口を開いた。
「……サフィトゥリです。日本語では弁才天って呼ばれている神様と、同じ名前です。私の国では、姓はありません。ドゥアジュタ国の外国館で働いています」
 鈴の音に似た美しい発音で、彼女は自分の名前を告げた。
 少しだけ値踏みされているような時間が流れたが、それでも嫌な気持ちにはならないような涼やかさが、サフィトゥリと名乗った彼女にはあった。
(ドゥアジュタ国……。聞いたことない国名だ。家に帰ったらネットで検索しよう)
 思ったよりも会話にのってくれたことにほっとしつつ、透一はすこしでも気の利いた返答を言おうと頭を精いっぱい回転させる。高校生に読んでいた小説の影響で、世界の神々の名前には詳しかった。
「ヒンドゥー教の女神様ですね。芸術と学問の」
「良くご存じですね。つづきとういち、さんはどんな意味のお名前なんですか?」
 サフィトゥリは透一の浅い知識にも感心してみせてくれて、今度は透一の名前について尋ねてくれた。
 初対面用に軽く茶化しながら、透一は自分の名前についての所感を正直に語った。
「透き通っとるやつって意味ですかね。透明って、人名としてあんまり良いイメージないですけど」
 透一は自分の名前があまり好きではない。
 しかしサフィトゥリは透一の名前の話を面白がって微笑んだ。
「そうですか? 私は透明なものって好きですよ。川とか、海とか、綺麗じゃないですか」
 形の良いくちびるをほころばせて、サフィトゥリはいとも簡単に透一の名の意味を肯定する。
(そんな風に言われたら、いよいよ本格的に惚れちゃうって)
 透一は自分ではなく川や海が好きだと言われているのはわかってはいても、思わず心を掴まれて何も言えなくなる。
 気付くと、サフィトゥリはいつの間にか月見うどんを平らげていた。
「ごちそうさまでした、って日本では言うんですよね?」
「あ、はい。俺も、ごちそうさま」
 元々残りの少なくなっていた丼ぶりの中身をかき込み、透一はトレイを持って返却台へ向かうサフィトゥリの後を追った。
 箸やカップを既定の場所に重ね、丼ぶりは軽く水で流して流し台に置く。
 そして透一はなんとか食堂の出口までは、自然に一緒に歩くことに成功した。
 本部棟の建物を出て、街灯で明るくなった夜道を歩く。
 数歩進んだところで、サフィトゥリは透一に別れを告げるように振り返った。街灯の光が、舞台のスポットライトのようにサフィトゥリの周囲を照らしているような気がした。
(ここで終わりにはしたくない)
 どうしてもサフィトゥリと接点を持ち続けたい透一は、チノパンのポケットからケータイを取り出し尋ねた。
「あの、また会いたいんですけど、連絡先聞いてもいいですか? またこういうときに、食堂でご一緒したくて」
「なぜ、あなたが私と一緒に過ごす必要があるのですか?」
「それは俺があなたのことを……、好きになったからです」
 意外と遠慮なくサフィトゥリがごまかしのきかない質問を投げかけてくるので、透一は決心がつかないままに、なりゆきで告白じみたことを言うことになってしまった。
 するとまたサフィトゥリは、必ずしも返答の内容とは一致しない優しい微笑みを浮かべる。
「私はあなたのこと、別に好きになってないですよ」
 鋭い事実を突きつけられ、透一は自分が完全にアプローチに失敗したのだと後悔した。
「すみません。それじゃあもう、話しかけるのはやめます」
 サフィトゥリに迷惑者扱いされたと思い込んだ透一は、謝罪し頭を下げた。やはり自分はうっとうしく声をかけてくる面倒な男にしかならなかったと、恥ずかしくなる。
 それならせめて失礼がないように、潔く諦めるべきだと思った。
 だがサフィトゥリは透一を嫌がるというよりは、反応を面白がっているようだった。
「別に、嫌いってわけでもないです」
 民族衣装の裾を揺らし、後ろで手を組んでいたずらっぽく笑いかける。サフィトゥリは案外背が高く、華奢でも儚げでもなかった。
 遠く透一を試すようなくちぶりで、サフィトゥリが透一の申し出を受け入れる。
「いいですよ。あなたが外国の異性に興味にあるように、私も日本の男の人に興味があります。まずはお食事から、始めましょうか」
 サフィトゥリは透一の下心を認めたうえで、彼女なりの意図を持っているようだった。透一にはその意図を掴むことができなかったが、誘いに乗ってもらえるならなんだってよかった。
 透一はほっとした気持ちで頭を上げ、お礼を言った。
「ありがとうございます。赤外線通信で、教えてもらえますか?」
「はい」
 透一がチノパンのポケットからケータイを取り出して赤外線の受信モードにすると、サフィトゥリも自分のケータイを手にして透一の赤外線ポートに近づけ送信した。
 サフィトゥリとケータイを寄せ合うことは、今までのどんな女子と赤外線通信したときよりも緊張する。
 ケータイを操作しながら、サフィトゥリは透一に尋ねた。
「例えば明日も、あなたはこの時間にこの食堂に来るんですか?」
「そのつもりでした」
 しっかりと頷き、透一はしばらくは連日でシフトが入っていることを喜んだ。
「じゃあ明日も、会いましょう」
 透一の期待以上のことを言ってくれて、サフィトゥリはケータイを閉じると再会を約束して別れを告げる。
 その瞳が不思議な紫色であることに、透一は最後の彼女の顔をまともに直視して気付いた。南国風のサフィトゥリの装いにもよく馴染む、宵闇の海を思わせるような深い紫だ。
「また、明日……」
 サフィトゥリが口にした言葉を、透一は半ばおうむ返しに繰り返した。
 透一がサフィトゥリの瞳の美しさに見惚れてその余韻にほとんど言葉を失っているうちに、彼女は立ち去る。
 しかし夜道に一人残されていても、透一のケータイにはサフィトゥリのメールアドレスが残されていた。


4.リニモからJR

 透一は夢見心地から現実に戻りつつ、リニモ、愛知環状鉄道、JRと乗り継いで帰る。
(こんな出会いがあるとか、まじで万博って良いイベントだわ)
 透一は元から万博反対派ではないが、実際ここ長久手で行われている万博が「自然の叡智」などの大それたテーマに見合ったものだと思えるほど素直な人間でもなかった。
 だからエキゾチックな異国の異性と出会うという即物的な出来事があって初めて、透一は万博のありがたみを実感する。
(それにしても『あなたが外国の異性に興味にあるように、私も日本の男の人に興味があります』って、彼女はどんな意味で言っとったんだろ。このお付き合いは、社会勉強だってことか?)
 JRの車窓の外の家々や工場の灯かりをじっと見つめて、透一はサフィトゥリと交わした会話ついて考えた。
 食堂で話していたときから薄々なんとなく感じていたが、サフィトゥリが透一に向けている興味は恋愛に結びついているわけではなさそうだった。
 サフィトゥリは宇宙人が地球人を観察するように、透一を見つめている。
 だからサフィトゥリに透一の考えていることがわかっても、サフィトゥリの考えていることは透一にはわからない。
(だけど綺麗なだけじゃない、そういうミステリアスなところがまたいいんだよな)
 透一はすっかりサフィトゥリの謎めいた言動に魅了されて、そわそわした気持ちをこらえる。サフィトゥリのことを考えると、普段は長い気がする乗車時間もあっという間に過ぎ去った。
 今日から透一にとっての万博会場でのアルバイトは、ただのアルバイト以上の価値が待つ時間になるのだ。


5.彼女の視点Ⅰ

「じゃあ明日も、会いましょう」
 そう言って、サフィトゥリは都築透一に背を向け、万博の本部棟前の道を歩き出した。
 透一はケータイを片手に突っ立って、何かを言ってサフィトゥリを見送っていた。
 たまたま従業員食堂で向こうから話しかけてきたことがきっかけで連絡先を渡すことになった日本人の青年・透一は、彼の着ている没個性的な大量生産の服と似た、小奇麗だが特徴のな平均的な青年だ。透一はサフィトゥリになぜかすっかり惚れているらしいが、サフィトゥリはその想いを受け入れる気も拒絶する気もない。
 透一に対して好感を持ったわけでもないサフィトゥリが、彼の好意を無下にはせずその誘いに乗るのは、自分自身の隠した目的のためである。
(夜になると、少し冷えるかな)
 万博会場やリニモの駅から離れると、元々はただの田舎である長久手の夜は暗く静かだった。
 参加国のスタッフ向けの宿舎として使われている県営住宅に帰るため、サフィトゥリは人気のない歩道をバス乗り場に向かって進んだ。
 すると先ほど透一と赤外線通信したものとは別の携帯電話に、ちょうど「カルーセル」から連絡が入る。
 確認すると、以下のようなメッセージが入っていた。
『新展示は入場者が多くなってから。指示を待て』
 「新展示」というのは、「爆破テロ」の隠語だ。
 ドゥアジュタ国の外国館のアテンダントというのは表向きの話で、本当のところサフィトゥリは大名古屋万博で爆破テロを起こすために来日したテロリストである。
 「カルーセル」はサフィトゥリがテロリストとして所属している組織で、世界の反政府組織の複合企業体のようなものだと言われている。全貌はサフィトゥリも知らないし、もしかするとあまりにも大きな組織すぎて誰も全体像を掴んでいないのかもしれない。
 ただ一つはっきりしているのは、「カルーセル」には様々な主義主張の人びとが所属し、彼らは皆破壊と暴力とともに生きているということである。「カルーセル」に所属する者同士が敵対するケースも、ときにはあるようだ。
 「カルーセル」は多数のテロ事件を起こし、世界中の紛争に関わり続ける。しかし「カルーセル」が無くなれば血も流れなくなるという類のものではなく、おそらく「カルーセル」はただ元からある人びとの争いを円滑にするだけの存在なのだろう。
 サフィトゥリはこの「カルーセル」の計画に従い、大名古屋万博を爆破する。特殊な加工をしたC4爆弾を使用し、死者は百人単位になる予定である。
 別に日本や名古屋市に恨みがあるわけではない。貧困や暴力の犠牲者であるとか、世界を憎みたくなるような不幸な過去を持っているわけでもない。
 サフィトゥリは東南アジアで軍需産業を営む一族に生まれた母と、傭兵だった日本人の父との間に生まれ、南シナ海に浮かぶドゥアジュタ国の孤島で育てられた。
 その島にある裕福な母方の実家が所有する屋敷で、サフィトゥリは王女のように暮らしていた。だからサフィトゥリは、元々どちらかというと奪われる側というよりは奪う側に立つ人間だった。
 しかしサフィトゥリは自分が不幸ではなくとも、不幸な人びとの存在は認識していたし見てもいた。世界中で商売をする母親の実家の家業を通して、道端で飢えて死んだ人の死体も、無理やり銃を持たされる子供の姿も全て現実の一部として知った。
(私は彼らを可哀想だとか、助けるべきだとかは思わなかった。そういう感情を抱くことは、傲慢な気がしたから。だけどもしこの不均衡を壊す方法があるのなら、それを実行してはみたかった)
 サフィトゥリは正義と悪を区別して、何かを憎みたいわけではない。格差が間違いで、平等が人間本来の正しい姿だとは思わない。ただ愛とか平和とか綺麗なスローガンで包まれた勝利者たちの価値観の現実を、暴いてみたい気持ちだけが心にある。
 純粋に理想を追えるほどのロマンチストにはなれないのに、サフィトゥリはどうしてかテロ行為を立派にやってのけてみたかった。自分の行動がどんな結果を招くにしても、現状のこの世界を受け入れて粛々と従うのがどうしても嫌だった。
 テロを起こし、人を死なせ傷付けることは、もちろん許されないことである。しかしだからこそ、サフィトゥリはその犠牲に見合った価値について考えていた。
 バス停にたどり着いてしばらくすると、予定通りの時刻に路線バスが止まる。
 サフィトゥリはハンドバックのポケットから定期入れを手に取り、バスに乗り込んだ。

サフィトゥリが万博のスタッフとして借りている県営住宅は新築で、ショッピングセンターやコンビニが近いなかなか便利な場所にある。
 帰宅してドアを開ければ、カーペット敷きの真新しい部屋がサフィトゥリを待つ。元々は畳の部屋なのだが、利用者には畳に不慣れな外国人が多いためカーペットを敷設しているらしい。
 部屋には冷蔵庫や洗濯機などの家電や、レンタルのダイニングテーブルなどの生活に必要なものがすっきりと置かれている。
(さてと、今日は夕ご飯をうどんだけにしておいて、デザートを買ってみたけどどうかな)
 サフィトゥリは通り道のコンビニで買ったプリンと菓子パンの入ったビニール袋を、テーブルの上に置いた。
 テレビをつけると、ちょうど芸人たちによるお笑い番組が放送されていた。
 洗面所で手を洗ってから戻ったサフィトゥリは、いそいそと椅子に座り、さっそくプリンをビニール袋から取り出した。
 容器からフィルムを剥すと、作りものみたいに綺麗な真っ黄色のプリンがつやつやと姿を現す。サフィトゥリはコンビニでもらったプラスチックのスプーンでその黄色をすくい、口に入れた。
(この安っぽさと美味しさの両立は、さすが日本って感じがする)
 脆く甘く溶けていくかすかな弾力を、サフィトゥリはゆっくりと時間をかけて楽しむ。
 これまでにもっと高級なプティングを食べる機会があったが、日本のプリンはまた違う良さがあり好きだった。
 プリンを食べ終えると、サフィトゥリは次は菓子パンの袋を開けた。
 入っているのは「メロンパン」と呼ばれる、砂糖をまぶしたビスケット生地に覆われた丸いパンである。砂糖が溶けて表面がベタつき、中のパン生地もややぱさついているのだが、その点も含めてさっくりしたビスケット生地の甘さが引き立ち美味しかった。
 ぺろりと食べ終えると、テーブルの上にはプリンの容器とプラスチックのスプーン、メロンパンの空き袋が残される。
(こういうエコロジーじゃない食べ物って、だいたい美味しいから困るね)
 サフィトゥリはゴミをまとめてゴミ箱に捨てて、ペットボトルのお茶を飲んだ。自然志向の万博のテーマを無視してあえてゴミの出るものを買うのは、それはそれで気持ちが良い。
 今回が初めての日本なので、サフィトゥリはなるべく日本、そして名古屋のことをよく知る努力をしていた。その土地のことをよく知ったうえで爆破するのが、テロ行為の礼儀だと思っているからだ。

初めて愛知県を訪れた、今年の三月の上旬。
 サフィトゥリがまず降り立ったのは、大名古屋万博にあわせて開港した中部国際空港だった。
 天気の良い日のフライトだったということもあるが、中部国際空港のある常滑の海は青く澄んでいて綺麗に見えた。新しい空港は清潔で飛行機の離着陸を眺めることができる展望風呂もあり、搭乗者ではない地元住民も訪れているのかレストラン街も活気があった。
 そこから名鉄のミュースカイに乗り、名古屋へ行く。
 大名古屋と呼ばれるその世界都市は、JRセントラルタワーズを皮切りに、次から次へと新しい建物が立っている真っ最中だった。地上だけではなく地下の開発も盛んで、世界一の地下街を持つモントリオールに迫る勢いで、名古屋の地下街は拡張しているそうだ。
 海外ブランドで派手に着飾った名古屋嬢がカフェでロールケーキを食べ、高級スーツを着たサラリーマンがオフィスビル街を闊歩する。
 チャールストンが流れ始めそうなほどに、大名古屋は富み栄えていた。それはまるでこの土地だけに、バブルと呼ばれた時代の日本が残っているようだった。
 しかし名古屋はまったく軽薄で浮ついた街というわけではなく、どこか地に足が着いた、堅実なところがあった。余所者が少なく、その土地で生まれ育った者によって構成された街であるため、見栄や外聞よりも身の丈に合った生活が優先されがちなのかもしれない。
 実際、今日出会った万博会場のアルバイトの青年の都築透一も、それなりにお洒落なモノトーンのファッションに身を包みながらも、やはりどこかあか抜けない泥臭さがあった。名古屋や愛知県に住む人々らしい、素直に県内だけで生き続ける従順さを、透一は持ち続けているようだった。
(彼とこのまま付き合いを深めてこの土地のことをより知れば、さらに良い形で万博を爆破することができるはず)
 サフィトゥリは透一と出会って恋に落ちたわけではないし、これから先彼に恋愛感情を抱くことはないと確信している。それでも透一に付き合うことを決めたのは、自分がテロをする対象への理解を深めたかったからだ。
 大名古屋万博はまだ、様子見されているのか来訪者は少なめである。
 閑古鳥が鳴いているときにテロをしても盛り上がらないので、サフィトゥリはカルーセルの指示に従い実行のときを待っていた。


6.大学の授業1

 二〇〇五年四月二十日、水曜日の午前九時二十分頃。
 名古屋はあいにくの雨の日。
 透一は一コマ目にとった購読の授業を受けるために、大学の講義室の後列に座っていた。
「テキストがまだ購入できてない人は、今日の分をコピーしてきたので前まで取りに来てください」
 パーカーにジーンズと学生とそう変わらない服装の教授が、プリントを前の席の机に置きながら指示を出す。サブカル寄りの民俗学が専門の教授の授業のテキストは、ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』だ。
 透一は隣の席の椅子に置いた鞄から、買ったテキストと筆箱、ルーズリーフを出し、あくびを噛み殺した。
 大学らしい斜め階段の講義室には、四、五十人の学生が座っているが、一、二年生が多いのか知り合いはいない。入学当初は友人と受講することも多かったが、三年生になるとわざわざ時間割を合わせることも減っていた。
「先週は二章目の「文化的根源」まで読みました。アンダーソンは一九八三年の出版当時の、イデオロギーだけで説明がつかない紛争を説明するために、国民的帰属ナショナリティという言葉を掘り下げています。そして国民的帰属ナショナリティを生んだのは近代から始まった新聞や小説による出版資本主義である、というのが二章目の内容でした」
 教授が軽く先週の内容をまとめ、用語を黒板にいくつか書く。
「第三章は出版資本主義がどのように言語のあり方に影響を与え、国民国家の誕生に関わったかという内容になっていきます。短い章なので、九時四十分を目途に、全部黙読してみてください」
 教授の声に従い、教室はしんと静かになって黙々と黙読を始める。
 透一もページをめくり、読み始めた。
 ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』は、戦争や革命において人がなぜ国家や顔を知らない同胞のために命を捨てることができるのかについて書かれた本だ。ナショナリズムを政治的に捉えるのではなく、宗教や文学のように考えたのが、一九八〇年代当時は先進的だったらしい。
 無名戦士の墓と碑。
 こうしたものが存在することができるのは、言語の原初性によって、同胞愛による共同体が想像されるからだと、アンダーソンは説明する。匿名の顔の無い同胞が、言語を通して形作られる。同胞愛に限らず、愛にはいつもどこか他愛のない想像力が働いている。
(例え話が古めだけど、言っとることはわかるような気がするな。グローバル化とか言われる時代になっても「祇園精舎の鐘の声」って言ったときの感覚を共有できるのは、やっぱり日本人って感じがするし)
 透一は読みながら、本が書かれた時代と現代の共通点と違いについて考えた。ナショナリズムが近代に作られたものだとしても、イコールそれに価値がないわけではないとするアンダーソンの姿勢が、透一には好ましく感じられた。
(全部が全部グローバルってわけにはいかないよな)
 教授が指示した部分を読み終え顔を上げると、まだ時計の針は九時三十五分を指していた。
 暇をもてあました透一は、直樹から借りた漫画を鞄から取り出し読み始めた。こうした自由な授業態度がある程度許されるのも、大学生の特権だった。
 透一はこうした講読の授業を受けているように、人文学系の大学生である。専門は文化人類学か人文地理学か民俗学か、それとも社会学かと定まらないが、とりあえず人文学部で学んでいる。
 在学している大学は愛知県内ではトップクラスの名門私立大学で、透一は対外的には勉強のできる青年ということになっている。
 しかし透一は最初からこの大学に入りたかったわけではない。元々は隣の国立大学を目指していたのだが、受験に失敗し浪人する度胸もなく、すべり止めのこの大学に入学することにしたのだ。
 さらに遡ると、透一は文理選択でも挫折を経験している。透一は元々理系志望であり、工学部などものづくりの学部に憧れていた。だが普通に数学が苦手で、理系を諦め文系を選択したのである。
 数学は壊滅的だが英語や古文が得意というわけでもない透一が、とりあえず受かりそうな学部を選び続けた結果が今この大学のこの学部だった。
(この大学も、人文学系の学問も好きだ。だけどものづくり愛知に生まれたからには、なんとなく工学部を出て製造業に就いてみたかった気がするんだよな。考え方が古いのかもしれんけど)
 透一は漫画を読む頭の片隅で、自分の学歴について考えた。高校の文理選択での挫折、そして国立大学の受験の失敗を、透一は未だに引きずっていた。学歴厨と揶揄されても、まだ二十歳の透一の人生の半分以上は学校にあるのだから、気にせずにはいられない。
(過去の敗北を忘れられるくらいの大学生活を送ることができれば、あるいは……)
 そう思ったときに、一人の異性の姿が思い浮かぶ。すると漫画のページをめくる手が止まるほどに、透一はサフィトゥリに会えることが楽しみだった。


7.日本ゾーンのレストラン2

 大学の授業は午前中で終わり、透一は地下鉄に乗って万博会場の方面へ向かった。今日のバイトのシフトも午後からだ。
「おつかれさまです」
 いつも通りに西エントランス棟のレストランに着き、入り口をくぐる。
 しかし店内の方はいつもと違い、中年男性の店長ではなく見知らぬきちんとした雰囲気の女性が取り仕切っていた。
 ナチュラルブラウンのスーツスタイルの制服に万博のシンボルマークをあしらった緑色のスカーフを首に巻いているので、おそらくVIPアテンダントなのだろう。
 女性は透一に気付くと、はきはきと自己紹介と事情を説明した。
「おはようございます。都築さん、ですね。私は外国賓客担当アテンダントの久野です。本日はライティア共和国のナショナルデーとして、ライティア共和国商業大臣のダニエル・プラサ様にご来場いただいています。昼食会場が変更になり、本日の午後二時よりこちらのレストランで味噌カツ定食をお召し上がりいただくことになりました。ご協力お願いいたします」
 透一は「え、あ、はい」と優秀ではない返答を返し、きびきびした雰囲気に急かされつつ更衣室で着替えて戻った。
 ナショナルデーというのは大名古屋万博に参加する国がその文化や習慣を紹介する記念日で、各国の要人が参加して記念式典を開催したり、文化イベントで伝統芸能を披露したりする日のことだ。
 どうやら今日はライティア共和国という国のナショナルデーらしいが、透一はその国がどこにあるのかも知らなかった。
(今が一時半だから、二時はもうすぐか。しかしご協力って言っても、何をすればいいのかわからんな)
 VIP対応のために一般の客のいなくなったレストラン内を、透一はきょろきょろと見回した。雨のために照明で明るくなった店内で、使っている人のいない多数の椅子やテーブルは乱れなく等間隔で並んでいた。
 担当として動いているVIPアテンダントは久野さん以外にも何人かいて、店長はそのうちの一人と打ち合わせをしていた。その内容に聞き耳を立てたところ、どうもライティア共和国の大臣はいわゆるスタンダードな名古屋めしをご所望したため、昼食会場が変更になったようだった。
 とりあえず指示を仰ごうと思ったその時、久野さんの高らかな声が響く。
「ダニエル・プラサ様がいらっしゃいました」
 二時からというのはあくまで予定だったらしい。準備も指示も不十分なまま、透一は異国の偉い人を迎えた。
「コンニチワ」
 通訳やSPを引き連れ片言のあいさつで現れたのは、ラテン系の中年の男性だった。
 国家の要人なだけあってスーツは高そうな生地の上等なもので、オールバックの髪型も髭をそった顔もナイスミドルという感じだ。
「タコ、ウチワ?」
 大臣は店内の装飾に使われている凧や団扇を指さしアテンダントと和やかに会話しつつ、ゆっくりと席についた。
 多分あとはきっと偉い人たちが全部やるのだろうとたかをくくっていると、後ろから店長がやってきて透一の肩に手を置く。
「都築くん、これ運んでくれる? やっぱり若くて元気な地元出身の子の方が、絵になると思うし」
「……はい。わかりました」
 透一は自分は尾張名古屋ではなく三河碧海の人間であり、名古屋名物を食べる場には微妙にふさわしくないのだと思ったが、店長の指示に素直に従った。ちなみに店長は東北の人だ。
 カウンターに置かれているのはこんがりと香ばしく揚がったとんかつにこってりと赤黒い味噌がかかった味噌カツの定食だった。店長が一から仕込んで手作りした一品……ではなく、セントラルキッチンの工場で加工されパン粉をまぶされた状態でパックされた肉をフライヤーで揚げただけのものだ。
 工場で一括加工された食品による料理を提供するファミリーレストランは、一九七〇年の大阪万博のアメリカ館に併設されたセントラルキッチン方式のレストランが人気を博したことをきっかけに日本中に広まった。
 朝鮮半島で紛争が起きていた頃に米軍相手の仕事を多く引き受けていた九州の商会を前身とした機内食メーカーが、アメリカ人スタッフからノウハウを学びながら大量生産のハンバーグを提供したのが、そのアメリカ館のレストランである。
 賓客である異国の大臣がチープなファミレス料理を食べるのは一見おかしく見えるが、そうした歴史を踏まえればそれなりに由緒正しいのかもしれない。
(俺は味噌カツよりも天むすの方が好きだけど、あれは元々は三重のものだしな……)
 透一は味噌カツと味噌汁、白米、小鉢の載ったトレイを持ち、普段よりも慎重に運んだ。
 ちょっとした日本代表の気持ちで、大臣のいるテーブルの方へと歩く。
 するととんかつの匂いに気付いた大臣がにっこりと笑いかけてきたので、透一も微笑み返してトレイをテーブルに置いた。
 これでお役目終了だと、透一はさっさと退散しようとした。
 しかし、人当たりの良いナイスミドルな異国の大臣は、おしぼりで手を拭きながら外国語で何やら透一に話しかけてくれた。
 英語でも何語でも何を言っているのかさっぱりわからなかったので、透一は隣にいた久野さんに目配せをして助けを求めた。
 すると久野さんは、慣れた調子で通訳をしてくれた。
「ご職業は? 学生さんですか?」
 透一は早く終わりたいと思いつつ、しかし失礼にはならないように受け答える。
「はい、大学生です」
 久野さんは透一の返答を外国語に訳して、大臣に伝えた。
 さらに大臣はまたもうひとつ透一に質問して、久野さんが訳した。
「あなたのdiscipline……、大学では何を学ばれていますか?」
「えっと多分、人文地理です」
 そういえばディシプリンってタイトルの洋楽があったよなと思いながら、透一は言った。自分の専門が何であるのか、あまり自信を持って言うことはできなかった。
 大臣は久野さんから透一の答えを聞いてにっこりと笑って二言三言言うと箸を手にとった。
「素晴らしい。地理は私達の生活にとても役に立つ学問です。頑張ってください。と、大臣は仰っています」
 久野さんが、大臣の励ましの言葉を訳して伝える。
 透一は「ありがとうございます」とかしこまって、やっとその場を去った。
「イタダキマス」
 後ろで大臣の声がする。
 カウンターの前まで戻って振り返ると、大臣は箸で美味しそうに味噌カツを白米と一緒に食べていた。
(八丁味噌は名古屋じゃなくて岡崎が発祥だって、英語でなんて言うんだろうな)
 透一は八丁味噌のことは多少知っていても、英語は苦手だった。
 大臣は味噌カツも味噌汁も残さず平らげ、次のパビリオンを見に立ち去る。
 SPもVIPアテンダントもいなくなり、やがてレストランは日常に戻った。


8.従業員食堂2

 透一はシフトを終えると、今日もまた本部棟の従業員食堂へと向かった。大臣の昼食を見ていたら無性に食べたくなったので、メニューは味噌カツ丼だ。
「あ、味噌カツですね。私も空港で食べましたよ。豚の相撲取りが描かれた看板があるお店で」
 席について透一が待っていると、向かいにはサフィトゥリがカレーうどんの載ったトレイを持って座る。
 うどん出汁の上にカレールーを載せただけのタイプのカレーうどんは、ほかほかと湯気を立てていた。
「その店、超有名なんだけど俺は行ったことないわ。美味しい?」
「私が食べたものはソースが二種類ついていたので、量があっても食べやすかったですね。最後の方はさすがにちょっと、くどくなりましたけど。次は牛ひれかつに挑戦してみたいです」
 サフィトゥリはハンカチを広げて服が汚れないようにして、カレーうどんを食べ始める。どうやらサフィトゥリは、宗教上の理由で豚や牛が食べられないということはまったくないらしい。
 透一も手を合わせて箸を割り、味噌カツ丼の器を掴んだ。
 白米の上に千切りにしたキャベツ、とんかつ数切れ、赤味噌を重ねて入れた丼ぶりはずしりと重い。どて煮の味噌の絡んだ白米ととんかつ、そしてあっさりと歯ざわりの良い千切りキャベツの組み合わせは、無限に食べられそうなほどに良かった。
 丼ぶり飯をかき込みつつ向かいのサフィトゥリを見ると、彼女は今日も傾国の美女のように綺麗だった。伏し目がちな目元の睫毛は長く、見ている対象がカレーうどんだとしても優雅だ。
 また紙エプロン代わりのハンカチも伝統工芸的な幾何学文様が織り込まれたもので、異国情緒たっぷりの更紗の服によく合っていた。
「服、可愛いね。何て名前の服?」
 透一は初対面の時から気になっていたことを、尋ねてみた。しかしやはりどこかに邪心があるのか、口に出してみるとなんだかセクハラみたいな響きになってしまった。
 しかしサフィトゥリは怪訝そうな態度を一切とらずに、服の名称を教えてくれた。
「これはクバヤって言います。私の国では、まあポピュラーな正装ですね。国や地方によっていろいろデザインが違うんですよ」
 そう言って、サフィトゥリはうどんの具のかまぼこを食べた。
 しばらくすると、二人とも食べるスピードが速いのか、どちらも器は空になった。
 食堂はそれほど込み合っていなかったので、透一はサフィトゥリは帰りたそうな素振りは見せていないと信じて、話題をふり続けた。
「外国館のアテンダントって、どんなことをしとるの?」
「うちの国のパビリオンは地味な展示しかないので、基本土産物を売るだけですね。透一さんは、どんなお仕事をされてるんですか?」
「普通のフロアのバイトだから、料理出して、下げて、皿を洗って……と、特別なことは何も。でも今日は、ライティア共和国のナショナルデーだとかでそこの商業大臣が来たから少し雰囲気が違っとった」
 透一が外国の賓客の話をすると、サフィトゥリは妙に話にのる。
「すごいですね。SPとか警備隊とか、たくさんいたんですか?」
「何人かはいたなあ。でもその場を取り仕切っとったのは、VIPアテンダントの人だったから、警護のことはよくわからんかった」
 お互いの仕事の内容を話すだけの、他愛のない会話。しかしそんなうわべだけのやりとりであっても、相手がサフィトゥリであるなら無性に楽しかった。
(でもなんかあの言葉を思い出すな。何だっけあの……)
 サフィトゥリの褐色の肌と彫りの深い顔を見つめると、透一の脳裏に大学の授業で聞いた「オリエンタリズム」という言葉がよぎる。
 文学研究者のエドワード・サイードはそれまで異国趣味や東洋への憧れを指していた「オリエンタリズム」に、他者に一方的に押し付けたイメージという新しい意味を付加した。
 西洋は文化の中心であり、その外部にある東洋は理解できない野蛮な他者であるとする。劣った他者である東洋には「怠惰」や「遅れている」とか偏ったイメージを投影し、優れた西洋による支配を正当化する。
 サイードはこうした人種主義的で帝国主義的な思考を「オリエンタリズム」と呼び、批判した。
 またオリエンタリズムと似たような考え方に「環境決定論」という地理学の言葉がある。例えば「暑い国では生産効率が上がらないので文化は発展しないが、寒い国では発展する」というような結論を出せば、これは「環境決定論」的であるとして厳しく批判される。
(俺が彼女をエキゾチックで可愛いなと見惚れたり、常夏の国の人は違うなと思ったりしたら、それはやっぱりオリエンタリズムで環境決定論なんだろうか)
 南国風の服をまとったサフィトゥリを目の前にして、透一は小難しいことを考えかける。
 しかし透一自身も白人ではなく東洋人であるし、何やらサフィトゥリはサフィトゥリで透一を自覚的に他者扱いしている気がしたので、悩むのはやめた。
 そうした一瞬に透一が黙っていると、サフィトゥリは透一に尋ねた。
「透一さんは地元の人として、万博はすごく楽しいですか?」
「楽しいよ。いろいろ思うところはあっても、テーマパークみたいでわくわくするから」
 サフィトゥリは深い紫色の瞳で、透一をまっすぐに見つめている。
 万博についての個人的な評価は、透一も迷うことなく答えることができた。
「面白いのが、一番ですよね。私も面白いです。万博にはいろんな人が集まりますから」
 サフィトゥリは水の入ったコップを手に微笑んだ。ころんと、中の氷が音を立てる。
 多分きっと、透一もまたサフィトゥリに面白がられているのであろう。


9.本部棟前

「透一さんはリニモですよね? 私はバスなのでこれで」
「ああ、うん。また……」
 夕食を終えた透一とサフィトゥリは、食堂を出たところでいったん立ち止まる。
 日中に降っていた雨は上がり、濡れた路地は光を反射し輝いていた。
 透一は次に食堂で会ってもらえる日を心待ちにして、手を振ろうとした。
 しかしサフィトゥリは、透一にさらに声をかけた。
「今度また仕事の日以外で会いませんか。私はまだ普通に来場者として会場を歩いたことないので、良ければご一緒に」
「もちろん、ぜひ。俺も全然パビリオンとか見とらんから」
 思いがけない誘いに、透一は一も二もなく承諾した。そのうちこちらからデートを申し込む日もあるかもしれないとは思っていた。彼女の方から切り出してくれるのは少し情けない気がするけれども、それでもとても嬉しかった。
「それじゃ、日程はメールで決めましょう。楽しみですね」
 サフィトゥリはスマートに話をまとめて去って行った。あんまりにも要領が良いので、透一はエスコートされている女の子のような気分になった。
(いやでも当日もこんな調子じゃ恥ずかしいから、きちんと会場のことは調べとかないと)
 透一は駅へと歩き出しながら、デート中の算段について考えた。
 その時突然、後ろから若い男の声がした。
「彼女と男女の関係になる予定なのか? それとももうなった?」
 男女の関係という唐突な言葉に振り向くと、一人の外国人が妙に馴れ馴れしく笑いながら立っていた。
 海外ドラマから抜け出てきたような金髪碧眼の美男子で、年齢は多分三十代半ばくらいだろう。短く刈り上げた金髪と甘いマスク、キラキラの青い瞳に、そんじょそこらの女子なら多分イチコロである。
 万博警備員のIDカードを首に下げているが、服装は警備員の制服ではなく真っ黒なレザージャケットにジーパンというワイルドなものだ。西洋人らしく背も高く体格も良いので、ものすごく似合っている。
 しかしそれはそうとして、プライバシーもデリカシーもない男だと透一は思った。
「関係を持つとか持たないとか、そんなんじゃないですよ」
 透一は困惑しながら、サフィトゥリとの男女交際を否定した。
 外国人だから見知らぬ人にもセクハラめいた話をしてくるのだろうかと推し量るが、それにしては訛りのない自然な日本語だった。サフィトゥリの日本語が完璧に学習されたものなら、男の話す日本語は日本で育った者が話す日本語だ。
「そうか。まずはキスくらいからか」
 透一の抗議に、外国の男はさらに茶化して笑った。たいがい失礼なことしか言っていないのに、美男子だからか笑顔は魅力的に見える。
 男は透一に、続けて言った。
「君の恋と青春はさておき、この万博は国際的なテロ組織に狙われている可能性があるんだ。もしも怪しい予兆があったら、警備隊に知らせてくれ」
 さておきも何も急に話してきたのはお前だろうと反感を覚えたが、男はどうやら本題らしいことを言って透一に万博会場の警備組織の連絡先が書かれたチラシを渡す。
 正直この男こそめちゃめちゃ怪しいが、首に下げたカードホルダーの中の身分証は一応本物に見えた。
 面倒事とは距離を置きたい透一は、訝しみながらもカードを受け取った。
「はあ、そうします」
「よろしく、少年」
 透一がしぶしぶ従う様子を見せると、男は慣れた日本語で軽く念を押した。そして映画のワンシーンみたいに背を向け、夜の闇の中へと去って行く。
(本当に万博には、いろんな人が集まるな)
 鞄のポケットにチラシを折って突っ込み、透一は再び駅へと歩き出す。
(金属探知機とか毎日あんだけ厳重な警備をしとるんだから、そりゃ多少は危険があるんだろうけど……)
 男は名乗らなかったし、どういう役職の人間なのかもわからない。
 しかし男がどんな人間であれ、テロもテロリストも透一には関係のない遠い話にしか思えなかった。


10.実家暮らし

 二〇〇五年四月二十五日、月曜日、夕方。
 透一は大学からの帰宅途中、JR東海道線の急行の車両の中、吊り革を持って立っていた。
 四限の授業を受けた後であるため、車内はちょうど帰宅ラッシュで込み合っている。
(ゴールデン・ウィークは混むから、その次の週の五月九日、十日のあたりはどうかなっと……)
 携帯電話を手に、透一はサフィトゥリに一緒に大名古屋万博へ行く日の日程を決めるメールを打つ。
 別に明日また食堂で会えるのだが、それでも好きな女の子とメールをする時間というのは楽しかった。
(よし、いい感じだ)
 念入りに読み返して、送信ボタンを押す。
 携帯画面から顔を上げると、ちょうど電車は刈谷に着いたところだった。
 透一は駅で降りて、帰路につく。
 夕暮れの刈谷駅前は自動車関連の企業に勤めるサラリーマンの姿が多い。スーツ姿で毎日粛々と出勤しては退勤する彼らを見ていると、就職したらまた中学生や高校生のころみたいな生活に戻るんだろうなと思わせられる。
 人はいるのに妙に無機質なロータリーを通り過ぎて、透一は自宅のマンションへと急いだ。

「ただいま」
 玄関を開けて靴を脱ぐ。
 鞄を自室に置いてお茶を飲みに台所へ行くと、エプロンをつけた母親が夕食を作っている。
「今日はバイトに行かないって、聞いてないんだけど」
「ごめん、言うの忘れとった」
 食材の配分の予定を崩されたせいか、母親は少し機嫌が悪かった。
「彼女とメールばっかりしとるから、忘れるんでしょ」
 母親から離れてリビングへ行くと、ソファに寝転がり携帯電話をいじっていた妹の明佳里が透一をからかう。
 明佳里はすでに高校の制服からパステルブルーのルームウェアに着替えていて、横目で透一を見てせせら笑っていた。ブスではないけれども、可愛げのない妹だった。
「なんで彼女がいるとか、そういう話になるんだよ」
「だって携帯見る回数増えて、妙に毎日にやにやしてんじゃん。彼女じゃなかったら、何なの?」
 サフィトゥリについて家族に何か話したことは一度もないので、透一は内心焦って言い返した。
 すると明佳里はせせら笑いを浮かべたまま考察を披露した。嫌なくらいに勘が冴えている妹だと、透一は思った。
「喧嘩してないで、もうご飯だからこっちに来なさい」
 母親は怒りっぽい調子で、透一と明佳里を呼んだ。
「はあい」
 明佳里は仕方が無さそうに返事をして、ソファから立ち上がった。
 透一の交際について明佳里が茶化すのを、母親が一切興味を示さないのは救いだった。
 まだ会社から帰宅していない父親を抜いた三人の家族で食卓を囲み、夕食を食べる。
 明佳里と母親がアイドルグル―プの噂話やテレビに映っているバラエティ番組の内容などについてずっとぺちゃくちゃと話しているので、透一が一切何も話さなくても食卓はにぎやかだった。
 夕食を終えた透一は、自室に戻った。明佳里と母親はテレビの前で二人、アイドル主演のトレンディ・ドラマを見ていた。
 透一の自室は小学生入学時に買ってもらった学習机、スチールラック、ホームセンターで買ったベッドで構成された統一感もインテリア性もない部屋だ。いつでも人を部屋に呼べるくらいには片付けているつもりだが、自分以外の人間がいて居心地がよい空間ではなさそうだとは思う。
「お、メールの返信来とる」
 透一は好きな邦楽ロックをMDラジカセでかけ、ベッドに腰掛け携帯の着信をチェックした。届いていたのは、サフィトゥリからの返信だ。
「十日なら空いてます。朝の九時半に北ゲートで待ち合わせでどうですか……」
 透一は声に出してメールの文面を読み上げた。極力メールの往復回数が少なくなるように書かれた文面が、好印象だけれども少し寂しい。
「十日の九時半だね。当日が楽しみ……、っと」
 文章が気持ち悪くなっていないか確認して、返事を送る。
 メールが終わると、透一は深緑と黄緑のマスコットキャラクターが表紙の万博の公式ガイドブックを広げて、デートのイメージトレーニングを始めた。
「目玉の企業パビリオンを午前中に一つか二つ行って、どこかの外国館で昼食。そのまま午後はすいとるパビリオンでゆっくりして、最後は観覧車かゴンドラって感じだな」
 透一は会場図を見ながらだいたいのプランを立てて、パビリオンの一覧に目を走らせた。しかし写真とキャッチコピーを見るだけでは、どのパビリオンもそうたいして変わらないように見えてしまう。
「そういえば直樹は、おばあさんと一回行ってみたって言っとったな。どのパビリオンがおすすめかとか聞いとこ」
 友人の直樹の家は二世帯住宅で、彼はおばあちゃん子である。来場済の人の意見を参考にしようと、透一は再び携帯電話を手にしてメールを打った。
 本当は明佳里がもうすでに学校行事で一度行っているのだが、妹を頼った結果からかわれるのはごめんだった。


11.大名古屋万博会場

 二〇〇五年五月十日、火曜日の午前九時二十五分。
 サフィトゥリとの大名古屋万博見学デートの当日。
 透一は北ゲートに立ち、携帯を手にサフィトゥリを待っていた。
 青と白のアメフトTシャツにベージュのワイドパンツ、濃紺でローカットのキャンバススニーカーと、透一は考えられる限りのオシャレをしてきた。前日には床屋に行ってくるくらいの気合いの入れ具合だ。
 空は真っ青に晴れ渡り、陽気の気持ちが良いデート日和な日である。
 ゴールデン・ウィーク明けということで人は少なめかと思ったが、良い評判が広まりリピーターが集まりつつあるのか入場の待機列は思ったよりも長かった。
 二、三分ほど待っていると、サフィトゥリがこちらに歩いてきた。
「おはようございます。あれ、髪切りました?」
 サフィトゥリは五十年代アメリカ風のふんわりと裾が広がった赤地に白い水玉模様のワンピースに白いエナメルのパンプスを履いて、普段の民族衣装とはまったく違った雰囲気で立っていた。髪もレトロ感のあるお団子にまとめてあって、まるで本物の古いポストカードの写真の人みたいだった。
「初夏だし短くして見たんだけど、どうかな」
「似合ってますよ。すごく男前になった気がします」
 透一が恥ずかしげに前髪をいじりながら尋ねると、サフィトゥリは爽やかに笑う。眩しい太陽の光の下で、褐色の肌はより美しく見えた。
(俺は今、こんな綺麗な人と一緒に立っとるのか)
 サフィトゥリの笑顔に、透一は始まる前にすでに満足してしまいそうになる。自分の服のコーディネートが、サフィトゥリと不釣り合いでないことも嬉しかった。
 二人は前売り券を持っているので、入場の待機列にそのまま並んだ。
 大名古屋万博の入場券には米粒よりも小さな0.4ミリのICチップが入っており、名前と顔写真が登録できるようになっている。それらの情報を活かした演出を行うパビリオンもあるらしい。
 このICチップの技術によって、将来的には切符を買うことなくカード一枚をかざすだけで電車に乗れようになる……というか、東京ではもうすでにそうした仕組みが使われているそうだ。
(でも別にトランパスみたいなものでも俺は困らんけどな)
 トランパスは名鉄や名古屋市の地下鉄やバスで使える交通プリペイドカードで、五〇〇〇円買えば五六〇〇円分使える非常にお得なものだ。JRでは使えないのが不便だが、名鉄に乗る際にはよく使っている。
 荷物検査を受けて金属探知機のゲートを抜けて、二人はスタッフではなく来場者として大名古屋万博の会場に入場した。
 ちなみに直樹の祖母は一九七〇年の大阪万博に入場する時には、戦争で中止になった一九四〇年の日本万国博覧会の前売り券を使ったらしい。
「ここにいるのにバイトの日じゃないって、ちょっと変な感じだ」
 グローバルルーフと呼ばれる会場全体を一周するように設置された空中回廊に立ち、透一は万国の旗がはためく芝生広場を見下ろす。
 木製の床に白い布の屋根のついた回廊は、夏はきっと暑いだろうけれども今日は風が気持ち良かった。
「そうですね。なんか出勤しなきゃいけないような気がします」
 サフィトゥリも手すりからやや身を乗り出して、会場を見渡している。
「あ、ロボットがおる」
「どこですか?」
「あそこの、パビリオンの前」
「ああ、あの。あれは私のいるパビリオンのあたりではそんなに見ないロボットですね」
 透一とサフトゥリは、芝生の横の通路を通っている清掃ロボットを目で追った。青色の小さな箱のような清掃ロボットは、ゆっくりとすべるように通路を動いていく。万博会場には他にも怪しい人物を見つけ不審物を回収する警備ロボットなど、さまざまなロボットが実験的に運用されている。
 総合案内所には、アクトロイドという多言語の会話ができる少々不気味な接客ロボットもいた。
「こうして実際に働いているロボットを見ると、なまじロボットのいるパビリオン見るよりも未来を体感した気分になれますよね」
 せっせと働く清掃ロボットを見つめて、サフィトゥリは微笑んだ。
 その横顔は、自分が今デートをしている相手だとは思えないほどに美しかった。


12.未来館

 しばらくグローバル・ループからの楽しんだのち、二人は企業パビリオンゾーンに向かった。日本を代表する大企業のパビリオンが立ち並ぶ企業パビリオンゾーンは、会場内でもっとも多くの人が訪れる万博の顔である。
 まず入るのは、未来館という友人の直樹おすすめの映像展示のパビリオンだ。直樹のアドバイスに従い事前予約をとってあるので、待ち時間なしで中に入ることができた。
 未来館は「月」をテーマにしたパビリオンで、「もしも月がなかったら」という問いをベースにした映像物語を披露する映像シアターだ。透一は天文学に疎い文系なのでよく知らないが、アメリカのえらい天文学者が書いた本がもとになっているらしい。
 一枚の外壁が渦を巻いているようなデザインの未来館の外装には、環境の配慮を考えて植物やペットボトルが使われている。ペットボトルでできた壁というと貧乏くさい気がするが、ボトルの底だけが一面に並んだ眺めは壮観で、きらきらとしていて綺麗だった。
「床舗装材も土に還るものを使ってるんですね」
「俺が毎日バイトで運んどる植物性プラスチックの食器と同じだな」
 青く近未来的なデザインのスーツを着たアテンダントのお姉さんたちに案内されて、二人は通路を歩いた。並ぶことなくさくさくと進んでいけるので、何を話すべきか迷う瞬間もなくパビリオンを楽しむことができた。
 ウェイティングゾーンとプレショーゾーンと呼ばれる前座的な展示のコーナーでは、黄色く可愛らしい案内役のロボットアテンダントが環境問題や月と地球の関係についてわかりやすく解説する。
 その次に待っているのが、メインのシアターがある部屋だ。
 約三〇〇人が収容できるように並ぶ椅子のうちの二つに、透一とサフィトゥリは腰掛けた。ほぼ満席のシアターのそわそわした雰囲気の中、二人は黙って上映の開始を待つ。冷房がよくきいていてよく涼しいが、きっとこれも環境に優しいノンフロンのエアコンだろう。
 しばらくすると部屋は暗くなり、荘厳な音楽とナレーションとともに映像が流れ始めた。
 最初に見せてもらえるのは、ジャイアント・インパクトと呼ばれる原始地球と天体の衝突によって月が生成されていく過程の再現映像だ。原始惑星だったころの地球と別の原始惑星がぶつかりあい、その破片が月を形作っていく様子が、臨場感たっぷりに描かれる。
(さすがに映像も音響もダイナミックだけど、今のところちょっとすごい映画館かプラネタリウムくらいの感動かな)
 スクリーンは恐竜のいた時代から現代までの地球を早回しで映していった。
『……もし衝突した原始惑星の軌道がもし10センチずれていたら、原始惑星は原始地球とぶつかることなく離れ通過していったはずです。そうなれば、月が生成されることもありませんでした。その月のない地球を、ソロンと名付けて想像してみましょう』
 やわらかな女性の声のナレーションとともに、月が生成されることのなかった場合の地球の風景へと映像が転換する。その一面灰色の荒涼とした大地には、強風が吹き荒れ砂や砕けた岩石が舞っている。
 月のない地球は風が強いうえに潮の満ち引きもなく、一日は八時間で一年は一〇九五日で暦の概念も発達しない。生物はこうした過酷な環境の中で生存競争強いられ、人類が誕生する可能性は低いとナレーションは語る。
『一方で、わたしたちの地球には月がありました』
 そのナレーションが流れた瞬間映像がぱっと明るくなり、月が存在する地球の姿が床や天井にも映し出された。
 咲き誇る花々、四季折々の変化のある森林、クジラやイルカなどが住む海の映像が、鏡によって万華鏡のように無限に広がっていく。
(おお、これはちょっと盛り上がるな)
 音楽も最高潮に達する中、透一は360°に広がる幻想的な映像に心を奪われた。一番最初に見るには良く出来過ぎていると思えるほどに、未来館の展示はすばらしい。
 横目でサフィトゥリを見ると、サフィトゥリの深い紫の瞳が光を反射してきらめいていたのもまた美しかった。
 映像と音楽はだんたんと静かなものへと変化し、名残惜しさが残りつつもメインショーは終了した。
「すっごく良かったですね。最後の演出にしびれました」
「うん、友達におすすめしてもらったやつだったんだけど、これは見るべきパビリオンだった」
 透一とサフィトゥリはお互いに満足した感想を述べ合って、シアターの外に出た。
 出口には月や星、宇宙などがモチーフのグッズが売っている売店があった。宇宙食コーナーというものもあり、苺やお餅など様々な食べ物がフリーズドライ処理の後パックされて売られていた。
「宇宙でもタコヤキが食べれるんですね」
 サフィトゥリは宇宙食のタコヤキを手にして感心した。
 透一はせっかくなので、エビグラタンの宇宙食を一つ買ってみた。
 未来館から出た後は、日本ゾーンにある中部九県が共同出展するパビリオンに行ってみた。
 当初は中部九県のパビリオンではなく大名古屋万博の目玉展示と言われる冷凍マンモスがあるグローバル・ハウスのマンモスラボへ行ってみようかと考えていたが、混んでいるうえにすえたような変な臭いがして見た目もしょぼいと聞いたのでやめた。
 中部のものづくり技術を見せるだけの出品がメインでワークショップの体験抜きでは全体的に地味だったが、サイクロプスと名付けられた銀色の一つ目ロボットの展示はSF感があってなかなか面白かった。
 それはコードのついた細長い監視カメラのようなロボットなのだが、ゆらゆら揺れて通りがかる人の方を向く動きがほのぼのとしていた。何でも、人間の背骨と同じ構造を持つ機械による柔らかい動きが特徴らしかった。
 一通り見終えて外に出ると、愛知県館のステージコーナーであるおまつり広場では県民による伝統芸能の公演が行われていた。
 ちょうどすいていたので、二人は最後列に座って休憩がてら見てみることにした。
「透一さん、あの人たちがやってるのは何ですか? カブキ?」
「あれは狂言だよ。古くからある日本のコント。演目は柿山伏っていう、柿の盗み食いをごまかす話かな」
 サフィトゥリがステージ上に立つ袴を着た男性二人を見て小声で尋ねる。透一はサフィトゥリに何かを教えてあげる機会があったことにほっとしつつ答えた。
 愛知館のおまつり広場は愛知伝統文化である「山車」をモチーフとしており、幅20メートル、奥行12メートルの大ひさしを持つ豪壮な朱塗りの建物に仕上がっている。通常は能楽堂で行われる狂言を見るには、大きすぎるとも言えるステージだ。
(どこがどうってわけじゃないけど、大名古屋万博って何か地味なんだよな。来場者もボランティアの人も地元の人ばっかだし、国家のイベントっていうよりは県のイベントっぽいとこがある)
 透一はどこかスケールがちぐはぐなステージイベントを眺めながら万博の規模について考えた。プロの狂言師の男性たちの芸は素晴らしいものだったが、観客が名古屋の暇を持て余したマダムばかりなので雰囲気はローカルである。
(まあそこが愛知らしいんだけど)
 狂言に興味を持ってくれたらしいサフィトゥリの隣で、透一は一人県民としての感慨にふけった。


13.グローバル・コモン

 二人は昼前には日本ゾーンを後にし、外国館が集まるグローバル・コモンへと移動した。
 グローバル・コモンは企業パビリオンゾーンや日本ゾーンとは打って変わって人影がまばらで、各国の展示もパネルが中心なのでゆっくりできる。
 例えば学校行事に乗り気ではない遠足の引率の高校教師が、人が来ない外国館を休憩所代わりにして寝ていることもあるらしい。
「お腹がすいたし、お昼に行こうか」
「そうですね。いい時間ですね」
 会場南端のグローバル・コモン4についた透一は、昼食を食べる場所として目星をつけておいたレストラン付のパビリオンへとサフィトゥリを案内した。
 北欧と東欧の外国館を中心にしたグローバル・コモン4には、外装がお洒落なパビリオンもあるし、そうでもないパビリオンもある。
 そこで透一とサフィトゥリがやって来たルーマニア館は、格子状の金属フレームと斜めに角度をつけてはめ込まれた鏡を組み合わせたよくわからない外観をしていた。
「ルーマニア料理を食べるのは初めてですね」
 サフィトゥリはニコニコと笑って、透一と肩が触れ合いそうなほど近くを歩いている。その可愛らしくお団子にまとめられた髪から香るアロマオイルみたいな良い匂いに、透一はどうしようもなくどきどきした。
 ルーマニア館に入館すると、まず館内中央に舞台セットのように置かれた巨大な水車が目を惹いた。その上方には白地の布に赤い刺繍のワンポイントが入った民族衣装がてるてる坊主に似た形でいくつか並べられている。
 水車の近くでは、弦楽器の旋律が印象的な民族音楽を現地の人が演奏していた。
「結構、にぎやかだな」
 透一は外観とはまた違った不思議な空間に若干戸惑いつつ、予定通り地下一階のレストランに向う。
 階段を降りてみるとレストランの方はガイドブックで見た通りの、赤く塗られたテーブルの天板と椅子に施された花柄の彩色が鮮やかなインテリアの店内だった。
「オ二人サマデスカ? コチラヘドウゾ」
 日本語学科の学生さんという感じのルーマニア人の女性店員が、透一とサフィトゥリを案内してくれる。昼時だが満席ということはなく、すぐに座ることができた。
 二人は壁沿いの席に座って、メニューを見た。
「セットは一三〇〇円で、メインは五種から選べるんですね。えっと、それじゃ私はミティティセットで」
「俺はサルマーレセットとルーマニア風チーズパイ」
「カシコマリマシタ」
 二人分の注文を受けて、女性店員はキッチンへと戻っていった。
「ちょうど上の階の音楽が聞こえていいですね」
「内装も凝っとるしな」
 透一はサフィトゥリに相づちをうち、店員が置いて行ったグラスから水を一口飲んだ。
 この店は透一が、雰囲気の良いところで変わったものが食べることができて、なおかつ財布の負担にならないという条件で調べに調べて選んだ場所だ。
 上の階で演奏されている民俗音楽や壁掛けのモニターから流れる観光省のコマーシャル映像を二人で楽しんでいると、やがて女性店員がお皿を運んできた。
「コチラガSarmale、コチラガMititeiデゴザイマス」
 おかずやパン、サラダが少しずつ色とりどりに載った白い長方形のプレートが、二人の前にそれぞれ置かれる。透一の頼んだサルマーレがロールキャベツ、サフィトゥリの頼んだミティティが肉団子だ。皿の上には、メインのおかずの他にミートボールとチーズボール、タラコのペースト、コーンミールが載っていた。
「食べるのがもったいないくらいかわいい料理ですが、いただきます」
 お手ふきで手をふき、サフィトゥリが食べ始める。
 少しどきどきして、透一はその反応を待った。
「香辛料が効いてて美味しいですね。ビーフとマトンの合挽き肉っていうものいいです」
 サフィトゥリが嬉しそうに、ナイフとフォークでミティティを切り分けて口に運ぶ。
 その表情の明るさにほっとして、透一は自分の分を食べてみた。
「こっちのロールキャベツも、ザワークラフトの酸味と豚肉の相性が抜群だ」
 赤く一口サイズに煮込まれたサルマーレに爽やかに白いサワークリームをつけて頬張れば、キャベツが柔らかくほどけて肉汁と肉汁を吸ったキノコや米の旨みが口の中に広がる。
 一緒につけあわせの練ったコーンミールも食べると、コーンのほのかな甘みがトマト味のソースに絡んでまた美味しかった。
「タラコはパンにつけて食べるんだろうか」
「多分そうだと思います。でも、サラダと食べても美味しいですね」
 添えられたパンは外側はやや固めだが、中はもっちりとつまっていて食べごたえがある。なめらかにオイルと混ざったタラコのペーストは程よくしょっぱくて、パンに塗っても香草や人参と食べても食が進んだ。
 しっかりと胡椒の効いたミートボールも、からっと揚がったチーズボールも、透一はすべておいしくいただいた。
「見かけよりも、食べ答えがあったな」
「はい。お腹いっぱいになりました」
 綺麗にお皿を空にして、透一とサフィトゥリは微笑み合った。
 しかし食べ盛りの男子大学生である透一にとっては、微妙に食べたりないところがあった。
(あとパンがもう一つくらいついとったらちょうど良いんだけどな……)
 そんなことを考えていると、女性店員が最後の注文の品を運んできた。
「ルーマニア風チーズパイデゴザイマス。ゴ注文ハ以上デゴザイマスネ」
 テーブルに置かれた白皿には、黄色の断面が綺麗なチーズパイが載っていた。透一はデザートも注文しておこうと考えた数十分前の自分に感謝して、パイを切り分けた。
「半分ずつ分けて食べよっか?」
「いいんですか? ありがとうございます」
 透一が提案すると、サフィトゥリは目をキラキラさせて頷きフォークとナイフを手に取った。
(これは女子受けするファインプレーだったんじゃないか?)
 幸せそうにパイを口に運ぶサフィトゥリの顔を見て、透一は自分で自分を褒めた。チーズパイはずっしりと食べごたえのある重さで、パイ生地もチーズ部分も濃い味わいがあった。
 食べ終えた後、二人はレジで支払いを済ませた。
 会計は男である透一がさりげなく全額おごるのが格好良いだろうと思っていたが、上手いこと払うタイミングが見つからず結局割り勘になった。
 午後は当初の予定通り、外国館を中心にゆっくりとした時間を過ごした。オーストリア館でリュージュというそりの体験をして苔の匂いのする部屋に入ったり、ポーランド館で幻想的な岩塩の洞窟の再現を楽しんだりして、企業パリビリオンとは違う異文化の空間を楽しむ。
 大名古屋万博のサブテーマには、「人生の“わざ”と知恵」というものがある。自然の中で培われた世界中の人びとの暮らしを知って見つめ直そうというものだ。そのため展示も各国それぞれの気候や自然に着目したものが多く、文化や技術も環境に絡めて紹介されていた。
 ちょうど日が傾いて来たころに、二人はグローバル・トラムに乗って企業パビリオンゾーンに戻った。
 グローバル・トラムは一周約2.6キロメートルの回廊であるグローバル・ループを移動するための乗り物で、歩行者と同じくらいの速度で走る三台連結の電気自動車だ。
「風が気持ち良いですね」
 サフィトゥリは開けた構造になっている車窓部分から外を眺めていた。
 自然の中に整備された遊歩道を歩くことができる森林体感ゾーンに、毎晩ナイトショーが行われるこいの池など、グローバル・トラムはちょうど二人が訪れていない場所を通って進んだ。


14.観覧車

 夕方になると次第に団体客が減り、家族連れも帰り出す。
 透一はデートの締めくくりには、定番の観覧車に乗ることにした。
 日本の自動車生産企業の業界団体の出資によって建てられた、会場のランドマークとしても人気のパビリオンの観覧車だ。
「半分は建物に組み込まれた観覧車なんですか。不思議な趣向ですね」
「自動車業界のパビリオンだから、その建物の部分で車の歴史についての展示が見える観覧車らしいな」
 透一とサフィトゥリは、観覧車を斜めに包む真っ赤な建物を見上げた。夕焼けの中そびえ立つ高さ五十メートルのパビリオンは、その一風変わったデザインも相まって絵になっている。
 建物内に入り待機列に並ぶと、予約や整理券のシステムがないためか思ったよりも多くの人で込み合っていた。廊下に設置されたスクリーンに流れる車の歴史の紹介映像の音声とともに、待っている人々の話し声がざわざわと響く。
 シュメール人による車輪の発明を説明する映像を見ながら、サフィトゥリは静かに語った。
「アステカやマヤの文明では、車輪は活用されていなかったそうですよ。もしかしたら車輪がないままに高度に発展した世界っていうのも、ありえたのかもしれませんね」
 透一は一応世界史選択だったが、サフィトゥリの話は新鮮で面白かった。
 その後スクリーンの映像はモータリゼーションの歩みから、時代を代表する車の紹介へと移っていった。二人の会話は子供のころに乗っていた実家の車の話や、免許をとったときの話にまで広がり、待ち時間は自然に過ぎて行く。
 登場口が近づくと、赤と白のツートンカラーのスポーティーなジャケットを着たアテンダントの女性が、人数をカウントしながら透一とサフィトゥリを奥へと案内した。
「大変お待たせしました。お二人様でございますね。そうぞお進みください」
 照明が落とされた搭乗口に通されて、二人はゴンドラ部分に乗り込む。座席はコの字に配置されていて、透一がまず端に座ると、サフィトゥリはその反対側ではなく隣に座った。
「隣、いいですよね」
(えっ? そんなすぐ近くに座ってくれんの?)
 自然に距離を詰めてくるサフィトゥリの行動に、透一は狼狽えつつも平静を装った。華やかな赤いワンピースを着たサフィトゥリは普段よりもスタイルがよく見えるのて、その脚や胸が目に入ると緊張する。
 ゴンドラが徐々に上昇へと進んでいく中、座席上のスピーカーから音楽とナレーションが流れる。
『人間はその誕生から、移動への夢を抱きました』
 爽やかな男性の声が、このパビリオンの主題を読み上げていく。
 するとゴンドラの窓の外にある建物の壁に、ラスコーの洞窟画が現れる。洞窟画の動物たちには、自由に大地を走り回るアニメーションがつけられている。
「観覧車から見える展示ってよくわかってなかったんですけど、こういうことだったんですね」
 サフィトゥリは感心した様子で、ゴンドラの窓を覗き込んだ。
 しかしサフィトゥリが膝が触れ合いそうなくらいにそばにいることに気をとられて、透一は演出を楽しんでいる場合ではなかった。
 ゴンドラの上昇にあわせて、建物の壁にはドンキホーテの物語や南蛮屏風、自動車や船の設計図などの移動にまつわるものが次々と映し出される。
 そして音楽も感動的なものへと変化し、ナレーションの内容も終わりに近づいていった。
『人と車と地球が、共に成長し生きていくこと。これが私たちの願いであります』
 男性の声がそう話をまとめたとき、ゴンドラは屋外に出て窓の外には会場の夜景が広がった。
「建物がライトアップされて、綺麗ですね」
「そうだな。ちょうど良い時間に来れた」
 サフィトゥリの端整な褐色の横顔が窓のガラスに映り、外の夜景と重なる。
 夜の闇の中でミニチュアのように白く輝く万博会場は、壮大というわけではないけれども確かに綺麗ではあった。元々は夕日の時間に乗る予定であったが、混雑によって遅れてかえってよかったのかもしれない。
「あ、あそこに月も見えます」
 西の空の端に浮かぶ三日月を、サフィトゥリが指を指す。かすかに夕暮れの朱色が残る空に見えるその月は、今すぐにでも見えなくなってしまいそうな儚げなものだった。
「なんか、今日見た未来館の内容を思い出すな」
「もしも月がなかったら、ですね」
 サフィトゥリの落ち着いた声で言われると、その言葉は妙に詩的に聞こえた。
 三日月を見つめて、サフィトゥリは月の話を続けた。
「私は子供の頃に、月が欲しいと親に駄々をこねたことがあります。それはできないことだって言われると、もっと欲しくなるんです」
 サフィトゥリの語る彼女の幼少時代は、思ったよりも子供らしくて突飛だった。今の大人っぽい姿からは、少々想像しづらい。
「透一さんにはそういう経験、ありませんか?」
 月から目を離して、サフィトゥリは透一を見た。
 透一は遠い子供時代を思い出しながら答えた。
「俺は無理だ駄目だって言われると、すぐに諦める子供だったよ。今はもうさらに、それはそういうものなんだって最初から自分で深く考えないようにしとる」
 そう言った透一の声は、不思議といつもよりも深く澄んだ響きを持った。
 透一はおもちゃ売り場で駄々をこねた覚えがない。誕生日やクリスマスには買ってもらえたので、断られれば黙ってそうした機会を待っていた。
 無理なものを求めないくせを幼少時からずっと培ってきたために、大人になった今も不可能なことには取り組まない。
 そして透一は自分が恵まれた裕福な人間であることを知っているから、不足を声高に主張はできない。
 唯一大学受験の失敗だけは透一に欠乏感を感じさせたが、それでもこれで十分だと満足するべきだと心のどこかでは思っている。
 素朴な透一の答えに、サフィトゥリは共感とは遠い好意を向けて笑った。
「それじゃあ透一さんは、私とは逆ですね。私は今もずっと欲しいですから」
 「何を? 月を?」と尋ねようとすると、サフィトゥリがいたずらっぽい顔で透一の手に自分の手を重ねる。
(きっと彼女が欲しいのは俺じゃない。だけど俺は、一応は彼女に好いてもらえとるのか?)
 ゴンドラは頂点に差し掛かっていたが、透一はその眺めを堪能することはできなかった。
 サフィトゥリの指は細く長く、そして案外冷たい。透一は恐るおそるサフィトゥリの手を握った。
 するとサフィトゥリは、わざわざ指を絡めて握り返す。そこまでしてもらってやっと、透一はサフィトゥリに本当に許可を与えてもらった気がした。
 サフィトゥリの深い紫色の瞳が、透一を映す。サフィトゥリは透一にとって異邦人であり、透一もまたサフィトゥリにとって異邦人だ。
 透一はサフィトゥリの顔に自分の顔を寄せ、そっと目を閉じてキスをした。サフィトゥリが透一に動きを上手い具合に合わせので、くちづけは甘くやわらかいものになった。
(愛も貨幣と同じ単なる媒介物メディアでしかないって、誰かが言っとったっけ)
 好きな女の子と過ごす時間の中で、透一はある学者の「愛」についての研究の内容を思い出していた。心臓の鼓動は速まり顔は熱かったが、いざキスをしてみると頭の中は妙に落ち着いている。
 その学者はドイツの社会学者で、一人一人の人間によって構成される集合が社会なのではなく、コミュニケーションによって成り立っているシステムこそが社会であると考えた人物だ。
 つまり社会はシステムでしかなく、人間は社会の構成要素ではないのだから、人間が話し合って合意したところで平等で公平な社会は成立しないのだ……と、透一は彼の理論を理解している。
 例えば貨幣は、本当は誰のものか決めることのできない物品の所有権を、誰かに定めるために使われる。
 同じように「愛されている/愛されていない」を二元コードとするメディアとしての愛は、真実の愛が不確かでわからないからこそ、親密性を維持するために使われる。
 様々な言葉や振舞いを愛という言葉でまとめてしまえば、複雑な問題は隠されて、コミュニケーションは楽になる。そして愛というメディアによって維持される親密性が、社会を安定させ発展させるのだ。
(こうやってキスができる=愛し合っとるってことになっとるのが、物事を円滑にする社会のシステムらしいな。このシステムがあるからこそ、俺は彼女からの好意を受け取ったと思うことができる)
 そっとサフィトゥリからくちびるを離した透一は、手と手はまだ絡めて握り合ったまま目を開けた。たとえ二人を結ぶのが合理的なシステムでしかなかったとしても、透一はそれが寂しいことだとは思わなかった。
 サフィトゥリは施しを与えるように微笑でいて、今度は彼女がキスをする側としてのくちづけをした。
 淡いゴンドラ内の照明の下、透一とサフィトゥリはコードに基づき愛し合う。
 くちづけや告白によって、コミュニケーションは断たれると同時に強化される。一定の手続きや言葉、行動があることによって証明は終わり、愛は存在可能になるのだ。


15.裏万博会場1

 二〇〇五年五月十二日、木曜日の午前十四時過ぎ。
 透一はアルバイトのシフトを終え、北ゲートに向かっていた。愛知県館のおまつり広場を通りかかると、今日は幡豆町の和太鼓の公演が行われていた。
(一昨日はあそこでサフィトゥリと、狂言を見たんだよな)
 晴天の下大勢の人でにぎわうグローバル・ループを、今日は一人で歩く。サフィトゥリとのデートから二日しかたっていないため、記憶はまだ鮮明に残っていた。
 しかし最後の観覧車でのキスがあまりにも夢見心地だったので、あれは本当に夢だったのではないだろうかという気もしてくる。
 午後からの来場者もそれなりにいるようで、北ゲートは入場前検査を受けている人で込み合っていた。
「おつかれさまでした」
 透一は普段通りに、北ゲートの従業員用の出入り口を抜ける。
 しかしリニモの駅へ行こうとしたところで、かすかに聞き覚えのある男の声が透一を呼び止めた。
「彼女とのデートは、上手くいったようだな」
 振り返ると、あの先日の奇妙な外国人の男が立っていた。今日は白いシャツにグレーのスラックスを履いて、若干フォーマルな雰囲気だ。
 北ゲート内の普段は普通の警備員が立っている場所に、警備関係者のIDカードを首に下げて立っているのだから、男は本当に万博の警備関係者だったらしい。
「この間も今日も、一体何なんですかあなたは。俺に何の用があるんですかね?」
 透一は怪訝な気持ちを隠さず、男に用を尋ねた。たとえ男がきちんとした肩書を持った由緒正しい人物だったとしても、その言動を信用することはできない。
 しかし男は透一の不信は一切無視して、話を進めた。
「今日は君を連れて行きたいところがある。ちょっと時間あるか?」
「あると言えば、ありますけど」
 なぜ名前も知らない男にどこかもわからない場所に連れていかれなければならないのかと思ったが、今日はサフィトゥリとの約束もなく午後の予定は白紙だった。
「じゃあ決まりだ。着いてきてくれ」
 そう言うと男は、持ち場らしき場所をさっさと離れて歩き出した。仕方がなく、透一は後に続いた。
 リニモの万博会場駅の前を通る道に出て、男は路肩に止めてあった車の助手席のドアを開けて透一を手招きする。非常に高そうな車種の、黒塗りのSUVだった。
「どこに連れて行かれるんですかね。俺は」
「五分もかからないから、安心してくれ」
 透一が助手席に乗り込みシートベルトを締めつつ尋ねると、男はお洒落にサングラスをしてハンドルを握り受け答えた。
(それは答えにはなっとらんから)
 不服な気分のまま、透一は座席にもたれた。足下が広々とした高級ソファのような座り心地の座席は、透一のいつ買ったのか思い出せないシャツとジーパンの普段着には分不相応な気がした。
 大名古屋万博の会場はもともとは田舎の公園であるため、車で走ればすぐに何もない山道になる。
 しばらく車が走ること数分後。進行方向に物々しい鉄製のゲートが見えた。車が近づくと、ゲートはランプを点灯させて開く。
 ゲートを抜けて進むと、本当に五分もかからないうちにどうやら目的地らしい場所に着いた。
 平らに整備されフェンスに区切られた空間を、軍服を着て銃を持った外国人が歩き、最新鋭の戦車みたいな車が走る。灰色のコンクリートで固められた建物の前には、赤地に青いX型の十字が描かれたレベル・フラッグが日本の日の丸と一緒にはためいている。
 位置的には多分万博会場のすぐ隣くらいだろうが、どうみてもそれは軍事基地だった。
「何なんですか、これは」
 急に一般人には無縁のはずの世界に連れて来られて、透一は困惑した。自分がここに連れて来られた理由よりも先に、まずこの場所が何の役割を持っているのかが気になった。
 男は車を基地全体がよく見える駐車場の一画に止め、透一の疑問に答えた。
「ここはアメリカ連合国軍の臨時の駐屯地だ。最近は国際的なテロ事件が多い。だから連合国軍が万博会場の警備をバックアップし、ついでに新技術を日本や他の外国に見せつけて売る。いわばここはもう一つのうちの国のパビリオンだな」
 男のあけすけな説明に、透一はだんだんとこの万博をめぐる裏の状況を理解した。
 アメリカ連合国は国際テロ組織と戦う世界の警察の軍事大国で、いろいろと頼りにせざるをえない日本の同盟国だ。対テロ対策で主導権を握っていても不思議ではないし、そこに商売が絡むのもありそうな話である。
「それじゃあなたも、連合国の人なんですね」
「ああ。そういえば名乗っていなかったが、俺はブレノン・ハドルストン。肩書を説明すると、連合国陸軍から万博警備遊撃隊に出向してきた軍人ってところだな」
 透一が男の姿を改めてじろじろと見回すと、やっと男は自分について語った。後部座席に放ってある灰色のジャケットを見てみれば確かに、ニュースや教科書の写真に載っているのと同じアメリカ連合国の軍服だった。
「君の名前は都築透一だろ。愛知県の刈谷市に住んで名古屋の大学に通う学生の」
 ブレノンと名乗った男は、当然のように透一のプライベートを知り尽くしているらしかった。
「なぜあなたは、俺をここに連れて来たんですか」
 背景が見えてきたところで、透一は本題に入った。男がなぜ透一につきまとってくるのかという疑問を、透一は再び思い出していた。
「まず前提として、知ってもらいたかった。きな臭い世界がほんの紙一重のところにあることを」
 ブレノンはサングラスを外しながら、世間話のように話を続けた。
「君の恋人のサフィトゥリが国際テロ組織のテロリストだって言っても、前提がなければ信じられないだろ」
 きな臭い話題には不釣り合いな明るいブレノンの声が、突然の真実を告げる。
 しかしいきなり好意を抱いている異性がテロリスト扱いされたのにも関わらず、自分でも不思議なことに透一はあまり驚いてはいなかった。
 もちろん、彼女が本当にテロリストで、飛行機で建物に突っ込むかもしれない人間だとすぐに信じられるわけではない。
 だがサフィトゥリはいつも優しげで綺麗だったけれども、同時に得体の知れないものを持っているよう見えた。その理由が彼女がテロリストだったからだと考えると、いろいろ腑に落ちるところもあった。
「思ったよりも、普通に心当たりがあるって感じの顔だな」
 ブレノンは同性として苛立ちを覚えるくらいに甘く整った顔で、透一の顔を見て笑う。
 どこか他人事のように冷静なまま、透一はブレノンが考えていることを察した。
「……それであなたは俺に、彼女のことを調べろって言うんですね」
「こうも話が早いと、非常にありがたいな。彼女はこの万博会場に爆弾を仕掛け、爆破させる計画を持っている。俺たちはその爆弾の隠し場所を着き止め阻止しなければならない」
 命令というほど強い言葉ではなかったが。ブレノンがテロ計画を未然に防ぐために透一を利用する気であるのは確かなようだった。
 自分がそれほど重大な役割を持てるほどの人間ではない気がする透一は、ブレノンに尋ねた。
「ただの大学生の俺に、そんなことができると思っとるんですか?」
 透一は現実の軍事基地を目の前にして話を聞いても、自分自身に関わりのあることとしては現実感がわかない。
 しかしブレノンは巧みに、透一をテロ計画の阻止に結びつけた。
「彼女が普通のテロリストなら無理だな。だが彼女の行動原理は、どうもごく一般的な政治的な思想を持ったテロリストとは違うようだ。だとすると案外、君のような彼女に近い視点を持った人間の方が捜査の役に立つかもしれない」
 まるで間違っていても困らないような口ぶりで、ブレノンは自身の意図を明かす。
 ブレノンの態度に真剣さは感じられなかったが、嘘や冗談で話しているわけでもなさそうだった。透一はサフィトゥリと自分の視点がそれほど近いものだとは思えなかったが、ブレノンの狙いそのものはある程度筋が通っている。
(確かにサフィトゥリは、政治的な主張のために動く人物には見えん。もし彼女が本当にテロリストなら、彼女を突き動かしとるものは何なんだろう)
 透一はサフィトゥリの常に落ち着いた言動を思い出して考えた。表面上の付き合いしかないだけかもしれないが、透一はサフィトゥリから普通のテロリストの動機とされている怒りや憎しみのような感情を見出したことはなかった。
 そうなると彼女は本当にテロリストなのか、テロリストだとしたらどこに彼女の目的があるのかが、考えれば考えるほど気になった。
「断らないよな。君は」
 ブレノンが透一の心を見通したかのように、先回りして結論を出す。
 どうやらこのサフィトゥリのことを知りたいと思う透一の気持ちこそが、ブレノンが利用しようとしているものであるらしかった。


16.彼女の視点Ⅱ

 透一と万博会場を見学した二日後、サフィトゥリはパビリオンのアテンダントとしてドゥアジュタ国の外国館にいた。今日は朝から晩まで、一日中シフトが入っている。
(いつもどおり、お客さんは来ないな。会場全体の来場者は増えていても、私は暇だ)
 土産物販売のレジに置かれた椅子に座り、サフィトゥリは誰もいないパビリオン内を見渡した。
 サフィトゥリの故郷であるドゥアジュタ国は根強い民間信仰がありつつもそこそこ近代化した東南アジアの小国で、知名度は特にない。
 会場の外れにひっそりと建つこの小さな外国館に来るのは疲れて寝て過ごす学校遠足の引率の教員くらいで、アルファベットで国名が書いてあるだけのつまらない外観に惹かれてやって来る来場者はほぼいなかった。
 かろうじて布を垂らして異国情緒を出しただけの室内の展示も地味を煮詰めたような地味さで、有名な遺跡や他とは違う伝統芸能などのアピールポイントに乏しい国であるため、スクリーンセーバーみたいな海の映像とどこかでみたような民族舞踊の映像を延々と流すのがメインの内容である。
 国民のほとんどが信じる民間信仰についての文化人類学的な資料コーナーは、呪術師が使う道具などが置かれているので、見る人が見れば楽しいかもしれないが、実際のところはほぼ世俗化した国であるので真実味がそれほどあるわけではない。
(売ってるお土産もまあ、ものが悪いわけじゃないけど面白くはないし)
 土産物販売で売られているのは、更紗でできた巾着に金属製のアクセサリーなどだ。一応ちゃんとした職人が手作りした品物だが、日本のいたるところにあるエスニック雑貨店と比べての差別化はできてはいなかった。
 こうした人の来ないパビリオンのランキングあったら上位入りできそうな外国館であるので、サフィトゥリは勤務時間のほぼすべてを日本の携帯ゲーム機を遊ぶ時間に費やしていた。来場者が来ればもちろん隠すが、最近の携帯ゲーム機はスリープ機能もついているから安心だ。
 コンビニでお菓子を買い、ゲームで遊び、ショッピングセンターで服を買うことで、日々サフィトゥリは日本や大名古屋圏の豊かさを感じている。
(この外国館の残念さに比べると、昨日透一と回ったパビリオンはだいたいどこも普通にはすごかったな)
 サフィトゥリはゲーム機のボタンを連打しながら、一昨日の透一との万博会場の見て回ったときのことを思い出していた。
 付き合った理由は興味関心であり恋心は皆無だったが、透一のような自分とは違う価値観を持った青年と話して歩く時間は楽しかった。透一は自分がないわけではないのに流されやすく真面目な人物で、その従順さが逆にサフィトゥリにとっては面白く感じられる。
 特に最後の観覧車のパビリオンでのキスは、透一の黙っていれば男らしい外見と妙に冷静な思慮深さがなかなか好ましいものに思えた。
(だけど何かこう、透一と万博会場を歩いてみても、テロで爆破させるにあたっての今後の展望みたいなのはあんまり見えてこなかったな)
 サフィトゥリはテロリストであり、大量のプラスチック爆弾を名古屋のとある場所に隠している。それを万博会場のどこかで爆破させたいのだが、設置場所としてはどこもまだぴんときてはいない。
(要するに大名古屋万博て、要所要所では見ごたえがあるけど、これっていうものがないというか)
 大名古屋万博は実際に来場者として訪れてみれば、それなりには面白かった。だが世界の矛盾を詰め込んだはずの万国博覧会の楽しさがそれなりでは、駄目なのだ。
 サフィトゥリはテロリストになるからには、立派なテロ事件を起こしたいと思っている。それは世間に胸を張って自分がやりましたと言える、ちゃんと美学があるように見えるテロ事件でなければならない。
 だから貧相で壊す価値のない万博に、爆弾を仕掛けることはできない。サフィトゥリはたくさんの人を無残に殺し死なせることになるのだから、そこにはその代償に見合ったメッセージが必要なのだ。
(でももう爆弾はあるのだから、爆破は絶対させてみたい)
 目的と手段がめちゃくちゃになっているのは自分でもわかっているが、サフィトゥリはテロをしたい気持ちを失うことはできない。
 携帯にはもう、「カルーセル」から遂行日を決定事項として伝えるメールが届いている。万博の来場者も順調に増えているのだから、とりあえず閑古鳥の鳴いている会場でテロをするという格好の悪いことにはならないはずだ。
(私がテロを起こしたら、透一はどう思うのかな)
 サフィトゥリはどうやら自分に好意を寄せてくれているらしい透一が、サフィトゥリの本来の目的を知ったときに何を思うのかについて考えた。
 好きな女の子がプラスチック爆弾を爆発させようとしているとは普通思いもしないはずなので、きっと少しは驚いてくれるだろう。
 しかし透一がサフィトゥリの正体に傷付いてショックを受けたり、怖がり恐れたりするとは、どうも想像しづらいところがある。
(もしかすると、透一と私は案外似ているのかもしれないね。私は箱があれば開けて逆さにして壊すけど、透一はきっと閉じたままの箱を棚にしまう。でも私も透一も、その箱の中身が空っぽであることは最初から知っているはずだから)
 サフィトゥリがテロを起こしたいのは、世間では正しいということになっている綺麗事を暴いてみたいからだ。透一にはそうした衝動はないようだが、建前が建前でしかないことは多分知っているだろう。
(透一にもちゃんと私のやりたいことが伝わるくらい、すごいテロを起こせるといいな)
 サフィトゥリのゲーム機の画面に、ステージクリアの映像が流れる。
 ドゥアジュタ国の外国館は、今日も静かに時間が過ぎた。


17.西三河の朝2

 二〇〇五年五月十三日、金曜日、朝。
 薄手のタオルケットで寝ていた透一は、目覚まし時計のアラームの音で目覚めた。気温がぐんぐんと上がる初夏の寝起きは、少し不快な暑さがある。
 携帯を見てみると、ブレノンからのメールが入っていた。透一は寝起きのぼんやりとした頭で、メールを読み上げてみる。
「昨日は急だったけど、付き合ってくれてありがとう。無理のない範囲で、これからもどうぞよろしく……」
 ブレノンからのメールは、こうした文面に絵文字を混ぜた軽い雰囲気のものだった。どうぞよろしくというのは、サフィトゥリのことを見張って調べてほしいということだろう。
 思いっきりスパイみたいなメールのやりとりをするのもおかしいが、このような内容ではそもそも連絡を取る必要性が感じられない。
「もしかしてあいつは実は、俺の新しい友達か何かなんだろうか」
 透一は布団から起き上がり、ブレノンのことを不思議に思った。本物の職業軍人のはずだが、接しているとまったくそんな気がしてこない。相手に軍人らしさがないのだから、自分が軍隊の協力者になったという実感もわかなかった。
 透一は着替えて朝ごはんを食べ、アルバイトに出掛けた。
 秘密を知りテロの危険を教えられたとしても、日常はつつがなく続くのだ。

バイト先のレストランのロッカールームに着くと、直樹もいた。どうやら今日は同じ時間のシフトだったらしい。
「おはよ。俺のアドバイスは、デートの役にたったか?」
 直樹は会うなり、楽しそうに透一に見て笑った。サフィトゥリと万博を見て回った日から、直樹に会ったのは今日が初めてだ。
 サフィトゥリとの関係は思ったのとは違う方向に転がりつつあるが、透一はきな臭い事情があることを感じさせないよう平常を装って答えた。
「おかげ様でうまく行ったぞ。デートとか抜きにして、未来館がめっちゃ良かったわ」
「ああ、あれ。うちのばあちゃんも感動しとった。俺は観覧車が一番だな。家族と乗っても面白かったが、カップルで乗るとやっぱりいい雰囲気になるのか?」
 一見軟派な長髪色黒の男子学生にしか見えない直樹だが、言動は祖母思いの庶民的な男である。
 透一がごく普通に外国人に恋しているだけだと思っている直樹は、当然のように恋の進展を茶化して尋ねた。
「まあまあ、な」
 観覧車のゴンドラでサフィトゥリとしたキスを思い出し、気恥ずかしい気持ちになって適当にごまかした。記憶の中の口づけは妙に濃厚で、実際よりも甘く情熱的に感じられる。
「まあまあ。異国の美女とまあまあの関係になったのか」
 直樹は適度に透一をからかって笑ったが、それ以上は根掘り葉掘り探ることはしなかった。直樹はものすごく性格が良いわけでも、話が面白いわけでもなかったが、どこまでもちょうど良い距離感の友人でいてくれることはありがたかった。
 その後、制服に着替えて働けばそこそこは忙しく、透一はしばらくサフィトゥリのことを考えない時間を過ごした。


18.従業員食堂3

 シフトを終えた夕方、透一は今日もサフィトゥリに会うために従業員食堂へ行った。
 しかし今日は一人で向かっているわけではなく、隣には直樹がいる。親友の美人外国人の彼女が一目見てみたいと、ついてきたのだ。
「俺、本部棟の食堂行くの初めてだわ。大学の学食とどっちが旨い?」
「んん……、揚げ物系は学食の方が旨いけど、麺系はこっちの方が俺は好み」
 透一は本部棟までの道のりを、直樹と雑談をして歩いた。曇りのち雨の天気であったためか、会場内にいる人は少なめだ。
 食堂に入り、先に待っているはずのサフィトゥリを探す。
 するとサフィトゥリは、給湯器付近の席の近くに立って透一に軽く手を振っていた。
 テロリストの可能性が高いと知った結果接し方が不自然になってしまうかもという不安もあったが、まずは普通に手を振り返す。
「こんばんは、透一さん。そちらは……」
 透一が近くに移動すると、サフィトゥリは直樹の方を見た。
 多分問題はないとは考えていたが、直樹がいることを嫌がってなさそうな感触に透一は少しほっとして紹介した。
「こいつは俺の友達で、君に一度会ってみたいって」
「はじめまして。直樹です」
 直樹が普段よりも変にかしこまった日本語で話す。大学にいる女子とは雰囲気の違うサフィトゥリの理知的な美貌に、まじまじと魅入っているようだ。
「透一さんのお友達ですか。私はサフィトゥリです」
 最初に透一と会ったときと同じように、サフィトゥリは綺麗に落ち着いた声で名乗った。
 直樹がなぜ透一のような凡人がサフィトゥリのような超絶した美人と付き合えているのか訝しむ顔をしていたので、透一は軽くサフィトゥリのことを紹介しようとした。
「彼女はドゥアジュタ国の外国館のアテンダントをしていて、それでこの会場を……」
 そのときブレノンから聞かされたサフィトゥリの正体の話が脳裏をよぎり、透一は口を滑らしそうなる。透一は一瞬、言葉に詰まってサフィトゥリの顔を見た。
 そして透一はその目で、すべてを物語ってしまった。
 透一の視線からサフィトゥリは状況を読みとり、透一もまたサフィトゥリの表情から確信する。
 サフィトゥリの少し見開いた瞳は、秘密を見抜かれた者の驚きがあった。
 どうやらサフィトゥリも透一も、隠し事がそこまで得意ではない性分であるらしい。
(やっぱり、サフィトゥリはテロリストだったんだ)
 サフィトゥリは自分がテロを計画していることを透一が知ったことに気付き、透一もまたサフィトゥリがテロを計画しているというブレノンの話が真実であることを理解した。
 そこに予想外はなく、透一はただ納得をするだけである。
 透一は言いかけた言葉を誤魔化して、適当に話をまとめた。
「……この食堂でたまたま出会って、俺から話しかけたんだ」
「お前も勇気があるもんだな」
 何も背景を知らない直樹は、二人の顔色の変化には気づかずに呑気に透一の肩を叩く。
 するとサフィトゥリは瞳の表情を一瞬で和らげて、微笑んだ。
「嬉しかったですよ。透一さんが私に話しかけてくれたこと」
 重大な隠し事をしてはいても、サフィトゥリのその言葉に嘘はなかった。
 つられて透一も、その場に合わせて笑う。
 今までのサフィトゥリは言動も、すべてが嘘や気まぐれではないはずなのだ。


19.大学の授業2

 二〇〇五年七月十一日、月曜日、午後三時十分。
 サフィトゥリと出会ってから約三か月後。
 四限の授業を受けるために、透一は大学の構内を歩いていた。
 透一の通っている大学の校舎は帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトの助手も勤めていたらしい外国のモダニズム建築の偉い人が建てたもので、高低差のある丘陵の地形を活かした豊かな自然の残ったキャンパスに仕上がっている。
 そのため隣の国立大は平らでだだっ広いのに対して、透一の大学は土地は狭いが坂道が多く、また校舎の造りが複雑であるためどこが何階なのかがややわかりづらい。
 しかし立っている土地の赤土と同じ色のペンキで塗られた校舎の壁の雰囲気や、打放しコンクリートの建築のモダンなお洒落さは、大学生らしい気分になれて透一は好きだった。
 カトリックの学校っぽい文言付きのカラフルな壁画の描かれた回廊を抜けて、透一は次の授業のある教室へと行く。
(お洒落な反面、冷暖房がよわいのが玉に瑕だけどな)
 汗ばんだ額を手で拭いつつ、透一は教室に入って着席する。
 春学期の考査期間前であるせいか、普段よりも周囲の出席率は良さそうだった。
「今日は考査前最後の授業なので、テキストの残りのページを読んで残りはテストに出す予定の部分の復習をして終わろうと思います」
 授業が始まると、初老の社会学の教授はそう言ってテキストを開き、説明を始めた。
 透一もテキストを開き、教授の話を聞いた。
 テロ計画を阻止するために爆弾の隠し場所を探らなくてはならないアメリカ連合国軍の協力者として、透一は特に何もできずにいた。ブレノンにも適当なことを言ってごまかしている。
 まだ答え合わせをしたくはない気分で、透一はサフィトゥリのこと考えていた。
 考査期間前の教室の学生は、普段にはない熱心さで教授の話を聞いている。
 考査が終わって夏休みが始まり、季節が巡れば九月二十五日には大名古屋万博の会期も終わるのだ。


20.センターゾーンの料亭

 二〇〇五年七月十五日、金曜日、昼。
 万博会場の中心、センターゾーンにある超高級日本食レストランの個室。
 清潔感のある落ち着いた内装の部屋に、透一はなぜかブレノンと二人でいた。テーブルの上には、わざわざ給仕の人に最初に全部並べてもらった懐石料理がパンフレットの写真みたいに綺麗に並んでいる。
 かごに盛られた細々と手の込んだ先付、サーモンみたいな安い魚が入っていないお造り、大きめの蟹のしんじょが浮かんだお吸い物、照りが食欲をそそる魚の焼き物、ほどよく衣のついた揚げたての天ぷら……。
 普段透一が働いているフードコートレベルのレストランとは違う立派な日本料理が、まず見る者の目を楽しませる。
「一回この店で食べてみたかったんだよな。高級懐石料理」
 ブレノンは機嫌良さげに箸を手に取って、先付のうちの一品である涼しげな器に盛られたじゅんさいのとろろ添えを食べる。
 彼は今日は普通に仕立ての良いスーツを着ていて、灰色のグレンチェックの柄に金髪が映えて無駄に格好良かった。
「奢ってくれるのはうれしいですけど、サフィトゥリの爆弾の隠し場所のことで話せることは何もありませんよ」
 さつまいもの蜜煮と説明された黒い皿にお洒落に載った煮付を口にしながら、透一はブレノンに言った。綺麗な黄色のさつまいもは上品な甘さで大変美味しいが、相変わらずブレノンが何を考えているのかはよくわからない。
 しかしブレノンの方は、透一の状況を全部わかっているうえでやりたいようにやっているようだった。
 おそらくサフィトゥリが透一がテロ阻止のための協力者であることうすうす気づいていることも、透一が協力者として何もできていないことも、ブレノンは把握しているのだろう。
「今日はその話をするつもりじゃない」
「じゃあ、何なんです?」
 毎回、透一はブレノンに用事を尋ねている気がする。
 じゅんさいの次は蓼みそでこんがりと焼かれたスズキの焼き物を器用な箸使いで食べながら、ブレノンは透一の問いには答えずに会話を続行した。
「君は愛知県生まれだが、故郷のことは好きか」
「不満はありませんよ。日本で一番栄えとるところで文句を言ったら、ばちが当たります」
 抽象的なブレノンの質問に、透一はただ正直に答えた。地元に対して屈折した感情はなく、経済的な繁栄に反感を覚えたこともない。
「そうか。俺がこの県に来たのはこの春からだが、まあ悪いところじゃないな。前評判の悪かった万博も、右肩上がりに入場者数が増えてるし」
 透一の返答に軽く頷き、ブレノンは万博の話へとつなげる。日本語の堪能さからブレノンは何かしら日本と接点があると思われたが、どこの出身かはわからなかった。
 そしてブレノンはお造り用の醤油皿にわさびを溶いて、さらりと微笑み本音を明かした。
「だが実を言うと俺は、この万博でテロが起きるのをちょっと見てみたい気持ちもある。もしもこれが完全な他人事で済むなら、君だってそう思わないか」
 とても無責任で、しかし正直で素直な破壊への興味を語り、金髪の前髪越しに青い目がじっと透一を捉える。
 透一も同じ側の人間であることを、その目は期待していた。
 最初からある程度わかっていたことではあるが、ブレノンは単に職業が軍人だったというだけで、あとは正義感や義務感ではなく好奇心で動いていた。ブレノンは公開処刑を楽しむローマ市民のように、大量破壊やジェノサイドを見たがっている。
 どうやらブレノンは率直な自分の考えを話すことで、透一がサフィトゥリのことで行動を起こすことを促しているようだった。
「俺は……」
 透一は何かを言おうとして、結局何も言えずに黙って牛肉の香味焼きを食べた。
 本当に他人事で済むのなら、万博会場で起きる一大テロというものがどうなるかを見てみたい気持ちがないと言えば嘘になるだろう。
(いやでもね、取り繕わずこういう意見に同意できるほど、俺は吹っ切れた人間にはなれんから)
 透一は目を伏せ、香草の辛みで引き出された肉の旨味を味わった。
 例えすべて見抜かれているとしても、透一はブレノンに本音を語るつもりはなかった。
 もし透一が普通を取り繕うのを辞めるとしたら、それはきっともっと大事な時なのだ。


21.刈谷駅前のスーパーマーケット

 二〇〇五年七月十八日、月曜日、夕方。
 透一は母親におつかいを頼まれて、刈谷駅前のスーパーマーケットにいた。
 地元の大手流通企業が経営している灰色と黄色のツートンカラーの看板と建物のそのスーパーは、五年ほど前にリニューアルオープンしたため真新しい雰囲気を醸しているが元は何十年も前からここにある建物だ。
(ええっと、母さんから頼まれたのはパン粉と牛乳と……)
 母親からのメールを思い出しながら、透一は買い物かごを片手に食料品コーナーを一周する。
 頼まれた商品を揃えてレジに行くと、ちょうど帰宅のついでに買い物に来ている人が多いせいか列はかなり長かった。
 しばらくかかりそうだと思った透一は、鞄のポケットから携帯を取り出して開いた。
 するとちょうど、サフィトゥリからメールが入っていた。
(こんばんは、テスト勉強は捗っていますか? 透一さんの考査期間が終わったら、また二人でおでかけができたらいいなと思っています。今度は名古屋の観光名所巡りというのはどうでしょう……)
 サフィトゥリからのメールを読んで、透一は彼女の意図について考えた。
 おそらく透一がサフィトゥリともうそろそろ腹を割って話したいと思っているように、サフィトゥリもまた透一と包み隠さずお互い何を考えているのか伝えたいのだろう。
(名古屋の観光名所……。なかなか難しい注文だな)
 透一はそんなことを気にしながら、サフィトゥリにメールの返信を打った。


22.西三河の朝3

 二〇〇五年八月八日、月曜日、早朝。
 普段よりも早くに目が覚めた透一は、掛け布団代わりのタオルケットから抜け出て起きる。
 今日はサフィトゥリと名古屋に出掛ける日だ。
 顔を洗って台所へ行くと、母親が朝ごはんの準備をしていた。
「今日は早起きじゃない。出掛けるって聞いたけど、夕ご飯はいるの?」
「……友達と食べてくるからいい」
 朝から矢継ぎ早に話しかけてくる母親の問いに、透一はまだ眠気が残ったまま答える。
 テーブルの上に置かれた食パンとソーセージ、ピーマンの炒め物を食べて、食器は自分で洗う。
 そして自分の部屋に戻ると、透一は昨晩考えに考え抜いたコーディネートの服を着た。
 濃紺色のジーンズに白と青のストライプのシャツを着てブラウンのサスペンダーを合わせ、新調したキャスケット帽を被る。最後に玄関に出しておいたデッキシューズを夏らしく履けば、雰囲気だけは立派なイケメンだ。
「行ってきます」
 めかしこんだ姿を家族に見られるのが気恥ずかしいので、透一はそそくさと玄関を出た。
 これからサフィトゥリに会いに、名古屋へ行くのだ。


23.大名古屋万博サテライト会場

 名古屋に着いた透一は、待ち合わせ場所のナナちゃん人形の下でサフィトゥリを待った。
 ナナちゃん人形は名古屋駅隣の百貨店のエントランス前に置かれている約六メートルの巨大な白いマネキンで、大きく足を開いたポーズをとったその姿は多くの地元民に愛されている。ナナちゃん人形を使った広報も活発に行われ、水着や地元球団のユニフォーム、アメコミのキャラクターなど、着ている衣装はよく変わる。
 ちなみに今日のナナちゃん人形の衣装は、百貨店のクリアランスセールの法被だ。
 平日の朝でも世界都市・大名古屋は大勢の人で賑わっていて、百貨店の開店時間を待つ人や透一と同じように待ち合わせしている人、各々の会社へと出勤する人などで、ナナちゃん人形がそびえ立つ通りは賑わっている。
 携帯の時刻を見ながらそわそわとしばらく待っていると、深くやわらかな声が透一を呼んだ。
「おはようございます、透一さん」
 透一が携帯の画面から顔を上げると、そこには髪型をポニーテールにしたサフィトゥリが立っていた。
 黒い半袖のポロシャツに薄紫のペイズリー柄のフレアスカートを着て、白いミュールを履いたサフィトゥリの涼しげな姿は、普段とは違うカジュアルで可愛らしい印象だった。
「おはよう。この場所、すぐわかった?」
「はい。面白い待ち合わせ場所ですね。ここは」
 巨大なマネキンを見上げて綺麗に微笑むその笑顔に透一は、待ち合わせ場所をナナちゃん人形にしてよかったと思う。
「それじゃ、行こうか」
 透一はサフィトゥリの隣に立ち、笹島方面へと歩き出した。行先は大名古屋万博のサテライト会場である遊園地だ。
 笹島は元々国鉄の貨物駅があった場所で、廃駅後の広大な空き地の開発が急速に進んでいるエリアである。名古屋駅から南に真っ直ぐ進むと着くのだが、道のりは高さはあっても面白みのないオフィスビルばかりでそれほど楽しいものではない。かろうじてボーリング場があるくらいである。
 だがサフィトゥリがいれば、透一はどんな場所でも胸が高まった。
「こういう皆が働いているときに遊びに行くのって、ちょっと優越感ありますよね」
 サフィトゥリは、オフィス街を歩くサラリーマンやOLを横目に微笑む。
 空は晴天で、暑いけれども気持ちの良い一日の始まりだった。

サテライト会場の遊園地に着くと、敷地内は大人気ゲームのキャラクターをモチーフにし青を基調にまとめられ、小規模だがカラフルで楽しそうなアトラクションが所狭しと並んでいた。
 バスやあおなみ線での来場も多いのか、思ったよりも大勢の子供や大人で込み合っている。
 また会場内にはミストシャワーという見慣れない機械が設置され、熱中症対策に冷たい冷却ミストを振りまいていた。
「ここの遊具は、大阪の閉園した遊園地の遊具にタイアップ先のゲームキャラの絵を書いてリメイクしたものらしいな」
「エコロジーの万博だから、ちゃんとそういうとこもエコに作ってあるんですね」
 透一がささやかな知識を披露すると、サフィトゥリは早速鞄から携帯ゲーム機を取り出しながら頷いた。会場で限定配信しているゲームキャラを受信している様子から察すると、どうやらサフィトゥリは案外ゲーマーのようだった。
(やっぱりサブカルチャーは世界を繋ぐんだな)
 サフィトゥリの意外な一面に、透一は幻滅することなくむしろ嬉しい気持ちなる。透一自身はゲームを趣味にするには根気の良さに欠ける人間であるため、楽しみを共有できないことが残念だ。
「アトラクションは、電子マネーでの支払いオンリーなんですね」
 ゲーム機の操作を終えたサフィトゥリは、入り口で配られていた料金表を見ながら言った
 二人はアトラクションの利用に必要なプリペイド方式の電子マネーのカードを並んで買う。詳しいことは知らないが、これも未来の技術の体感なのだろう。
「遊園地とか久々だわ。昔は家族とよく行っとったけど、最近はもう皆で出掛ける機会も親戚の家行くくらいしかないし」
「私もそうですね。でも遊園地の雰囲気自体は、今も好きですよ」
 ジェットコースターの待機列に並びながら、透一は何の変哲もない身の上話をする。
 するとサフィトゥリはアトラクションに並び遊ぶ人々を、はるか遠くを見るように眺めた。
 晴天に恵まれた会場では、女性タレントが歌うテーマソングが賑やかにかかっている。
 サフィトゥリの言動は穏やかだが、彼女がテロリストであることを考えると、その瞳は心なしか物騒な感情を秘めているように見えた。
(今ここにいる人がみんな死ぬ結果だとしても、サフィトゥリはテロしたいんだろうか。やっぱり)
 透一はサフィトゥリの静かな横顔を見て、不思議に思う。怖いというよりも、透一はただ知りたかった。
 ほどなくして乗れたジェットコースターは子供向けの小型なもので、絶叫することもなくそよ風を楽しむようなアトラクションだったが、それはそれで幼児向けの玩具のような心温まる味わいがあった。
 バイキングも空中ブランコも素朴な作りで、ゲームキャラクターがそこら中に描かれていることで生まれるポップな雰囲気を楽しむのがこの場所の過ごし方なのだろう。
 夏休み期間であるため子供が多いが、ゲームのファンだと思われる大学生もいるので大人だけで乗っても恥ずかしくはなかった。
「童心に帰るって、こういうことを言うんでしょうね」
 サフィトゥリはメリーゴーランドから降りて、陽光の下で目を細めて笑った。透一はサフィトゥリの子供時代を知らないけれども、きっとその笑顔は幼いころとは変わらないのだろうと思った。
 遊園地で一通り遊ぶと、昼食を食べる頃合いになる。二人は名古屋駅に戻って地下街の飲食店へ行った。


24.味噌煮込みうどん専門店

 世界最大のモントリオールに迫る勢いで拡張を続ける大名古屋の地下街は、地上の様子よりもさらに大勢の人でごった返していた。
 レストラン、ブティック、写真館、クリーニング店、金券ショップ、妙に安い靴屋……。この地下街に行けば、手に入らないものはないと思えるほど、多様な店が並んでいる。
「味噌煮込みうどんは、もう食べたことある?」
「いや、まだです」
「じゃあうどんの店にしよう」
 透一はいかにも知っている店に連れて行くといった体でサフィトゥリを案内した。実際は、昨日友人の直樹に昼食場所の相談をしたから迷わずに行けるだけである。
 着いた店は、県内でも有数の味噌煮込みうどんの専門店だ。昼時ということもあり満席だったが、休憩時間が決まっているサラリーマンの客が多いようで回転率は高く、待てばすぐ入ることができた。
 着席すると、男性のアルバイト店員がお冷やを持ってやって来た。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「えっとじゃあ、私は親子かしわ入り味噌煮込うどんのランチセットで」
「俺は天ぷら入り味噌煮込うどんのランチセット」
 冷やしうどんなど季節限定のメニューも存在はするが、味噌煮込みうどんに絞ればバリエーションはそう豊富にあるわけではない。
 そのためサフィトゥリも透一も、メニューを一瞥すると即答した。
親子かしわのランチがお一つ、天ぷらのランチがお一つでございますね。ご注文、ありがとうございます」
 透一とそう変わらない年頃の男性店員は、バイト中の透一とそう変わらない様子で注文をとってキッチンへ戻っていった。
「名古屋めしって味噌カツと味噌煮込みうどんの他に何がありましたっけ」
「あとは確か天むすとか、手羽先とか、小倉餡トーストとか、どて煮とか……。天むすは三重のものらしいし、八丁味噌も三河の岡崎のものだけどな」
「ああ天むすは、万博の会場でも売ってますよね。お昼に差し入れでもらって食べたことがあります。美味しかったので、また今度は自分で買ってみたいです」
「そうなんだ。俺も今度会場で買ってみようかな」
 二人は名古屋めしについて、ぼんやりとはっきりしない話を続けた。
 名古屋めしという言葉でまとめられたローカルフードをテレビや雑誌で見るようになったのは、ここ数年の話である。透一は三河人であるので、味噌煮込みうどんはまだわかるものの、名古屋めしと言われてもいまいちぴんと来ない料理も多い。
 文化人類学者のアルジュン・アパデュライは、ローカリティが近代社会で四面楚歌にあるとは社会理論の大いなるクリシェの一つであるが、ローカリティとはそもそも本来的に瓦解しやすい社会的達成なのであると述べた。
 他者と近接の中でローカリティは生まれ、ローカリティが他者との近接を作り出す。
 日本中が均質化し地域と地域の距離が縮まったからこそ「名古屋めし」のようなローカルフードが可視化され、ローカルフードが全国に広がることで地域と地域の距離の距離はさらに接近した。
 グローバル化によって純粋にローカルなものを想像することはできなくなったが、新しい形のローカリティが世界を覆いつつあるのだと、透一はアパデュライの視座と名古屋めしを絡めて考えた。
 そして、やや長めに待つこと二十分弱。
「お待たせしました。ご注文は以上でございますね」
 男性店員が順番に鍋とお椀の載ったトレイを運んで去っていく。
 地下の狭い店舗であるので、トレイが二つ並ぶと机の上はいっぱいだった。
「わあ、熱々ですね」
 サフィトゥリは鍋のふたを開け、さっそく箸をとって食べ始めた。
「うどんが硬めなんけど、どう? 粉っぽくて苦手っていう人もいるんだけど」
 店舗によってはやわらかく煮込む場合もあるが、味噌煮込みうどんは味噌のこってりした味に負けたり煮崩れたりしないように、硬く張りのあるうどんを使う。そのため県外の人が食べた場合、半煮えではないかとクレームをつけることもある。
「んん、確かに歯応えがありますね。炭水化物と炭水化物になってしまいますが、ご飯がすすむしっかりした味噌味です」
 多少お世辞を言っている面もあるだろうが、サフィトゥリは美味しそうにうどんを湯匙に取り分けて、ご飯と交互に食べている。
「それなら良かった。ちなみにこの鍋は湯気抜きの穴がないから、ふたをとりわけ皿代わりにしても便利だって」
 透一はほっとして、自分の分を食べ始めた。
 鍋のふたを開けると、赤褐色の濃厚な豆味噌の汁にうどんとネギがぐつぐつと浸かり、上に生卵とかまぼこが添えられた味噌煮込みうどんが姿を現す。透一が頼んだのは天ぷら入りであるため、さらに海老の天ぷらが二尾乗っていた。
 その食欲をそそる強い香りの湯気を、透一は深く吸い込んだ。そこまで空腹な気分ではなかったはずだが、いざ料理を目の前にすると今すぐ食べたい気持ちが強まる。
(俺は卵は半熟よりも固まった方が好きだからっと)
 透一は卵を箸で割って、固まるように鍋の中へと突っ込む。
 そしてうどんと取り分けて、ふうふうと冷ましながら食べた。
(やっぱりこのやけずる寸前の熱さが良いよな)
 ほどよい塩気のある硬めのうどんを、透一は火傷しないようにゆっくりと味わって噛みしめた。普通のつるつるのなめらかなうどんももちろん美味しいが、すするというよりは食べる気持ちで食せば、芯の残った熱々のうどんも美味だ。
 汁は鰹節の出汁がしっかりと効いているので、単純な味噌味ではない深い旨みがある。そのため添えられた海老の天ぷらを浸せば、やや安っぽく厚めの衣に味噌の汁が絡んでじんわりとした美味しさが生まれた。
「名古屋コーチンじゃないただの鶏肉でも、十分食べごたえありますね」
「県民の俺も名古屋コーチンの何が特別な肉なのか、よくわかってないからな」
 二人はときどき言葉を交わしながら、せっせと味噌煮込みうどんを食べた。
(あとは最後にご飯を入れて)
 うどんを食べ終えた透一は、残った汁にご飯を投入した。そうするとくたくたになるまで煮えたネギと、とろりとした黄身の残った卵を具にした、即席の味噌おじやが出来上がる。
(濃いのにまろやかなんだよな、八丁味噌は)
 透一は、味噌の汁を吸ったご飯をレンゲでかき込んだ。このころになると、もう適度に冷めているので勢いよく食べても火傷の心配はない。
「ごちそうさまでした」
 汁も米粒も残さず鍋を空にして、透一は味噌煮込みうどんを食べ終える。予算は一五〇〇円強と値が張ったが、がつんと食べ応えのある昼食だった。
「満腹です。赤味噌をとことん、味わえました」
 ほぼ同時に、サフィトゥリも完食する。
「それじゃあ、行こっか」
「はい」
 口についた味噌をペーパーナプキンでぬぐって、透一とサフィトゥリは会計を済ませ店を後にした。
 今日もまた、透一は奢ることができず割り勘になった。


25.名古屋城とテレビ塔

 昼食後は、地下鉄を東山線から名城線に乗り換えて、名古屋城へと行く。
 市役所駅から降りて汗をぬぐいながら歩くこと五分、五層五階、約五十五メートルの天守閣の前に二人は立った。
「あれが有名な金の鯱ですか?」
「そう、一八七三年にウィーン万博にも出品されたやつな」
 透一は優雅に波打って重なる緑青の銅瓦の屋根に雌雄の一対の金の鯱が映える白壁の本丸を見上げながら、サフィトゥリに説明した。
 戦時中の大空襲の中でも焼けることなく奇跡に残った名古屋城は現存する天守閣の中でももっとも巨大なもので、大名古屋の誇りとしてランドマークになっていた。
 観覧チケットを買って急な階段を上がって中に入れば、当時の姿そのままの石垣や太い梁が見える。
 サフィトゥリは格子窓がはめられた廊下を歩きながら、武士が鉄砲を撃つために設けられた壁の穴を興味深げに見ていた。
「日本は平和を好む国だと思っていましたが、こういう戦闘的なものを積極的に観光資源にするんですね」
「確かに良く考えてみると、物騒な場所だ」
 日本を外側から見るサフィトゥリの視点に、透一は視野が広がったような気がして頷いた。近代の戦争と違って人が人を殺すことを忌避せずに語ることができるから、日本人は戦国時代が好きなのかもしれないとも、透一は思った。

名古屋城を一通り見ると、二人は今度は名城線で久屋大通駅へと移動した。行先はスタンダードに名古屋テレビ塔だ。
 透一は歩道を歩きながら、軽く名古屋の街並みについて説明した。
「この公園は元々は中央分離帯で、幅が一〇〇メートルの道路の真ん中に当たるって大学の授業で先生が言っとった」
「ああ道理で。無駄に広いよくわからないスペースだなと思ってました」
 延々と均一に並ぶ南北約二キロメートルの久屋大通公園の植樹を眺めて、サフィトゥリは納得した様子で歩いて行く。
 名古屋は江戸時代に徳川家康が名古屋城を築城した際に正方形に区画された碁盤割の城下町が作られ、さらにまた大正時代からも区画整備が頻繁に行われていたため、整然と整った町並みを持っている。
 特に戦後に行われた戦災復興土地区画整理事業は大規模なもので、久屋大通と若宮大通にある一〇〇メートル道路は車社会の到来を予期して設けられ、緑地帯と防火帯を兼ねた形で存在している。
(まあ平たく言うと、幅一〇〇メートルはちょっと広すぎて持て余し気味ってことだよな)
 透一とサフィトゥリは、一〇〇メートルの長さを実感しながら公園をついでに散策した。
 真夏日であるので、木陰の涼しさはありがたかった。
 テレビ塔は久屋大通公園の敷地内にある鉄骨組の電波塔であり、二人が見上げると白銀の塗装を日光に煌めかせて立っていた。高さは一八〇メートルで、東京タワーや通天閣よりも古い。
 受付で七五〇円を払い、地上一〇〇メートルの展望台に上がる。すると眼下には、雄大に久屋大通が横切る名古屋の街並みが広がった。
「高層ビルが少ないわりに、碁盤割の街並みは結構綺麗じゃないかと思っとるんだけど、サフィトゥリはどう?」
 透一は、展望室のガラスから名古屋を見下ろすサフィトゥリの横顔の様子を伺った。透一は貧乏というわけではないが、生まれてこの方日本から一歩も出たことがなく、パスポートも持ってない。
 サフィトゥリのようないろんな場所を知っていそうな外国の人が、名古屋を見下ろして面白いかどうかはわからない。
「今日は天気が良いから、どこまででも見えて良いですね。例えばあっちの方には、何があるんですか」
 ありがたいことにサフィトゥリは、眺めそのものはともかく街の造りには興味を持ってくれた。
「あっちにあるのは平和公園だな。一九八八年に名古屋オリンピックのメイン会場になった場所だ。俺は三、四歳だったからよく覚えてないけど、それはもう盛り上がったらしい」
 透一は、手すりの下部に置かれた案内板を見ながら答えた。
 名古屋が単なる地方都市から世界都市へと変貌していったのは、名古屋オリンピックがきっかけだったということになっている。
 家の食卓ではまだ名古屋オリンピックのマスコットキャラクターが描かれた皿が使われているし、父親の寝間着のTシャツは未だにそのロゴの入ったものであるので、名古屋オリンピックは透一にとって記憶はなくとも身近なものであった。
「じゃあ透一さんのお家の方向は?」
「ええっと、刈谷は名古屋の東だから……」
 サフィトゥリの深い紫色の瞳が透一の瞳と同じ方向を向き、同じように名古屋の街を見る。
(こういうのを確か、フッサールは相互主観って呼んだんだっけ)
 透一は窓ガラスをサフィトゥリと覗き込みながら、どこかで知った現象学の話を思い出していた。
 自分の横にいて同じ方向を見ている他者が、自分と同じことを考えているとは限らない。
 しかし、その他者が自分と同じ景色を見ていることは確かである。
 その体験の共有による同一性の中に、疑うことのできない超越、つまりこの世界は確かに存在するのだという確証がある。透一はそんな話を、大学の図書館で借りた本で読んだおぼえがあった。
(俺がこの景色を見ているように、サフィトゥリもこの景色を見ている。だから確かに、この景色はここにある)
 透一は自分のすぐ横にあるサフィトゥリの頬に、触れたわけではないのに温もりを感じる。透一は今このサフィトゥリと同じ眺めを分け合う瞬間が、お互いに手を絡めて口づけし合ったときの次くらいに、貴重なものであるように感じていた。


26.オアシス21

 テレビ塔を楽しんだ後、透一とサフィトゥリは隣のオアシス21のテイクアウトコーナーに座り、ファストフード店で買ったバニラシェイクを飲んで休憩をした。
 オアシス21というのは名古屋の栄にある宇宙船を模した独特の形をした建物で、吹き抜けの地下広場のあるバスターミナル兼商業施設だ。
 その地下広場をぐるりと一周するように、レストランやカフェ、雑貨屋などのテナントが入っている。
 夕暮れ時ということもあり、テイクアウトコーナーは以前昼時に来たときよりもすいていた。
「変わった形の建物ですね」
 サフィトゥリはガラス張りの水が流れる楕円の屋根を見上げて、その水が作り出す波紋を眺めていた。
 透一はオアシス21の近未来的なコンセプトを、サフィトゥリに軽く説明する。
「この広場は「銀河の広場」、あの屋根は「水の宇宙船」って名前がついとるからな。しかも夜にはライトアップされる」
「それはすごく、ポエティックなセンスですね」
 サフィトゥリにはそのネーミングが何故か面白かったようで、くすくすと笑っていた。
 しばらく二人は、談笑する。
 そして紙コップの中のシェイクを飲み干した透一は、ストローから口を離してサフィトゥリに今後の予定について提案した。
「最後にちょっと、豊明の二村山ってところに行ってみようと思っとるんだけどいいか? 夜景の名所らしいんだが」
「もちろん、ご一緒しますけれども……」
 サフィトゥリはそれまでと同じように微笑んだが、少し困ったように言い淀む。透一は、何か予感めいたものを感じた。
 そしてサフィトゥリは、おもむろに立ち上って振り返って言った。
「私を尾行してる人、もうそろそろ出て来てもらってもいいですか?」
 透一は、何が起きているのか漠然と把握しながらサフィトゥリの視線の方を見た。
 すると灰色のサマーコートを着た男が一人立ち上がり、帽子をとる。
 一瞬のうちに透一が想像した通り、男はアメリカ連合国陸軍のブレノン・ハドルストンだった。
「やっぱり、ばれてたか。美人でもちゃんとテロリストなんだな」
 ブレノンは帽子をとった頭をかいて、あまり残念そうではない様子でサフィトゥリの技量を認めた。
 サフィトゥリはブレノンの言葉を否定せず、ただ黙っていた。
 そしてブレノンは、サフィトゥリの隣の透一にも声をかける。
「透一、爆弾の隠し場所はまだ聞いてないよな?」
「……聞いてない」
 透一はただ椅子に座ったまま、正直に答えた。ブレノンの尾行を知らなかったことを、サフィトゥリに弁明する余裕もない。
 デートが始まる前には、もうそろそろサフィトゥリから何かを聞き出さないとテロが起きてしまうかもしれないと思っていたような気もする。
 だがいざ二人で名古屋をデートしてみると、透一はサフィトゥリと一緒にいることの楽しさに軍の協力者としての役割をすっかり忘れていた。
 ブレノンはまるでここでサフィトゥリが爆弾を作動させても全く困らなさそうな不用心さで、今度はサフィトゥリに直接尋ねる。
「そうか。じゃあサフィトゥリ、お前が直接教えてくれるか?」
「教えるわけ、ないじゃないですか」
 サフィトゥリはそう答えた瞬間、ふんわりとしたフレアスカートのポケットの中からやたら大きい拳銃を取り出してブレノンに向かって二、三発発砲した。
 日本じゃまずあまり聞くことのない大音量の銃声に、周辺の客から悲鳴が上がる。
 しかしブレノンは咄嗟に手近なテーブルを倒して盾にして退避し、難を逃れているようだった。
「透一さん、行きましょう」
「あ、ああ」
 サフィトゥリはブレノンが銃撃を避けて次の体勢に移る一瞬の隙をついて透一の手を握り、たまたまちょうど到着していた地上階へと上がるエレベーターの方へと駆け出す。
 透一はただ状況に流されるまま、サフィトゥリについて走る。
 ブレノンもサフィトゥリから一歩遅れて銃をショルダーホルスターから抜き、二人に向かって撃つ。サマーコートを軽やかに翻し軍用拳銃を構えるブレノンの姿は、洋画みたいで様になっていた。
 発砲の一撃目はちょうど、サフィトゥリの肩にかする。しかし二撃目は逸れて地面に当たり、透一とサフィトゥリは無事エレベーターに乗った。
「それ、大丈夫なのか?」
「別に死にはしないですよ。これくらい」
 サフィトゥリのシャツに染みだす血に、透一は狼狽え不安になった。
 しかしサフィトゥリはあっさりと心配は無用と言い切る。
 握った手が震えているのも、サフィトゥリではなく透一の方であった。
(本当の本当に、サフィトゥリはテロリストだったのか)
 反動がすごそうな大型拳銃を片手に、負傷しながらも涼しい顔で立つサフィトゥリを透一は夢見心地で見つめた。
 今までは、心のどこかではもしかしたらサフィトゥリがテロリストっていうのは勘違いか何かなのかもしれないと思っていた。
 だが突然現れた自分を尾行していた人間と銃を撃ち合うサフィトゥリの様子を見れば、透一はとうとう彼女がテロリストであることを認めざるをえなかった。
 エレベーターが地上の歩道に着くと、サフィトゥリは透一の手を握って引っ張り、素早く路肩に止めてあった車の方へと移動した。
 そして拳銃の柄のようなところを使って後部座席の窓ガラスを割り、運転席の鍵を開けてハンドル下の配線を繋ぎ合わせてエンジンをかけた。
「乗ってください」
「ああ」
 サフィトゥリが中から助手席のドアも開けたので、透一も座る。
 透一がドアを閉めた瞬間、サフィトゥリはかなりの急加速で発進した。
「豊明の二村山に行く予定だったんですよね。国道二二号線から先の道案内ってお願いできますか」
「地図入っとるから、できると思う」
 何事もなかったかのように道を尋ねるサフィトゥリに、透一はグローブボックスに車の持ち主が入れていた道路地図を取り出して答えた。
「じゃあ、大丈夫ですね」
 サフィトゥリは軽く一〇〇キロは超えるスピードで、軽々と他の車を避けてハンドルを捌いた。
 サフィトゥリの運転技術は高そうだったが、それでも透一は心臓が縮む思いで助手席にいた。


27.豊明市二村山

 サフィトゥリの凄まじい運転と透一の頼りない道案内の結果、二人の乗る車は豊明市の二村山に辿り着いた。
 豊明市は名古屋の隣町で、アジア最大の鉢物卸売市場のある自然豊かなベッドタウンだ。
 その豊明市の丘陵にある二村山は平安時代から街道沿いにある景勝地として数多くの和歌が詠まれてきた場所で、その展望台からは名古屋のある濃尾平野から西三河の岡崎平野、そして猿投山や御嶽山も見渡すことができる。
 駐車場に車を止めて降り、透一とサフィトゥリは山頂へと続く木々が鬱蒼と茂る薄暗い階段を上った。
 涼しくなった風が気持ちの良い、西の空の朱色が綺麗な夏の日没後である。
 山頂に着くと、展望台には誰もいなかった。
「豊明とは思えないほど、雰囲気あるな」
 夕焼けから夜空へと移り変わるグラデーションの広がる空が三百六十度に広がる山頂の景色を見ながら、透一は呟いた。
 地上には明かりが灯り始めた遠く小さな街の光が帯のように広がっており、幻想的な空気を作り出している。
「この絶景を二人占めって、贅沢ですね」
 サフィトゥリは日中一緒に名古屋を観光していたときとまったく変わらぬ様子で、透一の隣で微笑んでいた。先ほどブレノンに肩を撃たれていたはずだが、まるでアンドロイドか何かのように痛みを感じている素振りを見せない。
(本当に傷は大丈夫なんだろうか。まあ、俺に手当とかができるってわけでもないけど)
 透一はちらちらと横目でサフィトゥリを見て、不安を覚えた。
 夕暮れの風が、サフィトゥリのペイズリー柄のフレアスカートを揺らす。いつの間にか髪はほどけていたようで、黒髪は宵闇に溶けるように肩から背中へと流れていた。
「君はこの景色のどこかに、本当に万博を爆破するための爆弾を隠しているのか?」
 透一は恐るおそる、サフィトゥリに核心を尋ねた。
 それは本来何カ月も前に知る努力をするべき事柄だったけれども、透一は今になってやっとその問いに取り組んだ。
「そうですよ。場所は明かせませんけど」
 普段通りの優しい声で、サフィトゥリは答えた。
 そしてやはりちょっとは傷を負って体力を消耗しているのか、展望台のベンチに座る。
 透一はその隣に座り、顔を見ずに手を組んで問いかけた。
「俺には君のこと、何も明かしてもらえない?」
 サフィトゥリはしばらく黙っていた。透一に何を話すべきなのか、考えているようだった。
 そしてサフィトゥリは次第に星空めいてきた空を見上げて、ゆっくりと口を開いた。
「ここ最近、私はなぜ自分がテロをしてみたかったのか、本当の始まりは何なのか考えてたんです」
「うん。俺もそれ、ずっと気になっとった」
 透一もサフィトゥリの静かな調子に合わせて、ごく普通の雑談のように頷いた。
(っていうかテロって、してみたいって気持ちでやれるものなんだな)
 まずそもそもサフィトゥリが目指すテロリスト像というものがよくわからなかったが、透一はとりあえずはサフィトゥリの語ることを聞いてみようと思った。
「私の父親は傭兵みたいな仕事をしてた人らしいんです。ベトナムとかアフガンとかエルサルバドルとか、いろんなとこにいて。彼はテロリストだったって言う人もいます」
 サフィトゥリは少し寂しそうに、自分の父親について語り始める。
(傭兵でテロリストで、ベトナムにアフガンにエルサルバドルか。一体どんな人なんだろうな)
 透一は映画か青年漫画でしか聞かないような人物像に、自分とサフィトゥリの生きる世界の違いを実感する。
 他人に話すというよりは自分自身の想いをまとめるように、サフィトゥリは話し続けた。
「日記が一冊実家にあるだけで、私は実際には会ったことがありません。だから小さいころに父親のことが気になって、その残された日記読みました。だけど書いてあることは私には難しくて、結局全然何が書いてあるのかよくわかりませんでした」
 空に浮かぶ月を欲しがっていたらしい子供の頃のサフィトゥリの想像しながら、透一は彼女の涼やかに響く声に耳を傾けた。
 透一が西三河の車の製造会社に勤めるサラリーマンの息子として二十一年間生きてきたように、サフィトゥリはテロリスト兼傭兵の娘として同じくらいの時間を生きてきたのだ。
 そしてサフィトゥリは、自嘲気味に軽く笑って言った。
「それで何となくですが、テロリストって呼ばれるような人生を送ってみたら、父親が何を考えてたのか、わかる気がしたしたんですよね」
「お父さんが何を考えとったのか、今はわかるのか?」
「わかりませんよ。私はあの人にはなれませんから」
 透一が尋ねると、サフィトゥリは答えた。
 まだ万博会場でテロを起こすという目的を達成していないわりに、その横顔は妙に晴れ晴れとしていた。
「サフィトゥリ」
 透一はサフィトゥリの名前を呼んだ。
 サフィトゥリは不幸で可哀想な女の子ではないし、透一も本当の意味で不幸になったことは多分ない。
 だからこそ、不可能を突き詰めるサフィトゥリと、建前を受け入れるふりを続ける透一の違いは際立っていた。
 サフィトゥリは何も言わずに、透一の方を見た。笑みを浮かべることもやめてただ素の表情で、サフィトゥリは透一の反応を伺う。
(そういえば、社会学には分離と結合は紙一重っていう理論があったな。俺とサフィトゥリも多分、遠く離れた存在だからこそこうして惹かれ合う)
 透一はサフィトゥリと見つめ合い、その眼差しから逃れるように、サフィトゥリに口づけをした。
 夜風に少し冷えたサフィトゥリのくちびるが、熱くなった透一のくちびるとふれあう、それは長いキスだった。
 するとサフィトゥリは透一の肩を掴み、ベンチの上で透一を押し倒す形になった。ほどけたサフィトゥリの髪がさらさらと流れて、透一に影を落とす。
 サフィトゥリはさらに再びフレアスカートのポケットの中から大型拳銃を出して、透一の額に突きつける。
「私は、好きな人も殺せるくらいじゃないとテロしちゃいけないって思ってるんですよ」
 サフィトゥリはベンチの上で仰向けになっている透一の耳元に、そっと甘い声で囁いた。
「透一さんは、このまま私に殺されても構わないですか?」
 吐息のくすぐったさに、透一の身体はぞくりと震える。
 サフィトゥリは透一に銃を向け自分自身と透一を試すことで、世界を問い直していた。
 透一は暗い空の天辺を見ながら、サフィトゥリのあまりにも間接的すぎる好意を述べる言葉について考えた。
(もしかして今、サフィトゥリは俺のことが好きだと言ってくれたんだろうか)
 サフィトゥリの手の感触や身体に感じる重みに、透一は幸福な陶酔感を覚える。どんな形であれ、好きな異性に押し倒されて嫌なはずがない。
 しかし思考は妙にはっきりとしていて、サフィトゥリの問いへの答えはなめらかに口をついて出た。
「サフィトゥリ。俺はな、これまでの人生で一番喪失感を感じた瞬間が受験の失敗っていう小さい男だ。誰かの決めたことに従って生きるのが気楽な性分で、自分や他人の人生に責任を負いたくないし何も頑張りたくはない。でもそれなのに、そういう平凡で退屈な毎日に飽きてきとる」
 透一はまず、自分がどういう人間なのかを取り繕うことなく語った。こうしてまとめてみると、自分がろくでもない人間に思えてくる。
「俺はサフィトゥリのことが好きだし、自分じゃ何も決めたくない。だから俺は、サフィトゥリが決めた結果を受け入れる」
 透一は反撃を一ミリも考えることなく、額に銃口の冷たさを感じていた。
(様になることを言ってみたかったけど、口にしてみるとめちゃめちゃ格好悪いな……)
 透一はサフィトゥリに正直に思ったことを述べた。その結果透一は、あまりにも情けない実態を晒してしまう。
 自分の心臓の音を聞きながら、透一はサフィトゥリの反応を待った。
「透一さんって、やっぱり面白い人ですね」
 サフィトゥリは銃の構えは崩さず笑っていた。
 深紫色の瞳は優しく冷たく、透一の姿を映している。
 銃の扱いに慣れている様子からして、サフィトゥリはおそらくもう人を殺したことがあるだろう。多分誰が相手であっても、引き金を引くことは簡単なはずだ。
(でもとりあえずサフィトゥリに面白がってもらえて、俺は嬉しい)
 透一は自分のぬるい人生がサフィトゥリのおかげで熱を帯びたような気持ちで、サフィトゥリの彫りの深い端整な顔を見つめた。空っぽだった心の奥を埋めてもらえたような、そんな気分である。
 ここで死んでも良いと言うのは、冗談ではなく本気だった。
 なぜなら透一は長いものに巻かれて生きてきた、度を超えて受け身な人間である。審判をサフィトゥリに任せてしまえるなら、それほど気が楽なことはなかった。
 そしてサフィトゥリは表情を少しも変えることなく、引き金を引いた。
 銃声が鳴る。
 しかし銃口は逸れていて、透一には当たらず山のどこかへ飛んでいった。
「これが答えなのか?」
 透一は尋ねた。
「はい。私は、この大名古屋とその万博に壊すべき価値を見いだせなかったので、テロをするのはやめます」
 ゆっくりと銃をしまいながら、サフィトゥリは答える。
 朗らかなのに淡々とした調子の声が、静かな展望台に響いた。
「でもこの街に隠した爆弾はそのままにしておきます。将来この街が私が壊すべきだと思ったときには改めてテロをしに来ますので、そのときはよろしくお願いします」
 そう言って、サフィトゥリは銃を仕舞って立ち上がった。彼女の決断は、実にあっさりとしたものだった。
 体が自由になってしまった透一は、起き上がってサフィトゥリに手を伸ばした。
 サフィトゥリはその透一の手のひらに自分の手のひらを合わせて、微笑んだ。これが最後だと、目が語る。
 大学生とテロリストとして、二人は向かい合っていた。
 透一はサフィトゥリに呼び掛ける。
「それならまた、俺はサフィトゥリと会えるのか?」
「会えるかどうかはわかりません。でも私は見ていますよ。この名古屋という街を」
 サフィトゥリは透一に、一切期待させずに言い放つ。
 それが、サフィトゥリの別れの言葉だった。
 サフィトゥリは透一から手を離して背を向けて、階段を降りて去っていた。
 黒髪のなびく後ろ姿は暗闇の中へと消えていき、足音は遠ざかる。
 透一は何も言えないまま、ベンチに座りこんだ。透一に残されたのは、服についたサフィトゥリの血だけである。
(名古屋に壊す価値がないってことは、俺も殺す価値がないってことだよな)
 一人星空の下に残されて、透一はため息をついてサフィトゥリの発言を振り返った。
 彼女が彼女の目指すテロリストになるには、本来透一の一人や二人殺さなきゃいけないはずである。
 しかしサフィトゥリは、透一を殺しても自分が手を汚すのに見合った結果が得られない気がしたのだろう。
 あっさりと死を受け入れる透一を殺しても、サフィトゥリは自らをテロリストたらしめるであろう業は背負えない。
(サフィトゥリの決めたことなら何でも受け入れられると思っとったけど、いざ殺してもらえないと辛いわ)
 透一は展望台から、遠い名古屋の街の光を見た。やたら良い眺めを一人で見ると、寂しさが増す。
 大なり小なりサフィトゥリが、透一のことを好きでいてくれていたのは確かなことである。
 だからこそ透一はサフィトゥリに試してもらえたし、迷ってもらえた。
 しかし本当にサフィトゥリが透一のことを好きなら、本当に殺してもらえていたはずである。
 もしかするとここが東京だったなら、結果は違ったのかもしれない。大名古屋は一見すると栄えているように見えても、やはり単なる地方都市だったということだろうか。
 透一も、大名古屋万博も、大名古屋も、愛知県も、テロリストの彼女にとって本当に価値のある大切なものにはなれなかった。
(多分俺はこの先、憎まれもしないけど愛されもしない人生を送るんだろうな)
 サフィトゥリに爆破されることなく明日も変わらず輝き続けるであろう名古屋の街を、透一は見つめた。
 何も起きないまま終わるのが、この街にふさわしい結末なのだ。


28.裏万博会場2

 二〇〇五年八月九日、火曜日、朝。
 透一は二村山でサフィトゥリに去られた後、アメリカ連合国陸軍に連行されあの万博会場の裏の駐屯地にいた。
 家には一晩帰っていないが、母親にはメールで連絡をしたため心配はされていないだろう。
「それで、彼女は最後になんて言ったんだ?」
 ホワイトボードと会議机が置かれた大学とそこまで雰囲気が変わらない一室で、ブレノンは透一に尋ねる。
 今日のブレノンは夏季略装の軍服を着ていて、透一と机を挟んで立っていた。
 薄手の灰色の布で仕立てられた軍服は涼しげで、地味な色合いがブレノンの金髪碧眼の美丈夫ぶりを際立てている。
 その姿を見てやっと、透一は彼が本当に軍人なのだと認識した。
 一応、これも取調べだ。
「また気が向いたらテロしに戻って来るそうです。また会えるかどうかはわからないけど、名古屋のこれからは見ているから、と」
 朝食用にともらったパンとバナナを食べながら、透一は答えた。
 食事だけではなく、透一は汚れた服の替えも借りていた。
 洗濯して全てが元通りになったらサフィトゥリといた時間が全て夢になってしまうような気がしたので、透一は服の血はそのまま持って帰る予定でいた。
「そうか。君は振られたのか」
 ブレノンは気の毒そうに、透一を見た。
 同情するのと同時に、ブレノン自身もサフィトゥリがテロをせずに去ってしまったことを残念がっているように見える。
(この人はそんなに見たかったのか。万博が爆発するところ)
 透一は同情されたくはなかったし、ブレノンに共感するつもりもなかった。
 しかしサフィトゥリについて全てを語れるのはブレノンだけであるので、ブレノンがこうして仕事でも話を聞いてくれるのはありがたいことだと思う。
「そういえば、あのオアシス21での騒ぎは、どうなったんですか?」
「新作スパイ映画のプロモーションということにしておいた。君のことは何も知られていないから、安心してくれ」
 透一がふとサフィトゥリとブレノンの銃撃戦を思い出して尋ねると、ブレノンは親指を立てた。
 事件の当事者として注目されたいわけではないが、まったく何も気にされないのも透一は少し寂しい気がした。
「しかし周りの人間に怪我人はいなかったが、彼女の肩の傷の方は大丈夫そうだったか?」
 ブレノンにも多少は他人を思い遣る気持ちがあったようで、自分の銃撃の結果を気にする素振りを一応見せる。
「俺が見る限りは平気そうでしたよ」
「それなら、良かった」
 ほとんど怪我人らしさのなかったサフィトゥリの去り際を脳裏に浮かべながら、透一は答えた。
 ブレノンはそこまで気にしてもいなかった様子で、立ち上がって窓の空を見た。
 窓の空は曇天であったが、万博会場は夏休み期間に入りおそらく満員御礼だろう。


29.大名古屋万博閉会

 二〇〇五年九月二十五日。
 台風一七号の直撃を免れた、まぶしい晴天の日。
 大名古屋万博、通称大名古屋万博は大好評のうちに閉幕した。
 最終日には、約二四万人もの人々が会場に押しかけ、広場は大勢の人で埋め尽くされた。
 閉会の式典は会場の最奥にあるEXPOドームで行われ、会場は日本の秋を代表する花であるコスモスによって赤紫色に彩られていた。
 その様子を、透一はアルバイト先のレストランの休憩室に置いてあるモニターで見ていた。
「次のバイト探さんとな、透一」
 隣で同じようにモニターを見ている直樹が、頬杖をついて透一に言う。
「ああそうだな。俺はもう飲食店は飽きたから、次はスーパーの品出しとかにしようかと思っとる」
「じゃあ俺はコンビニあたりにしよっかな」
 二人は万博が終わることの感慨にふけながらも、次のアルバイト先について考える。
 所帯じみた会話とは対照的に、モニターの中の式典は総理大臣や愛知県知事、国内外の賓客など、約二五〇〇人が集まる盛大なものだった。
 陸上自衛隊の音楽隊のファンファーレに、飾緒風の紐飾りがついた制服が華やかな儀礼隊による国旗掲揚、オーケストラを伴奏とする少年合唱団参加の国歌斉唱など、豪華な雰囲気で式典は進む。
 最後に次の認定博の会場であるスペインのサラゴサ市の市長に、万博の旗が渡されて式典は終わった。
 厳かな式典の終了後は、芸能人や歌手も参加するメッセージイベントが行われた。
「公式イメージソングなんてあったんだな。初めて聞いたわ」
 有名バンドのキーボードの人がピアノを大仰に弾く映像を見ながら、直樹がつぶやく。
 透一もまたその曲を聞いたのは初めてだったが、思ったよりも良いバラードであった。
 その演奏に合わせて、各国のパビリオンのスタッフや地元の小中学生が万国旗を振りながら登場し、すべての参加国名と国際機関名を読み上げる。
 またステージ上にはマスコットキャラクターの着ぐるみがカラーバリエーション付きで何体も現れ、大きな歓声を集めていた。
(最後に爆発させるなら今しかないと思うんだけど、それもないか)
 透一は自分とサフィトゥリを結ぶ万博が終わりつつあることに、一抹の寂しさを感じる。
 イベントは最後に有名な子役の少年が「あすの地球のために約束しよう」と手話付きで述べ、会場の出席者全員がその言葉を復唱して終わった。
 夜には、愛・地球広場やパビリオンでは、パーティーが開かれる。
 そしてパーティーも終わった最後の最後には、一二一カ国、四国際機関の国旗降納のセレモニーが行われる予定だ。
「まあ万博って、思っとったよりも悪いものじゃなかったよな」
 モニターの電源を切って、直樹は透一の方を見て言った。
 透一がサフィトゥリの話をしないので、直樹もまたサフィトゥリについて尋ねることはない。そうした直樹の詮索を好まない性質に感謝して、透一は頷く。
「ああ。俺も多分、一生モノの経験できたわ」
 そして、二人はシフトに戻った。


30.論文執筆

(だいたい、こんな感じの内容かな)
 二〇〇六年九月二十二日、金曜日、夜八時過ぎ。
 大学四年生となり卒業論文の執筆に手をつけ始めた透一は、自室の勉強机でPCのキーボードを打ち、論文の構想を練っていた。
 テーマはあの、大名古屋万博についてだ。
 大名古屋万博の閉幕から約一年。
 九月十六日から九月二十五日の名古屋ではちょうど、大名古屋万博閉幕一周年記念事業として数々のイベントが行われている。
 透一も卒論の内容を膨らませるために、いくつかのイベントには出掛けていた。
 今日もマスコットキャラクターの着ぐるみミュージカルを金山の市民会館で見て帰ってきたところだ。
 膨大なグッズの売り上げを生み出した深緑と黄緑のマスコットキャラクターは、今や大名古屋万博の立派なレガシーである。
 そのマスコットキャラクターによるミュージカルの上演となれば満員御礼で、市民会館にやって来た人びとは子供も大人も楽しんでいた。
(いやでも本当に、大名古屋万博って地元人気高かったよな)
 卒論執筆にあたり透一は、地元の図書館に大名古屋万博のガイドブックやパンフレット、公式記録を借りに行った。
 貸し出しの受付の女性に大名古屋万博の本を渡すと、女性は笑顔の貸し出し処理をしてこう言った。
「大名古屋万博楽しかったですよね。もう一年も前になるんですか」
 見ず知らずの透一にもこう話しかけてくるのだ。やはり、大名古屋万博は愛されている。
 そして透一も、万博があったからこそサフィトゥリに出会えたことに感謝していた。
 サフィトゥリは結局テロせずに去るほどには、大名古屋万博に価値を見出してはいなかった。多分、彼女にとっては大名古屋万博はいわゆる愛知だけ万博だし、理念もそう興味を持っていなかった。
 しかし、透一との出会いはせめてサフィトゥリにとっても悪くはないものだったと信じたい。
 透一はそう思いながら、新聞記事をファイルに戻して再びPCでの作業に戻った。


31.大名古屋の未来

 二〇二七年十二月十九日、日曜日、午後二時。
 めでたくリニア中央新幹線の東京・名古屋間が開通した年の年末。
 透一は笹島の映画館で新作のアメコミ映画を見るために、直樹と二人で名古屋駅の新しいビルの前を歩いていた。
「この通りも、大分雰囲気が変わっとるな」
「ビルを通り過ぎて笹島に着くと、そんなに変わっとらんけどな」
 きょろきょろとあたりを見回す透一を、直樹が見て笑う。
 名鉄や近鉄などのビルが合体してできた新しい名古屋駅のビルは全長四〇〇メートル、高さ一八〇メートルにもなる巨大な白い壁のような巨大建築である。高さを誇るビルは数多いが、横の長さで最長を目指すビルは珍しい。
 開業して一年もたっていないこともあり、クリスマスムードのディスプレイが施されたショーウィンドウがずらりと並ぶ通りはめかしこんだ老若男女でいっぱいだった。
「二〇二七年にリニア開通ってめちゃめちゃ未来の話だと思っとったけど、案外すぐに来たよな」
「な。俺らも老けるはずだわ」
 コートの襟を詰めながら、直樹が白く息を吐きながら話す。
 透一もジャケットのポケットの中の使い捨てカイロを手で探りながら、頷いた。
 大名古屋万博のころは大学生だった透一と直樹も、今では四十を過ぎた若くはない中年のサラリーマンである。
 透一は地元三河の製造業の中小企業に就職し、海外に出張する機会もなく未だに日本から一歩も出たことがない人生を送っている。
 二〇〇五年から二〇二七年まで約二十二年。
 大不況に大震災、異常気象にパンデミック。
 この世の終わりのように暗いニュースが数多くあったが、透一はごく平凡な人生を送り続けているし、人類が滅亡する気配も今のところはない。
 歴史を紐解けば、どの国のどんな時代の歴史にも災難はつきものである。
 災難の原因に地球温暖化やグローバル化などといったそれらしい言葉を据えて現代を特別困難な時代にしようとする論者は絶えず現れるが、実際のところはいつだって人類は自分たちが一番不幸だと思って生きてきた。
(だけどそれでもまだ名古屋は、多分幸せな方なのだろうな)
 透一は道行く人々の清潔さや表情の明るさを見て思う。
 大名古屋では世界都市らしく常に大工事が行われ、古いものは新しいものへと建て替えられて置き換わる。
 大名古屋万博の会場だった場所はマスコットキャラクターの名前を冠した公園となり、さらには近年また新たに国民的アニメシリーズをモチーフとしたテーマパークが作られた。
 二〇一一年のアナログ放送の終了とともに電波塔ではなくなったテレビ塔は今では高級ホテルとなり、名古屋城の周辺ではさらなる観光開発が進んでいる。
 大名古屋の発展は、留まるところを知らないようだ。
 しかし透一はあの大名古屋万博で出会った彼女――サフィトゥリと、再び会えてはいない。
 おそらく名古屋は、未だに爆破される価値のない街なのだ。


【参考文献】

  • アパデュライ,アルジュン(門田健一訳)、2004[1996]、『さまよえる近代―グローバル化の文化研究』平凡社

  • アンダーソン,ベネディクト(白石隆・白石さや訳)、1987[1983]、『想像の共同体: ナショナリズムの起源と流行』リブロポート

  • 一般財団法人地球産業文化研究所、「愛・地球博公式ウェブサイト」、http://www.expo2005.or.jp/jp/

  • 遠藤英樹、2007、『ガイドブック的! 観光社会学の歩き方』春風社

  • 大澤真幸、2019、『社会学史』講談社

  • 加藤晴明・岡田朋之・小川明子編、2006、『私の愛した地球博 : 大名古屋万博2204万人の物語』リベルタ出版

  • カミンズ,ニール・F、1999[1993]、『もしも月がなかったら―ありえたかもしれない地球への10の旅』東京書籍

  • サイード,エドワード(今沢紀子訳)、1986[1978]、『オリエンタリズム』平凡社

  • ジンメル,ゲオルク(鈴木直訳)、1999[1909]、「橋と扉」『ジンメル・コレクション』筑摩書房、89-100

  • J guide magazine、2005、『愛・地球博完全攻略マップ&ガイド』 山と溪谷社

  • 中村豊、2004、『メンタルマップの現象学』古今書院

  • 2005年日本国際博覧会協会、2006、『2005年日本国際博覧会公式記録』

  • 2005年日本国際博覧会協会、2006、『2005年日本国際博覧会公式記録写真集』

  • 2005年日本国際博覧会協会、2005、『愛・地球博公式ガイドブック』ぴあ

  • 橋爪 紳也、2005、『万国びっくり博覧会―万博を100倍楽しむ本』大和書房

  • 平野暁臣、2016、『万博の歴史:大阪万博はなぜ最強たり得たのか』小学館

  • 三上剛史、2013、『社会学的ディアボリズム―リスク社会の個人―』学文社

  • 吉田光邦、1985、『万国博覧会 : その歴史と役割』 日本放送出版協会

  • 吉田光邦編 、1985、『図説万国博覧会史 : 1851-1942』 思文閣出版

  • ルーマン,ニクラス(佐藤勉・村中知子)、2005[1982]、『情熱としての愛 親密さのコード化』木鐸社

  • ワンダーライフスペシャル、2005、『愛・地球博公式ガイドブックジュニア版』小学館



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名瀬口にぼし🍳
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