メトロ、オールバック、フルフェイス、ヘッドホン(1/16)
注)本文中の()内は、初出における、直前の語のルビ標記です。
意味があります。
これから大林(おおばやし)がここにやって来る。そのことを、直嶋はもう一度考えてみた。大林(おおばやし)をここに呼んでしまって、いいんだろうか。というか、大林(おおばやし)にここに来てほしいんだろうか。と、直嶋は考えただろうか。
「ごめんね! ほんとに」
「あ、はい! 大丈夫ですよ。それに、そんな時間かからないんですよね?」
「うん、十五分とちょっとくらい」
ともかく先に謝っておいた。その返事を聞いて、やっぱり断れないよな、と直嶋は思っただろうか。しかし事実は、どうせ断ることはできないという直嶋の確信の通り、後輩の男子はそれを断ることができなかった、というところに落ち着いたらしかった。
事実は?
大林(おおばやし)が店に入ってくるのが見えた。奥に座っている直嶋を見つけて、笑っている。直嶋に向かって「大丈夫なん?」と口の動きだけで訊いて、彼の前に座っている後輩たちの背中を指した。隣に座っていた後輩にどいてもらってシート席から立ち上がり、直嶋はカウンターに並ぶ大林(おおばやし)のもとに歩いていった。
「あれが直嶋のサークルの後輩たち?」
「そうそう、いまちょうど運よく休憩時間になったからさ」
「あーまじか。いやほんとゴメンね、急に」
「オーケーオーケー、三十分くらいでいいんでしょ?」
「そうだね、たぶん。後半はまた性格診断みたいなやつだと思うから」
「Wi‐Fiは俺が持ってるやつあるから使って」
「わかった、いやほんと申し訳ないわ」
「むしろよくこんな早く来れたね、五反田」
「佐々木さんがさ、ちょうど五反田住みなんだわ」
「なんだ。それで、髪ぼさぼさな訳ね」直嶋は大林(おおばやし)の髪の辺りを見て笑った。
「いやー、ほんとまじ運いいし、まじで申し訳ない。え、なんか俺からも挨拶とかした方がいい?」
「いやいや、いい、いい。さっさと始めちゃおう」
「おっけ。じゃあ、これ持ってってもらっていい?」と言って直嶋にカバンを渡した。
「うん、じゃあそこの席で。勝手にパソコン出しちゃうよ」
「おーけー」
直嶋は大林(おおばやし)のカバンを持って、入り口近くにあった二人用の丸テーブルについた。中から大林(おおばやし)のノートパソコンを取り出し、上着のポケットに入れておいたWi-Fiルーターを起動させる。三年生の女の子二人が、彼の前を通って大林(おおばやし)の後ろに並んだ。視線が少しあった気がする。午前中の新歓(しんかん)にはいなかった二人だ。挨拶がない。
「こんなか暑いね」コーヒーを持ってきた大林(おおばやし)が言った。「待って、パスワード入れるわ」
「今日はめっちゃあったかい。もう桜もガンガン咲き始めてるよ」
「もうそのページまで飛んじゃうね」
二人の後輩がまた直嶋の前を通る。直嶋たちの方を見て、それから「お久しぶりですー」と挨拶してくれた。直嶋も「うん、どうもどうも」と言って手を振ってあげる。
「え、これ俺の説明しなくていいの?」と大林(おおばやし)がまた笑いながら訊いてきたが、直嶋は「大丈夫、今日の責任者のやつにはもう説明したから」と答えた。
「そっか。じゃあ、これお願いします」
「はーい」直嶋がそう言って今回のウェブテストの説明文を読んでいるあいだ、大林(おおばやし)は店内を改めて見回している。
「へ~、こうやって新歓(しんかん)すんだね。うちとは全然違うわ」
「そうねえ。ここが女子の大学のすぐ近くだから」
「この店で、来た新入生に声かけるの?」
「いや、ここから歩いて二分くらいのところに校門があって、そことかで声かけて、うちのサークルの話聞いてくれるってなったらここに連れてきて、って感じ」
「なんでハンバーガー屋?」
「特に理由はないよ。駅と学校の間にあるから」
「ここに一女(いちじょ)が来ちゃうのか~」
「いま俺たち休憩中だから一女(いちじょ)は来ないし、来てもお前が話しかけたらさすがにダメだけどね」
「あそこにいる男子たちはみんな東大でしょ? 女の子はこっちの女子大で」
「そう。だから正直あいつらにこれやらせた方が絶対成績良いね。受験からそんな時間経ってないし」
「いやいや、ここはやっぱ昔からの友達にやってもらわないと」
「最初にやったやつと同じタイプだよね、これ」
「うん、そうだと思う」
「了解、じゃあさっさと」
「いつまで休憩?」
「三時半くらいだって。だからほんとあとちょうど三十分かな。オーバーしたらきついわ。ちょっと確認してくるけど」そう言って、直嶋は奥のシートの、今日の新歓(しんかん)活動の責任者をやっている後輩のところに一度戻った。