次に訪れる新たな前提 〜「世界中のシステムが繋がっていて当たり前」の未来〜

LayerX 執行役員の中村龍矢です。ブロックチェーン技術の研究開発をして、論文執筆OSS開発をしたり、そこで得られた技術や知見を案件に応用していく、ということをやっています。本業以外では、今年度のIPA 未踏IT人材発掘・育成事業に採択していただき、ブロックチェーンのスケーリング技術に関するプロジェクトを進めています。

今回は、僕がLayerXや未踏での研究開発を通して実現したいことについて書こうと思います。といっても、技術的に細かいことを説明するというより、こんな未来が実現したらいいな、という直感的なイメージを伝えられたら嬉しいです。

今日のデジタル

私たちは毎日、色々なIT技術を使っています。最近ではデジタル化やDXというワードが広がってきて、電子契約やクラウド会計、モバイルバンキングなど、生活は日々便利になっています。

それでもまだ、直感に反する不便なことはたくさんあります。例えば、僕が不便に感じているのは、確定申告です。昨年ふるさと納税をしたのですが、魅力的な返礼品に気分が上がって寄付先を分散させすぎた結果、確定申告システム (e-Tax) に金額を手入力するのが非常に大変でした。(5自治体までの寄付であればワンストップ特例制度というのもあるようですが、こちらは自治体それぞれに郵送で申請書を送る必要があって面倒そう。。。)

ふるさと納税サイトで寄付先を選んで、クレジットカードで決済して、e-Taxで確定申告したので、一応一つ一つの作業はデジタル化されていました。しかし、これらは全て別のシステムであり、システムをまたいだ作業はまだまだ大変なのです。

似たような話は他にもたくさんある思います。最近だと、新型コロナの経済対策の10万円給付でしょうか。オンライン申請はできるようですが、給付はまだまだ時間がかかっているようです。マイナンバーカードのシステムと、銀行のシステムをまたぐロジックの実現は簡単ではないのかもしれません。

個人が感じる不便だけではありません。例えば企業において、「契約を締結して、請求書を発行して、お金を振りこみ、会計システムに反映する」という一般的な業務でさえ、SaaSやERPなどのシステムをまたぐ度に手作業が必要だったりします。
このあたりは、先日LayerX代表の福島が書いたnoteに詳しく書かれています。

デジタル化により、以前紙でやりとりしていた情報が電子化され、業務の一部がシステム上で行われるという変化は起きていますが、それらはまだ分離されてしまっているのです。

システムが乗るシステム

では、ブロックチェーンが存在する場合にどうなるのか考えてみましょう。
ブロックチェーンというのは広い言葉で、色々な説明の仕方がありますが、ここでは「システムが乗るシステム」を実現するもの、というイメージを持ってください。ブロックチェーンの上には、システムのロジック(モノを買う、送金する、納税する、etc.)とデータ(お金の残高、ID)を乗せることができます。

ふるさと納税と確定申告の例に戻ってみましょう。
ふるさと納税をするシステム、送金システム、税務署のシステムが三つともブロックチェーン上に乗っているとします。これらのシステムはお互いのロジックとデータを参照でき、システムをまたいだロジックを実装することができます。よって、「寄付先と返礼品を選ぶ」「寄付金を自分の口座から送金する」「納税時に寄付額を控除する」という処理は、一つの完結したロジックにすることができます。ロジックが実装されることにより、利用者にとっては「寄付をしたら終わり」で、後は利用者には見えないところで勝手に実行されます。

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ブロックチェーンを使わずとも、APIを開放するなどして、システム同士を接続して解決する方法もあるでしょう。しかし、僕はシステムをツギハギして後から問題解決をしたいのではなくて、システムが同じシステムに乗ることが当たり前になり、システム連携という問題が初めから存在しないようにしたいのです。現状だと、サービス・プロダクトが連携することは当たり前ではないので、ある種付加価値・差別化になっています(クラウド会計などは銀行口座やクレカと連携してくれて便利ですよね)が、ここがコモディティ化していけば、世の中はもっと便利になるのではと思っています。

「システムが乗るシステム」には、インターネットと同じような強いネットワーク効果があります。例えば今、ECサイトを作りたい人が、インターネットを使わずに、自分たちで顧客と直接回線を繋ぐでしょうか?誰もそんなことはしないでしょう。みんなが既に使っているインターネットに乗っかる方が圧倒的に簡単だからです。同様に、既に色々なシステムが同じインフラに乗っていて、それらが相互に結合している世界では、新しくシステムを作るときも、デファクトなインフラに乗せる方が便利です。人々の経済活動を支える様々なシステムが乗っかれば、そもそも確定申告という概念がなくなるかもしれません。もちろんデファクトになるまでは「誰かが乗らないと他の人/システムも乗る意味がない」という鶏卵問題がありますが、これはインターネットも乗り越えてきたものです。システムが結合するメリットは強烈で、一度始まったら不可逆な流れとなるでしょう。

このような「システムが乗るシステム」を実現する方法はブロックチェーンだけではなく、他の良い技術に取って代わられる可能性はあります。僕はここはフラットに考えています。とはいえ、ブロックチェーンにはインフラとして都合の良い性質が備わっており、有力な候補だと思っています。具体的にどんな性質なのかや、他の技術との近いなどは、普段の仕事では詳細な議論をするのですが、かなり長くなってしまうので、また別の機会に書こうと思います。

インフラ運営のあり方とパブリックチェーン

ところで、「システムが乗るシステム」は、誰がどのように運営するのでしょうか?

公共性が高いインフラなので、国が税金で運営するのかもしれません。既に似たような話として、中央銀行が発行するデジタル通貨 (CBDC) をブロックチェーン上で発行してはどうか、ということが、中国をはじめいくつかの国で検討されています。ブロックチェーン上で徴税などが行いやすいなら、国が運営するメリットはありそうです。

また、インターネットと同じようになるのでは?という考え方もあるでしょう。そもそもブロックチェーンはインターネットの上で成り立っていますし、インターネットを支える企業や組織が、今の仕事の延長で運営していくかもしれません。インターネットサービスプロバイダのようにユーザーが直接利用料を払ったり、GoogleやFacebookのように無料で使えるが、別の場所でマネタイズする形もありえます。

ところが、国が税金で運営したり、企業がビジネスをしながら運営するインフラには、少し懸念点があります。それは、「用途に制限がつくかもしれない」ことです。国も企業も、ブロックチェーンが自分たちにメリットのない使われ方をされては、運営コストを払う意味がなくなります。

結果的に、ブロックチェーンの用途や利用者を自分たちに経済合理性があるものだけに制限する可能性があります。これは、インフラとしては非常に問題です。乗っかっているシステムの種類が少なくなれば、前述したネットワーク効果も非常に小さくなってしまいます。インターネットで送れる情報が犬の画像だけだったら全くつまらないでしょう。

このような問題を解決する可能性を秘めているのが、BitcoinやEthereumに代表される、パブリックチェーンです。BitcoinやEthereumは、独自の「暗号通貨」(実体は単なるデータです)を管理しています。そして、ブロックチェーンの運営に貢献している人は、その報酬として暗号通貨を受け取ることができます(いわゆるマイニングです)。

この仕組みの興味深い点は、特定のブロックチェーンの用途に依存していないところです。Bitcoinは約11年、Ethereumは約5年も稼働し続けていますが、運営参加者たちのインセンティブは、基本的に暗号通貨を得て儲けることだけです。したがって、前述のような、運営者側が用途を制限するようなことは基本的には起きていません。

暗号通貨によるインセンティブ設計のみで今後も持続可能なのかは未知数です。将来的には、前述した国や企業が運営する方式などと複雑にミックスされた形になるかもしれません。いずれにせよ、インフラとしてのブロックチェーンの運営のあり方は、これ自体が大きな研究テーマなのです。

パブリックチェーンというと「銀行が潰れても暗号通貨はなくならない」「GAFAや政府に占領されない」などと過激な宣伝がされがちです。これらは興味深くはありますが、本質ではないと思っています。僕の中ではむしろ、「システムが乗るシステム」というインフラを、柔軟性を損なわずに持続的に運営するためのアプローチの一つという捉え方をしています。

残る技術課題と僕たちが研究していること

ここまで紹介したような社会のインフラになるには、ブロックチェーンはもっと技術的に成長する必要があります。

まず、大前提として、色々な故障や攻撃に強いこと、つまりセキュリティが大事です。次に、ブロックチェーンは処理速度が遅いとか、データをあまり乗せられない、などと言われたりするように、スケーラビリティを改善する必要があります。さらに、ブロックチェーンに単純にデータを乗せてしまうと、個人情報や企業間の取引の情報などの大切な情報が他者に見えてしまうため、プライバシーの問題もあります。

僕がLayerX・未踏での研究開発で目指しているのは、これらの問題を解決することです。セキュリティ関連では、プロトコルの安全性を数学的に検証する研究をしたり、それを応用してEthereumの仕様策定に貢献したりしました。スケーラビリティ関連では、その解決策の一つであるシャーディング技術を研究していて、論文を発表したり、今回採択していただいた未踏でも取り組む予定です。プライバシー関連では、ちょうど先日、LayerXの研究チームから「Anonify」というモジュールを発表しました。

どれも難しい問題ですが、個人的には楽観視しています。それぞれ問題として形式化されていて、解決策もいくつか方向性があり、世界中で研究されていて、徐々に成果が生まれています。ドラえもんを作るとか火星に移住するといったレベルの話ではなく、我々が日々コツコツと研究開発していけば実現できると思っています。

おわりに

手垢のついた言い回しですが、インターネットが普及する前に、今日のインターネットで我々がやっていることを全て想像できた人はいないでしょう。「世界中の人々が繋がってて当たり前」と、人類の生活の「前提が変わった」ことで、技術を作った当人たちですら思いつかない様々なモノが誕生しました。次に訪れる新たな前提は、「世界中のシステムが繋がっていて当たり前」ということかもしれません。きっと僕たちの想像もつかない、色々なアプリケーションやビジネスが誕生するでしょう。その日に向けて、粛々と研究やビジネスを進めて行きたいと思っています。

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