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【第3回インタビュー】発達・知的障害のある青年の余暇活動グループ「プチ冒険倶楽部」のクライミング部

 今回は、発達・知的障害のある青年たちの余暇活動でクライミングを取り入れている団体「プチ冒険倶楽部」の活動やクライミングを取り入れ始めた経緯・想い等について、代表の野口和行さん(通称なんちゃん・慶應義塾大学 体育研究所 教授)におうかがいしました。

野口和行さん(プロフィール)
・慶應義塾大学 体育研究所 教授
・専門は野外教育、レクリエーション
・2011年 プチ冒険倶楽部設立
・2009~2010年 アメリカ・ノースカロライナ州で発達障害のある人たちを対象としたキャンプ・野外活動に関する研究と研修を行う

■プチ冒険倶楽部とは(ホームページより)
プチ冒険倶楽部のMISSION ー果たすべき使命ー
心身の障がいやその他の要因でさまざまな支援を必要とする人々に対して、自然の中での楽しい活動や、チャレンジの必要な活動を通して、その人の持っている可能性を広げ、すべての人がその個性に応じて自分らしく生きていくことができる社会の実現を目指します。
2011年から活動を開始、発達障害のある子どもたちを対象としたキャンプや冒険プログラムを行っています。


聞き手:モンキーマジック木本
話し手:プチ冒険倶楽部代表 野口和行さん(以下、なんちゃん)

*聞き手の木本は、プチ冒険倶楽部のクライミング部の指導を担当

プチ冒険倶楽部でクライミング部を開始した経緯

木本:プチ冒険倶楽部でクライミング部を開始した経緯を教えてください。

なんちゃん:2011年にプチ冒険倶楽部を立上げ、毎年夏休みに小学4年生~高校生を対象にキッズキャンプを開催してきました。
キャンプを行う施設にクライミング壁のある施設があり、キャンプの一つの活動としてクライミング体験を何度か行ったところ、クライミングを楽しそうにしていたメンバーが何人かいたので、2014年の3月に試しに日帰りプログラムとして数人を対象に街中でのクライミングジムでクライミングを行いました。

キッズキャンプは高校3年生でキャンプの卒業を迎えます。
2018年から卒業生が出始め、卒業後の皆の話を親御さんから聞くと、社会人になって余暇活動の機会がなくなり、運動の機会や仲間と集う場がなくなってしまった、と耳にしました。

そこで「新たに卒業生向けに余暇プログラムをいくつか準備し、興味のあるものに参加してもらったらどうか」と考えてプチ冒険倶楽部内の青年向け部活動を2018年に開始しました。
その一つの活動が「クライミング」です。

部活動は4~5名程度を定員として、クライミング部の他には、登山部、キャンプ部、スキー部、マリン部などが発足しました。
とは言え、その時はクライミング部も他の部活も年に3回程度。
コロナ禍がやってきて活動もお休みする期間がありましたが、2023年からクライミング部は年に8回ずつ行って今に至ります。
※プチ冒険倶楽部のキッズキャンプは、現在は中学生で卒業。

クライミング部を開始してみて

木本:クライミング部の様子、参加者の声、反応をどう見ていますか?

なんちゃん:時間をかけながら、それぞれの楽しみ方はありながらも、クライミング独自のルールを守りながらクライミングというスポーツの楽しさを感じている部員もいるなぁと感じています。

木本:当初は何でもいいから掴んで上に登ることから始めましたが、今ではルートに沿って難しいルートを登るメンバーも出てきましたね。先日の活動では15mの壁にも挑戦して、見事に登り切ってくれていました。

なんちゃん:そうですね。
クライミングを楽しんでいるのが見えやすい子もいれば、その一方で、登り切らずに途中ですぐに手を放す子や、3mほどしかなかなか登れず悔しそうにしている子など、クライミングを楽しんでいるのかが見えにくい子もいます。
そういう子の中でも、毎回参加していて実はモチベーションが高い部員や保護者から楽しんで行っているという声があり、何かこちらが分からないような、それぞれの楽しさをもって参加してくれているんだなぁと感じています。

木本:そうですね。
言葉でのコミュニケーションが難しい部員の親御さんから「いい顔して帰ってきました」とか「クライミングの前日は自分でクライミングシューズをカバンに入れます」「次はいつなのかと確認される」などを聞くと「えっ!そんなにモチベーション高いの!?」と、こちらがビックリしたり嬉しくなりますね。

なんちゃん:そうそう。
活動が定期的にできるようになってきて、彼らの余暇の中のルーティンとして入ってきたなぁと感じています。
それが「楽しい」「気持ちいい」「仲間と会える」という良い刺激になるといいと思っています。

他の部活動との違い

木本:なるほど。
他の活動にはないような、クライミングならではの良いところって何か感じていますか?

なんちゃん:始めた当初、興味関心はそれぞれという前提で自然の中での活動を個々の興味に合わせて楽しんでもらいたいという想いで、色んな野外活動での部活を準備しました。
他の活動は自然の中でしかできないのですが、クライミングは室内だけでも完結できるのが特色だなぁと思います。
インドアを軸にして、年に数回自然の中でも活動が楽しめるようになってきました。

運営するにあたっての大変さ

木本:運営にあたって、大変なことはありますか?

なんちゃん:それぞれのニーズに合わせることができるので、マンツーマンでパートナー(スタッフ)が一人一人につく個別対応を行っていますがそのパートナー集めが一番大変です。
でもそれが一番大切だと思っています。

インドアの活動なら必ずしもマンツーマンでつかなくてもできます。
でもクライミングは、登っていない人が待つタイミングがあるので、パートナーがいると、待っている時もその人のニーズに合わせることができます。
例えば「一緒に外を歩きに行く」「一回登ったらお弁当と決めて先に食べる」「絵を描く人もいる」「相手が希望することを邪魔しないことやメリハリをつけてあげる」「タイミングをはかってあげる」など。
言葉で伝えることが難しいメンバーもいたり、「邪魔しない」などはパートナーの役割の中でも難しいものですが、パートナーも回数を重ねることに相手のニーズが分かってくるんですよね。
彼らが少しでもクライミングが楽しめるように、環境を創ることが我々の仕事だと思っています。

木本:パートナーは集まりづらいですか?
また、どんな方々がパートナーを務めていますか?

なんちゃん:子どもの安全等の視点からも誰でもいいわけじゃないけれど、選り好みをしていたら集まらない部分もあります。
実際は人の繋がりや紹介が多く、教育や福祉、看護に携わる社会人やそれらを学んでいる学生などが多いです。
恐らくこれまでにのべ100人以上関わってもらっているかと思います。
今は継続的に関わってくれている人が多くて、パートナーも何らかの意味を見出して参加してくれていると感じています。

発達・知的障害のある青年たちのクライミング価値について

木本:発達・知的障害のある青年たちのクライミングの価値は何があると感じていますか?

なんちゃん
:クライミングは室内でも身近でやれる、全身運動、課題がわかりやすい、達成感、色々あると思うけど、彼らがクライミングを楽しむのに、まずはそれぞれの意志を尊重した環境設定と目標設定を調整をしていくことが必要です。
その環境を整えた中でクライミングの楽しさを理解していくと、新たな場所や新たな目標など、選択肢を広げていくことができるなぁと感じています。

木本:なるほど。例を挙げてもらえますか?

なんちゃん:例えば、最初はある一つのジムを使ってクライミング部を行っていました。
そこで安全についての理解や登る楽しさが認識されてくると、他のジムにも行ってみようとなりました。
音のガヤガヤするのが苦手な子もいますが、ショッピングモール内にあるジムでもクライミングができています。

他には、順番を待つことが苦手な子も、グループの中で何番目に登れるかを明確にするという環境設定を行い、見通しができると安心して待てるようになりました。
一般のジムだと他のお客さんと譲り合いながらの場面も多いのですが、自分の順番まで待てるようになっています。
あとは、「何時まで登れますか?」「あと何回登れますか?」と今後の見通しを自分で情報を求めて気持ちを調整できるようになった子もいます。

また、最初はみんな何でも掴んで登っていました。
楽しみ方は人それぞれなのでそれが悪いわけではありませんが、ルートに沿って登ることでクライミングの楽しさが広がったり、さらに上達していく部員もいます。
ルートに沿って登れるようになるには、クライミングスタッフが壁の中間部で待っていて横から登り声をかけたり、レーザーポインターで次のホールドを示したりするなど、個々に合わせて分かりやすい方法が必要です。
ルートに沿って登れると、もっと難しいものにも挑戦したい、もっと高い壁を登りたいという気持ちがわいてくる部員もいます。

そんな風に、意志表示がしにくかったり、理解や上達に時間のかかる部分もある彼らにとって、クライミングの楽しみ方の選択肢を広げながら、個々が自己決定していけるのがクライミングのいいところ、価値だなぁと感じます。

木本:クライミングは「危険」というイメージもありますが、安全の環境はもちろん、工夫次第で知的・発達のある人に対しての分かりやすい環境も作りやすさもありますね。
そして、それが彼らのクライミングの成長や、クライミング部内での社会性というか「関わり」が上達しているのは嬉しいことです。

プチ冒険倶楽部の今後の展望について

木本:今後はどうしていきたいなど展望を教えてください。

なんちゃん:現在のクライミング部のメンバーは6名ですが、活動に参加を希望するメンバーはたくさんいます。
でもすべてに対応するマンパワーが足りていません。
6人にとってはいい活動はできていますが、「広がり」というのが今後の課題です。

1つの案として、受け入れ人数を増やし、グループを2つにして隔月で活動するのは可能かもしれません。
でも、本来ならクライミング部でクライミングの楽しさが分かったら、ヘルパーさんと一緒にクライミングに行くなど、将来的には好きな時に別の場所でもサポートが得られてクライミングが楽しめる環境になっていくといいなぁと思っています。
それが、本当の余暇活動の充実になっていくと考えています。

まとめ

野外活動を中心に発達・知的障害のある青少年たちの余暇活動を行っているプチ冒険倶楽部のクライミング部は、部員(青年たち)へのクライミング定着が見られていることが分かりました。
そこには「年月(積み重ね)」「丁寧な環境設定」「楽しさ」が介在されていたことが見えてきました。

また、「クライミングの特色」として彼らの参加しやすい環境設定を整えながらクライミング自体を楽しむ中で、それぞれの「クライミングの成長」「関わり(コミュニケーション)の成長」に繋がっていることが確認できました。

そこに行きつくには、プチ冒険倶楽部の方針をクライミング指導にあたるモンキーマジックも理解しながら、段階に合わせたクライミングの楽しみ方を提供していくことも大切な指導担当の役割であることを改めて認識する機会となったと思います。

※次の記事「【第4回】保護者の皆さんのアンケート~発達・知的障害のある青年たちのクライミング部の意義~」に続きます。

よろしければ、応援をお願いいたします!様々な障害のある人たちが一緒にクライミングを楽しめる環境づくりに遣わせていただきます!