生きのびることも「抵抗」
Kokoro代表・石岡史子(ふみこ)です。今月3年ぶりに訪ねたワルシャワでホロコーストの新しい記念碑に出会いました。第二次世界大戦時、40万人を超えるユダヤ人が押し込められたゲットー跡地の旧ナレウキ通り23/25番地。「ここに17歳のレオン・ナイバーグが隠れていた」とコンクリートの石に記されています。その上には、いびつな形だけれど宝石のような色のガラスが載っていて、太陽の光を反射させていました。
現在ポーランドのユダヤ人歴史博物館Polinで開催されている企画展「Around Us a Sea of Fire (あたり一面火の海だ)」に合わせて、ゲットー跡地に6ヶ所設置されたそうです。
この企画展は、今年ちょうど80年の節目である「ワルシャワゲットー蜂起」という歴史をテーマにしています。
第二次大戦時、ワルシャワ・ゲットーは、ナチ・ドイツ占領下のポーランドに設置された最大規模のユダヤ人隔離地区でした。過密による劣悪な環境で、人々は伝染病に苦しみ、餓死に追い込まれていきます。
ゲットーからユダヤ人が東の絶滅収容所へ次々と移送されていくなかで、1943年4月19日、残された人々は、絶望のなかで蜂起を決意します。かき集めた粗末な武器を手にして、戦車で武装したドイツ軍に立ち向かいました。戦いは数週間に及びましたが、翌月、ゲットーは徹底的に破壊され、約5万人のユダヤ人が検挙され、その多くが絶滅収容所に送られました。
このできごとは、Polinの前に建つ「ゲットー英雄の記念碑」に象徴されるように、勇気ある抵抗の歴史として広く語られてきました。
しかし、今回の企画展「Around Us a Sea of Fire」は、死を覚悟して武器を手に取り闘った「英雄」たちではなく、ひっそりと声をひそめて身を隠していた名もなき市民たちの姿に光を当てています。ただ生き残る意志を持ち続けること、それもまた悪に打ち勝つための抵抗だった。それが、展示の主題でした。
ガラスケースに大切に展示されているのは、無名の人たちの「言葉」です。オーディオガイドをつけると、俳優による朗読で「言葉」が聴こえてきます。
「一日ごと、一時間ごと、一秒ごと、生きるだけ」
「この地獄から逃げ出したい」
「私たちは沈黙の中に沈み込んでいく。誰かの咳こむ音がまるでハリケーンのように感じられる。いつ見つかってしまうとも限らない」
「赤ん坊が泣いている。"窒息させろ”というささやき声が聞こえる。」
「私は生きたい」
そんな言葉に出会ってこそ、展示の最後で紹介されていた、「他者の痛みに無関心になってはいけない」というアウシュヴィッツ生還者マリアン・トゥルスキの言葉がより一層強く胸に突き刺さるような気がしました。
「あなたにとって英雄的な行為とは何ですか?」という展示の最後の問いに心がザワザワして、見学後もしばらく余韻が残りました。
「英雄」とは誰だろう。たとえば隣国ウクライナで起きている戦争を思い浮かべたとき、勇気ある抵抗とはどんな行為なのだろう。ポーランドで思いがめぐりました。
歴史への新しい視点を与えられると、今の世界への私の視界も少し広がる気がします。Polinは特に私にとってはそういう体験ができる博物館で、ワルシャワに行くときは必ず訪ねています。今回の企画展も忘れられない体験になりました。
企画展は来年2024年1月8日まで開催されています。