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特別集中連載『あんたもわしも、おんなじいのち』「第四回地域コーディネーター編」 文:山塚リキマル

連載四回目。希望のまち地域コーディネーターの下田佳奈さんにインタビューを行いました。自分と同世代の「ワカモノ」が、希望のまちでどのような取り組みをしようとしているのか純粋に興味がありました。ぜひお読みください。



——自己紹介をお願いします。
四月から、希望のまち事業部で地域コーディネーターをしている下田佳奈と申します。


左、案内をする下田さん

 ——まず、希望のまちプロジェクトとはどういうものなんですか?
希望のまちプロジェクトとは、ひと言でいうと抱樸が行う「まちづくり」プロジェクトです。
特定危険指定暴力団の本部事務所跡地に複合型の社会福祉施設を建設し、日頃から地域の方にとってつながりが生まれる居場所となり、何かあれば誰でも「助けて」といえるまちづくりを目指しています。
誰も怖くて寄り付かなかった場所からみんなが希望を抱けるまちとなるように地域に根差した活動をしています。

 ——地域コーディネーターって何をする人なんですか?
希望のまちは地域と密接に関わるプロジェクトです。ただ、いきなり地域に入っていってもなかなか受け入れてもらうのが難しい場合もあります。
日頃から地域の方々とコミュニケーションを取りながら関係性を育み、地域のニーズや想いを拾い集めて希望のまちが地域の中にどう溶け込めるのかを考えて調整したり、地域と抱樸がつながるためのきっかけづくりなど主にハブのような役割を担っています。
希望のまちは抱樸の取り組みではありますが、みんなでつくっていくものです。
そのため、近隣地域だけではなく、北九州市内でまだ抱樸のことを知らない人や様々な取り組みをしている団体が沢山いるので、まだ抱樸につながりがない方々に希望のまちを知ってもらい、抱樸とつながることで希望のまちの可能性を広げる役割も担っています。

 ——下田さん以外にもいるんですか?
いないです。

 ——前任の方とかいないんですか?
いないんです。新しい部署というカタチですね。


 ——なるほど、パイオニアということですね。
地域コーディネーターは私が初めてですが、私が入る前から住民説明会や地域ヒアリング、Studio-Lさんと一緒に地域の方向けにワークショップを実施するなど地域に入っていくために様々な活動をしていました。

2022年6月に行われたマルシェの様子



また、抱樸にはボランティア部という事業部があって、これまでに互助会やボランティアのコーディネートを長年行ってきました。ボランティア部を中心に手上げ式で集まったボランティアのみなさんと一緒に『たまご委員会』を立ち上げて、建設予定地にあるプレハブ小屋『SUBACO』で毎週火曜日にカフェを開いたり、地域の方が先生になってワークショップを開いたり、地域の方々とマルシェを実施したり、と日頃の日常づくりや近隣に住まわれる方とのコーディネートをしていまして、すでに地域に根差した活動はしていました。既に80回以上の活動をしています。なので、地域コーディネーター=パイオニアとはまた違うというか、これまでの活動があって私がいると言うような感じです。


 ——下田さんが福祉に関わるようになったきっかけは?
もともと私、ぜんぜん福祉畑ではなかったんですよ。

20代はいろんな仕事転々としてたんですけど、体調を崩して休職していた時に、偶然「子ども食堂のコーディネーター業務を手伝ってほしい」と声をかけられたことがきっかけで、地域の居場所づくり支援や子ども食堂ネットワーク北九州での事務局運営に携わるようになりました。

 ——そこから抱樸に携わるようになった経緯は?
希望のまちプロジェクトでは2022年7月に推進協議会っていうのを立ち上げたんですけれども、その中に子ども食堂ネットワーク北九州として参加させていただいたのが最初でした。その後、別の協議会の意見交換会で抱樸の森松専務と席がとなりになったときに、『地域コーディネーターを探しているが、誰かいないかな?』と相談されまして。丁度、居場所づくりに携わる中でまちづくりに興味があり、面白そうなので「私でよければやってみたい」とお話したところから今につながります。

 ——いまの課題などはありますか?
若い人たちにどう知ってもらうか、というところですね。どうやったら現役世代の方たちにも、抱樸の活動に繋がって一緒に考えてもらえるかなというのは、希望のまちプロジェクトを広げるにあたっての課題です。福祉って中々困らないと関心が持てないというか、若いときにはなかなか繋がるきっかけがないと思うので。

 ——いまの活動で嬉しいことってなんですか?
やっぱり、地域に顔見知りが増えることですね。

 ——希望のまちでやってみたいアイディアとかありますか?
公共の福祉施設というと、北九州市には市民センターが各小学校区に一つあるんですが、年配の方や子どもが使っているイメージはあっても、なかなか若者や働き盛りの現役世代が行くイメージがあまり沸かないですよね。市民センターは、有事の際の避難場所でもあるのに実際は自分の住んでいる地域の市民センターに行ったことがないという方は多いと思います。
私も子ども食堂の支援に携わる前までは、子どもの頃に調理実習などで利用したきり、立ち寄ったことがありませんでした。
希望のまちの1階部分は地域交流スペースやレストラン、コワーキングスペース、オープンキッチン、ブックシェルフなどの他に避難所や何か困りごとがあった時の相談など誰でも利用できる場所になります。しかし、実際に何か困りごとが発生したとき、災害時に避難する際に一度も行ったことがない場所に行くのって敷居が高いですよね。なので、どんな世代でもいかに日常で立ち寄ってもらえる場所にするかが課題でもあります。
私、北九州出身なんですけど、この街は面白いところがいっぱいあるのに、ポテンシャルを発揮しきれてないなー、勿体ないなーと思うことがありまして。いろんな人が「北九州おもろそうやね。ちょっと行ってみよ」って思える場所づくりができたらいいなと思ってます。例えば交流スペースで色んなアーティストやお店を呼んでPOPUPやLive、絵の展示など、気鋭のアーティストやカルチャーが好きな人、モノづくりをしている人が集まる場所になったらいいなあ、とか。そういう中に、地域の人だったり子どもだったり抱樸の元路上生活者のおいちゃんだったり、交流する中でごちゃまぜになって、希望のまちで過ごすと色んな人と出会えて新しい視野が広がるねと感じられる場所にしたいなと思います。

下田さんが企画したイベントの様子。いつもより子ども連れや、若い参加者が多かったそうだ。

 ——個人的な夢とか目標ってありますか?
高校時代にカナダのモントリオールに留学していたことがあるので、その時にお世話になったホストファミリーへいつか会いにいきたいです。
目標は、希望のまちをきっかけに北九州の魅力が沢山の人に伝わり、地元の人が自分の住んでいる土地に誇りを持って生活できるようなまちにすることです。

 ——抱樸の活動で印象に残った出来事などはありますか?
外から見るのと、実際に中で過ごすのは全然違うなって思います。
以前は外から抱樸を見ていたので長年困窮者支援をやっていて、支援のスペシャリスト集団で熱気のある団体というイメージがあったんですが、入職してみるとみんな物凄く温かさがあって人間味がある。「元ホームレス」というと怖いとか苦労をしてきたとかなんだか負のイメージが生まれがちですが、実際の路上生活を経験してきたおいちゃんたちはチャーミングで面白い方ばかりで、職員と本気で喧嘩したり、笑ったり泣いたり。シャイな人もいれば、人懐こい人もいる。当たり前だけどいろんな人がいるんですよ。そういう気づきはやっぱり印象的ですよね。

 ——趣味とかありますか?
私、趣味ないんですよ。サブカルチャーはわりと全般好きですが、かといって何が詳しいとかいうのでもなく。でも、人間観察はわりと好きです。海外とか行くと、前提が違うから行動も違ったりするじゃないですか。でも、前提は違ってもここは同じだなとか、ここは違うなとか、そういう考察をするのが好きですね。こういう考え方もあるのかーとかこういう捉え方もあるのかーとか、できるだけ多角的に見る視点を増やしたいなっていうのがあるので人の人生哲学を聞くのも好きです。

あ、あとお酒好きですね(笑)。

 ——おすすめの地酒とかありますか?
北九州は合馬っていう全国有数の筍の産地があるんですね。その合馬の筍を使った焼酎をこないだ飲んだんですけど、美味しかったですね。

 ——では、最後に北九州の魅力を教えてください!
北九州はどちらかというと洗練されているというよりも、下町っぽいというか、新しく作ろうと思っても作れない街並みや雰囲気が残ってるところも多いので雰囲気のある感じを堪能してほしいですね。私のイメージとしては、60年代の寺山修司のようなアングラで猥雑でカオスな世界観が残っているまちでもある気がします。だからこそ、色んな人を受け入れてくれるまちでもあるように思います。

北九州は掘れば掘るほどいろんなものが出てくるんですよ。歴史だったり人だったり、クセが強くてハマると面白いんですよ。いいところが沢山あるのに、洗練された感を出そうとしないで、独自でやったらいいのにって思います。

 ——なるほど、本日はありがとうございました。
ありがとうございました。

(12月11日 ZOOMにて取材)

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