コラム「境を越えた瞬間」2024年5月号-横井菜絵子さん‐
プロフィール
横井 菜絵子(よこい・なえこ)
ALS遺族。夫がALSで2年間闘病後、2020年死亡。
死別後、重度訪問介護ヘルパー経験あり。
日本ALS協会北海道支部運営委員。
札幌市在住。
「天使がラッパを吹いた話」
これからするのは「天使がラッパを吹いた話」です。
タイトルに違和感を感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、しばしお付き合いを。
振り返ると結婚して21年目、夫婦なかよく暮らしていたのに、夫がALSに罹患。目の前が真っ暗になりながらも「後から後悔しないように」と、とにかく全力で夫の介護をしていました。
ありがたいことに医療介護チームに恵まれ、在宅生活をし、最後は呼吸器を付けない選択をして旅立ちました。
その瞬間なのです。
「天使がラッパを吹いた」のは。
透き通る青空とキラキラした強い光の中、天使がラッパを吹いてくれ、「頑張ったね。大変だったね」と労わってくれる絵がパーっと頭の中に浮かびました。
「苦しみから解き放たれた気持ち」が大きく出てきた瞬間でした。
この感覚、闘病していた夫が言うのならわかるのですが、私にも見えたのです。
しかし、後にこれが私を苦しめる事になります。
この「解き放たれた気持ち」により、一気にテンションが上がった私はエンジン全開で仕事へと突っ走り始めます。
「休まなくていいの?大丈夫なの?」と言われましたが「休む」という選択はありませんでした。
「夫を亡くして気分の落ち込み?いやいや、私は大丈夫」、変な自信がありました。
「悲しい?いやいや、私やり切ったもん」
ノンストップで走り続けているうちに夫の一周忌。この頃から体に異変が起こり始めます。
泣けて辛い。
記憶が飛ぶ。
疲れがまったく取れない。
何かに追い立てられている様な感じがずっとする。
さらに「自分の人生、自分自身がついていけない感じ」が襲いかかります。言語化できない、とてつもなく辛い感じ。
この頃、「メンタル大丈夫?」と声を掛けて下さった方がいました。
体調の変化に気付けた瞬間でした。
すぐに仕事を退職し、病院へ。
同じ頃、ラジオで「大切な人を亡くした時に出る『グリーフ反応(*)』」という話を耳にしました。
どの様なことかというと、「思慕」亡くなった人を思う気持ち、「疎外感」自分は周囲とは違ってしまったという感じ、「鬱」気持ちの落ち込み、「過活動」頑張り過ぎる、というもの。
あれ?全部当てはまってる!
特に4つ目!
「数年経過してから現れる人もいます」
あ、これ自分だ!
医師からも「熱心に介護をした人に現れやすい」「とにかく休んで」と説明がありました。
そうか、「後悔のないようにしよう」と思って頑張り過ぎたのか。確かにあの頃「ダンナ死ぬ前に奥さん(私)が死ぬ」と思ってたんだっけ。
過労からくる疲れと夫を亡くした悲しみが大きな波になり、私は限界がきたことを悟ったのでした。
そして今。ゆっくりゆっくり悲しみという境を越えている最中です。
「この経験がどなたかのお役に立てれば」、そのような気持ちで書きました。
*宮林幸江(みやばやしさちえ)東北福祉大学