
「ビジネスモデルプロトタイピング」が生成AI時代に大事なのでは?という話
生成AIの登場により、ビジネスの戦略立案は驚くほど早く、かつ高度に行えるようになりました。NEWhのビジネスデザイナーとして大手企業の新規事業を支援している立場としても、マイクロビジネスの会社を経営する立場としてもそれを実感しています。
複数の情報を瞬時に集約し、過去の事例やデータを参照しながら合理的なプランを提案してくれるーーそんな未来がすでに現実になってきています。
ただ、高度な戦略が誰でも手に入るようになるということは、裏を返せば「戦略設計がコモディティ化する」ことを意味します。
一方、企業の平均寿命が短くなり、新規事業開発の必要性は高まる一方です。でも現場では「戦略を作って満足してしまう」「プランの完成度を追求するあまり、肝心の実行フェーズに進まない」という状況は未だに多く見受けられます。いくら素晴らしい戦略や完璧なドキュメントがあっても、それが実行されなければ、ビジネス成果にはつながりません。
そして、実行フェーズに進んだとしても、実行できる仕組みが構築できるかは戦略とは無関係です。そこには大きな大きなギャップがあると感じています。
今後は「戦略を作るだけ」の人や企業ではなく、「実行しながら学び・改善し、事業を進化させ続ける」力を持った組織こそが生き残る時代なはずです。戦略の差別化が難しくなるからこそ、“実行のスピード”や“学習の深さ”が真の競争優位になっていくのではないでしょうか。
ということで、前置きが長くなってしまったのですが、実行の仕組み化までをクイックに確かめる『ビジネスモデルプロトタイピング』という考えを提唱したいな、と思ってこの記事を書きます。
なぜ“実行”がこれほど重要なのか
ビジネスモデルプロトタイピングというものが何者なのかを説明する前に、もう少し背景を説明しておきます。
従来から、優秀な戦略コンサルタントが作った事業戦略が、現場で実行されないまま終わってしまう例は少なくありません。その理由は「組織の体制が整わない」「社内で承認が得られない」「そもそも全員が本気で動き出せない」などさまざまです。結果として、“絵に描いた餅”のままビジョンだけが残り、実際のビジネスにインパクトを与えられないというケースが頻発してきました。
今後、生成AIの普及により「戦略の質」や「策定スピード」がさらに高まるのは間違いありません。しかし、そこで生じるのは「優れた戦略が誰でも作れる時代において、どう差別化し、成果に結びつけるのか?」という新たな問いです。
その問いに対する答えはシンプルで、“いかに早く本番環境に投入し、実際の顧客や市場からのフィードバックを得ながら、企業のなかで持続可能なビジネスモデルを早期に構築できるか”に尽きます。
つまり、戦略自体はAIが立てても、人間が「素早く実行し、リアルな学びを得て次の改善に活かす」「その仕組みを作る」というプロセスはまだ代替しづらい領域です。ここにこそ、私たちの新しい価値の源泉があると考えられます。
ビジネスモデルプロトタイピングとは何か
ビジネスモデルプロトタイピングとは、“事業そのものを小さく試作し、動かしてみる”アプローチを指します。(「指します」と偉そうに言っていますが、私が提唱しているだけです)
通常の「プロトタイピング」という言葉は製品やサービスの試作を意味することが多いですが、ここではマーケティング施策や契約形態、収益モデル、運用フローといったビジネスの仕組み全体を最小限の形で作り込み、実際に市場に投下して検証することに主眼を置きます。
この概念は、リーンスタートアップの「MVP(Minimum Viable Product)を作り、早期に顧客から学ぶ」という思想と似ていますが、より広範囲にビジネスモデル自体をプロトタイプ化する点が特徴です。サービスを使ってもらうだけでなく、実際に有償で契約してもらったり、広告費を少額だけ投下してマーケティングの反応を見るといったリアルな運用を行い、事業全体の成功要因とリスクを可視化していきます。
つまりは、サービスのプロトタイプはもちろん、営業資料だとか、マーケで使う広告だとか、”仮説のビジネスモデルが成り立つ前提”を作っている顧客タッチポイント全方位で、動くもの・見せられるものを高速に作っていこうよ、というアイデアです。
いままではこのビジネスモデルプロトタイピングを実行するには、それこそ時間がかかりすぎるという問題がありました。ただ、生成AIの時代において、戦略検討の時間は短縮でき、多くのドキュメント・コンテンツも簡単に作れる時代になりました。このことは、実行・検証に当てられる時間がリッチになっていくことを意味しています。
繰り返しになってしまうのですが、いい戦略の構築とそれが実行できる組織の構築は全く別モノです。
たとえ顧客の課題が確実にあって、それを解決できる手段を持っていたとしても、見込み顧客にリーチできるチャネルが自社で開拓できるのかだとか、そのソリューションを販売できる営業リソース・スキルがあるのかだとか、そういった話は後回しにされがちです。ただ早い段階でそのポイントの検証をしておかないと、長時間議論した結果できたピカピカの戦略も水の泡になりえます。
ここで重要なのは「仕組み化」するという前提です。スタートアップであれば属人的に「xxさんがいるから売れる」という状態でもいいと思うのですが、大手の新規事業であれば属人化はなるべく排除した上で再現性があるビジネスモデルの構築が必須です。
なので、ビジネスモデルプロトタイピングでは「ビジネスモデルが成り立つ状態が再現性が高く作れるのか?」という問いに、ビジネスモデル自体をミニマムに作り込んでいくことで回答することを目的にします。
ビジネスモデルプロトタイピングがもたらす価値
戦略から実行へのギャップを埋める
従来の事業計画では、紙の上で高尚なプランを描いて満足してしまうことが多々ありました(よね?)。ビジネスモデルプロトタイピングでは、戦略段階から「小さくても動く仕組みを作る」ことが前提になるため、プランと実行のあいだの溝が一気に縮まります。リアルな学びを得られる
実際に顧客が支払うか、どれくらいの集客コストがかかるか、組織がどのように動くかといった“現実の数字や課題”が明らかになります。事業の成否を左右するボトルネックを早期に発見し、修正できるのは大きなメリットです。組織学習が進む
社内で実際に動かすプロトタイプを通じて、メンバーは“成功・失敗を早く体感”できます。これにより、次のステップの仮説検証や意思決定が格段にスピードアップし、企業文化として「学習しながら前に進む」姿勢が根付いていきます。
ビジネスモデルプロトタイピングのステップ
仮説設定
まずは「どの顧客に」「どんな価値を」「どのように届けるか」を明確化します。ビジネスモデルキャンバスなどを活用すると、全体像を可視化しやすいでしょう。
また、クイックに事業計画を作ることがオススメです。このビジネスモデルが成り立つため(=企業として必要なラインに行き着くため)には、どのチャネルがメインの集客を担い、どのくらいのクローズレートが必要なのか。スプレッドシートで試算しておくことで、どの部分の仕組み化が優先度が高いのか理解できます。最小限の“動く仕組み”を作る
製品やサービスの試作だけでなく、マーケティングチャネルや課金・契約の仕組みなども含め、“小さくても本物”を意識して組み立てます。BtoBなら試験導入先を数社に絞る、BtoCなら特定コミュニティにのみ提供するなど、スコープを絞ることがポイントです。検証&学習
実際に有償取引までやってみる、あるいは広告運用のABテストを行い、顧客反応や費用対効果を測定します。その結果から具体的なボトルネックと成功要因を抽出します。フィードバックと改善
ビジネスモデル全体を見直し、必要に応じて価格設定やターゲット顧客の再選定、機能強化などを検討します。早めに仮説を再構築し、次のテストに移っていくことが重要です。スケーリング/撤退の判断
数値的にも手応えを得られたら規模を拡大し、追加投資を検討します。一方、どうしても合わないと判断したら撤退やピボットも選択肢に入れ、“失敗を小さく収める”のが肝心です。
ここで大切なのは、「うまくいかなかったとしても、実際に動かしたからこそ得られた学びや経験値が企業に蓄積される」 という点です。
戦略だけをいくら机上で練っていても分からなかった顧客の動きや、市場の意外な反応、社内オペレーションのボトルネックなどは、実際に小さくでも事業を“動かしてみる”ことでしか掴めない情報 です。そしてこれこそ、生成AIでは得られない情報です。
これらの知見は次の新規事業や改善に活かされるだけでなく、組織全体として“やってみる文化”が育つきっかけにもなります。生成AI時代においては、優れた戦略の構築そのものがコモディティ化していく可能性が高いからこそ、“実際に動かしながら学ぶスピード”こそが、企業が生き残るための大きな競争優位になります。
実行フェーズに重きをおき、生き残る企業へ
企業の平均寿命が短くなり、新規事業の開発・立ち上げに成功できるかが、企業の将来を左右する時代です。生成AIによって戦略策定がさらに高速化し、差別化要素になりにくくなる今こそ、「ビジネスモデルプロトタイピング」の実践が重要になってきます。
戦略が瞬時に作れるようになっても、それを素早く動かし、顧客からのリアルな声と数字をもとに軌道修正し、学習するプロセスは人間が担わなければなりません。むしろ、この“実行と学習”が企業の競争優位を形作る決定的な要素となるでしょう。
“考えた”だけで終わるのではなく、“作って動かす”からこそ得られる学びがあります。だからこそ、ビジネスモデルプロトタイピングの考えが重要なのでは、と思いながら書きました。