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【サンプル】『平岡手帖2024年8月号』



『平岡手帖』概要

『平岡手帖』は、1か月間に見たおよそ40~50の展示・公演・イベントなどを、日付順ではなくイメージで数珠繋ぎにした小説あるいはエッセイとしてしたため、定期購読者の方々へ文庫本の体裁で毎月お送りする企画です。詳細については、以下をご覧ください。

『平岡手帖 2024年4月号』~『2025年3月号』の定期購読については、以下より随時募集中です。よろしくお願いいたします。


2024年8月号(冒頭 約2000字)

18日 赤、青、黄色…の糸や端切れが、チャコールグレーのタイルカーペットの上にランドルト環のように並んでいて、その切れ目の間に正座していたドロテア・セロアさんも、赤、青、黄の鮮やかなワンピースを着ていた。
その環に含まれた一山、くたくたとした布の輪っかはTシャツの裾らしい。「私が住んでいるところでは、カーペットを作るのに使っています」とドロテアさんが語るように、これらの物には来歴があって、そして中には、企画メンバーの山岡さ希子さんと北山聖子さんが持ち寄った、やはりそれぞれに逸話を持った糸と布も混じっていた。
 それらを使って、私たちはそれぞれ “ハート” を作った。といってもハート形のものを作るわけではなくて、各人が持ち寄った思い入れのある物(ぬいぐるみ、ハンカチ、本…。私は亡くなった母方の祖父の腕時計だった)を、「愛について考えながら」布切れでくるんだり、あるいは糸で縛ったりした。そうした4時間のパフォーマンス=ワークショップは私にとって祖父との久しぶりの対話で、赤っぽい、明るい服を好んで着た祖父を偲んで、赤、オレンジ、ピンク…の素材を使う。そこに、ハート=心臓の静脈をイメージした青や紫が織り交ぜられたように、出来上がったオブジェは、丸っこい形も大きさもやはり心臓のようだ。しかし一方で眼球にも見えた。というのも(止まった)文字盤だけは覆わなかったからで、10年以上経ってもまだ少し悲しさの残る腕時計をくるんでいく作業は、目の中の異物が目やにで包まれていく過程と似ていた。

 企画メンバーを含めた15名弱の参加者は、集中したり、迷ったり、時に飽きたりしながら過ごしており、その中にはポール・クイヤールさんもいた。彼は大きな背中を丸めながら、友人と長年交換し合っているというドローイングノートをリボンのような端切れで包んでいるけれど、数時間前まではデュレーショナルパフォーマンスについてのレクチャーを、同じワンフロアの反対側でやっていた。
 その時、ドロテアさんはポールさんの話を聴きながら素材を環状に並べていて、私たちも、ふたりの間に挟まれるように座って聴講する。企画メンバーの山﨑千尋さんは、窓際で撮影しつつPCをチェックしているがそれは記録と配信のためで、そもそも、ポールさんのレクチャーは8月16日の予定だったが台風で延期されて、しかしそのために配信が導入された。ポールさんは、これまでの自作、そしてキュレーションしたパフォーマンスイベントについて振り返りながら、パフォーマンス(アート)とは?デュレーショナルパフォーマンスとは何か?を考察していくが、そこに含まれた方向性や、ポールさんが感じているのだろう面白さというものは、8月12日の19時から24時間にわたって行われた彼のパフォーマンス、そこに体現されていた。

12、13日 パフォーマンス開始から十数分、ポールさんは広げたハンカチを手のひらでお手玉し始めて、それは本人のバッグから取り出されたポリ袋に入っていた。そして中には、ベージュでチェック柄の半ズボンや、紺色で、リボンの “滝” がくるくると落ち広がるような模様のシャツ…も入っていて、ポールさんはそれらをひとつずつ取り出しては、お手玉をして、周囲の参加者(15人はいただろうか)にもパスを出す。受け取った観客は、ぽんぽんと手のひらで洋服を落とさないようにしながらポールさんに返したり、あるいは別の観客にパスしたりした、企画メンバーの石田高大さんは、受け取ったエメラルドグリーンのポロシャツを両手で丸めて投げた。ペンを持った左手で受け止めた私は、そのままポールさんに返そうとしたが角度が悪くて床に落ちる。彼はそれを拾って、両手でばさばさと、左右交互に振って払う。この動きは “洗濯物” が落ちる度にやっており、そうして、ひとしきり遊ばれたハンカチや服はポールさんの手によって天井の梁から干された。ハンガーや洗濯ピンチではなく、針と糸によって。
 午前三時過ぎ。お客さんは1人を除いて皆帰り、後は企画「DPPT」と会場「PARA」の面々だけが残った。その中でもポールさんはパフォーマンスを続けており、今度は干した服を取り込んで、畳んで柱のそばへ並べていく。ハンカチだけは、梁の真ん中あたりに閉じた傘、あるいは蓑虫のように改めて吊られ、そこから13時間くらいポールさんを見守り続けた。しかし17時になろうかという頃、おもむろにポールさんはそれを取り外して、ゴルトベルク変奏曲が絶え間ない変奏の果てに主題へ戻るように、再びお手玉をする。そして最後の90分は、ただハンカチを握りしめていた。20名を超えようかという観客が、その手を見つめた。(続く)

※書籍版では縦書きです。横書きに変更するにあたって、細部を調整しています。


2024年8月号展示リスト(全て)

巻末には、以下のように本文登場の展覧会・イベント情報が初出順で掲載されています。

「【Summer Durational Performances 2024】海底に沈む、触れるように波を臨むプラクティス」_Guest Lecture「ドゥレーショナルパフォーマンスにおける、時間に深くとどまる感覚」_ポール・クイヤール_Guest Performance vol.2《心臓と心 ― 親愛なるあなたへ》_ドロテア・セロア_2024年8月18日(レクチャーは16日の予定だったが、台風7号の影響により延期)_PARA神保町 2F_東京都千代田区神田神保町2-20-12 第二冨士ビル

「【Summer Durational Performances 2024】海底に沈む、触れるように波を臨むプラクティス Guest Performance vol.1《サイレンス #9:ヴァーシャよりヴァーシャ、ヴァーシャ・ヴァシレーヴァに感謝》」_ポール・クイヤール_2024年8月12、13日_ PARA神保町 2F_東京都千代田区神田神保町2-20-12 第二冨士ビル

「ゆめまくら」_近藤南_2024年6月1日~9月8日_かんたんなゆめ_東京都渋谷区神山町41-3
「蚊帳まくる明け方」_若林菜穂_2024年8月3日~9月1日_LOOP HOLE_東京都府中市美好町1-1-18 石川ビル202

「Art Squiggle Yokohama 2024 やわらかな試行錯誤 ― 芸術とわたしたちを感じる45日間―」_宇留野圭、河野未彩、川谷光平、GROUP、小林健太、中島佑太、沼田侑香、山田愛、光岡幸一、酒井建治、土屋未久、村田啓、楊博、横山麻衣、藤倉麻子_2024年7月19日〜9月1日_横浜山下ふ頭_神奈川県横浜市中区山下町279-9

「なくなる」_橋本聡_2024年7月13日~8月11日_青山目黒_東京都目黒区上目黒2-30-6

「赤丸至上主義」_鹿野裕介_2024年8月3~25日_Yu Harada_東京都新宿区住吉町10−10
「Abstractions ― ある地点より ― 豊嶋康子 | 佐藤克久 | 末永史尚 | 益永梢子 by Maki Fine Arts」_豊嶋康子、佐藤克久、末永史尚、益永梢子_2024年8月6~25日_CADAN有楽町 Space L_「長田奈緒『Surface/』by Maki Fine Arts」_長田奈緒_同会期_同 Space S_「ジョエル・アンドリアノメアリソア/新作ドローイング展 『TALE OF THE UNKNOWN DESIRE』by STANDING PINE」_ジョエル・アンドリアノメアリソア_同会期_同 Space M_東京都千代田区丸の内3-1-1 国際ビル 1F

「BankART Under 35 / 2024 第2期 阪中隆文、ヤマモトコウジロウ」_阪中隆文、ヤマモトコウジロウ_2024年8月2~25日_阪中隆文パフォーマンス_8月2~4日、8~11日(10日は中止)、15~17日、21~25日_阪中隆文関連イベント「Aokidのサウンドパフォーマンス(あるいは掃除)」_Aokid_8月17日(公開練習)、22日(本番)_BankART KAIKO_神奈川県横浜市中区北仲通5-57-2 KITANAKA BRICK & WHITE 1F
「Atopic Search for Atopia」_阪中隆文_2021年1月6~17日_Art Center Ongoing_東京都武蔵野市吉祥寺東町1-8-7

「阿目虎南ソロダンス『sideline l』」_阿目虎南_2024年8月30日_​Open Art Platform「iru」_東京都小平市学園西町1-19-11
「tomato / two ants / to, and」_大森有花、齋藤美卯_2024年8月29日〜9月1日_POWDER®︎OM_東京都杉並区高円寺南4-24-4
「きぼうのよすが」_山口法子_2024年8月15日〜9月8日_Amleteron_東京都杉並区高円寺北2-18-10
「Bittersweet」_下平晃道_2024年8月21日~9月1日_Art Center Ongoing_東京都武蔵野市吉祥寺東町1-8-7

「Stance」_八重樫ゆい_2024年7月13日〜8月25日_MISAKO & ROSEN_東京都豊島区北大塚3-27-6 1F
「S( )t( )r( )ay Night Special」_伊勢周平、小川真生樹、藤林悠_2024年8月16~29日_JUNGLE GYM_東京都北区岸町2-3-10 たつのこ荘A棟 105

「未来進行形2024 最優秀企画『電車賃をケチる/自分の足を信用する』」_梅津茜、網野凪沙_2024年7月31日~8月11日_Art Center Ongoing_東京都武蔵野市吉祥寺東町1-8-7
「SCOOLシネマテーク Vol.4 斎藤玲児レトロスペクティブ」_斎藤玲児_2024年8月9~11日_SCOOL_東京都三鷹市下連雀3-33-6 三京ユニオンビル 5F

「北山聖子 パフォーマンス《お茶の冷めるまでの時間》」(「あさひ街ぶら芸術祭」内イベント)_北山聖子_2024年8月3日_Mado-ka_千葉県旭市ロ838
「JUNGLE GYM DRAWING PARTY vol.01」_海野林太郎、長田雛子、川原仔猫、清水恵人、だつお、田中勘太郎、鳥井祥太、堀内崇志、水野幸司、山﨑千尋、米澤柊、吉田山_2024年8月2〜5日_JUNGLE GYM_東京都北区岸町2-3-10 たつのこ荘A棟 105
「ヨーグルトの上んとこの水(ホエー)」_氏家芽紅、鈴木小麦_2024年8月1~7日_euso gallery_東京都江東区白河1-3-13 清洲寮 口号-14番209
「第一回コレクション展『クリームソーダの精神』」_中村悠一郎(溝口栄穂、曇り空の革命、竹下脩三、てりやき、Y・N、日野尾隆行、倉石幸彦、小岩慶介、サム・ライト、隅英夕、メジェド・O、奈良橋舞、GAME82、ガレリウス・クコッカイ、さとうこけこ、柳田希、吉田浩次朗、プイマ=セカ)_2024年8月5日~_Cream Soda Museum_https://creamsodamuseum.org/

「[VOID+STOCK]exhibition: part3」_佐藤好彦、谷山恭子、内藤忠行、袴田京太朗、保井智貴_2024年7月26日~8月24日_void+_東京都港区南青山3-16-14 1F
「アックス夏祭り 私の好きな名画たち」(後期)_秋山あゆ子、市場大介、津川聡子、つげ忠男、土橋とし子、筒井ヒロミ、ツージーQ、東陽片岡、ドブリン、友沢ミミヨ、中田いくみ、中野シズカ、根本敬、花くまゆうさく、花輪和一、平口広美、ファミリーレストラン、福士開、堀道広、松井たまき、松田光市、まどの一哉、三橋乙揶、三本義治、南伸坊、本秀康、桃山鈴子、森雅之、吉田光彦、若草ヒヨス、わだちず_2024年8月24日~9月8日_ビリケンギャラリー_東京都港区南青山5-17-6-101
「デコレータークラブ:長い仕事」_飯川雄大_2024年8月9~31日_LAG (LIVE ART GALLERY)_東京都渋谷区神宮前2-4-11 Daiwa神宮前ビル 1F
「ヨーゼフ・ボイス ダイアローグ展」_ヨーゼフ・ボイス、若江漢字、畠山直哉、磯谷博史、加茂昂、AKI INOMATA、武田萌花_2024年7月17日〜9月24日_GYRE GALLERY_東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE  3F

「Feel at Home」_下山健太郎_2024年8月23日〜9月15日_CALM & PUNK GALLERY_東京都港区西麻布1-15-15 浅井ビル 1F
「3人のキュレーション『美術の未来』」_伊部年彦、長田奈緒、玉山拓郎、下山健太郎、野原万里絵_2021年6月17~29日_渋谷ヒカリエ 8/ CUBE 1, 2, 3_東京都渋谷区渋谷2-21-1 渋谷ヒカリエ 8F
「Table of Contents」_下山健太郎_2022年10月22日~11月20日_LOOP HOLE_東京都府中市美好町1-1-18 石川ビル 202
「映像小屋2/接続の光」_山本篤、和田昌宏_2024年8月3日~9月14日_シュウゴアーツ_東京都港区六本木6-5-24 complex665 2F
「寄る辺ない情念/A Solitary Emotion」(「黄金町バザール2024 ― 世界のすべてがアートでできているわけではない ―」第5章 還ってきたOngoing)_青木真莉子、柴田祐輔、地主麻衣子、山本篤、和田昌宏_2024年3月15日~6月9日_八番館_神奈川県横浜市中区初音町2-42-3

「なくなる場、なくなった場、場、場と、バカンスする。八月。覚えている?」_赤木遥_同時開催「アートブック小祭」_木佐貫直人、北嶋達也、手塚洵弥、つちやりさ、間峠武蔵、大野悠、佐藤海+Aokid、SAKIHO KAWAKUBO、玉谷天音、相笠洋大、阿部龍一、鳥野みるめ、石間秀耶、『平岡手帖』(著者/平岡希望、企画/平岡手帖制作委員会、ハンマー出版、額縁工房 片隅)、五十嵐ソフィー、くまねこ舎(吉﨑有希絵)、大久保有彩、Rivotorto Pieces、小林慶太朗、齋藤春佳、田中亮一_2024年8月23~25日_幾何(う)_東京都墨田区緑2-9-1
「dance」_北林加奈子_2024年8月10日~9月1日_minä perhonen elävä Ⅰ_東京都千代田区東神田1-3-9

「漫画圏」_小笠原周、奥野智萌、田中義樹、ちぇんしげ、松浦知子、松元悠_2024年8月10日〜9月2日_アート/空家 二人_東京都大田区蒲田3-10-17

「RUKA」_村田勇気、吉野俊太郎_2024年8月2~14日_MEDEL GALLERY SHU_東京都渋谷区神宮前4-28-18 カトル・バン原宿 B1
「漂流祝祭日」_AHMED MANNAN、伊藤道史、INHO、太田遥月、下司悠太 、桜井智、田中小太郎、戸谷太佑、tonii、平野泰子、平山匠、平塚響、光岡幸一、皆川貴海、中谷優希、南壽イサム 、山田響己 、吉川永祐 、吉野俊太郎、鷲見友佑、村松珠季_2023年4月8~30日_横浜市民ギャラリー 地下1階展示室_神奈川県横浜市西区宮崎町26-1

「MAMリサーチ010:1980~1990年代、台湾ビデオ・アートの黎明期(展覧会編)」_チェン・ジェンツァイ(陳正才)、チェン・ジエレン(陳界仁)、ホン・スージェン(洪素珍)、ガオ・チョンリー(高重黎)、カク・イフン(グオ・イーフェン/郭挹芬)、リー・グァンウェイ(李光暐)、リン・ジュンジー(林俊吉)、ロ・メトク(ルー・ミンドー/盧明德)、ワン・ジュンジェ(王俊傑)、ユェン・グァンミン(袁廣鳴)_「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」_シアスター・ゲイツ_「MAMコレクション018:グエン・チン・ティ」_グエン・チン・ティ_「MAMスクリーン019:1980~1990年代、台湾ビデオ・アートの黎明期(上映編)」_ホン・スージェン(洪素珍)、ユェン・グァンミン(袁廣鳴)、ワン・ジュンジェ(王俊傑)、チェン・ジェンツァイ(陳正才)、リン・ジュンジー(林俊吉)_2024年4月24日~9月1日_森美術館_東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー 53階
《ほんとうのO,1、2人》_O,1、2人(外島貴幸+吉田正幸)_2024年8月24、25日_ライブ配信


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