【サンプル】『平岡手帖2024年9月号』
『平岡手帖』概要
『平岡手帖』は、1か月間に見たおよそ40~50の展示・公演・イベントなどを、日付順ではなくイメージで数珠繋ぎにした小説あるいはエッセイとしてしたため、定期購読者の方々へ文庫本の体裁で毎月お送りする企画です。詳細については、以下をご覧ください。
『平岡手帖 2024年4月号』~『2025年3月号』の定期購読については、以下より随時募集中です。よろしくお願いいたします。
2024年9月号(冒頭 約2000字)
8月25日(続き) 出来たてのホットドッグを食べ終え、自室に戻って配信を見る。ノートPCの画面にはタリオンギャラリーが映っていて、受付奥のスペースだろう、白い壁に面したテーブルで、外島貴幸さんと吉田正幸さんがコントの打ち合わせをしている。しかしその光景がすでにコントであって、2度繰り返された “打ち合わせ” は、おそらく同じ映像に違う声が当てられたものだ。毎度、机を叩いて席を立つ外島さんは「引退するわ。」と言い残して隣の展示スペースへ向かい、天井の太いコンクリート梁、そこ目がけてジャンプして4度目で決まって大きくよろけた。
9月11日 丸の内仲通りに面した「CADAN有楽町」の大きな窓ガラスの向こうにさっきと似た軽トラックが走っていて、やっぱりさっきと似たサラリーマン風の人物を追い抜いていく。それを私はギャラリー奥、通路みたいに細長い小展示室のモニターで見ていて、リアルタイムの映像でないことにやっと気がついた。小展示室の入り口近く、脛ぐらいのうんと低い位置には仰々しく “監視カメラ” が取り付けられており、映像はまさにそのあたりからの景色、壁際の床に置かれたCOBRAさんの作品を映しつつ窓向こうの光景を捉えていた。そして、その映像と実際の光景とを同時に見られないのはモニターが奥まった位置にあるからで、細長い展示室を手前に奥に何度も行き来して私はこの映像をループだと思ったのだが、10月1日、この文章を書くにあたって私の写真は下手すぎた。SNSを覗くともっと映りのよいものが1枚だけあったのだが、影が深くて濃い。どうやらその写真が撮られた時、モニターには夜中の光景が映し出されていたようだ。
高見澤ゆうさんのこの作品が、まことしやかな、虚実をかく乱するような佇まいであったのに対し、COBRAさんの作品はもっとあっけらかんと “嘘” だった。設営中の一幕を装った写真群の中でCOBRAさんは、自身のものと思しき作品を壁に掛けようとしているギャラリストを持ち上げたり、抱きしめて支えたり、あるいは踏み台になったりして “手伝って” いた。タリオン、青山目黒(つい先日見た橋本聡さんの作品も映っている)、KAYOKOYUKI…と大体分かるが1か所だけ分からない。久しぶりに会った「Funwow.art」の山口智己さんに聞いてみると「『Fig.』じゃないですか?Misako & Rosenの上の…。」とすぐに返ってきた。「今度、清澄でギャラリーツアーやるんで、よかったら。」という誘いを断る。その日も今日も、夕方は母のお見舞いだ。
13日に手術を控えた母は9日から入院していて、洗濯物を引き取りがてら私は毎日通っていた。すぐ近くに神社があるので帰りに寄る。ギャラリー巡り中も神社を見かけたら5円玉を探す、大抵持ってないから10円を取り出す。
日没後の神社の拝殿は格子戸が閉められていることも多いけれど、日中に見た光藤雄介さんの作品も、格子の1マスをうんとクローズアップして描いたような作品だった(直前に通った十字路の、対岸を結ぶ四本の横断歩道みたいでもあった)。ピンクと青、あるいはオレンジと水色のマーカーペンが使われており、交互に引かれた直線が帯のように集積している。隣り合う線同士がかすかに重なって陰影を生んでいたり、そこでペンを止めたのだろう、線の端だけひときわ濃く色づいたりしているのは光藤作品のおなじみでもあり魅力なのだが、今回はキャンバス中央に大きく余白が残されていて、1歩下がって改めて見る。
光藤さんは今回の作品で、むしろ空白を描きたかったのかも知れない、じゃんけんの前に、組んだ両手をひねって覗き込む仕草を連想する。試しにやってみると、自室の窓、網入りガラスの格子が拡大されたように目に飛び込んできた。その光景自体が、少しだけ光藤さんの絵のようだった。
光藤さんの絵において余白は空虚、空白の佇まいを見せていたが、村上早さんの版画作品において、黒々とした太い線の内側は馬の、あるいはワンピースを着た人物の身体だった。その人物は、熊のように大きくて真っ黒な存在を抱きしめており、抱き返すその “熊” の右手は、左手と違って人の手だった。
『キャラクター・マトリクス』の会場には、三メートルほどだろうか、黄土色の巨人が立っていた。平山匠さんの《ハニラ》だ。スロープを上がって足元に近づけば、粘土で作られているらしい全体は細かくひび割れており、平山さんはガーデニング用の霧吹きをおもむろにハニラへ向ける。乾燥を防ぐため定期的に水をやらなければいけないこと、粘土自体がだんだんと貴重になっていて、いずれ採れなくなるだろうこと…を話す彼はそれでも手を休めず、巨人のなだらかな肩から丸みを帯びた背中へ水をかけていく。潤った土肌はミルクチョコレート一色ではない、白っぽいところ、油滴のようにほんの少し紫がかったところがひび割れと共にグラデーションを成していた。振り返れば、受付の上あたりには青山夢さんの作品、鮮やかな紫色の身体に翡翠色の飛膜を備えた〝こうもり〟が高く飛んでいるが、ここからだとまっすぐ目が合う。(続く)
※書籍版では縦書きです。横書きに変更するにあたって、細部を調整しています。
2024年9月号展示リスト(全て)
巻末には、以下のように本文登場の展覧会・イベント情報が初出順で掲載されています。
〇《ほんとうのO,1、2人》_O,1、2人(外島貴幸+吉田正幸)_2024年8月24、25日_ライブ配信
〇「高見澤ゆう『August 27 – September 15, 2024』by 4649」_高見澤ゆう_2024年8月27日~9月15日_CADAN有楽町 Space S_「COBRA 『Total Care Support -GOOD TIME-』 by Talion Gallery & 4649」_COBRA_同会期_同 Space L、M_東京都千代田区丸の内3-1-1 国際ビル 1F
〇「なくなる」_橋本聡_2024年7月13日~8月11日_青山目黒_東京都目黒区上目黒2-30-6
〇「柵の向こう」_光藤雄介_2024年9月5~15日_msb gallery_東京都中央区日本橋本町1-7-9 西村ビル 1F
〇「村上早 展」_村上早_2024年9月9~21日_コバヤシ画廊_東京都中央区銀座3-8-12 ヤマトビル B1F
〇「キャラクター・マトリクス」_青山夢、影山紗和子、九鬼知也、たかくらかずき、谷村メイチンロマーナ、平山匠_2024年8月30日~9月16日_BUG_東京都千代田区丸の内1-9-2 グラントウキョウサウスタワー 1F
〇「One Big Leaf」_高橋臨太郎、吉澤理菜_2024年9月27~30日_スペース あや_東京都荒川区西尾久4-32-1
〇「Right becomes Left」_田中啓一郎_2024年9月21〜28日_Steps Gallery_東京都中央区銀座4-4-13 琉映ビル 5F
〇「六本木アートナイト2024」_アオイツキ&上野雄次、悪魔のしるし、アトリエ シス、ウォーターメロン・シスターズ(西瓜姉妹)、エレクトロニコス・ファンタスティコス!、GA•GA•GA、金子未弥、王睘 土竟(荒内佑+千葉広樹)、神田松麻呂、久保寛子、小寺創太、COMPUMA、ジェニファー・ウェン・マ、ジャン・ファンユー(張方禹)、新種のImmigrationsB、シン・チー(辛綺)、スイッチ総研、志津野雷、杉謙太郎、ソー・ソウエン、髙橋匡太、髙橋美乃里、田名網敬一、チェン・プー(陳普)、ツァイ&ヨシカワ、辰巳寧々、丹羽優太、Hajime Kinoko、蓮沼執太、平山亮・平山匠、藤村憲之、MATERIAL、三塚新司、メイメージダンス、山口正樹、ユェン・グァンミン(袁廣鳴)、吉田亜希、ルイーズ・ブルジョワ_2024年9月27〜29日_六本木ヒルズ、森美術館、東京ミッドタウン、サントリー美術館、21_21 DESIGN SIGHT、国立新美術館、六本木商店街、その他六本木地区の協力施設や公共スペース_東京都港区六本木6-10-1 他
〇「ストーンテープ ~見たら呪われる展示~」_江口智之、小寺創太_ 2022年4月30日〜5月6日_PARA_東京都板橋区上板橋(住所非公開。2022年10月に「PARA 神保町」として移転・リニューアルオープン)
〇「OIL SELECTION 蓮輪友子」_蓮輪友子_2024年9月10日~10月9日_六本木 蔦屋書店 シェアラウンジスペース_東京都港区六本木6-11-1 六本木ヒルズ 六本木けやき坂通り 2F
〇「日本国憲法展2024」_小沢剛、石井麻希、秋山祐徳太子、真島直子、ユアサエボシ、服部公太郎、加藤康司_2024年9月28日〜10月19日_MISA SHIN GALLERY_東京都港区南麻布3-9-11 パインコーストハイツ 1F
〇「平面上の空間ー無と全体性のドラマ」_高松次郎_2024年9月10日〜10月19日_ユミコチバアソシエイツ_東京都港区六本木6-4-1 六本木ヒルズ ハリウッドビューティープラザ 3F
〇「JIS P 0138」_田中啓一郎_2024年9月21〜28日_gallery MARUNI 東京店- AKIYA_東京都世田谷区赤堤2-50
〇「MUSAKO ART GATE」_田中唯子、山本アンディ彩果、榎本大翔、越智波留香、池部ヒロト、ヨリット・パアイマンス、金暎淑、天草ミオ、カシマモユ、銀色なつみ、藤巻瞬、佐藤駿、戴飴霏、深浦よしえ_2024年9月25〜29日_小金井 宮地楽器ホール マルチパーパススペースB・C・D、ギャラリー、和室_東京都小金井市本町6-14-45
〇「風の裏側」_矢野憩啓、堺大輝_2024年9月4~15日_Art Center Ongoing_東京都武蔵野市吉祥寺東町1-8-7
〇「『寺山修司を読む』会」_ファシリテーター/矢内有紗、企画・製作/浜田誠太郎、赤井康弘_2024年7月22日(第1回)、9月12日(第2回)_サブテレニアン_東京都板橋区氷川町46-4 B1F
〇「しゃけ しゃけ しゃけ しゃけ しゃけ ねぎ バナナ」_長谷川繁_2024年8月3日〜9月14日_Satoko Oe Contemporary_東京都江東区白河3-18-8 第二杉田ビル 1F
〇「in The room」_村岡佑樹_2024年8月28日〜9月16日_euso gallery_東京都江東区白河1-3-13 清洲寮 ロ号-14番 209
〇「生きろ④ 南壽イサム『花粉の季節』」_南壽イサム_2023年8月11~13日、18~20日、25~27日_国立奥多摩美術館_東京都青梅市二俣尾5-157
〇 「純粋在宅ストリートアート」_伊佐治雄悟_2024年8月24日〜9月14日_KANA KAWANISHI GALLERY_東京都江東区白河4-7-6 白河和楽ビル 1F
〇「『世田谷美術館さくら祭』ライブ&ワークショップ」_池田諒、伊佐治雄悟_2024年3月30、31日_世田谷美術館_東京都世田谷区砧公園1-2
〇「指のはらで剥がした雲間」_伊藤美緒、谷口智美_2024年9月14~29日_東葛西1-11-6 A倉庫_東京都江戸川区東葛西1-11-6
〇「R 真夏の『春殖』」_渡辺八畳_2024年9月2日~10月13日_早稲田あかね_東京都新宿区西早稲田2-1-17 酒井ビル 1F
〇「小説的思考塾 vol.18 with 杉本有輝」_保坂和志、杉本有輝_2024年9月29日_RYOZAN PARK 巣鴨_豊島区巣鴨1-9-1 グランド東邦ビルB1
〇「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」_内藤礼_2024年6月25日~9月23日_東京国立博物館(第1会場/平成館 企画展示室、第2会場/本館 特別5室、第3会場/本館 1階ラウンジ)_東京都台東区上野公園13-9
〇「のこされたもの」(「おかやアートフェスティバルMIX2024」内)_青木真莉子、有賀慎吾、大木裕之、小川格、齋藤春佳、鷺山啓輔、鈴木光_2024年9月13~15日_「高橋貞一郎・中島覚雄 師弟展」_高橋貞一郎、中島覚雄_2024年7月20日~11月10日_市立 岡谷美術考古館_長野県岡谷市中央町1-9-8
〇「Ongoing Collective 映像祭 2024『のこされたもの』」_青木真莉子、有賀慎吾、大木裕之、齋藤春佳、鷺山啓輔、鈴木光_2024年9月18~22日_Art Center Ongoing_東京都武蔵野市吉祥寺東町1-8-7
〇「いくつかの波間」_ちばふみ枝_2024年9⽉5~23⽇_gFAL_東京都小平市小川町1-736 武蔵野美術大学 鷹の台キャンパス 2号館1F
〇「position」_
村田峰紀_2024年9月1~29日_second 2._東京都国分寺市本町4-12-4 1F
〇「Equinox – Same but different」_Daisuke Takeya、美秋 Meerkat、Eduardo Cardoso Amato、ムラカミロキ、大里淳、Gabriella Nataxa Garcia Gonzalez_2024年9月23日_青海南ふ頭公園_東京都江東区青海2-6-3
〇「プロジェクト#39『倉重光則 "何処にも届かないメール〈絶対不能〉"』『東亭 順 "空が海に溶ける時、大地は波に潜る"』」_倉重光則、東亭順_2024年9月14~16日、21~23日_アズマテイプロジェクト_神奈川県横浜市西区藤棚町2-198 藤棚ハイツ1 103
〇「The Half-fishman’s Table (半魚人のテーブル)」_八木恵梨_2024年9月13~22日_Gallery Blue 3143 1F_「石川まどか個展」_石川まどか_同会期_同 2F_東京都港区南青山3-14-3
〇「TABLE MANNER LIFE, SAVE, AH〜 #8」_八木恵梨_2023年9月9日~10月1日_Ritsuki Fujisaki Gallery_東京都中央区東日本橋2-2-10
〇「しゃくとり虫」_小泉圭理_2024年9月11~23日_KOMAGOME 1-14cas_東京都豊島区駒込1-14-6 東京スタデオ 1F
〇「阿目虎南×Joanna Rosenfeld トライアウト『Luminous ashes』」_阿目虎南、Joanna Rosenfeld_2024年9月7日_Dance Base Yokohama_神奈川県横浜市中区北仲通5-57-2 北仲ブリック&ホワイト 3F
〇「Luminous ashes」_阿目虎南、Joanna Rosenfeld_2024年9月30日_CON TON TON VIVO_東京都新宿区舟町7 舟町ビル B1F
〇「DPPT workshop vol.5 Performance by Miyabi Starr 《nesting on the stage》」_Miyabi Starr_2024年9月22日_PARA神保町_東京都千代田区神田神保町2-20-12 第二冨士ビル 4F
〇「にゅい な 午後」_堀江和真_2024年9月7、8、14~16日_COMMUNE BASE マチノワ ギャラリースペース_東京都町田市中町3-10-6
〇「OBJECTS FROM SPAIN」_ホルヘ・デ・ラ・クルス_2024年9月4〜14日_「Primitive String Theory」_サムリ・ブラッター_2024年9月4〜21日_The White_東京都千代田区猿楽町2-2-1 澤田ビル 202
〇「開発の再開発 vol.6 片山真妃|αMと遠近法」_片山真妃_2024年6月29日~9月7日_gallery αM_東京都新宿区市谷田町1-4 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス 2F
〇「終末fa~」_室井悠輔_2024年8月24日~9月23日_Token Art Center_東京都墨田区東向島3-31-14
〇「玉堂美術館 写生教室 2023夏」_講師/佐塚真啓_2023年7月1日_玉堂美術館_東京都青梅市御岳1-75