トモトシさん・秋山佑太さん『都市コレ001 「get rid (orange & blue)」』&常設展@TOMO都市美術館
秋山佑太さんの《地蔵堂修繕》は映像、というよりスライドショーで、1,2分? の尺を一度見ただけではよく分からない。しかし何度も見ていると、バラバラだった画像は段々と結びついていって、地蔵堂が立体として頭の中に立ち上がってくる心地。映像で、動きとして地蔵堂を捉えたなら、一度見ただけでその空間を ”空間” として認識できて、それは作りとしては親切だったかも知れないけれど、一枚一枚の画像をいわば展開図として提示し、鑑賞者の頭の中で再構築させることは、秋山さんが、倒壊寸前だったこの地蔵堂を小名浜の地で修繕したその営みを、ごく簡易的ながら追体験するよう。この後、機材の加減で本作の展示が中断されたけれど、そのアクシデントも、この地蔵堂が修繕された後また取り壊されたことと呼応するかのようで、《The Big Orange Box》をはじめ、トモトシさんの作品を常設展としてたくさん拝見する中でも、一度頭の中に建設された ”青いお堂” は、いつまでも鮮烈さを失わなかった (そして、トモトシさんの作品を見ている間にも、それらの作品群と低く響き合っていた)。
その《地蔵堂修繕》と向かい合うように据え付けられたモニターには、本展示で対を成している《The Big Orange Box》が上映されていて、タイトル通りオレンジのごみ箱を転がすトモトシさんは、公園で、駅前で、電車内で、さも当たり前のように通行人から ”ゴミ” を回収している。オレンジの箱に ”ゴミ” を入れることと、青いラインの入った ”大きなゴミ (箱)” に入っていくことは、時と場所も違えば、同一人物の行いですらないけれど、だからこそ、普遍的な食い違い、おかしみのように思える (と同時に、私邸の1階部分を ”美術館” と称したこの場所とも通ずる気がする)。
また、「ゴミありませんか~」と声をかけられてゴミを捨てる行為は、電車内で、隅の席が空いたからスライドすること (《ブザービーター》) や、道の真ん中で人が着替えていたら、その人を (怪訝に思いながらも) 避けること (《フォーマルシティー》) と近しくて、自分の意志でありつつも、その状況への反応という面が強く、蟻の行列の最中に石を置いて、混乱と順応を観察するよう。
しかし、その "実験対象" は何も通行人だけでなく、作者であるトモトシさんご本人もそうであって、同じ服を着た通行人を探して一緒に写真を撮る《デモクラティックファッション》や、自転車を色分けして駐車させる《カラーパーキング》は、ルール自体はトモトシさんが設定されているものの、実行された後は、同じ服を着ている誰か、自転車に乗って来た誰かがどんな人であろうとルールを適用せざるを得なくて、その時々のトモトシさんの心情は無視されている。
その構図は、展示予約を受け付けつつも、予約が入るかも分からず、入ったとしてもそれがどんな鑑賞者か、その鑑賞者がいつ帰るのかも未知数なTOMO都市美術館そのものにも当てはまる。
通行人も、ルールの設定者であるトモトシさんすらもそのルールには敵わないことは祭り、宗教を連想させて、トモトシさんは、ひとりで祭りを打ち上げては、通行人と一緒にその渦中に巻き込まれているように見える。
その中でも、新国立競技場に、ハマチ?、鯛、鰈 (鮃?) を奉納する《東京五輪へ贈る三匹の魚》や、棒高跳びの棒を通行人の協力を仰ぎつつ運ぶ《グレイトイベント》は一際儀式めいている。
一方、《ビクトリーネガティブロード》では (コロナ) 陰性と陽性に道を分け、陰性側へ歩行者を導いているけれど、カラーコーンに貼られた "陰性" の二文字は裏からは (おそらく) 見えなくて、トモトシさんの背後からやってくる歩行者は、そのルールには従わない (従えない) し、トモトシさんも、後ろから不意にやってくる人には対応できない (そもそも気にしてすらいないようにも見える)。全員を巻き込んでいるかのような "祭り" も、裏に回れば "ハリボテ" じみていて、その在り様は、土地に根差した建物である《地蔵堂》とは全く違っている。
トモトシさんの作品群でもうひとつ印象的なのは視線・目線の扱い方で、トモトシさんが構えるカメラと、その視線の向かう壁や芝生の間を通り過ぎる通行人を捉えた《ジャンクスペース》では、トモトシさんの視線とカメラの視線が同じ方向を向いていて、それが、壁や芝生を "被写体" 足らしめている。通行人は怪訝そうな顔をしているけれど、もし誰かがトモトシさんの傍らで同じように壁を撮り始めたらそれは ”信仰” の誕生のようで、《地蔵堂》で、不在の「子育延命地蔵尊像」に手を合わせ拝むこととも通ずる気がする。
トモトシさんが ”撮影者” であった《ジャンクスペース》に対して、《THE NEVERENDING CEREMONY》や《あいまいな日本の私たち》では ”被写体” となっていて、そのカメラとトモトシさんの間を行き交う通行人を捉えているけれど、前者が、瞑想とも居眠りともつかない姿でカメラも見ていない一方で、後者では、カメラの方を見つつ何となくポーズを取っている。《THE NEVERENDING CEREMONY》では、街の人から「カメラ盗られるよ!」と何度も注意されたり、お布施を貰ったり、大きな寺院を紹介されたり…と、やりとりが活発で、目を瞑って "弱み" を曝け出すような姿、道辻に鎮座するお地蔵様のような佇まいが、コミュニケーションの生まれる余地を生み出していたのかも知れないし、そうして一歩踏み出し話しかけることは、身を屈め《地蔵堂》に入っていくこととも通ずるかも知れない。
一方、《あいまいな日本の私たち》では、通行人はむしろカメラとアイコンタクトを取りたがっていて、トモトシさんに話しかけるような姿は (少なくとも作中では) 見られず、その通行人の姿は、ハチ公前にひたすら陣取り、他人の自撮り写真に映り込み続ける《photobomber_tomotoshi》において反復されている (他人の記録であり記憶でもある写真に”差し色” を挟んでいくことは、お堂に青い化粧を施すこととも似ている)。そこでは、(他人の) カメラ ― 撮影者 ― トモトシさんという位置関係になっていて、その構図は、エレベーターの中で扉に背を向け立つ (そしてカメラを見上げる) 《バリエーションルート a》において、ごく近い距離感で反復されていて、逆に《バリエーションルート b》では、昇りエスカレーターの進行方向に背を向けて乗ったトモトシさんが、だんだんと遠ざかるカメラを見つめ続けていて、《あいまいな日本の私たち》で見られた、カメラ ― 通行人 ― トモトシさんという構図を拡大したよう。
作品間で、立場や規模を変えつつ "反復" (同じことを繰り返しているわけではなく、構図として) していくことに対して、作品の中心として反復 (エスカレート) が据えられているものとして《逆パノプティコン》と《ミッシング・サン》がある。前者では公園に苗木を植える、後者では交番前の日本国旗を小さな白い布切れに取り替えるところからスタートし、次の晩には少し育った苗や一回り大きな布に、次の次の晩にはさらに育った植物、さらに大きな布…とエスカレートしていく。それは、修繕の果てに解体され、素材に還った《地蔵堂》が、また新たな建物 (の一部) として生まれ変わり、また解体され…を反復していくこととも近しい。
《逆パノプティコン》と《ミッシング・サン》が、社会の間隙に楔を打ち込んで、少しずつ広げていくものだとしたら、ガードレールの隙間や、踏切の遮断桿にゴールテープを結び続ける《パブリック・ゴール》はいわば鎹で繋いでいく営みのよう。しかし、”鎹” をいくら何度も打ち込もうとも、最短距離を求める人や機構によって必ず切られてしまうのが皮肉。
《パブリック・ゴール》で ”結界” を破るのは通行人や踏切だったけれど、《恩山昇りを求めて》ではトモトシさんご本人がその役を演じていて、美術館に展示されている作品、その前に立ちはだかるテープや柵を幾度も踏み越えては、監視員の方に注意されている。作品をたくさん収めた "箱" たる美術館 (自体も、ある建築家の作品ではあるけれど) と、元々は地蔵尊像を安置するための箱に過ぎなかった地蔵堂を、修繕し作品として生まれ変わらせた《地蔵堂》は、人間が作った (建) 物でありながら、その中では作品や不在の仏像 (あるいはお堂そのもの) が最優先され、人間が一番でないという点で、やっぱり近しい。
《地蔵堂修繕》と《The Big Orange Box》が向かい合うその奥には、もう一つ別のモニターが据え付けられていて、そこでは、2作品のデータ、ステートメント、補足資料 (地図、画像など) が順々に流れている。データとしては、展示場所や制作年が列挙されているものの、制作年はさらに構想年月、撮影年月、編集年月、 (お堂の) 解体年月など細かく分かれていて、作品が萌芽し、生長し、実りを迎えるその一連の流れを追えるようになっている。
また、それらは機械音声で小さく読み上げられているものの、トモトシさんと秋山さんで声質や速さが変えられていて (たしか、フォントも違っていたと思う)、そういったスタイルの違いが、ふたつの作品を結びつけつつも、異なるものであることを示しているようで、展示空間としての ”緊張感” を生み出していた気がする。
一方、《The Big Orange Box》以外でここに挙げたトモトシさん作品は全て ”常設展” として拝見したもので、それは、「都市コレ001」の空間をいわばジャックするかたちで、傍らに寄せられていたモニターをその場で立てかけ て上映された (2作品を上映している壁掛けモニターの足許に1台ずつ、計2台増設された)。さらに、上映する作品もその場で選定されて、偶々ご一緒していたお客さんがゴミの研究をされている縁で、ゴミ袋から ”救い” 出した品々を、街角でティッシュ配りの如くばらまく (それでも残ったものは、元の場所のごみ袋に還す) という《トゥルーリサイクル》が最初を飾った。
仮設的で、展示の中に展示が始まる感じや、お客さんとのコミュニケーションの中で、即興的に上映作品が決まること、さらには「TOMO都市美術館に落ちてた1円」や「ひろったマスク」、「美術館の水」が "ミュージアムグッズ" として販売されていること自体がトモトシさんの作品めいて、周囲の生活環境がゴミ箱 (の内容物) に映し出されるように、トモトシさんの作品には都市が切り取られていて、それら作品が収められたこの美術館は、街に現れた巨大な "ゴミ箱" なのかも知れない。