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こころ躍る017
先日のクローズアップ現代のちゃんみな特集から、Youtubeでノノガの動画を見まくっている。
こころを刺激されるのだ。
全力で自分自身と向き合う女の子たち、向き合った世界のその先を見せてくれるちゃんみなとSKY‐HIに。
私は人と話していて、
「アグレッシブですね」といわれると、
心の中でちくっと痛みを感じるし、
恥ずかしくなって、あーあ、私はやっぱりダメなんだ、って思ってしまう。
私の中で「アグレッシブ」という言葉は、おこりんぼうと訳される。
そして、現状に満足していなくて、不満を外にぶつける困った人といわれた気がしてしまう。
不満に声をあげることは、悪い事なんかじゃないのに。
それはすべて私の中の言葉の解釈機能のバグでもあるってわかっているのだけど、
「かわいくて、にこにこしている女の子」ではない、と否定された気になるのだ。
別に、扱いやすそうな「かわいくて、にこにこしている女の子」でいたいわけでもないくせに。
ちゃんみなの、全身全霊で「私は美しい」「あなたはそのままで美しい」というメッセージを、そう思えるまでのグロテスクな時間も込められた迫力のあるサウンドで「美人」を歌っている強さ、アグレッシブさに、あぁ、私もこういう表現をしてもいいんだって感覚が湧いてきた。
閉じ込めているという自覚すらなかった自分のカケラに、
「出てきておいで。これまでダメだって話を聞かなくてごめんね。何を嫌って思っているの?」って対話が始まった。
戦うことはよくない、
怒りで表現するのはかっこ悪い、
って抑え込もうと思っていたけど、
怒りを原動力に美しい戦い方をしているお手本を見せてもらった。
ノノガのテーマ、
No FAKE 本物であれ(自己表現)
No LAZE 誰よりも一生懸命やれ(自己理解)
No HATE 自分に中指立てるな(自己肯定)
きれいな上澄みだけ、
ポジティブでキレイなことだけだけの人生を送りたいわけではない。
私は私の全部を使って生きていきたい。
それで
「いきものは生きてるだけでかわいい」を声高に叫びたい。