世界でいちばんの悲しみは

2019年の終わり、とても悲しいことがあった。(わたしの)世界でいちばん悲しいことだと思った。

悲しみと怒りというのがわたしがもっとも苦手とする感情で、どう扱ったらいいのかずっとよくわからずにいる。このふたつはわたしにはとってほとんど差異がないくらいよく似ていてなんていうか表裏一体のものだと解釈している。悲しみのうしろにはいつも何かしらの怒りが潜んでいて、怒りを感じているとき実際は同量の悲しみも感じている、というような。

それはほんの数日の出来事だった、あっという間に過ぎ去った、だけどあぁこの悲しみや痛みや傷をわたしはこれからも生きている限り持ち続けるのかもしれないという予感と、忘れずに持ち続けることが自分に出来るせめてもの報いで背負うべき業であるというような、変なだけど妙に確信めいた責任のようなものを感じていた。

年々泣くことがうまく出来なくなっている。ひとりでいる時でさえ、我慢する理由なんてないのに涙が出たと思ってもすぐに引っ込んでしまう。そういう意味では、去年の夏から秋にかけて、島にいる間はよく泣いたなと思う。よくと言っても数えるくらいだけど、ひとりのときだけ、海に助けてもらいながら。でもだからわたしはあの場所に救われたし癒されたのかもしれない。

海があればなぁと、思った。誰もいない夜の浜で、月の灯りの中で、服を脱いでじゃぶじゃぶと海に入って、夜光虫が光るのをひとしきり楽しんでから仰向けに浮かんでゆらゆらと、ただゆらゆらとする。島にいたら間違いなくそうしていただろうと思う、だけどわたしは東京にいた。すっかり慣れて親しんだ、なんとなく落ち着かない煩雑で寄る辺ない街に。
仕方がないので部屋に小さな灯りをつけ、Sharon Van Ettenの“The End of the World”をかけてからノートを広げた。そうして思いつくことをひたすらに書いてみた。書きはじめると止まらなくなった。最初それは歌詞のような散り散りの言葉で、だけどすぐにある人に宛てた手紙になった。何ページも何ページも、気のすむまで書いた。途中、何度か一気に込み上げて来て、わたしはようやくちゃんと泣くことが出来た。そうしてちゃんと自分の中の悲しみを認めて、安心してベッドに入った。

その他すべてのあらゆる出来事と同じように、世界でいちばんの悲しみを以ってしても日々は何ひとつ変わらずに続き、過ぎ、目の前に積み重なったやるべきことやらなくちゃいけないことたちは締め切りまでの時間を突きつけてきた。まったくもって無情だった。だけど、世界はわたしの悲しみを知らないのだから仕方がなかった。配慮を求めるなら交渉が必要だったけれど、わたしは誰にも何も話すつもりがなかった。だから受け入れるよりほかに仕様がなかった。わたしはいつも通り外に出掛け人と会い、課せられた任務と役割をこなした。あと数日で今年も終わるー、終わったからといって何が変わるわけでもないとわかっていてもそのことはなんとなく大きな救いに思えて、残りの何日かは文字通り指折り数えて過ごした。

ほとんど死んだような気持ちだったと言っていい。人に会えば話しもするし笑いもした。それをしているのは紛れもない自分自身だったけれど、それらのすべては自分を覆っている薄い膜の外側で起こっていることのように思えた。わたしの行動・言動のすべては単なる反射によるものだった。これまでに蓄積された経験をもとに体が勝手に動いているだけで、そこに意思はなかった。よく出来ている、出来過ぎていると思った。わたしは人集りのうしろの方から現場をちらっとのぞいている単なる傍観者のひとりだった。そこに横たわっているのは他でもないわたし自身の悲しみであるにも関わらず。

悲しみは、見て見ぬふりをして放っておくと、見えないところで化膿し腐敗してだんだんと自分を蝕み、気づいたときには抜け出せない底なし沼になっている。だから、悲しみを感じたときにはきちんと泣いて悲しんで、受け入れて消化する必要がある。これはわたしが去年学んだ大きな教訓のひとつだ。だから、わたしは泣き、悲しむ必要があった。でも、その、ノートに言葉を書きなぐったあの晩以来、涙は出ていなかった。同じように言葉を書いてみても本を読んでもギターを弾いても、歌っても歌っても歌っても、だめだった。目元がぐーっと熱くなることはあっても、そこで止まってしまった。

新年のしゃんとした空気を纏った夜の住宅街をひとり漂うように歩きながら、たぶんわたしの心の一部はあの日に死んで、もう二度と悲しみを感じることのない身体になってしまったのかもしれないと思った。あるいは、あるいはわたしは、もう本当に悲しみを感じていないのかもしれなかった。だとしたら、そんなに悲しいことはなかった。だけどその可能性は十分に考えられた。出来過ぎた人間の身体の機能と、自分の薄情さを呪った。

身体の膜の外で起こっている“日常”は皮膚や肉体に徐々に浸食し、悲しみとの境界はいつしかすっかり無くなって、そうしてきっとわたしは忘れていくのだろうと思った。悲しみを忘れたら、ぜんぶなかったことになってしまうような気がした。それは単純に恐怖だった。だから悲しみを証明する唯一の存在だった、小さな傷と痛みが出来るだけ長く身体に留まってくれたらいいと思った。だけどそれさえもあっという間に消えてしまった。

わたしの悲しみは所在をなくしたまま宙に浮いている。

Why do the birds go on singing?
Why do the stars glow above?
Don't they know it's the end of the world?
It ended when I lost your love

どうして鳥は泣き続け、星は瞬き続けているのだろう
世界が終わったことに気づいていないのだろうか
世界は終わった、あなたの愛を失くしたあのときに

Why does my heart go on beating?
Why do these eyes of mine cry?
Don't they know it's the end of the world?
It ended when you said goodbye

どうして心臓は鼓動を続け、まだ涙が出るのだろう
世界が終わったことに気づいていないのだろうか
世界は終わった、あなたが別れを告げたあのときに

(“The End of the World”)

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