天理教の神殿と天理図書館に行ってきました

 奈良県は天理市にある天理教の神殿に行ってきました。『新宗教と巨大建築』(五十嵐太郎)という本を読んで、〈おやさとやかた〉なる建物を見てみたいと思ったのがきっかけです。
 〈おやさとやかた〉は統一した建築様式で建てられた、塀のような・集合住宅のような建物で、最終形態としては神殿の周囲を四角く囲うことになるそうです。中国とかドイツの城・城塞都市みたいな感じでしょうか。本を読んでの私のイメージは、寺社でいうところのいわゆる本殿に当たる神殿を、ぐるっと囲うように迫り立ちそびえるちょっと独特の圧迫感……その感じを体験するつもりで訪ねましたが、全然違いました。建物・敷地のスケールが、私のイメージとは違いすぎたのです。

 とにかく巨大。広大。神殿も巨大なら敷地も広大なので、ぐるっと囲うといっても神殿からその〈塀〉までがずいぶん遠い。これなら大して圧迫感はないなあ……この点は拍子抜けしながらも、でも神殿の巨大さには圧倒されて、これは現代日本の寺社の規模でなく、古代の寺社(斑鳩町一帯が法隆寺の敷地、みたいな)とか中国の紫禁城+天安門広場とか、そのレベルの話だぞ……見解を改めました。

 神殿正面入り口らしき南礼拝場前に行くと、みなさんどんどん入って行かれる。信者でなくただ見せてほしいだけの私はどこまでの立ち入りが許されるんだろう……法被(はっぴ)姿の、信者と呼ぶべきか関係者と呼ぶべきかわかりませんが〈スタッフ〉的な人に尋ねると、〈ぢば〉という聖域以外はどこを見てもらっても良い、とのことでした。
 これはすごいことだと思います。これだけの規模の木造建築を、外観の公開はもちろん、入場料・拝観料も払わずに内部を歩かせてもらえるなんて、今どきあるかしら。説明してくれたその人の自宅でもないのに「すいません、すいません、じゃあ見せてもらいます」ペコペコしながら入って行くと、……すごい。広い。清々しい。天井が高いから広さはあるのに圧迫感はない。そして正統派な和風建築がカッコいい。規模は巨大なのに細部が地味に丁寧なので、だらっ・のぺっとした感じがしない。見まわしたり・見上げたり・窓から向かいの建物の外観をうっとり眺めたり、やたらにキョロキョロしながら一巡りすると、あっさり1時間が経っていました。座りもせずに廊下ばっかり歩いて、足元はずーっと木の床だったから足の裏が冷たい。本気でじっくり行く気なら足袋持参のほうが良いかもしれません。

 『新宗教と巨大建築』で教わったのは、天理教の二代目真柱・中山正善なかやましょうぜんさんと建築家の関野貞せきのただしさんは交流があり、関野さんは神殿の建築にも係わっていた、とのことです。そしてその関野さんは、ここ最近私が夢中の唐招提寺とうしょうだいじの明治修理を担当した技師で、奈良国立博物館の敷地内にある旧奈良県物産陳列所の設計もされている。これは以前読んだ『奈良で学ぶ 寺院建築入門』(海野聡)で教わりました。
 物産陳列所もいずれ行きたいところですが、関野さんが係わっているなら天理教の神殿もぜひ見たい。今回神殿を見ることは叶って、でも実際、どの程度係わっていたのだろう? それが知りたくなってインフォメーションで尋ねると、詳しくは天理図書館でわかるかも、と、天理大学の図書館を紹介されました。

 地図をもらって自転車で向かうと(また自転車…)、これがまた、すごい建物なのです。どっしりした石造りで、古びた感じも美しい。受付で、神殿の建築家とかが知りたいのですが……と話しながら「こちらもすごいですね……」言うと、京都帝大の坂静雄ばんしずおさんと大阪の設計事務所の島田良馨しまだよしかさんが設計された建物で、1930年の西館・1963年増築の東館とも国の登録有形文化財に指定されているそうです。
 閲覧室がまた素敵で、むかしの図書館特有の暗さ・静けさが何とも言えない。机にはそれぞれライトが付属していて、部屋の暗さを補っている。
 図書館建築を画期的に変えた功労者として鬼頭梓(きとうあずさ)さんのお仕事展を以前京都工芸繊維大学で見ましたが、〈明るい図書館〉を作るには高性能のUVカットガラスが不可欠なはずで、日光を入れたら本は灼けて褪せるし、戦前だったかによく使われた酸性紙の本はとりわけ紫外線に弱くてすぐボロボロになると聞きます。ガラスが素通しだった時代には技術的に〈暗い図書館〉しかありえなかったわけで、その中でどう居心地よく作るかが腕の見せ所。天理図書館は、大好きでした。


 ちなみに、肝心の神殿設計と関野さんの係わりは、設計顧問、とまでしかわかりませんでした。建築については、天理教から調べるより、関野さんから調べるほうが本筋でしょうから、そこはいずれ、そちらから勉強してみたいと思います。

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