トミー・ジョン手術について思うこと
ロッテの佐々木朗希投手がケガをしたと聞いて私が大騒ぎしていたことを受けて、お客さんから、今度は大リーグの大谷翔平選手がケガですね、と言われました。佐々木投手のケガにはうろたえた私が大谷選手のケガに驚かないのは、大谷選手がトミー・ジョン手術をしたそうですよと聞いたときからすでに、秘かにずっと憂えていたからです、ケガか、あるいは突然のスランプを。これは別に大谷選手に限らず、トミー・ジョン手術、ひいては〈痛み止め〉的にされる手術全般に対する私の不信からの心配です。
大まかに言って私は、筋骨格系を狙ってなされる広い意味での〈痛み止め〉のための手術を信用していません。信用してない、というか、本質的に有効たりえないと思っています。
整体屋業界にいて比較的よく遭遇するのは中高年以上の椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症への手術ですが、過去に手術した人の経験談として、手術後数年の間は比較的好調で、その後、同じようなあるいはよりしのぎにくい状態で再発した、という話を当人からあるいは又聞きで、ときどき聞きます。
私は、ヘルニアが出ていること・脊柱管が狭窄していることが症状の本質的な原因と思っていないので、その部分に処置をしても、根本の問題は解消しないと理解しています。だから、数年を経て再発した、と聞いても不思議には思いません。
でも、ではなぜ〈比較的好調〉な期間があるのか、というと、それは単に身体が弱り・混乱しているからじゃないかと想像しています。手術を受けて、身体が混乱しているから正常なら働くはずのリミッターが働かない⇒だからいやに活発に動ける、そして弱っている身体には症状を明確に表現できない⇒だから明確な痛みを感じない。
そもそも、初めてトミー・ジョン手術の術式を聞いたときには、度肝を抜かれました。関節ネズミ(=関節の中にある小さな骨のかけら)を取る程度の手術と勝手に思い込んでいた私は、せずに済めばそのほうが良いけど、仕方ないのなら、せねばしようがない手術なのかもなぁと思っていました。が、肘の痛み・不安定をとめるために別のところから腱を採ってきて再建する、なんて、そんな物騒な手術だったとは! そんな手術、どこの誰が考えたんだ、トミー・ジョンか?!と思ったらこれは最初に手術が成功した選手の名前であって、考案者・術者の名前でないことに小さく二度びっくり。微妙に紛らわしい……。
話を戻すと、自己腱移植となると、肘以外の部分にまで傷を作ります。その点も、私としては不満です。
皮膚や筋肉は伸び縮みすることがいちばんの働きで、傷ができるとモロにその働きが制限されます。ジャージ素材のズボンにデニムの生地でアップリケを貼るようなもので、局部的につっぱります。そのつっぱりに対して、皮膚は周囲が余計に伸びることで対応し、筋肉は周囲が余計に縮むことで骨を支えます。
建物が、基礎の上に大黒柱を立ててそこに梁を渡して……と組み立てられるのとは異なり、ヒトの身体には固定された軸・土台がありません。あの骨とこの骨を数種類の筋肉でつないで、その筋肉同士の引っ張り合いでもって身体の形を維持しています。あっちがこの強さで骨を引くならこっちもそれと同じくらいの力で引く、あっちとこっちだけで釣り合いが取れないならそっちの筋肉の引く力も追加する、そんなふうにあちこちをバランスさせることで姿勢・運動はつくられます。一見土台っぽい〈足〉の部分だって、密集した小さな骨と筋肉・靱帯・腱の集まりでできています。
手術はもちろんのこと、ケガをすると、皮膚・筋肉の柔軟性や引く力に変化が出ますから、以後は、その状態に合ったバランスを探りなおす必要が出てきます。このやりくりには、いくらか時間が掛かります。
つまりケガは、①受傷直後の痛みの期間、②傷がふさがって痛みが治まる期間、それから次は③受傷+応急処置が済んだ後の皮膚・筋肉に全身が適応していく期間があって、④③の適応が概ね済んで身体の使い方が安定する期間を過ごし、そうしてようやく⑤負担を引き受けて過労になった筋肉が症状を出す期間が訪れます。
つまり、③まではケガの混乱で現場はバタバタしていて、④で混乱は落ち着くけれど、同時に負担の集中が固定化される。力が強い・元気な筋肉は頼られて、ずっと働かされっぱなしでしんどいまんま。その負担に耐え切れなくなった時点で⑤に至る、というわけです。
私が聞いたところでは、追突事故によるムチウチをして1週間くらいで⑤に到達したかたもありましたし、ヘルニアの手術を受けて⑤になるまで6年かかったかたもありました。個人差・手術の具合・ケガの深さ等々で掛かる時間はいろいろなのでしょう。
で、トミー・ジョン手術の場合、腱を取るところと患部である肘――手術の傷を少なくとも2か所に作りますから、①~③が大変なのはもちろんのこと、以後、負担を分け合ってやりくりし合う〈筋肉要員〉の数も減っています。これは身体の動きの自由度が減ることを意味しますから、穏やかな日常生活を送るだけならともかく、スポーツ選手としては望ましくない結果だと思います。
で今回、なんで私がこんな後出しジャンケンみたいな私見を書いたかというと、パパッとインターネットを検索しただけですが、トミー・ジョン手術の術後対応・リハビリの成績が良くなってきたから手術のハードルが下がってきた、みたいなことを書いた記事をいくつか目にしたからです。
でも手術をすること、皮膚・筋肉に傷をつけることのリスクを長い目で見ると、決して下げて良いハードルなんかではないよ!――と、強く言いたい整体屋もいますよ、と言っておきたい……と思いました。
「この2年さえがんばれたら生涯の食い扶持が稼げるんだ、その後はどうなっても良い、後はそれを元手にそれなりに生きていくんだ」みたいな明確な見込みと覚悟があるなら別ですが、少なくともまだ若く・将来が定まってもいない野球少年が〈気軽に〉して良い手術なんかでは全然ないと私は思います。
術後の長期経過を書いた本とか論文はないのかな、英語で探さなきゃダメなのかな、と思いながらあちこち検索していたら、日本語訳された『豪腕』という本があることを知りました。著者はジェフ・パッサン。早速読んでみることにします。