見出し画像

ブロッコリーを傘にする女#同じテーマで小説を書こう

好きなnoterさんが参加されていて、脳が躍った企画がある。なにこれ面白い。


私は物書きではないし、小説を完成させたこともほぼほぼない。でもいいなあ、書けたらいいなあと思って眺めていた。だってテーマが難しくないですか?「ブロッコリーを傘にする女」

もう募集期間は過ぎているけど、ちょうどヒマなので、書いてしまった。

   
「いやいやいや。顔見えねえし。」
左右どちらにスワイプするかしばらく悩む。輝度を落としたスマホには、緑の房の陰に隠れた女が映っている。

寝床で話し相手を探すのが日課になって半年が過ぎた。例のウイルスでリモートワークが始まって、最初の数か月はリアル友と良くビデオ通話していた。それもだんだん間遠になり、今では家族とたまにLINEする以外のコミュニケーションはほぼないと言って良い。

写真の女は容姿に自信がないタイプだろうか。性的な興味よりも、ブロッコリーを傘に選んだ理由が気になった。
定時きっかりにパソコンから離れて、毛布が乱れたままのベッドに寝転がる。伸びた髭をいじりながらアプリを起動して、マッチング結果を確認する。

自分磨きに余念がないアクティブ交流ガールとマッチしていた。加工じゃないなら、顔とスタイルのどちらも良い線いってる。でも正直面倒臭い。隔離生活がいつ終わるか知れないこの状況で、未来のために努力する気力は枯渇していた。頑張っている人を見ると疲れる。
ブロッコリー女からの反応はまだない。つまらなくなって画面をオフにした。

ワクチンが開発され、全国民が接種可能になるまで、そこから1年半かかった。多くの企業が潰れ、馴染みの飲食店には閉店のお知らせが貼られたまま放置されている。失業者が溢れ、自粛モードは続いていた。鈍った体を元に戻すため、ジョギング人口が増えた。

2年ぶりの新宿を恐々歩く。すれ違うときはなるべく距離を空け、マスクをしない人は避ける。大通りに面したパチンコ屋がなくなって、耳がバカになるほどの喧噪が聞こえないから、違う場所に迷い込んだかと不安になった。

待ち合わせ場所のタワレコに入る。視聴機の代わりにQRコードを読み取って、自分の端末で再生する仕組みになっていた。
遅れてやって来た友人は一回り大きく見える。
「久しぶり。お前痩せたな。ちゃんと食ってるか?」
「そっちは食いすぎでしょ。ストレス大丈夫?」

昼飯は洋服屋がやっているバーガー屋に入った。座席は1つおきにご利用くださいとプレートが置いてある。
分厚い肉にかぶりつきながら、友人は医学雑誌を眺める。不摂生に見えるが、一応医者なのだ。
「メシ食う時くらい読むのやめろよ。手術の写真とか食欲失せる。」と文句を言うと、ケロっとした顔で返された。
「この程度で食べられなくなっていたら、外科医は続かない。」
訴えを斥けられたのに、妙に納得してしまって、視界に本が入らないように斜めを向く。

「発見をするヤツはいつも目を開けてるもんだよ。この子みたいに。」そう言って見せられたページに、あの女が映っていた。白衣を着て、片手にブロッコリーを持っている。えくぼが可愛い。美人じゃないか。

「知ってるか、あのワクチンを開発したのは、大学院生の女の子だったんだぜ。」初耳だった。謹慎生活を始めて以来ニュースを見なくなった。
「なんでブロッコリー持ってんの?」
「ブロッコリーの成分が、ワクチンの素になる病原体を弱めるのに役立ったんだと。」
「嘘でしょ。そんな野菜あるわけないよ。」

帰りの電車に揺られながら、ずっと触っていなかったアプリを立ち上げる。ブロッコリーの女にメッセージを打つ。あのワクチンを作った人ですか?

彼女からの返信内容は僕だけの秘密にしておきたい。ただ、ブロッコリーで弱毒化したというのは友人の大嘘だった。毎日危険に身を晒しながら研究を続ける彼女に、農業を営むお母さんが免疫を上げて欲しいと送った野菜だった。

「研究者のくせに、出会い系とかしてるヒマあったの?」と後々聞いてみたら、「人とつながっていないとやる気が出ないから。」と返された。

照れ隠しにブロッコリーを使うなんて意味不明だけど、人と会える世界を取り戻してくれた彼女は僕のヒーローだ。今も帰りは遅いし、一緒にいられる時間は少ない。僕はブロッコリーのスープを作って待っている。

「食事中くらい、読むのやめたら?」
「ごめんごめん!今気になってることがあって。」
友人の言うことは正しかった。彼女は起きている時間すべてを研究に費やしてしまう。でもさ、大事な人にはちゃんと食べて元気になって欲しいもんだろ。

いいなと思ったら応援しよう!