小説「ランダム・ライフ」第1話
「……。…きてください。…さん起きてくださいよー」
誰かの声がする。
誰だろう、聞き覚えはないんだが…。
ん?
ちょっと待てよ?
寝ぼけた頭で思考する。
‘‘聞き覚えのない声‘‘だって?
僕は急いで起きて、周囲を確認する。
どうやら今いるのは円形の部屋らしく、壁際には本がびっしり詰まった本棚が所せましと並んでいて、部屋の中央には1つの机と、それに向かい合うような形で椅子が2つ置いてあった。
そして。
僕の向かい側の椅子には、パンツスーツ姿の女性が1人座っていた。
しかし、声と同様で身に覚えのある顔ではなかった。
どこか知っているような気がするのだが。
「やーと起きてくださいましたか!お待ちしてたんですよー。というのもですね?最初はもっと早くに起こそうと思っていたんですよー。でもですねー、どういうシチュエーションでお呼びすれば一番喜ばれるかを考えていると遅れてしまいましてー。悩みに悩みぬいて残り3つにまでは絞ったんですよー。それはですねー」
「あのー」
「はいはい、なんでしょう?」
「失礼ですがどちら様でしょう。そしてここはどこなんですか」
敬語というのは実に便利なものだ。なんたって老若男女問わずに使えて、なおかつ相手に失礼がないんだから。
「おお!いい質問ですねー。それはもしかして小説などではよくある『ここはどこ?私はだれ?』というやつですかー?いやー、私が言うのも何なんですがちょっと古くありません?何番煎じかって感じでー」
「…おしゃべりな方なんですね」
「いやー褒められるほどのものじゃないですよー。でも確かによく言われますー。職場の同僚からの第一印象もそんな感じでしたー」
全くほめていないのだが。
なんだろう、この人から天然な雰囲気がただよっている気がする。
「あっそういえば質問されていましたね。ではお答えしましょう。
まずは『どこ』についてですねー。ちなみに英語ではwhereです。
ここはあなたの脳内、というより意識の最深部といった方がいいかもしれませんねー。
そして『どちら様』についてですが、答えはこちら様です。
私、いわゆる悪魔ってやつをやっているものですー。ま、悪魔といってもその実態は社畜みたいなもんですが。これでも以前よりは労働環境マシになったんですよー。過去になればなるほど年間の死亡率が高くなってたんで、もうそれはホントーに働きづめだったんですよー」
「はあ」
「ん。なんか反応薄いですねぇ。普通こーゆー場面って『あ、あ、悪魔だって…⁉︎く、来るんじゃあない…‼︎』とか言いません?」
「いきなり脳内だとか悪魔だとか言われて確かに驚いてはいますよ。でも『悪魔』っていっても一概に悪者なんて決まっているわけではないと思うし、なんなら悪魔って呼び方自体、人が勝手に決めただけのあだ名みたいなものじゃないですか」
「………(ジー)」
「あ、す、すみません…」
もしかしてまずい発言をしてしまったのだろうか。
「…ああ、違うんです違うんです。ただ。
変わった方だなぁって。そう、思っただけです」
「そう、ですか」
よかった。正直どうなるかと思った。
昔から人の考えを、特に感情を読み取ることは苦手だった。
それが人じゃないかもしれない‘‘自称‘‘悪魔だった場合はなおさらだ。
「ところで、ここは『意識の最深部』と表現されたようですが、つまり夢ってことなんでしょうか」
そう。
自分の中でもっとも気になっていた点はそこだった。
少し話はそれるが、世の中には明晰夢なる特殊な夢があるそうだ。
なんでも未だ全てが明らかになっているものではなく、現象としては前頭葉が反覚醒状態になるらしい。
そして、その意識内では自分で夢を夢と自覚しながら見るそうである。
つまり何が言いたいかというと。
現状、僕は‘‘今現在の状況を現実ではないと自覚している‘‘ということだ。
しかしこれが明晰夢でないと思われる事実もある。
それは、明晰夢のもう1つの特徴である『夢をある程度自由にコントロールすることが出来る』という点が見られないこと。
「うーん、夢ではないですけどー。だって夢ほど『夢』のあるものではありませんもんねー」
「…」
「あ、もう一度言いましょうか?夢ほど『夢』があるものではありませんもんねー」
「………」
この場の空調、少し寒い気がするがきっと気のせいに違いない。
「…あのー」
「はい」
「もしかして、スベっちゃってました?」
僕は全力でうなずく。
「あー。コホン。ま、まぁさっきのは無かったってことでお願いします。
そこで本題ですね、本題。そうそう。
この場は、あなたの頭の中の出来事という点では夢と同じです。
私というイレギュラーが混じっちゃってますが。しかし、本質は違います」
「簡潔に言いましょう。
ここは夢のようであるが夢ではない、確かにあなたが残してきた軌跡の集まった場」
「走馬灯です」
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